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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第三章 新たなる旅立ち
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トゥール砦

 マッシオーベ橋は、横に五メートルほどある木製の立派な橋だ。川幅三十メートルほどあるマッシオーベ川に横たわるその橋は、時に荷物満載の荷車が通るため、かなり広い造りになっている。

 橋にはナイザレア側、レムランド側それぞれに四人ずつの兵士が警護に当たっている。話を聞くと、日に何度か、怪物が近づいて来ることがあるらしい。


 四人は、橋を渡ってレムランド側にある、マッシオーベ砦で一晩世話になることにした。


 マッシオーベ砦は、石造りで頑丈な佇まいの砦だ。二階建ての砦は、手前に武器庫、奥に兵士たちの部屋がある。部屋の隣にある簡素な台所には、少々乱雑に食器が置かれており、この砦の生活の一部を垣間見ることができる。

 砦の外側は、砦本体から少し離れた場所に太い丸太を並べて作られた壁があり、砦を取り囲んでいる。丸太の内側にも傷があり、壁を越えて内部まで攻め込まれたこともあるのだろうと想像された。

 少し心配ではあるが、ラマは丸太の壁と砦の間に繋げておいた。砦の内側だから、恐らく問題無いだろう。


「街はそれぞれ、街だけで生活できるのに、こう言う場所が必要なのは何故なんだろう?」

 ジャシードは二階への階段を上りながら、不思議に思ってバラルに尋ねた。


「どの街にも、その街の特産品、あるいはどこかで仕入れてきたものを流して稼ごうという商人なんかがいる。道が塞がれてしまうと、荷を運べなくなるだろう?」

「その辺りは何となく分かっているんだけど、そうまでして売るものって、どんなものなのかな?」

「簡単なところで言うと、武具の類いとその材料、食料、酒、贅沢品、宝石などがある。街で材料が取れないところもあるからな。例えばドゴールは金属を採取する手段がない。だから他の街から既製品や素材の形で仕入れるしかないのだ。他の街ではドゴールの辺りにある、均一な大きさの砂が欲しい街というのもある」

「そうなんだ。少しだけ分かった気がする」

「そう言った商売で財産を築いている家は、どこの街でも大きいわけだ」

 バラルはそう付け足した。


「へえ……。大きい家と言えば、レイフォン家とか?」

 ジャシードは、レムリスにあった、大きなオーリスの家を思い出して言った。


「そうだな……。まあ、レイフォン家は、ドゴールを治めている家でもある。大きいのは当たり前だな」

 バラルは少し嫌そうな顔をしながら答えた。もしかしたら、バラルはレイフォン家と何かあったのかも知れないが、ジャシードは詳しく聞かなかった。嫌な記憶なら、敢えて引っ張り出すこともない。


 二階はとても広々とした場所だった。マッシオーベ砦は、レムリスの近くにあった守衛所と違い、しっかりと宿舎としての機能を果たすように造られているようだ。一階と違って整然と並べられているベッドは八つあり、きちんとシーツなども一ヶ所に纏まっている。

 部屋の中心には四人用のテーブルと椅子のセットがふたつ置いてあり、テーブルの上にはランタンがつり下げられていて、それぞれのテーブルを程よい明かりで包み込んでいる。


 四人は荷物を二階に置いてから、キッチンを借りて食事をこしらえた。ついでに雑然としていたキッチンを片付け、掃除してやった。


「明日はどの辺りまで行くのかな?」

 ガンドはテーブルに地図を広げた。


「三叉路までかな。多分、新しい砦ができてる」

 ジャシードは地図上の街道をなぞっていった。この地図には、まだ守衛所が描かれている。守衛所は六年ほど前にあった襲撃で破壊され、今はレムリスとドゴールが建造した、新しい砦があるはずだ。


「レムリスまでもうすぐだ!」

 スネイルが乗り出してきた。


「あと二日だな」

 ジャシードは、スネイルの頭に手を置いて言った。


「記念日には間に合うんだよね?」

 ガンドは念のために確認した。


「余裕だよ。まだ六日あるから」

「ドラゴンを見たときだけはビックリしたけど、それ以外はあんまり怪物にも襲われなかったから、順調だね」

 ガンドはドラゴンと言う言葉を発する前に、少しだけ震えた。


「怖がりぴっかりん」

「いやいやいや! これは怖がってない君たちの方が異常なの!」

 ガンドはスネイルとジャシードを指さした。


「そうかな?」

「……そうかな?」

 スネイルはジャシードの真似をした。


「でもさ、ドラゴンは大きくて強いのは分かったんだけど、何というか、ワイバーンみたいに敵意が無い感じがしたんだ」

 ジャシードは、その時のことを思い出しながら言った。


「きっと、僕たちのことが見えてても、アリンコ程度に見てるんでしょ」

「確かにドラゴンにとっては、わしらなんぞはアリンコ程度のものかも知れんな……まあ距離もかなり離れていたし、少し過剰に反応してしまった感はあるな……さて、わしは寝るぞ」

 バラルはそう言いながら席を立って、ベッドに横になり、すぐに寝息を立て始めた。


「ずっと寝てたのによく眠れるなあ」

 ガンドは呆れた様子で言った。


「あはは……ドラゴンに朝早くたたき起こされたから、仕方ないよ。僕らも早めに寝ておこう」

「ねる。ねる。おいらも、ねる」

 ジャシードに続いてスネイルも寝床についた。


「みんな、早いなあ!」

 ガンドはしばらく地図と睨めっこしていたが、さすがに近くで三人が寝息を立てていると、眠くなってきたのだった。


 ◆


 翌朝、曇りがちな天気の中、四人はマッシオーベ砦の衛兵たちに礼を言って出立した。南東方面には朝靄の中にグヤンタの塔が見える。

 三叉路までは南側はほぼ草原、北側がトゥール森林地帯だ。久し振りのレムランドは、まさに帰郷の感覚をジャシードに呼び起こした。


 タマプ湖を越えた辺りで食事をし、また街道沿いに東へと進んでいく。

 トゥール森林地帯は、時折途切れて草原になる。四年前にバラルの背中から眺めたトゥール森林地帯は、いくつも森が切れていたり、円形の草原になっているような場所がたくさんあった。

 それらの場所に行ってみたい衝動に駆られたジャシードだったが、今回の目的にそぐわないため、そっと我慢した。


  途中、何度かゴブリンとコボルドの小集団が襲ってきたが、彼らの敵ではなく、一回の戦闘が一分にも満たないような、素早く終わる戦闘になった。


「こんなに弱かったかな」

 ジャシードは、過去の戦いを思い起こしていた。コボルドは、守衛所で襲われたとき以外は強いと思った事が無かったが、これほどあっさり撃退できるとは思っていなかった。


「武具の差だろう」

 バラルは荷台に寝転がりつつ、自分の杖を掲げた。彼らが持っているのは、宝石誘導で何がしか強化されたものだ。魔法的なチカラで、切れ味は抜群だ。


「前は、お下がりの短剣だったもんなあ」

 ジャシードはファングを抜き放って、天にかざした。曇天にも映えるそいつは、どこの光を反射しているのか、その刀身に光を湛えている。


「お下がりの短剣は、どうなったの?」

 ガンドが言った。


「もちろん荷物の中にはあるよ。レムリスに着いたら、家に置いていくつもり」

「そっか。ところでジャッシュの家はどんな家なの?」

「狭いところだよ。お客さんを迎え入れるような場所は無いな。……そう言えば、どうしたら良いんだろう」

「え、考えてなかったんだ」

「一応、ピックの手紙で、出る前に知らせてあるんだけど。ピックが戻ってくる前に出てきちゃったからなあ」

「ジャッシュって、ここぞと言うときは無計画だよね。勢いに任せてるって言うか」

「あ……はは……言われてみれば」

 ガンドに痛いところを突かれて、ジャシードは苦笑した。多分、ソルンが何とかしてくれる。そんな気がしていた。


 ◆


 そろそろ辺りが暗くなろうとしていた頃、一行は、東に森から突き抜けている大きな建物を確認した。


「うわ、あれってもしかして……」

 ジャシードは驚きの余り声を上げた。そこは三叉路、守衛所があった場所だ。


『トゥール砦』

 そう書かれている場所に似合わない立派な砦は、マッシオーベ砦のように丸太の壁に囲まれている、三階建ての大きな砦だった。守衛所だった場所には、今は何もない。


 衛兵たちは門前に四人、周囲に四人、配置されている。


「うわあ、こんなに大きいのを建てたんだ」

 ジャシードはトゥール砦の全体像を眺めた。以前の記憶は六年前だ。八歳の時は、以前の守衛所でも大きく感じられたものだ。


「ん? お前ジャシードじゃないのか?」

 衛兵の一人が声をかけてきた。


「覚えてるか? おれ、フマト」

「わ、フマトさん! お久しぶり!」

「オンテミオンさんの所に修行に行っていたんだってな? 戻ってきたのか?」

「うん、もうすぐ十五になるから」

「そうか、お前も成人になるんだな……あんなにちびっ子だったのに、背も伸びて立派になった」

「フマトさんも、立派な衛兵に見えるよ」

「そりゃあ四年も経てばな。おれももうすぐ二十歳になる」

「もう居眠りもしないね」

「ハッ! するかよ!」

 フマトは衛兵になりたての頃、夜間組で居眠りしてしまい、絞られているところをジャシードに発見されたのだった。


「今日はここでひと晩、お世話になろうと思って」

「そうか。ゆっくりして行ってくれ。ラマは、壁の内側に繋ぐ場所があるから、そっちへ。二階に宿泊者用の部屋があるから使ってくれ」

「わかった、ありがとうフマトさん」

 ジャシードはフマトに礼を言うと、ラマを引いて砦の門をくぐった。


「なんか、アニキのふるさとって感じがする」

 スネイルは、ジャシードがそこら辺の衛兵と気軽に喋る姿を見てそう言った。


「間違いなく、ふるさとだね」

「アニキのふるさとは、おいらのふるさと」

「そうなるといいな。さ、部屋を使わせて貰おう」


 砦の中に入ると、左右に延びる通路があった。左側は二階への階段、右側は左へ折れて更に奥へと繋がっている。恐らくそちら側は衛兵の詰め所だ。

 四人は階段を上って二階に来た。すぐ目の前に扉があり、左側へ通路が続いている。通路には更に三カ所の扉があり、それぞれが宿泊者用の部屋になっていた。

 右側には三階への階段があり、上から太っちょの男が下りてきた所だ。


「もしかして、ガダレクさん?」

 ジャシードは、一つの部屋に他の三人を招き入れながら、太っちょに声をかけた。


「おぉまえは、ジャシードじゃぁないかぁ。でかくぅ、なったなあぁ」

 ガダレクは荒く息をつきながら言った。


「ガダレクさんは……別の意味で大きくなったね……」

 ジャシードの記憶にあるガダレクより、二回りほど大きい男がガダレクと分かったのは、顔の作りが殆ど変わっていないからだ。


「あははぁ。痩せないから、ここに来させられたんだぁよ。ここでこき使われてぇ、痩せろってよぉ。ひどいよぉなぁ」

「あ、はは……」

 ジャシードは苦笑するしかなかった。


「お前はぁ、運がいいぃ。ちょうど、寝具のぉ手入れをぉしたところだ。昨日、商人たちがぁ、来たからなぁ」

「そうなんだ。ここに来るような商人って、どこに行くんだろう?」

「確かぁ、エルウィンにぃいくってぇ、言ってたぁなぁ」

「エルウィンか、一番大きな街だよね」

「そう、そうらしいなぁ」

「ありがとう、ガダレクさん。頑張って痩せてね」

「頑張れるぅかなぁぁ」

 ガダレクは無理だという意味の答え方をしたが、ジャシードはもう何も言わなかった。


 部屋の中は、奥行きもあって広々としていた。ベッドは四つ、ちょうど四人用の部屋のようだ。東側に大きくないが窓が二つある。

 ゆったり座れる椅子が四脚、燭台が照らす楕円形のお洒落なテーブルを囲っている。


「こんなに立派な建物、誰が造ったんだろうね」

 ガンドが部屋をうろうろしながら言った。立派な部屋というのは、最初は落ち着かないものだ。椅子があるのに座ろうともしない。


「どうせレイフォンだろう。全く無駄な金だ。他に使うところがあるはずなのに」

 バラルはおかんむりの様子で、ベッドに身体を投げ出した。


「寝心地が良い! けしからん!」

 バラルはベッドに顔を埋めたまま叫んだ。


「後で宿泊費用を請求されたりして……」

 ガンドが椅子にすら座らない理由が明らかになった。座ったら払うというのもまた変だが、ガンドの頭の中ではその図式が成り立っているようだった。


「一応、確認してくるよ」

 少し心配になったジャシードは、部屋を出て衛兵の誰かに聞きに行った。


「こんなものを造るくらいなら、街を拡張すれば良いものを」

 バラルはベッドを堪能しながら言った。


「バラルさんは、言ってることとやってることが全然合ってないよ」

「ちぐはぐおっさん」

「うるさい、ガキンチョどもめ」

 バラルも少し、童心に返っているようだ。


「無料らしいよ」

 ジャシードはガダレクに聞いたが、彼は知らないと言うことで、結局フマトに聞いてきた。


「費用も取らんとは、けしからん!」

 バラルがまた叫んだが、もう誰も口を挟まなかった。バラルはとにかくけしからんのだ。


「明日はレムリスだな」

 ジャシードは、地図好きのガンドが広げている地図を覗き込んだ。


「おお」

 スネイルが、ドゴールからここまでの道のりを指でなぞっている。


「スネイルとガンドは、今までで一番長い旅かな」

「そうだね、明日で五日目か。長いようで短かったね」

 ガンドは地図をじっと見つめている。


「ま、僕たちの旅は、まだ始まったばかりさ」

「さ!」

 ジャシードの発言に、スネイルが続いた。


 その夜は、けしからんベッドのおかげで、全員がぐっすりと眠ることができた。レイフォン家に感謝しなければならないだろう。

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