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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
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必殺の一撃

 真っ先にサンドワームに取り付いたのはオンテミオンだった。太いサンドワームの胴体に、上段から長剣を振り下ろした。相手は巨大なため、回避されることはなく、思い切った攻撃ができる。

 サンドワームは斬られて緑色を噴き出した。しかしこの巨体に対しては、この程度はかすり傷程度のようで、大して効いていない様子だ。よく見ると、既に多数の切り傷が付いている。


「バラルとやり合ったと思しき傷が多数あるな。バラルがおらず、此奴だけがいるとは……」


 オンテミオンが独り言を言っているうちに、大きな口がついた首が、オンテミオンに襲いかかった。


 オンテミオンは引き付けてから、後ろに跳んで回避しつつ、目の前を通り過ぎていく胴体に剣を突き立てた。サンドワームは、自らの勢いで自らを切っていった。

 途中で方向を変えたサンドワームだったが、オンテミオンは立ち位置を上手く調整し、更に切り傷を与えた。


「んん。いくら強くても、単調な攻撃ではわしには勝てんよ。とは言え、考える脳があるのか微妙な所だがな」

 オンテミオンは、言葉が分からない怪物に対して、言葉を当てながら戦っていた。


 ジャシードとスネイルは、サンドワームがオンテミオンに攻撃している間、好き放題攻撃を浴びせ続けることができた。


「アニキ! これ楽しい!」

 ザクザクと短剣を刺しては、切りながら引き抜く動作を繰り返しつつ、スネイルはこれまで見たことのない表情をしていた。


「楽しむものでもないんだけどなあ」

 ジャシードも、実は心の中では楽しんでいた。こんなに楽に攻撃できた経験は今まで無かった。

 長剣を振りかぶって、全力で斬れる機会は滅多にない。攻撃はしっかりとした手応えを手に残し、大きな傷を付けることができた。


 突如、スネイルの立っている場所が盛り上がり、スネイルは真上にはね飛ばされた。

 しかし、スネイルは数メートルは上がったところで、サンドワームの胴体に短剣を差し込んで落下を止めた。


「タダじゃ転ばないな、スネイルは!」

 ガンドは光る頭を動かしながら言った。


 しかしスネイルは、短剣に掴まったまま、サンドワームに振り回されることになってしまった。

 サンドワームがオンテミオンに襲いかかる時には前へ、横へと振られて攻撃どころではなくなってしまった。


「とりあえず、短剣を抜いて落ちろ」

 オンテミオンは呆れた様子だ。


 スネイルは言われた通り、短剣を抜いて落ちるかと思ったが、たまたまサンドワームが動いた。スネイルはサンドワームの胴体を滑り落ち、ゴロゴロと砂地を転がっていった。


「オンテミオンさん! あれを見て!」

 スネイルが短剣を抜いた場所から、緑色の体液ががドバドバと噴き出しているのが見えた。


「んん? 偶然良いところに刺さったか?」

 オンテミオンは、サンドワームの攻撃を躱しながら、過ぎ行く背を確認した。すると、穴の空いた水筒よろしく体液が噴き出している。


 サンドワームの勢いはそこまでだった。スネイルが偶然刺した短剣の一撃は、サンドワームにとっては致命傷となった。


 徐々に動きが緩慢になるサンドワームは、もはや敵ではなかった。オンテミオンとジャシードから好き放題攻撃を受け、その身体はボロボロになり、遂には砂にへばりつくように動かなくなった。


「スネイル、大丈夫?」

 ガンドはスネイルに駆け寄って行った。


「眩しい! 平気! 眩しい! 砂が口に入っただけ。眩しい!」

「もう少し上手くならないといけないなあ……」

 ガンドは、頭上の光を両手で包み込んだ。


「あ、それ、いいね。ちょうどいいよ」

 ジャシードは、光が点って以来、初めてガンドの顔を見て言った。


「ずっと手を上げてるなんて無理だよお!」

 ガンドはすぐに手を離し、再びガンドの頭は眩い光に包まれた。


「何を遊んでおるんだ。バラルはおらんか探すぞ」

 オンテミオンは、サンドワームの胴体を裂きはじめた。


「そんなところには……居ないんじゃないかな……」

 ドロリと垂れてくるサンドワームの体液を眺めながら、ジャシードは言った。


「んん、ではどこに居るというのだ。食われたかも知れんだろう」

 オンテミオンは手を止めずに言った。


「きっと他の所にいると思う」

「アニキの言う通りだ」

「もうちょっと信頼してあげて……」

 訓練生は口々にバラルを庇った。


「バラルはいなかったが、マナの欠片を二つ手に入れたぞ」

 オンテミオンは、サンドワームの体液で滑っている、マナの欠片を袋にしまった。


「何であんなのをしまうの……」

 ガンドは凄く嫌そうな顔をしている。


 その時だった。


「…………! …………!」

 どこからか、声が聞こえてきた……気がした。


「声が聞こえる」

 スネイルはいち早く気づき、声の出所を探っていった。

声の出所は、暗い海の方に感じられ、ガンドが照らしてみた。すると、海に浮かぶ岩の上に人影があるのが分かった。


「おお、気づいたか。今からそっちに行くから治療してくれ」

 声の主はバラルだった。脇腹に矢が刺さったまま、浮遊の魔法を使って海岸まで何とか飛んできた。


「んん。生きておったか」

「お前、死んでた方が良かったと言わんばかりだな、この野郎」

「まあそうかも知れん」

 オンテミオンは髭を引っ張りながら言った。


「ちょっと二人とも、どうでもいいやりとりしないで。バラルさん、矢を抜きますよ」

「ちと……あがあああ」

 ガンドはバラルの矢を抜き、バラルは痛みの余り大声を上げた。ガンドはそのまま治癒魔法を使ってやり、バラルの傷は癒やされた。


「お前もっと上手くやれんのか……。まったく、酷い目に遭ったわい」

 バラルは大きくため息をついた。


「バラルさん、お陰で助かった。ありがとう」

「ジャシードを助けたら、わしが痛い目に遭ったぞ」

 バラルは茶化しながら言った。


「んん。してバラルよ。お前を手負いにするとは、そいつは何者だ?」

「分からんが、三十メートル上空の、移動している相手に確実に弓を命中させる名手だ。とは言え、爆裂の魔法で吹き飛ばしてやったから、欠片も残っていないかも知れんがな」

「弓の破片はあったよ」とガンド。

「あの爆発で生き残れるヤツなど、ほぼおらんよ」

 バラルは自分の魔法に自信を見せた。


「サンドワームも始末したし、バラルも生きておったし、今日は帰るとするか」

 オンテミオンはそう宣言してドゴールへ向かって歩き出した。


「ああ、お腹空いた!」

 ジャシードは、きゅうきゅうと鳴っている腹を押さえた。

「僕も何か食べたいよ」

 ガンドも飛び出た腹を押さえて言った。

「少し痩せたら」

 スネイルは、ガンドの腹を射抜く言葉を放った。

「気分が乗ったらね!」

 ガンドは、気分が乗らないと言う意味の一言で返した。


◆◆


 静寂を破る、ビチビチと言う音が、シンとした夜の砂地に弾けていた。


「ぐぎぎ……に、ニンゲンめ……。許すまじ……」

 フグードは、バラルの魔法で丸焦げになっていた。ようやく、焦げた部分が再生してきた。が、一つ重大なことに気がついた。


「はう……ひ、左腕が……な、にゃい! あのジジイ……よくも……よくも……おのれ……おのれ……」

 フグードの左腕は、爆裂の魔法を直接受けたときに、魔法の威力で粉々になってしまっていた。もはや欠片すらも残っていない。


 二つの赤い目を持つ怪物フグードは、ピクピクと身体を震わせながら、夜の帳が降りた冷たい砂地を這い進み闇の中へと消えていった。進む毎に、人間への怨念を強くしながら……。


◆◆


 明くる日、ジャシードはレムリスの家族に、そしてマーシャに手紙を書いた。


 父さん、母さん、フォリスおじさん、マーシャへ


 みんな元気ですか?


 僕はドゴールで毎日楽しく訓練をしています。オンテミオンさんの所で、二人の仲間と出会いました。最初はギクシャクしたけれど、今はとても仲良しです。


 ドゴールの南にあるウーリスー半島には、サーペントよりも何倍も大きなサンドワームという怪物がいて、オンテミオンさんと僕たち訓練生三人で倒しました。少しは冒険者らしくなったかな?


 今日は、僕たちがウーリスー半島で取ってきた虫の部品を使って、ハンフォードという人が武具を作ってくれるそうです。どんな武具になるのか分かりませんが、ちょっと楽しみです。


 マーシャも魔法の訓練を頑張っていますか? マーシャのことだから、きっとすごく頑張っているんだろうな……。マーシャの魔法を見るのが楽しみです。でも、くれぐれも無理をしないように。


 オーリスは元気ですか? 僕は元気でやっていると伝えてください。またいつか、一緒に戦えたらいいなあ。


 また、手紙を送ります。


 追伸 ピックには、たくさんトウモロコシをあげてください。ピックが飛んでいる空には、ワイバーンという怖い怪物がいます。命をかけて手紙を届けてくれるピックに、たくさんご褒美をあげてください。


 ジャシード


「じゃ、ピック。手紙をよろしくね」

 ジャシードがピックの背中をポンポンと叩くと、カァとひと鳴きしてピックは空へと舞い上がった。くるりと一回りしてもう一度カァと鳴き、レムリスの方角へと飛んでいった。


「アーニキー、まだー?」

 下の階から、スネイルの声がした。

「すぐ行くよ!」

 ジャシードは長剣と虫の部品セットを手に持つと、階段を駆け下りていった。


◆◆


 オンテミオンと訓練生三人は、ドゴールの北側、農場の端にある、オンボロの家を訪ねた。


「オンテミオンさん。このブドウは何に使うの?」

 ジャシードは、ガンドの頭に乗せている、ブドウが満載された籠を指さした。場所から考えても、ブドウが必要だとは思えない。


「んん、今に分かる……。ハンフォード、いるか?」

 オンテミオンは説明しないまま、半開きのドアをノックした。が、返事はない。


 返事がないことを確認して、オンテミオンとガンドはずかずかと家に入っていった。


「勝手に入っちゃダメなんじゃないかなあ?」

 ジャシードはドアから中を覗き込みながら、オンテミオンの進んでいく方向を眺めた。


 家の中は激しく散らかっており、ドアの周りにはたくさんの『武器だったと思しきもの』が乱雑に置かれていた。

 部屋の左奥を見やると、テーブルがテキトウな感じで三つ置いてあり、その上には書物が山のように積まれていた。

 右奥は書棚が置いてあり、書棚の前には本の山がある。うずたかく積まれた本の山は、今にも崩れそうだ。

 本の山の向こうには、本でできた壁がある。単に本が積まれて、壁のように見えると言うだけのものだ。本の壁は、天井に付きそうなほど高い。


「うわあ、汚い。最悪」

 スネイルは見たままを言葉にした。スネイルは割ときれい好きだ。元々持ち物が少ないというのもあるが、スネイルの居住空間は、いつもスッキリと片付けられている。

 そんなスネイルだから、この部屋はきっと我慢ならないのだろう。


「んん。お前たちも入れ」

 オンテミオンは手招きした。


「いいのかなあ」

 ジャシードとスネイルはキョロキョロしながら、家の中に入った。


 ジャシードが部屋に入って五歩くらい歩いたとき、本の山から本が滑り落ちた。その様子を見ていると、いきなり本の山が大きく崩れだし、その中から一人の老人が姿を現した。

 老人は、茶色よりも少し緑色の肌を持ち、尖った耳、白髪交じりでくすんだ金髪を雑に三つ編みにして、真っ赤な、大きなリボンでその先端を結わいている。

 眉毛は伸び放題に伸びていて、殆ど開いているように見えない目を半分覆い隠している。


「フオォォ……! ブドウの匂いがする……!」

 老人はクワッと目を見開くと、ガンドに向かって突撃してきた。

 ガンドは慣れた様子で、ブドウ満載の籠を老人の近くに置くと、老人はブドウの籠にしがみついて食べ始めた。ブドウの汁が飛ぶのもお構いなしだ。


「なんなのこのボヶ……むごむご」

 ジャシードは慌ててスネイルの口を塞いだ。


 老人は一頻りブドウを食べると、放心したように暫く突っ立っていたが、急に表情がキリッと整った。


 老人は、老人らしくない、渋い声で言った。

「やあオンテミオン。今日は何の用かね?」


 余りの変わりように、ジャシードとスネイルはずっこけた。

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