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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第四章 ひとつになる世界
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望まれぬ護衛

 護衛の旅の始まりは、決して気分の良い始まりではなかった。


 見た目に不機嫌なシューブレン、何も言わずに杖を突いて歩くレリート、そして怯えているミアニルスを引き連れて一行は進んでいく。

 何とか空気を和ませようと、ナザクスがおちゃらけた話をしては、漏れなく尻窄みに終わっていた。


 スノウブリーズに続く商隊の面々は、緊張の面持ちで歩を進めていた。商隊にも目標が設定されていたが、それが失敗に終わった今、商隊も無事で済むとは思えない。

 実はこの商隊のメンバーは、ラグリフによって厳選されていた。その殆どは、ラグリフがナザクスと同じようにしようとしている優秀な者たち、一人はラグリフの息が掛かったフェッドと言う者だ。

 つまりフェッドこそ失敗の張本人であり、この失敗はグランメリスを出るときに、既に決定づけられていたものだった。

 後は何とか無事に帰ることができれば、フェッドの立場は上がる。だが、今の状態は決して楽観視できるようなものではない。ヒートヘイズが護衛に失敗すれば、あるいは諍いで護衛を放棄されれば、フェッドにも死が待っている。

 そう言うわけで、商隊の全員が緊張しながら歩みを進めている。


 一行は風抜け谷で夜を明かし、十字路へと歩を進めた。風抜け谷では、ジャシードがガンドに、レリートやシューブレンの治療をするように言った。スノウブリーズの戦力をまだ低下させたままにしておきたいガンドだったが、ジャシードの頼みとあって渋々応じた。

 しかし、レリートもシューブレンも、ガンドの治療を拒否した。ジャシードもナザクスも、何故拒否するのかと言ったが、二人にとってヒートヘイズは今や敵だと考えれば結果は自然だ。


 十字路からレムランド砦への道程で、初めて戦闘になった。スウィグ採石場の周辺では、多数のロックゴーレムが採石場から溢れていて、戦闘を避けられなかった。


 ロックゴーレムたちは、ヒートヘイズの面々が粉砕した。ロックゴーレムは岩で出来ているから、粉砕という言葉がよく似合う。


 ガンドはエルウィンで新調してきた、鋼鉄の先端をつけた長棒を活用して、ロックゴーレムを打ち砕いた。まさに打って付けの武器を持っていたガンドは、少し鍛えた筋肉を使って、ここぞとばかりに暴れてやった。


 ガンドやジャシードのサポートに、スネイルはとても上手く立ち回った。ワスプダガーは、本当に様々な物質に容易く攻撃できるダガーで、ロックゴーレムにも高い効果があった。岩でも容易く刺し込めるダガーは、非常に珍しいと言えよう。

 そしてスネイルは、卓越した『急所を突く』能力で、ロックゴーレムの『魔力の中心部分』を破壊していった。魔力の中心部分はロックゴーレム毎に異なっているため、攻撃してみないと分からない。


 マーシャの業火の魔法は、意外にもロックゴーレムに高い効果を表した。石は熱すると、割れて弾け飛ぶ。それを上手く使って、マーシャはロックゴーレムを次々と『ただの石』に変えていった。更に弾け飛ぶ石の欠片は、他のロックゴーレムに当たって、次の粉砕を幾許か楽にした。


 ヒートヘイズの活躍で、グランメリスの一行は無事にレムランド砦に到着した。


「ねえジャッシュ、私たち、グランメリスまで付いていくの?」

 いつものように、ジャシードと同じ部屋になったマーシャは、荷物をベッドの脇に置きつつ言った。


「そうしないと、みんな生き残れないよ」

 ジャシードは、当たり前だと言わんばかりに即答した。


「そっか。じゃあ、寒いのに耐える格好をしないといけないわね」

 マーシャは今のところ、薄手のローブと普段着しか持っていない。


「そうだね。しっかり寒さ対策した方がいいな。雪が積もっているんだって言うし」

「雪って、見るの初めてだわ。どんなのかしらね」

「僕も分からないな。白い、冷たい、ぐらいしか知らない」

「それはみんな知ってるわよ」

「それもそうか」

 二人はクスクスと笑った。


「どんな格好をしなきゃいけないか、私たちで考えるのはダメかも。知らなさすぎるわ」

「確かに。ナザクスに聞いてみるよ」

 ジャシードはそう言いながら部屋を出て行った。


◆◆


 スノウブリーズたちの部屋——そこでは、スノウブリーズが四人集まって会議を行っていた。どうしてもヒートヘイズの同行を許せない三人とナザクスとの間に、微妙な空気が流れていた。


「何であいつらの力を借りなきゃならないんだ。あの小僧と一緒にいるだけで腹が立つ」

 シューブレンは、貧乏揺すりをしながら、イライラした様子を隠すこともしなかった。まだネルニードにやられた肩の傷も完治しておらず、時折痛みが襲う。


「そうは言っても、採石場の辺りは、あいつらの活躍がなかったら抜けられなかっただろ」

 ナザクスが短剣の手入れをしながら言った。もはや大剣は使い物にならない。ジャシードに斬られた刀身は持ってきているが、本格的に溶かして打ち直す必要があった。


「あんなもんは、ミアニルスの鎧どもに引きつけさせておいて、その間に行けばいいんだ」

 シューブレンは肩の傷に手をやった。忌々しい痛みが身体の奥まで響いてくる。


「ミアは、毎日毎日二人の傷の手当てで、息切れするほど魔法を使っているんだぞ。ミアを殺す気か?」

「あ、あたしはいいのよ……ちゃんと、やるから……でも、怖いのよ……怖いの……あいつがいると、怖い」

 ミアニルスは、息を乱しながらレリートの脚に治癒魔法をかけていた。もうそろそろ、今日の限界が近づいているのを感じていた。


「もうヤツは攻撃してこない。おれたちが仕掛けなければな。そもそも、揺さぶるために攻撃しようと決めたのはおれたちだろう。そもそも、おれは乗り気じゃなかった」

 ナザクスは肩を竦めた。


「なんだ、今更自分は関係ないと言うつもりか?」

 シューブレンがナザクスの方へ身体を傾けた。その表情には怒りが漂っている。


「そうは言ってないだろう。決めたのはおれたちだ。その結果がこれだ。仕方なくでも受け入れるしかないだろ?」


「とにかく護衛なんか要らないと言っている」

「シュー、少し考えてくれ。おれたちだけで、スノウジャイアントの住処を抜けるなんて不可能だ」

 ナザクスは再び肩を竦めた。どうにもこの三人——実際にはレリートが喋ることはないから二人だが——は、ただ負けた悔しさと、依頼に失敗したと言うことだけで感情的になっているように見える。


「だからミアニルスの鎧を使って抜ければいいだろ」

 シューブレンはミアニルスを指さして言う。


「バカを言うなよ。あんな鎧、スノウジャイアントの攻撃に耐えきれるわけないだろう」

「あんな鎧って、言わないでよ! 彼らだって、一所懸命、やってるのよ」

 ミアニルスは、魔法を使いつつもムッとしてナザクスを見上げた。


「ああ、悪かった、悪かったよ。でも、実際問題として、スノウジャイアントの住処をあの鎧だけで抜けるのは無理だ。キッチリ倒さないと、どこまでも追いかけてくるだろ」

 ナザクスはどうしようも無いと言った具合で、両手を広げた。


「そこまでの間に……ネクテイル、ぐらいまでの、間に、みんな、治して、みせるわよ」

 ミアニルスの治癒魔法にチカラがこもる。しかしチカラを込めたとて、効果が倍増するわけでもない。ミアニルスの実力では、徐々に治すしかないのだ。


「あと七日間で治せるって言うのか? おれの腕はようやっと治ってきたが、まだ本調子じゃない。シューの肩もまだかかるし、レリートの脚は更にかかりそうだが?」

 ナザクスは冷静に現状を分析していた。


「何とか、するわよ……それに、途中、レムリスにも、ネクテイルにも、寄れるわ」

「レムリスやネクテイルに、エルウィンの手が回っていたらどうする。結局治療を受けられなくなる」

 ミアニルスの希望的観測をナザクスが否定した。


「ミアニルスがやるしかないだろう」

 シューブレンは相変わらずぶっきらぼうに、できもしなさそうなことを言っている。


「そんな事を言って、ミアの調子が悪くなってしまっては困る。おれたちの戦闘には、召喚術の支援は必須だ」

「他の奴らを雇えばいいだろう」

 ナザクスの話している途中に、シューブレンが言葉を被せてきた。もはや殆ど議論にすらならない。


「報酬無しなのが分かっていて言っているのか? グランメリスまでの費用を出せるのか? 誰が出すんだ?」

 ナザクスは呆れた様子で言う。


「とにかくおれたちは、生き抜きたいなら、グランメリスに戻ってやり直すしかないんだ」

 ナザクスが続けて、今度は諭すように言った。


「またイチからやり直せってのかよ……クソッタレ……」

 シューブレンは、さっき張ったばかりの弓の弦を引き千切った。


「何をやっているんだ……。他にやりようなんかない。契約が切れるまで、またやり直すしかないんだ」

 ナザクスは溜息をついた。またイチからやり直すことのつらさは分かっている。どれだけ苦労して武具調達の仕事を請けるまでになったか、考えるだけでも溜息が出る。だがまた、その苦労をしなければならない。これはまだ予測だが、これまで失敗してきた冒険者たちを見るにつけ、恐らくほぼ確定だろう。


「……あいつらを、グランメリスに献上してみるのはどうだ」

 シューブレンは、ふと思いついて呟くように言った。


「シュー、いったい何を言っているんだ?」

 耳を疑ったナザクスは、シューブレンに確認する。


「あいつらを奴隷にしてやるんだよ。あのマーシャって女、娼館にでも売り渡せば、高値が付きそうじゃないか」

 シューブレンは少し声を大きくした。心の中の邪悪は、それを名案だと言っている。


「シュー、何言ってるのよ……もう、やめて」

 ミアニルスは、もうこれ以上彼らとトラブルになりたくなかった。一緒にいるのも辛かった。早く別れたかった。


「イチからやり直すよりいいだろ……なあ、レリート」

 シューブレンはそう言って、邪悪な笑みを浮かべる。レリートはその笑みを見て、僅かにニヤリとした。


「そう言う問題じゃない。タダで守って貰っておいて、挙げ句の果てに売り飛ばすつもりかよ。それに、ヒートヘイズの誰かに手を出したら、ジャシードが黙っているはずがない。またあのオーラにやられるつもりか」

 ナザクスは少し強い調子で言った。


「ヘッ……。わかった、わかった……おっと、誰か来たようだ」

 シューブレンが、廊下を近づいてくる気配に気がついて声を潜めた。


 ドアをノックする音が聞こえ、ジャシードの声が聞こえてきた。ナザクスが応答して、立ち話をした。ジャシードはメリザスでの防寒について質問し、ナザクスは嘘偽りなくそれに答えた。


 そのやりとりを、シューブレンは射貫くような視線で、じっと見ていた。


◆◆


 翌日、一行はダグダのくだらないお喋りに少し時間を取られた後、レムランド砦を出発した。


 晴れ渡る空の下、見渡す限りレムランド砦からウルート橋へ向かう間、殆ど怪物はいなかった。


「来るときは、こんなに怪物がいなくなかった気が……するんだけどなぁ」

 ガンドは、周囲を見渡していた。不思議なほど怪物が少なく、草原が広く見えた。まだ離れているのに、アグアンタ荒原の端が見えたほどだ。


「うん。何となく嫌な感じがする。気をつけて進もう」

 ジャシードも何かを感じ取っていたようで、ガンドに同意を示した。


 しかしそのようなやり取りがあっても、グランメリスの者たちはお構いなしに――ナザクスは少し気にしているようだが――先へと進んでいった。


「あの人たちは、護衛されているのを分かっていないのかしら」

 マーシャが、グランメリスの者たちの行動を見て、ぽつりと不満を漏らした。


「それでも護る」

 ジャシードは、先に進み行く者たちを追いかけ、小走りしていった。マーシャはその背中に溜息をつく。


「アニキは強いなあ」

 スネイルはマーシャの隣に寄ってきた。


「全く、バカみたいな真っ直ぐさよね」

 苦笑いを浮かべたマーシャが言った。


「でも、それが気に入ってるんでしょ」

 スネイルが前を見たまま言った。横目にマーシャがハッとしているのが見える。 


「おいらも見習おう」

 スネイルは早足になって、グランメリスの人々の近くまで進んでいった。


「ふふ。スネイル、あなたも、たいがいよ」

 マーシャは、離れていったスネイルの小さな背中に言った。


◆◆


 その後は何事も無く、アグアンタ荒原までやってきたが、ふとスネイルが上を向いて叫んだ。


「アニキ! 上にでっかい鳥がいる! こっちを狙ってる!」


 その声に、その場の全員が視線を上に上げた。どこかから、ひっ、と言う声が漏れる。


 多数の視線全てから、陽の光を遮るほどの大きな影が、地面に映し出されていた。


「ロ……ロック鳥だ!!」

 大きくなる影に恐れおののく声が、商隊の中から聞こえた。


 ロック鳥――それは、脚の指が人間一人と同じか、それより太く長い指を持つ、非常に、非常に大きな鷹のような姿をした鳥だ。羽を広げれば三十メートルほどもあるような巨大な鳥が、『餌を狙っている』のだ。


「くそ……こんなところにロック鳥がいるなんて、聞いてないぞ」

 ナザクスがそう言うのが聞こえた。


「ああ、残念だけど、もう終わりだわ……」

 ミアニルスが、震えながらしゃがみ込んだ。


「アニキ、やる?」

「もちろん。餌になりたくないし」

 ジャシードは、ファングを引き抜きながら言った。


「し、正気かよ!?」

 ナザクスは、ロック鳥とヒートヘイズを交互に見ている。ジャシードが強いのは分かるが、敵は強大だ。ロック鳥に敗れた冒険者など、すぐにでも見つかる。


「どっちみち、もう逃げ切れないよ。ワイバーンだって倒せたんだ。ロック鳥だって倒してみせる」

「久々の大物だね、ジャッシュ」

 ジャシードの言葉に、ガンドもやる気に満たされた。


「ナザクス。みんなを連れて後ろに下がってて」

 ジャシードは、ロック鳥を見据えながらファングを構えた。

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