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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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人生の区切り

 翌日、雲の広がる朝――


 いつものように、メリザスから冷たい風がレムリスに届く。朝靄が街の周囲に広がる、レムリスにとっては当たり前の幻想的な朝だ。


 ヒートヘイズの面々は、ここで防寒着を手に入れようとしたが、元々温暖なレムリスでは、まともに寒さを防ぐようなものは売っていなかった。セグムによれば、ネクテイルになら売っているはずとのことで、そちらで調達することにした。


 ロック鳥の肉は、その硬い噛み心地とは関係なく、話題性だけで高く売れた。

 それと共にレムリス出身の冒険者、あのセグムの息子とフォリスの娘が、ロック鳥を倒したという話が一気に広まった。ヒートヘイズは、ドゴールでもそうであったように、レムリスで英雄に匹敵する名声を得ることになるだろう。


 大量にあるロック鳥の羽根を一旦家に預け、肉と羽根が荷物から除去されたラマは、軽い荷台になったことを喜んでいるようにさえ見えた。


 ジャシードたちは家族だけでなく、ロック鳥を倒した英雄の姿を見ようと集まった、街の人々に見送られながらネクテイルに向けて出発した。


「なんというか、色んな意味で田舎っぽいな、レムリス」

 ナザクスは、後方から聞こえる見送りの声を聞きながら言った。


「レムリスをバカにすんな!」

 スネイルがナザクスに食ってかかった。


「違う違う。バカにしてんじゃなくてさ、なんて言うか、人があったかいんだよ」

 ナザクスは慌てて言い直した。


「アニキに乱暴するお前たちより、百倍あったかい! 千倍あったかい!」

 スネイルは、目の前にあったナザクスの腰を殴った。


「それは、悪かったよ。悪かった……。おれたちにも守りたい人がいる……そこだけは理解してくれよ」

「それでアニキを殺そうとすんのかよ! おいらの恩人なんだぞ! 家族なんだぞ!」

 スネイルは興奮して、更に食ってかかった。ナザクスのちょっとしたひと言で、スネイルの琴線に触れてしまったらしい。


「やるべき事をやらなかったら、家族が殺される状態にあっても、お前はそんな事を言っていられるのか? おれたちは、そうだった……。やったことは取り返しが付かないことぐらい、おれたちにも良く分かってる。けどよ、おれたちにも事情がある。だから、許してくれとは言わねえよ。でも理解はして欲しいんだよ。な、スネイル、頼むよ」

 ナザクスは、殴られた腰をさすりながら言った。決して痛かったわけではない。ただ、スネイルの拳はズシリときた。


「スネイル、やめるんだ。それは僕の問題だ。スネイルの優しさはありがたいけど、その事でナザクスたちに怒るのはやめるんだ。いいね」

「アニキが……アニキが! いいって言うなら、もう言わない」

「うん、そうして。心配かけてゴメンな、スネイル」

 ジャシードは、スネイルの頭をポンポンしてやった。スネイルは収まりが付かないという顔をしているが、ジャシードがそう言うところに反抗することはできない。


「今日はどこまで進むのかな。やっぱり、トゥール砦かな?」

「……そうだな、あの新品ベッドは良かった。あのベッドを選んだ奴はすげえ。砦にあんな物が要るのかは分からんけどなあ……」

 ジャシードの問いにはナザクスが答える。他に答える者がいないからだ。


 その後一行は、特段の問題も無くトゥール砦に到着し、例のベッドの寝心地を味わった。


 トゥール砦には相変わらずガダレクが下働きをしていた。ガダレクはチカラこそあるが、どうも衛兵には向いていないらしい。それでも、仕事に慣れて楽しくなったというガダレクは幸せそうだった。仕事の向き不向きは、実際はやってみないと分からない。彼のように、意外なところで天職が見つかることもあるのだ。


◆◆


 翌日、朝方こそ雨が降っていたが、南へと向かうにつれて次第に回復した。シャルノ平原には相変わらずグヤンタの塔がどっしりとその存在を示している。街道からグヤンタの塔までは、かなりの距離があるが、だだっ広い平原にあってその存在感は薄れない。


 サベナ湖を過ぎた辺りで夕方になったが、野営はせずにそのままネクテイルを目指すことになった。


「ネクテイルの手前にある荒れ野には、ガーゴイルがたくさんいる事がある。夜になるが……いけるか?」

 ナザクスが心配したのか、ジャシードに確認してきた。


「夜の戦闘も問題無いよ。ガンドは夜でも明るく照らせるんだ」

「へえ、便利なのがいるんだな、同じ四人なのに多彩だな、ヒートヘイズは」

「うん、自慢の仲間なんだ」

「……そうか……」

 ナザクスは、ジャシードの言葉を聞いて、少し寂しげな顔をしたような気がした。しかし、ナザクスの細かい表情は、薄暗くなる周囲に紛れて読み取れなかった。


 周囲が暗くなってきたため、ガンドは小さな光の球を幾つか作り出した。大きな光は怪物たちを呼び寄せるかも知れないため、敢えて小さい光を作り出し、足元だけを照らすように配置した。ガーゴイルが一体でもいれば、こんな小細工は意味を成さないが、用心しないよりはましだ。


 空一面の星が瞬き、細くなった二つの月が周囲をやんわりと照らし出した。少し肌寒くなってきたところに、南からの暖かい風が吹く。レムランドにいる間は、そんな気候に守られていて、滅多に凍えることはない。

 そんな暖かい風に守られながら、一行はネクテイルの手前にある荒れ野までやってきた。荒れ野を照らす月の光は、少し遠くにいるガーゴイルの姿をぼんやりと映し出している。


「この距離感なら、襲われないかも知れない。少し急いで行くか」

 ナザクスは小声で伝達し、歩く速度を上げた。


 周囲を見る限りガーゴイルは視界に数体いるが、そのどれも早足で進む一行に気づいている様子はなく、何とか荒れ野を抜けることができた。


「危ない、危ない。まあ、ロック鳥を倒してしまうようなパーティなら、楽勝だったかも知れないけどなぁ?」

 ナザクスは少しおどけて言う。


「戦わなくていいなら、戦わない方がいいよ」

 ジャシードはまるで独り言のように言った。


「よし、着いたぞ」

 ナザクスは、洞穴の前で立ち止まった。


「ここ!?」

 マーシャは驚いて声を上げた。洞穴の前には衛兵一人いないし、明かりも灯っていない。ただ暗い入り口があるのみだ。


「ネクテイルは初めてかァ?」

 ナザクスは横を向き、マーシャの驚いた顔を眺めた。


「地下にあるって話には聞いてたけど、洞穴だとは思ってなかったわ」

 洞穴を覗き込むマーシャだったが、暗い坂道が続いているのみだ。


「ここは、洞穴の中に作られた街なんだよ。城壁要らず、空を気にする必要も無い。よく考えたもんさ」

 洞穴を覗き込むマーシャの背中を見ながら、ナザクスが言う。


「そうなのね……。畑とかどうなっているのかしら」

「見りゃあわかる」

 ナザクスはそう言うと、洞穴に踏み込んでいった。


「ネクテイル……」

 スネイルも、洞穴の前で立ち止まっていた。


「スネイルは、ネクテイルの孤児院にいたんだよね」

「うん……」

 ジャシードの質問に、スネイルは小さく答えて、拳を握り締めた。


「スネイル。君はもう、いつかの君じゃない。胸を張って行こうじゃないか」

 ジャシードがそう言うと、スネイルは『アニキ』の方を見て、黙って大きく頷いた。


 一行が坂道を下っていくと、坂道は二度三度と大きく曲がったあと、衛兵の立つ門に辿り着いた。

 門は、広がり行く洞穴の天井までの高さがあり、閉じ籠もろうと思えばいつでもそうできる造りをしていた。


 衛兵に挨拶をして街へと入っていく。門を抜けると緩やかな上り坂があり、そこを上りきると街並みが出現する。


 ネクテイルの街並みは、洞穴の中に相応しく、そのほぼ全てが石造りだ。街はガンドが作り出すような、魔法の光が柔らかく街を照らしていた。


「今は夜の時間帯だからボンヤリしてるけどよ、昼間の時間帯はバッチリ明るくなるんだぜ」

 ナザクスは、手近にあった魔法の光を湛えるガラス玉に触れた。ガラス玉には管が付いていて、どこかへと延びている。


「この管の先に、魔法使いが詰めている場所がある。魔法使いたちは、四交代だか五交代で街中の明かりを制御し続けているそうだ……ネクテイルは、魔法使いの街なのさ」

 ナザクスは自分で集めた知識を披露した。


 何故ナザクスがここまでの知識を集めたかと言えば、魔法をどのように活用すれば、ロウメリスを発展させられるのかを知るためだ。魔法を活用することによって、良くなる世界は必ずある、とナザクスは考えていた。


 一行は、ネクテイルの外れ、農場の傍にある唯一の宿屋、その名も『愛岩亭』にやってきた。

 宿に入ると、主人のポンカルドが問答無用に案内をしてくる。問答無用と言う表現をなぜ使うかと言えば、この愛岩亭は、主人ポンカルドの岩への愛が集う場所であるからだ。

 ポンカルドは、宿泊者に鍾乳石の造形やら、岩のゴツゴツ感やらザラザラ感にツルツル感を懇切丁寧に説明して回る。宿の中は言うなれば、岩の博物館とも言える。

 長ったらしいポンカルドの岩への愛情を全身に浴びせ掛けられた宿泊者は、非常に安価な宿として、この愛岩亭を利用することができるのだ……。


「何なんだよ、あのつるっぱげ! 退屈な趣味の話しに何分掛けたんだよ……」

 ガンドは部屋に入るなり不満を垂らした。


「しっ! 聞こえるじゃないの!」

 マーシャはガンドがまだ頭に被っている兜、通称『ぴっかりん』をペシッと叩いた。


「ぴっかりんが、つるっぱげとか言ってる」

 スネイルはいつものように、ぴっかりんをあげつらって冷やかした。


「何だかとても疲れたけど、岩のことは少し詳しくなったかも」

 ジャシードはそんな事を言いながら、ベッドに身を投げた。


「いてっ! なんだこのベッド、硬いぞ!?」

 ジャシードが飛び込んだベッドの薄っぺらいマットが、その下にある岩の硬さと造形を、殆ど直接に近い形で身体に伝えてくる。


「ほ、本当だ……。私こんなのじゃ眠れないよう……」

 マーシャは薄っぺらいマットをツンツンしながら、半泣きの顔をしている。


 愛岩亭には小さな部屋がないため、今回ヒートヘイズでひと部屋使っていた。

 ガンドが部屋を見回してみると、部屋の隅っこに大きな箱があるのを見つけた。箱にはなにやら書いた張り紙がしてある。


「んーと、『岩の愛情が大きすぎるとお感じの場合は、こちらのマットを更に敷いてお使いください 主人敬白』だって」

 ガンドが張り紙を読んで箱を開けると、ベッドの数だけ、更にマットが入っていた。


 四人はすぐさま追加のマットを敷いて、ようやく何とか眠れる柔らかさになったのを確認した。


「最初から敷いとけよ! 何が岩の愛情だよ! 岩は岩だろ!」

 ガンドは岩に向かって毒を吐いた。


◆◆


 深夜――


 スネイルは、ふと目が覚めた。みんなが散々文句を言っていた岩のベッドは、意外にもネクテイルでは普通の物だ。もちろん、もっと厚いマットを敷くわけだが、強いて言えば、岩が何だか特別だというだけだ。


 そっと扉を開け、スネイルは宿の外に出た。うすぼんやりとした光が街を柔らかく照らしている。深夜にもかかわらず、誰かが街を照らすために、魔法を使い続けているのだ。


 スネイルはのんびりとした歩調で、久し振りのネクテイルを散策した。


 愛岩亭の近くから広がる農場は、これまた魔法で陽の光に代わる光を作り出して、昼間は『燦々と』と言えるような光を降り注がせている。このおかげで、地下にあるにも関わらず、野菜などを育てることができる。

 農場の隣には、広々とした牧場が広がっている。そこでは、牛やら豚やら鶏やらが飼育されている。今は家畜たちも、草原で寝ているようだ。


 ネクテイルは防衛面でも優れ、生活面でも優れ、魔法的にも優れた素晴らしい街だ。


 そのような街だからこそ、孤児院はあった。残念ながら孤児はどの街にもある程度いる。それは、親が病で倒れたり、怪物にやられたりしてしまうからだ。他の街にも孤児院のあるところはあるが、やはり子供たちを守るという観点では、ネクテイルが最も適していると考えられている。


 孤児になりたいと望む者などいない。不可抗力でそうなってしまった彼らは、この豊かなネクテイルに送られ、心にひっそり傷を負いながら暮らしているのだ。


 スネイルはやはり、孤児院の辺りに来てしまった。来ないと決めていたわけではない。だが来ようと思ったわけではない。思い出深いわけでも、良い思い出があったわけでも無かった。それでも、来てしまう、来てしまった。


 自分がいつもいた場所。探しに来られたら隠れる場所。全ては以前のままだ。五年経ったら、もう居なくなっている人もいるかも知れない。


「おいらには……家族ができたんだ。じゃあね」

 スネイルは独り言ち、深夜で皆が寝静まっている孤児院を後にした。元々誰かに会いたかったわけではない。


 スネイルはひと区切り付けたかった。過去の記憶をここに置いて、新しい家族との記憶を作っていく。目いっぱい作っていく。実際に置いていくことはできないが、区切りが欲しかった。節目が欲しかった。


 そうしてスネイルは、ここに人生の節目を作った。辛く暗い日々は、もう思い出さなくてもいい。これから作っていく未来を全力で生き抜こうと決めた。


 再び、ネクテイルの街を歩く。一頻り歩いて、愛岩亭に戻ってきた。


「これからも、よろしく」

 寝息を立てている三人に、スネイルはそっと言って、再び硬い寝床に潜り込んだ。

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