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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
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世界で一人の技術

「今日は、実験と言うか、実践にちょうど良いと思ってな」

 オンテミオンは、確かにそう言った。


「実験……?」

 ジャシードは凄く引っかかったが、大人たちが勝手に進めているので、それ以上言わなかった。


「素材はどれだ?」

 ハンフォードは、テーブルの一つに載っている台の上にあった物を片手でざっと払って、全て床に落とした。がさがさと音とともに、ホコリが舞うのを陽の光が映し出した。


「汚い……」

 スネイルは我慢がならない様子だ。


「ジャシード、君の剣を出せ」

 オンテミオンは、有無を言わさぬ調子でジャシードの剣を半ば奪い取ると、ハンフォードに手渡した。


「初めは、こいつだ。素材は、サンドワスプの牙」

「ふむ。前にやった組み合わせではないか。つまらん。やらん」

 ハンフォードは、そっぽを向いてしまった。


「んん……! 面倒臭いやつめ」

「違う組み合わせなら良いの?」

 ジャシードは何か思いついた様子だ。


「そうだな」

 ハンフォードは興味なさそうに言った。

「ちょっと待ってて!」

 ジャシードは、ハンフォードの家を出ると、自分たちの部屋へと走って行った。


 少しして、ジャシードは、奇麗な甲を持つ、あの虫の部品を持ってやってきた。


「サンドビートルの部品を持っていたとは」

 オンテミオンは、ジャシードの肩をバシンと叩いて称えた。


「なんだ。持ってきたと思えば、そんな物か。牙とそれではやらん」

 ハンフォードは、ふんと鼻を鳴らしてブドウを食べた。


「お前わがままもいい加減に……」

 オンテミオンがそう言いかけたとき、ジャシードは新たな部品を取り出した。


「うーん……。これなら……どうかな」

 ジャシードは、少し躊躇いつつ、ポケットから『水の欠片』を取り出した。二年前にウォータークロッドから取れた物を、大事に取ってあった。


「フォ! 良しやってやろう。マナの欠片は二個寄越せ」

 ハンフォードは、とても渋い声で言った。


「んん。よく持っていたな」

「……宝物……だったんだ……」

 ジャシードは、少しだけ寂しそうに言った。


「んん……。また、欲しければ取りに行けば良い。そうだろう、冒険者ジャシード」

 オンテミオンは、ジャシードの頭の上に手を置いて言うと、ジャシードはコクリと頷いた。


「んん、見ていろ。世界でたった一人『宝石誘導』をできる人物だ」

 オンテミオンは、そう言って皆の視線をハンフォードに向けた。


 それは不思議な光景だった。


 ハンフォードは、台の上に剣を置き、左手にマナの欠片、右手にサンドワスプの牙を手にした。


 マナの欠片はハンフォードの左手の中で輝きを放ち始め、汚らしい部屋を一瞬で荘厳な雰囲気へと変えていく。


 左手の輝きを右手のサンドワスプの牙に合わせると、サンドワスプの牙が左手の輝きに溶けるように吸収された。


 すぐに右手をそばに置いてある金槌に持ち替え、左手の輝きを剣に塗り広げてから、金槌でカンカンと叩き始めた。金槌で叩いた部分は、輝きが剣に染みこんでいく。


 更にハンフォードは、左手にもう一つのマナの欠片を持つと、同じように水の欠片を吸い込ませ、再び剣に塗り込み、金槌で叩いた。同じように、輝きが剣に染みこんでいった。


「よし、終わったぞ」

 ハンフォードは剣を持ち、刀身を上から下まで眺めると、満足そうに差し出した。


「あ、ありがとう」

 ジャシードは何の変化も無さそうな剣を受け取ると、ハンフォードがやっていたように眺めてみたが、やはり何も変化がないように見えた。


「終わりか?」

 ハンフォードはブドウを食べながら、気怠そうにしている。


「いいや、まだある」

 オンテミオンは、サンドワスプの針と新しいダガーを取り出して渡した。諸刃で細身の短剣であるダガーは、明らかにスネイルの為のものだ。


「オンテミオン……さん、それ……」

 スネイルは珍しく控えめに言葉を発した。


「んん……。もちろん君のものだ」

「あ、ありがとう……!」

 スネイルは割と感激している様子だった。最近の彼は幸せだろう。義兄弟を得、そして武器も新調して貰ったのだ。


「ただし、八歳の紙をちゃんと書くこと」

「あ……。うん、わかった」

 オンテミオンは、スネイルの頭を撫でてやった。


「ほほう。こんなに立派なサンドワスプの針は見たことがない。よほど慎重に戦ったのだろうな」

 ハンフォードは、満足そうに左手を出し、二個、と言った。


「これ、どうなってるんだろう」

 ハンフォードの作業が始まるのを見て、ジャシードは知りたい気持ちが出てきた。


「んん。よく分からん。判っているのは、素材の特性を武具に染みこませる、その特性を発現させるために、マナの欠片と合わせる、と言うことぐらいだ。だとして、あの叩く動作は要るのか、わしにも分からん」

「どうなってるのかなあ……」


 オンテミオンの説明を聞いても、ジャシードには余り理解できなかった。一つ分かったのは、サンドワスプの牙と、水の欠片の『特性』が武器に染み込んだ、と言うことぐらいだ。もちろん、ジャシードには事実が分かっても、意味は理解できなかった。


 ハンフォードの作業が終わると、スネイルの物になったダガーは、心なしか黄色くなったように見えた。


 ダガーを手に取ったスネイルは、とても嬉しそうだった。左右の手に持ち替えては素振りをした。


「危ないから素振りはやめ……」

 オンテミオンがそう言いかけたとき、ダガーはうっかり、家の壁に当たってしまった。

 それは見事に木を貫き、ダガーの形をした穴を開けた。


「えっ!? そんなにチカラ入れてないよ」

 一番驚いたのはスネイルだった。


「サンドワスプの針は、貫通力を増すようだな」

 ハンフォードは、サラリとノートにメモした。


「どういうこと?」

 ジャシードは気になって気になって仕方が無くなってきた。


「宝石誘導はな、素材の持つ特性を引き出し、対象に与える。それはつまり今ので言えば、サンドワスプの針は刺さりやすい特性があったと言うことだ。それを引き出してダガーに与えてやった。元々宝石誘導は、宝石の持つ魔力的特性を引き出すための技術の筈だったが、この用途の方が面白い結果になると解ってな。それで……」

 ハンフォードは、ブドウを食べながらペラペラと立て続けに喋っている。


「んん! 次、次だ、ハンフォード。次!」

 オンテミオンは、ハンフォードのどうでもいい説明を遮り、サンドワスプの羽と、勝手に持ってきたガンドの革の兜を差し出した。


「あ! 僕の兜! ちょっと、やめ……!」

 ガンドは取り乱しそうになっている。やはり虫はダメらしい。


「三つ」

 ハンフォードは、マナの欠片を要求した。


「んん、三つもだと……ほれ」

 オンテミオンは、ガンドを押さえつつ、マナの欠片を三つ渡しすと、早速ハンフォードの作業が始まってしまった。


「ああ、なんてことだ……!」

 ガンドは絶望している様子だ。


 きっと、あの羽が生えた革の兜が仕上がるに違いない。『お気に入りの兜に、こんな仕打ちをするオンテミオン許すまじ』とおでこに書いてありそうなガンドは、オンテミオンが押さえるのが大変になるほど暴れていた。


「さすがに、勝手に持ってきちゃダメだよ、オンテミオンさん……」

 ジャシードは、ガンドが可哀想になった。


 無情にも、ガンドの兜にサンドワスプの羽が溶け込んでいった。ガンドは、この世の終わりのような顔をしている。


 だが、仕上がりはガンドの想像とは違った。艶やかな光を纏い、少し丈夫になったそいつには、羽は生えていなかった。


 ガンドはおずおずとそれを受け取ると、勇気を出してゆっくりと被ってみた。


「特に変わったところは無い気がするけど……。まあいいか……虫っぽくないし……」

「なんかピカピカしてて新品みたい」

 ジャシードは、思いつく褒め言葉を言ってみた。


「それだけが救いだよ。オンテミオンさん、もうやめてね! ホントにやめてね!」

「まさかここまで虫嫌いとは知らなんだ。すまん」

 オンテミオンも、余りにも嫌がられたのを反省してか、すぐに謝った。


「んん、では今日はこれで終わりだ。またな、ハンフォード」

「待て待て。こちらの話も聞いていけ」

 ハンフォードは、去ろうとしたオンテミオンを引き留めた。


「んん、なんだ。ブドウの追加か?」

「そうではない。お前達、私の実験に付き合わないか?」

 ハンフォードは、オンテミオンと訓練生にそんな話を持ちかけた。


「んん、既に付き合っただろう」

「やっぱり実験だったの……」

 ジャシードは小さくため息をついた。


「フォッ! いやいや、採集だよ、採集」

 ハンフォードは、やはり渋い声で言った。


「ハンフォード、彼らはまだ訓練生だ。子供だ。見れば分かるだろう」

「齢千二百を越えたとて、この目は衰えていないぞ、オンテミオン。ブドウさえあればな!」

 ハンフォードは、渋い声でフォッフォと笑った。何とも言葉と声が結びつかず、反応に困る人物である。


「せ、千二百って、意味が分からない……」

「じいさんだって事は分かった」

 ジャシードがスネイルの口を塞ごうとした時には、時既に遅し、全ての言葉がスネイルの口から漏れ出た後だった。

 しかし、ジャシードの予想に反して、ハンフォードは気にも止めていない様子だった。


「それで、お前はこの子供に何をさせる気だ?」

「セルナクゥォリのタレッタ島まで……」

「んん! バカを言うな! 片道でもここから八日以上かかる上に、手練れの冒険者でも死者が出るような場所だぞ! この子たちを殺す気か!」

 珍しく、オンテミオンは声を荒げた。


「冗談だ。冗談。興奮すると倒れるぞ。いい歳なんだからな」

「千二百に言われたくないわい!」

 ハンフォードのつまらない冗談に、オンテミオンは唾を飛ばしながら反論した。


「では本題だ。ドゴールの南南東にある、タンネッタ池に行って欲しい。そこに棲んでいるらしい、鱗が素晴らしいぴかぴかの珍しい怪物がいると聞く。それを倒して、できるだけ多く部品を持ってきてくれ」

「んん、報酬はなんだ」

「報酬!? なんと浅ましい! お主は旧友から報酬を巻き上げようというのか!」

「んん? そのブドウは誰の金か言ってみろ」

 オンテミオンはビシッとブドウの籠を指さした。


「……報酬は宝石誘導だ。マナの欠片は私が出そう。どうだ」

「よし、タンネッタ池なら往復二日で行ける。良い訓練になるだろう。その話乗った」

「ではよろしく頼むぞ。私は忙しいからな」

 ハンフォードは、机の上に残っていたブドウの籠を抱えながら、本の壁の向こうへと消えていった。


 一行は帰宅すると、一旦大広間に集まって事前の情報共有を始めた。


「タンネッタ池は、ここだ」

 オンテミオンは床に広げた地図で、ドゴールの南南西、一旦砂地が無くなって、更に別の砂地がある場所を指さした。タンネッタ池は、その砂地の中心部にある。


「んん……。この辺りには、ゴーレムと言うヤツがいる。ゴーレムと言うのは、土やら、砂やら、岩やらに魔法的な力が加わって動いている、魔法的な怪物だ。このゴーレムと言うのは、魔法使いが作り出すこともあれば、タンネッタ池のように、魔法力が集まっている場所で自然に発生することもある」

 オンテミオンは、身振り手振りを加えつつ、説明を続けた。


「いずれにしても、なかなかチカラの強い怪物だ。だが、動きは総じて遅い。だから油断しなければ問題ないだろう。ここにいるのは、砂の奴らだ。サンドゴーレムと呼ばれている。やたらと手が長いから、攻撃するときは、攻撃させてから避けて潜り込むのが良いぞ」

「遅いなら、負けない」

 オンテミオンの情報を受けて、スネイルが自信を見せた。


「だが、ゴーレムはその素材毎に特技がある。口で言うのは難しいが、例えばサンドゴーレムは、地面が砂なら砂と繋がることができる。砂の地面を殴ったと思ったら、いきなり自分の真下から拳が飛び出てくることもある。ロックゴーレムは、岩と繋がることができる。岩を触ったと思ったら、近くの岩が飛んできたりする」

「それは怖いね」

 ジャシードは、どう対策するべきかと思案した。


「他には……そうだ。サボテンに化けた、カクタラスと呼ばれているものもいる。あとは、ごく稀に、ファイアバードという、火を噴く鳥がいたりするな」

「燃える鳥かっこいい! 欲しい!」

 スネイルが、目を輝かせて反応した。


「んんん……やめておけ。かなり大きいぞ。スネイル、君と同じか、それ以上だ。手を食いちぎられるし、家が火事になる」

「残念……」

 スネイルは口を尖らせた。


「んん……。こんな所かな。何か質問は?」

「タンネッタ池に棲んでいる怪物って言ってたけど、どんなのだろう?」とガンド。

「大事なことを忘れていたな。タンネッタ池には、水の中に鱗がぴかぴかのワニが棲んでいるらしい」

「ワニ?」

 ジャシードは、聞いたことのない生物の名前に首をかしげた。レムリスの周囲には、ワニなど居ない。


「んん……トカゲの大きいヤツだと思ってくれればいい。人間よりも大きいものもいる。今回の目標はそれだ」

「色んなのがいるんだなあ……」

 怪物の種類にも、ジャシードは世界の広さを感じた。


「その他無ければ各自準備して休むように。明日は早朝に出る。寝坊するなよ」

 オンテミオンにそれぞれおやすみを言って、部屋へと向かっていった。

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