表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
36/125

闇にうごめくモノ

 サンドワスプを無事に倒したジャシードたちは、昼食を済ませてからドゴールに向かって歩き出した。


 スネイルは相変わらず、二人よりも三十メートルほど離れた場所を歩いていた。


「ああ、まだ目がチカチカする」

「もうちょっと休めば良かったのに」

「虫の国から早く帰りたいんだよ。分かっておくれよ」

「冒険者になったら、虫みたいな怪物もきっといるよ。大丈夫?」

「自信ないなあ……」

 ガンドのおでこの辺りに、もううんざりと書いてあるような言いっぷりだ。

 それもそのはず、サンドワスプの部品は、ガンドが背負っているのだ。今はさぞ嫌な気分だろう。


 昼が過ぎてから、辺りの気温は更に上がってきていた。空気が揺らめき、水を飲む回数が増えてきた。水はたくさんあるので無くなることはないが、暑さのため、気持ちが萎えてくるのは否めない。


「砂が本当に熱いね……」

 我慢強いジャシードも、上から下から暑く熱くなってくるのには堪えた。


 二人は黙って歩いた。スネイルだって歩いているのだから、自分たちだけ弱音を吐けない、そんな気分だろう。


 ジャシードは、ふと気づいた。


「スネイルが見えない!」

「え……あ、本当だ」

「もっと慌ててよ……!」

「どうせ先に行きすぎたとか、そんな事じゃないのかな」

「そんな事、今までなかったじゃないか。走るよ!」

「暑いのになあ」

 ジャシードは全力で、ガンドはドタドタのんびり走り出した。


 熱い砂に足を取られながら走って行ったジャシードは、大きなすり鉢状の凹みを見つけた。

 そこには、砂を掛けられて今にも落ちそうなスネイルが、必死で這い上がろうとしていた。


「スネイル!」

「来んな!」

「なんで!」

「お前も出られなくなる!」

 スネイルのその言葉を聞いた瞬間、ジャシードは凹みに飛び込んでいた。


「来んなって言ったろ!」

「僕を気遣ってくれる仲間を見捨てろって言うのか! 僕は戦う!」

「バカかよ! バカかよ! バカかよ!」

「なんとでも言えばいい! それでも僕は君を見捨てない!」

 ジャシードはそう言い切って、凹みの中心部にいる、巨大なアリジゴクに向かっていった。


 巨大アリジゴク。その顎――いや鋏と言うべきか――の大きさはジャシードの身長ほどもある。ジャシードは、スネイルに砂を掛けているその鋏を斬ろうと試みた。


 ガキン!


 弾かれるジャシードの剣。しかしそれはジャシードの想定内だ。

 まずは、自分の方にアリジゴクの注意を向け、スネイルを安全にすることが先決だとジャシードは考えていた。

 そしてその通りに、アリジゴクの興味はジャシードに移った。大きな鋏で捕らえようとし始めた。


 ジャシードは、敢えて鋏の中心へと飛び込んだ。長剣を真下に構え、一撃必殺の体で飛び込んでいった。

 自分の後ろの方で鋏と鋏がぶつかり擦れて、得も言われぬ音を出しているのが分かる。

 だがその音を無視しつつ、『さて餌が食べられる』とお待ちかねの口へ、長剣を奥深くまで刺し込んでやった。


 アリジゴクは何も音を発することなく、ビクビクと身体を捩り始めた。砂の中にあった本体が、徐々に外へと出てくる。

 ジャシードは、そのタイミングを見逃しはしなかった。素早く短剣を腰から引き抜くと、砂の中にあった柔らかい胴体へ、何度も短剣を刺しては抜き、そしてまた刺した。


 ガンドはハラハラしながら、すり鉢状の砂の上でジャシードの戦いを観戦してしまった。正直自分が飛び込んでも何かできる気はしなかったが、すり鉢の外側にいてはいけなかったと後悔した。


 ジャシードは、巨大なアリジゴクを倒し、砂の坂を掘ってなだらかに加工しながら、スネイルを引っ張るようにして上がってきた。


「いやあ、何とかなったね」

 ジャシードは走ってきた汗と合わせて、戦いでかいた汗を腕で拭った。


「たす…………がとう」

 スネイルが何か言った。


「ん? 何か言った?」

 ジャシードはスネイルに言った。


「助けてくれて、ありがとう」

 スネイルは言った。本当にそう言ったのだ。


「あはは。同じパーティーの仲間だろう? 当たり前だよ」

 ジャシードはスネイルに微笑んだ。


「助けになんか、来ないと思ってた……」

「何を言ってるんだい。今まで助け合ってきただろう?」

「でも、嫌なこともたくさん言った」

「そうだね、そこは反省した方がいい」

 ジャシードはそう言いながらも、笑顔だった。スネイルが自分に向き合って、話をしてくれるのが嬉しかった。


「ごめん」

「いいさ。何かもう、僕にとってはこの旅で、スネイルもガンドも家族みたいな感じに思えているんだ。まだ、会って少ししか経ってないのに。不思議だね」

「じゃあ……、アニキだ」

「え?」

「ジャシードのアニキ、よろしく」

「な、なんかそれは……呼び方のせいかな、実感湧かないけど……。スネイルがそうしたいなら、それでもいいよ」

「よろしく、アニキ」

 スネイルは初めて、屈託のない笑顔を見せた。


「な、何だかよくわかんないけど、どういう事なんだろう……。なんか、いつの間にかアニキって?」

 ガンドは、急なスネイルの変わり身が理解できなかった。ジャシードがスネイルを助けたのが良かったのか、それとも他に何か含むところがあったのか。彼には分からなかった。


「僕も良く分からないけど、スネイルがそうしたいんだから、いいんじゃないかな」

「そうだ、そうだ。虫には関係ない」

「はいはい。関係ないね。ないない」

 もうガンドは、虫と言われてもどうでも良くなっているようだ。


「それじゃ、アニキからスネイルに二つ、聞いて欲しいことがある」

「何?」

「一つ、前に行きすぎないこと」

「わかった。行きすぎないようにする」

「もう一つ、ガンドを虫呼ばわりした事を謝って、もうしないこと」

「…………わかった。ごめん」

 ガンドの方を向いて、スネイルはぺこりと頭を下げた。


「ま、許してあげるよ」

 ガンドは、小さな子供がやったことだと自分を納得させることにした。


 三人は、更に砂地を進んでいった。目標を達成し、問題児スネイルが急にジャシードに懐いたため、問題そのものが無くなった。

 気温が上昇して辛い環境の中だったが、足取りは軽くなっていた。


「スネイルはどうやってあの蜂……サンドワスプだっけ……を見つけたの?」

「よくわかんないんだ。なんか、蜂がいる気がして行ってみたらいたんだ」

「それって、集中したらできるのかな」

「わかんないよ」

「僕の父さんは、怪物の場所とか数を感じるのが得意なんだ」

「父さん、か……」

「スネイルのお父さんは、どんな人なんだい?」

「……いない。顔も知らない。ネクテイルの孤児院で育った」

 スネイルは、消え入りそうな声で呟いた。


「そっか……スネイル。ごめんよ」

「いいよ。アニキになってくれるんだろ」

「あっはは。そうだ、僕がアニキだよ。今度うちの父さんと母さんに紹介しよう……弟ができたって言ったら、きっと驚くよね」

「アニキの家は、幸せそうだから羨ましかった」

「そっか、そうなんだね。でももう、キョーダイだね」

 スネイルは、ジャシードの言葉を嬉しそうに聞いていた。

 ジャシードの発する一語一句が、これまで感じたことの無い感覚だった。スネイルは、肌に染みこんでくるようなその感覚を楽しんでいた。


◆◆


「おい、お前。ちゃんと殺してこないと、お前を殺してやる。あの子供を食い殺せ。きっとまだ肉が軟らかい。お前好みの味に違いないぞ。しっかりかみ砕いてこい」

 怪物は、命令されると暗闇の中を動き出した。


 暗闇の中にいたのは、いくつもの傷を身体に刻み込んだ醜い存在、二つの赤い目を持つフグード。

 脅威の再生能力を得たこの生物は、二年前にレムリスを乗っ取ろうとして、怪物たちに街を襲わせた張本人だ。


 しかし、レムリスの衛兵たちの協力と、セグム、ソルン、オンテミオン、そしてジャシードの活躍によって瀕死の重傷を負った。普通の生物なら、間違いなく死んでいた。


 しかしその再生能力はフグードを殺さなかった。徐々に、何ヶ月もかけて、フグードは再生した。

 それでも、ジャシードに切断された手首が再生することはなかった。こうしてこの怪物は、これまでに受けてきた傷の一つ一つに怨念を刻み込み、人間たちに復讐しようとしている。


「……我を苦しめた人間……我の手を奪った人間……この傷は忘れぬぞ……殺す、ころす、コロス……」


 暗闇の世界、砂の下に潜っていたフグードは、命令した怪物の動きを追うように、砂を掻いて動き出した。


◆◆


 ジャシード達は、今日出発した時の険悪さがまるで嘘のように、和気藹々と帰路についていた。

 例の三つ叉の場所へと近づき、巨大アリの話をしながら、ガンドは虫を嫌いになった理由を二人に話したりしていた。


 性懲りもなく彼らを見つけた巨大アリを、殆ど同じやり方で倒した。

 殆ど、と言うのは、ガンドが頑張って参加しようとしたことだ。アリの足を棒で殴って、すぐに退避していたが、それでも進歩と言えるだろう。


――だが、平和な雰囲気は、一瞬にしてかき消されることになる。


 突然、三人の背後の砂が盛り上がり、巨大なミミズのようなものが飛び出してきた。スネイルは背中を大量の砂に押されて倒れ、ジャシードとガンドも砂まみれになった。


「スネイル!」

「平気、押されただけ」

「良かった」

「良くないよ……ジャッシュ、スネイル……あ、あれ……!」

 二人は、ガンドが指さす方向へと顔を向けた。


 そこには、まるでレムリスの城壁のような高さを持ち、人間三人分ぐらいの太さがある、巨大なミミズのような怪物が存在していた。先端には大きな口と、その口全体にギザギザの歯が生えている。しかも、胴体は砂の中にあるようで、全体はもっと巨大な怪物であることが分かった。


 ゴォォォォォォォォォォォ!


 ミミズの怪物は、凄まじい音圧で三人を威嚇した。


「こ、これは逃げよう!」

 ガンドは、二人の腕を引っ張った。二人もすぐに同意して、後ずさりして走り出した。


 しかし、ミミズの怪物は砂に潜り、彼らが走っていこうとした方向の砂を巻き上げながら、彼らの逃げ道を塞ぐように出現した。


「逃げ切れない……」

 ジャシードは呟いた。


 ジャシードは長剣を構えつつ、どうするか考えていた。だが、答えが出ない。前に行くも、後ろに行くも、砂地である以上、自分たちに逃げ場はないと感じていた。


「二人とも……。僕があのミミズを引きつける間に逃げるんだ」

「一人でどうにかなる相手じゃないだろう!」

 ガンドは、ミミズの怪物から目を逸らそうとしないジャシードに言った。


「分かってる。でも、誰かが逃げないと、助けを呼ぶこともできないよ」

「でもあんなの……」

「ガンド、スネイル、やるんだ。そうじゃないと、全員食べられちゃう……早く!」

 ジャシードは、ミミズの怪物から目を離さずに叫んだ。


「わ、わかった」

「スネイルとガンドは、別々の方向に走るんだ。でも、必ずドゴールに行けるように」

「わかった、アニキ」

「いけ!」

 ジャシードの号令で、二人は別々の方向に走り始めた。同時にジャシードはミミズの怪物へと走り込んだ。最大の勇気を振り絞って、家族のような二人を守るために。


 ゴアァァアァァァァッァアァ!


 ミミズの怪物は、ジャシードの方へ大きな口を開けて迫った。


 ジャシードは、ミミズの怪物と接触するタイミングを見計らい、全力で砂を蹴って進行方向を変え、ミミズの怪物の食いつき攻撃を躱しつつ、長剣をその口へ向けて振った。


 しかし長剣はミミズの怪物の歯に当たって、ジャシードの手から離れて飛んでいった。


 素早く短剣を抜き、ジャシードは自分の左側を通り過ぎる胴体に全力で短剣を刺し込んだ。

 しかし、刺し込んだのは良かったが、ミミズの怪物の胴体に刺さったまま、短剣もその手から離れてしまった。


 ジャシードは長剣を拾い上げようと走ったが、その方向からミミズの怪物が大口を開けて迫ってきていた。距離が近すぎ、もはや避けきれない所まで来ていた。

 殆ど無駄だと思いながら、ジャシードは横っ跳びに跳んだ。しかし、距離が足りなさすぎた。

 身体の半分は、ミミズの怪物の口に入り込もうとしていた。


 少年は、その瞬間のことをきっと忘れないのだろう。自分がもうダメだと思ったその瞬間のことを……。


 ジャシードは、ゆっくりと過ぎていくように感じられるその瞬間に、自分の短い人生の期間で接してきた人々の顔が、次々と浮かんでは消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

Rankings & Tools
sinoobi.com

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ