表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
45/125

願いを込めて

 翌日、オンテミオンは訓練生たちを従えて、ハンフォードのぼろ家へと出発した。バラルは杖だけをオンテミオンに預け、結局自分は行きたくないと言って、どこかへ行ってしまった。


 オンテミオンは、武器や防具を幾つか持ってきていた。長剣に、ダガー、杖、そして、長く幅の太い剣もあった。そして一人一人に鋲付きの革鎧を着せてきていた。


「この太い剣は何?」

 ジャシードは気になって聞いてみた。


「んん、これは大剣ロングブロードソードという。重量があるから扱うのにチカラが要るが、守るにもよし、当たればその破壊力は見た目から分かるとおりだ」

「カッコいいなあ」

 オンテミオンの言葉を聞いて、ジャシードはそんな剣が欲しくなった。しかし、今のジャシードには、その剣は大きすぎた。いつか、こんな剣を持とうとジャシードは決めた。


「何でこんなに持ってんの?」

 オンテミオンが持ってきている武器を指さしつつ、スネイルが聞いた。


「んん……。宝石誘導というのは、一つの武具に一つだけなのだ。つまり君のダガーにもう一つ分使ってしまうと、最初の効果が消えてしまうと言うことが分かっている。だから、新しい物を持ってきたのだ」

「え、じゃあそれくれるの?」

「うむ。ワイバーンの利益だから気にするでない」

「やったあ!」

 スネイルは飛び上がって喜んだ。彼はつい最近まで、誰かに物を貰うなんて事はなかったのだ。心の底から嬉しいことだろう。


 そんな事を話している間に、ハンフォードのぼろ家に着いた。もはや慣れた四人は、ずかずかとぼろ家に入っていく。

 その部屋は相変わらず、乱雑で汚れていた。差し込む光が、四人が部屋へ入ってきたために舞い上がった、空気中に漂う埃を映し出す。


「んん、ハンフォ……おい、どこに寝ておるんだおぬしは……」

 オンテミオンは、ハンフォードが本棚の上で寝ているのを見て本棚を揺らした。しかし、ハンフォードは起きる気配が無い。


「どうやって上がったんだろう……」

 ジャシードは呟いた。本棚の側には、梯子や足場などは見当たらない。


 オンテミオンは、何度もハンフォードを揺すったり、引っ張ったり、つねったり、叩いたり、くすぐったりを繰り返し、やっとの事で起こすことに成功した。


「フォォゥォォ……。おはよう」

 ハンフォードは、大口を開けて変な欠伸をした、と思ったら、本棚の上から見事なまでに落下し、床に叩き付けられた。落ち着いてきていた床の埃が、再度派手に舞い上がった。


「んん。おはよう。依頼をこなしてきたから、約束通り宝石誘導をやってくれ」

「フォ? そんな約束したかの?」

 ハンフォードは床から立ち上がりながら、上ずった声で首を傾げた。


「んん……。まあブドウでも食え」

 オンテミオンは面倒になって、とりあえずのブドウを差し出した。

「フォ!」

 ハンフォードは、ブドウを見ると即座に口へと運んだ。大型の籠に山盛りあったブドウは、次々とハンフォードの口に吸い込まれていく。


――五分後、残りのブドウが三分の一になったところで、ハンフォードは食べるのをやめ、大人しくなった……目に光が宿ったような気がした。


「フォッ。やあオンテミオン。依頼は終わったかね?」

 ハンフォードは、急に渋い声で言った。


「ど、どう言う仕組みなの……」

 ジャシードは苦笑いしている。


「じいさんから、おっさん」

「ちょっとスネイル、ダメだよそんな事を言っちゃ」

 ジャシードはスネイルを注意したが、ハンフォードはやはり、意に介さない様子だった。


「んん。依頼は完全に終わらせた。部品の状態も、かなりいい」

 オンテミオンは、袋から部品になりそうな物を幾つも取り出した。


「フォッ……これはなかなか、状態がいい。それで、どれに浸透させるのかね?」


「まずは彼らの鎧に頼む。三人とも鎧を外して」

 オンテミオンは、彼らに着せてきた鋲付きの革鎧を脱がせ、素材を幾つも並べた。

 ハンフォードは、青く輝く鱗を多数と、ワイバーンの皮を選択し、次々と浸透させていった。それぞれ鎧の色がほんのりと青に染まり、艶が増したように思われた。


「フォッ。では、これで依頼は完遂されたな」

「待て、まだある」

「ここからは有料だぞ」

「んん……。もちろんマナの欠片なら出す」

「有料と言った」

「ブドウは誰の金だ? 誰が買いに行った? 買い物もできない程の普段に、色を添えているのは誰かな?」

「フフォッ!」

 ハンフォードは、渋い声で謎の返事をして、手を差し出した。次は何だ、と言うことらしい。


 オンテミオンは、持ってきた武器を次々と渡し、部品と融合させていった。


 ジャシードには、微かに青黒く光る長剣が渡された。その黒い色は、二年前に倒した漆黒のワーウルフの爪、そしてあのワニの爪、更にワイバーンの爪まで、とにかく爪をふんだんに入れてある。もちろん効果は不明だ。


 ガンドには、青く輝くガラス玉が着いた小型の杖が渡された。この杖は腰に下げても邪魔にならない大きさで、棒とともに持ち歩ける。場合によっては使い分けができるかも知れない。


 スネイルには、ほのかに青紫色に光るダガーが渡された。ワニの爪と牙が使われている。スネイルはダガーを両手に持って、とても満足げにしていた。


 バラルの杖は、先端に埋め込まれた宝石が、角度によって赤と青が入り混じるようになった。この仕上がりだけを見たら、バラルはなんと言うだろうか。とりあえず文句を付けてきそうだが……。


 オンテミオンは、例の大剣に牙やら爪やらを融合させていた。しかし現段階では、とにかく効果が分からないため、数をこなすことが重要だそうだ。


「フォッ……。疲れた。疲れたぞ、オンテミオン。人使いの荒いヤツめ。こんなに魔法力を使わせるとは……」

 ハンフォードは、渋い声でそう言うと、テーブルに突っ伏してしまった。


「人使いの荒いのはどっちだ。こちらはワイバーンに襲われ、見えない怪物に襲われ、大変だったのだぞ。これぐらい当然だ。だが、後でブドウを追加してやるのは、やぶさかでもない」

「フォッ……頼むぞ」

 ハンフォードは、渋い声でオンテミオンに短く答えると、即座に寝てしまった。


「僕を運んできたときのバラルさんみたい。あの時も、魔法力を使いすぎたって言って、すぐ寝ちゃったんだ」

 ジャシードは、ついこの間のことなのに、懐かしくなった。


「年寄りは、早寝」

「スネイル、そう言うのやめな、ね?」

「アニキが言うなら、やめる」

「頼むよ」

「うん。頑張る」

「……頑張らないと、やめられないの……?」

 ジャシードは苦笑いした。世話の焼ける弟ができたものだ。



 訓練生たちは一旦部屋に戻り、急に増えてきた武具を並べた。何だか不揃いな色の武具が並んでいる。


「宝石誘導の色々な効果が分かってきたら、部品を集めてお揃いを作ってもらいたいな……なんか今のままじゃ、かっこ悪いし」

 ガンドは革鎧と革の兜を並べて見比べた。ほんのり青と、艶々の兜、普通の籠手……なんとも一体感に欠ける。


「材料集めも楽しそうだね」

「ジャッシュもそう思う?」

 ガンドは、色々見比べつつ言った。


「うん。色んな怪物を倒せば、色んな部品が取れそうだしね。それに、もっと冒険もしてみたいし」

「アニキ、冒険しよう! したい!」

 スネイルが、冒険の言葉だけに反応して前のめりになった。


「まだ早いよ。僕は十五歳になるまでは、しっかりここで訓練したいんだ」

「ジャッシュが十五だと、あと四年くらいかな」

「そうだね。レムリスでは、レムランド開拓記念日にみんなの年齢が上がるから、その時はレムリスに帰るよ」

「ええ、アニキ……帰るの……」

 スネイルは、一瞬にしてシュンとしてしまった。


「スネイルも行こうよ。ガンドも一緒だったら嬉しいな」

「もちろんさ!」

「アニキ! やった!」

「ガンドは、お父さんとお母さんの許可が要るんじゃない?」

「五年後なら、僕は十八だよ。許可なんて要らないさ」

「そっか。じゃあ、記念日の前日に着くように、みんなで行こう!」

「楽しみだね、アニキのふるさと!」

「それまでしっかり、ここで訓練しないとね」

 ジャシードは、スネイルの頭に手を置いた。


「頑張るよ!」

「スネイルは素直でいいね」

「そ、そうかな!」

「スネイルが照れてるよ」

 ガンドはそう指摘しながら、スネイルを指差した。


「う、るさい、つるつるのぷよぷよ!」

「なあにい!」

「ちょっと二人ともやめて」

 三人は子供らしく、とても楽しそうにしていた。


◆◆


「実験の進捗はどうだ?」

 全身を甲冑で覆っている男が、灰色のローブを纏っている者に言った。


「幾つかの成果は出せました。フグードと言う名の者を使役し、一つは半死半生からも復帰できる、自己再生能力を付与できました。完全切断にはまだ対応できませんが、現段階では十分な結果と考えます。

 もう一つですが、多数の同士に知性を与え、街を襲撃させました。このどちらも、『赤の目』に付与した魔法で達成しております。魔法力を集めるのが大変な事ではありますが、赤の目を複数作り出す事ができれば、良い部下を組織することもできましょう」

 灰色のローブに、蝋燭の炎が作り出す光が差し込み、鱗で覆われている顔の一部が露わになった。


「なかなかの成果だ。続けて励め」

「はっ……必ずや、しぶとい人間共を根絶やしに……」


◆◆


 スネイルは、ジャシードとガンドが買い出しに行っている間、机に向かっていた。八歳の儀式をするためだ。


 少し前までは、こんなことをする気にもならなかった。


 ずっと、ずっと一人だった。


 孤児院でも、その性格のおかげで孤立した。一度孤立すると、なかなかそこからの挽回は難しい。特に子供はそうだ。スネイルは、まさにその流れに乗ってしまった。もう挽回できなかった。


 だから、スネイルは、ずっと一人でいた。一人で、オモチャの短剣を振り回した。


「んん……少年、一人なのかね?」

 スネイルが驚いて見上げると、オンテミオンが見下ろしていた。


「んん……。すまん、脅かしたな」

 オンテミオンはしゃがみ込んで視線を合わせた。


「なかなかの腕前だな……その短剣だ」

 スネイルは、急な出来事に対処できずにいた。とりあえず首を振る。


「んん……。いつも一人でやっているのか?」

「うん」

「お父さんにお母さんはどうしている?」

「いない」

「親はいないのか。今は……孤児院か」

「そう」

「君は強くなりたいか?」

「うん」

「ならば、わしの所に来るつもりはないか? 強くなれるかも知れんぞ」

「行く」

 スネイルは、今の状態を抜け出したかった。逃げないとおかしくなりそうだった。そんな時に声をかけてきたオンテミオンは、救いの神のように見えた。


「んん。よし、孤児院には、わしが話を付けてやる。二週間後、迎えを寄越すから、その指示に従うんだ。いいね」

「わかった」


 二週間後、バラルが迎えに来て、その後はジャシードと同じだ。スネイルにとって違ったのは、ジャシードやスネイルが、幸せな家庭で育ったのが滲み出ていたところだ。


 スネイルのような境遇の子供がいる場所では無かった。スネイルは羨ましさの余り、ツンケンした態度を取ってしまった。また、同じ流れになろうとしていた。


 それでも、ジャシードはスネイルを見捨てなかった。彼はずっとスネイルの良いところを探していたし、ずっと気に掛けてくれていた。それどころか、命を張って助けにも来てくれた。


 スネイルは、本当に、心の底から嬉しかった。今それを思い出しても、何だか涙ぐんでしまうほど、スネイルには嬉しい出来事だった。


「アニキは、すごいや……いいのかな、こんなのが弟で……いいのかな……」

 スネイルは独り言ちて、紙に文字を書き始めた。



「ただいま!」

 しばらくして、ジャシードとガンドが元気よく帰ってきた。


「おかえり、アニキ!」

「ただいま、スネイル」

「僕には?」

「おかえり、ぴっかりん!」

「この、また!」

「あはは! おかえり、ガンド!」

「おう! ただいま!」

 三人は、とっても、仲良しだ。


「んん、騒がしいぞ。買い物はちゃんと済ませたのか? 随分長く掛かったじゃあないか」

「僕たち、ほら、ちょっと有名になったじゃない? 街の買い物にも、呼び止められたりして、時間が掛かるって言うか」

 ガンドは言い訳した。


「んん……。ならば、その頬に付いている食べかすをどう説明するんだ、ガンドよ」

「え!? あ……あー……。えーと……」

「ガンド、バレてるよ。もう無理。ごめんなさい寄り道してオヤツ食べました!」

 ジャシードは素直に白状した。ガンドも観念してペコリと頭を下げた。


「遅れたのは良い。だが、スネイルを差し置いて二人だけでオヤツを食って来るとは、けしからん奴等だ!」

「けしからんやつらだ!」

 オンテミオンとスネイルは、おかんむりだ。


「オンテミオンさん、そこは、大丈夫なんだ。……はい、スネイル。おみやげだよ」

 ジャシードは、クッキーが入っている袋をスネイルに差し出した。


「わあ! アニキはやっぱりすごいや!」

「やっぱりって何?」

「いいの! ありがとうアニキ!」

 スネイルは階段を駆け上っていった。


 スネイルは、彼らが帰ってくる前に、紙を土に埋めていた。その紙にはこう書いてあった。


『アニキみたいに、だれかを、しあわせにできる人になりたい』






 少年は、憧れの背中を追いかけていく。

 その背を見てまた、憧れる少年を従えて。



 第二章「若き冒険者たち」 完

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

Rankings & Tools
sinoobi.com

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ