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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
35/125

砂地での戦い

 三人は、次第に細くなっている岬の先へと進んでいく。進めば進むほど、海の香りが強くなっていくのが分かる。


 イレンディアの海は特別な場所だ。


 人間の命は海で生まれると考えられている。エルフは森で、人間は海というわけだ。

 海で生まれた命は、やがて母親の胎内へと向かう。これはお伽話でもあり、信仰の一つでもある。

 そうして産まれた人間は、死ぬと海へと還される。海というのは、そのような偉大なる存在なのだ。と、考えられている。


 そのような偉大なる海を風景として捉えつつ、目の前の砂地を見遣ると、ガンドは何やらキラリと光るものを発見した。

 その光は、緑のような、黄色のような、陽の光を反射して不思議に輝いていた。


「何か光ってるよ。ちょっと行ってみよう」

 ガンドは、かなり興味をそそられたようで、小走りにその光るものへと近づいていった。


「綺麗だなあ、これ」

 ガンドは砂から見える、光を反射するものを取り出そうとして、砂を掘り始めた。


「何が出てくるんだろう?」

 ジャシードも興味深く見ていた。輝く物は、緩やかな弧を描いていて、その輝きは黄色から赤、赤から緑へと色の変化を見せている。


「見てないで手伝ってよ」

「あ、ごめん。つい見とれちゃって」

 二人は一所懸命に掘り、それが一体何であるかが……判った。


「うわあああっ!」

 ガンドはそれを認識すると、後ろに飛び退いた。


 それとほぼ同時に、とても奇麗な甲をした、大きな顎を持つ虫がガンドの足先にその顎を食い込ませた。ガンドは痛みと、苦手な虫が自分の足に固定されたという二重苦に喘いだ。


「スネイル! やるよ!」

「そんなドジ虫は放っておけば」

「痛い! なんでも、虫を、つけるな!」

「できれば甲を傷つけないように倒そう」

「めんどうくさいなあ」


 ジャシードは腰の短剣を抜き、奇麗な甲を傷つけないように、脇から短剣を刺し込んだ。


 その虫はどこからかピィーッと音を出して、ガンドの足を更に強く挟み込む。ガンドは痛みに耐えかねて声を上げた。


 スネイルもジャシードに倣って、反対柄から短剣を刺し込んで、二人揃って短剣をグイと引っ張った。手に、虫の組織が切れ割れる感触があり、虫は黄色い液体をドロドロさせながら動かなくなった。


「この甲は持って帰ろう。なんか奇麗だし」

 ジャシードは甲を根元から二枚、切り離した。


「ジャッシュ、僕も助けて……。色々と耐えられない」

 ガンドは、足に虫の顎を食い込ませたまま、動こうともしていない。


「触るのも嫌なの?」

「ここは地獄だよ、ジャッシュ」

「少しは慣れないと」

「やーい、弱い虫!」

「虫じゃない!」

「まあまあ、二人ともやめて……。ほら顎が外れたよ。治療できる?」

 ジャシードは、顎も根元から切り取って荷物にしまった。もはや、甲と顎で背負い袋はいっぱいだ。


「それ、持って行くの……」

 ガンドは、治療しながら不満そうに言った。


「オンテミオンさんと旅をしたとき、オンテミオンさんはよく怪物の部品を持って行ってたなって、思い出したんだ」

「余計なことを思い出したね」

「あはは。ガンドにとっては、そうかも」


 三人は、ガンドの傷が癒えるまで待ってから、再び進み始めた。


 結局、その細い岬には虫以外何もいなかった。ジャシードは、怪物がたくさん載っている図鑑が欲しいと思っていた。

 巨大アリと甲の奇麗な虫は、名前が分からないため、いまいち知識欲が満たされずスッキリしない。


 三人は、先ほどの三つ叉の部分に戻ってきた。陽の光はだんだん高くなってきていた。


「さて次は……」

「あっち」

 ジャシードの言葉に被せるように、スネイルは行きたい方向を指差した。


「ま、どんな順番で行ってもいいよ」

 ガンドは、暑さと虫に挟まれた記憶にやられて、全てがどうでも良くなってきているようだった。


「うん、そしたら南へ行こう」

 ジャシードは決断した。どのみち、どの方向でも行き止まりではある。あとは順序と、サンドワスプに出くわすかどうかの運に掛かっている。


 進んでいくと、また巨大アリがご丁寧に彼らを見つけて走り込んできた。


 彼らは最初にやったように、ジャシードが攻撃を受けつつ、スネイルが腹に短剣を刺し込む。方向転換しようとする巨大アリの脚をジャシードが切り離したら、腹の下に潜り込んで、胴体を切り離す。という作業を行った。


 オンテミオンがウーリスー半島へ行くように言った理由が分かった。ここの怪物たちは、殆ど決まった動きをする。つまり予測しやすく、倒しやすい。


 ガンドは距離を置いて、震えながら眺めているだけだった。もはやジャシードは、ウーリスー半島でのガンドは、直接戦闘としては戦力にならないと割り切った。それどころか、守らなければならない対象だ。


 ウーリスー半島は、グイと東へ方向転換して延びている。南側は広い海が広がりはじめた。


 いつの間にか、スネイルが海の近くを歩いていた。ジャシードとガンドはそれに気づき、海の近くへと移動した。彼を一人にしてはいけない。


 その後、幾つか甲の奇麗な虫がいたが、その虫は掘り出さなければ攻撃してこないと知り、それ以降は無視することにした。


「あの虫と弱虫以外、何にもいない」

 スネイルがそう言うのをガンドは無視した。いちいち相手にしていては日が暮れてしまう。


 遂に三人はウーリスー半島の先端にやった来た。左側には、そう遠くないところにナイザレアの陸地が見える。その他は全方位海だ。


「ここは、イレンディアの端っこなのかな?」

 ジャシードは誰に言うでもなく言った。


「イレンディアの向こうには何があるんだろうね」

 ガンドは海を見つめながら言った。


「ワクワクするね。前の旅でも、世界は広いなって思ったけど、その時の世界はイレンディアの事だった。今はイレンディアの外の話をしているなんてね」

 ジャシードは前の旅のことを思い出していた。セグムもソルンも、十分格好良かったし頼りになったが、ジャシードはオンテミオンの強さに惹かれていた。今や追いかける背中は、剣聖オンテミオンだ。


「何やってんだよ」

 スネイルが二人に砂を投げつけた。


「何すんだよ!」

 ガンドは腹を立ててスネイルに向かっていこうとしたが、ジャシードに止められた。


「悪かったね。時間は無駄にしたらダメだった。さ、戻ろう」

「んぐぐ……」

 スネイルがニヤリとして、あかんべーとしているのを見て、ガンドは更にイライラした。


 ジャシードにとって、ガンドの行動は意外だった。普段はノンビリしているようだが、一旦火が付くと怒りを抑えられなくなるようだ。


 三人は、三つ叉の分岐点に近づきつつあった。スネイルは何時しか二人と離れ、先頭を一人で歩くようになっていた。


「結局、一人になるんだよな。しかも虫呼ばわりされてむかつくし。もう、あんなのとパーティーにならなくても良いんじゃないかな」

「そんな事言っちゃダメだよ。オンテミオンさんがそうしたんだから、何か意味があるはずだと思うんだ」

 ジャシードは、スネイルの後ろ姿を追いかけていた。


「……ジャッシュは、なんだかオトナだよね」

「そうかな? 僕は子供だよ。まだ十歳だし」

「年齢の事じゃないよ……。僕はダメだ。何かがあるとつい怒っちゃうんだ。ジャッシュと会ってまだそんなに経ってないけれど、君はいつも落ち着いてる。羨ましいよ」

「僕は父さんに、『人間一つぐらいは良いところがある。お前がどんなに頑張っても勝てないことがだ。それを見つけるようにしてみろ。人の見方が変わる』って言われて育ってきたから、みんなの良いところを探してるんだ」

「良いところ、ねえ……あるのかな」

 ガンドはスネイルの方を見て、考え込んだ。


「スネイルなら、小さいのが一つあるよ」

「何?」

「ガンドも言ってたじゃないか。かわいいところもあるんだなって」

「あんなの、大したことないよ。ほんの少しじゃないか」

「ほんの少し、から始めないと、本当に良いところは見つからないよ。嫌いになったら、良いところは見えないよ。だから、嫌いになる前に、小さな事でも見つけるんだ」

「真似できそうにもないよ……」

 ガンドが肩をすくめたのを見て、ジャシードは返答とばかりに微笑んだ。


「何やってんだよ!」

 遠くからスネイルが叫びながら走ってきた。


「ハチがいる! ハチ! 早く!」

 スネイルが叫んだ。


「凄い。スネイルは敵を見つける能力があるのかも。父さんと同じだ。さあガンド、行こう!」

「蜂は嫌だなあ! ああ嫌だ!」

 ガンドは自分を奮い立たせるために、わざと嫌なことを叫んだ。


「弱虫は来んな!」

 スネイルが意味を勘違いして叫び返してきた。


「うるさい! 行ってやるからな!」

「いらねえよ! どうせ震えてるだけだろ!」

「くそう、本当すぎて何も言い返せない……」

 ガンドは頭をかきむしった。


「もう。ちゃんと倒せば良いんだから、まずは行こうよ」

 ジャシードはガンドの肩を叩いて走り始めた。


◆◆


 三人が走って行った先には、大人一人分ぐらいの大きさの蜂が、なんとも恐ろしい羽音を立てながら、地面にいる何かを狙うようにゆっくりと飛んでいた。


 蜂に見つからないよう、三人は砂の山にしゃがみ、身を隠して様子を窺っている。


「よく見つけたね、スネイル」

「へへん……。よ、余裕だよ、こんなの!」

 スネイルは一瞬、自慢げに言ったが、すぐにそんな自分に気づき、いつも通りに戻した。


「でも、飛んで逃げられると困るね」

 ガンドは、飛んで行けと言わんばかりに言った。


「うーん、弓とか魔法があれば良いんだけど……」

 ジャシードは、そこまで言って、はたと気づいた。


「ねえ、ガンド。光の魔法って、本気だとどんなのを使えるの?」

「今できるのは、眩しい光を出せるぐらいだよ。眩しいだけで役に立たないかなあ」

「それ、やってみよう!」

「えっ……ええええっ!?」

 ガンドは、何を要求されているか気づいて、大声を上げてしまった。


「ちょっと静かに……。これはガンドしかできないんだよ。お願い!」

「なんてことだ……。僕は今、光の魔法を使えてしまうのを後悔してる」

 ガンドは頭を抱えた。


「弱虫には無理だろ」

 スネイルは、攻められるところは確実に攻めてくる。自分を優位に立たせる為になら、彼は何だって言うんだろう。


「……! 行ってやる! くそう! 行ってやるぞ!」

 ガンドは、両手にピカピカする光を集めながら立ち上がった。


「目を瞑って手を当てておいて。絶対に見たらダメだ」

「分かった。ほら、スネイルも言うことを聞いて」

「よ、よ、よし! い、行くぞ! 光ったら、すぐ来てよ。頼むよ!」

 二人が目を隠したのを確認すると、ガンドは走って行った。


――閃光。目を覆っていたにも関わらず、強烈な光が放たれたのが分かった。


「よし、スネイル行くよ!」

 二人とも武器を抜いて、ガンドのいる方向に走った。


「二人とも、ちゃんと来てる? 蜂は逃げてない?」

 ガンドは何も見えていない様子で、あらぬ方向を見て言葉だけ発していた。


 その向こうを見ると、蜂が羽根をばたつかせて地面に落ち、もがいている。


「ガンド、来てるよ! そこにいて! スネイル、蜂が飛べるようになる前に終わらせよう!」

「いちいち命令すんな!」


 二人は、地面でばたついている蜂に躍りかかった。


 スネイルは胴体の後ろにしがみつき、羽根の根元に短剣を刺し込んで、羽根の動きを止めに掛かった。

 短剣を刺し込んで引く、を繰り返して、一枚の羽根が取れ掛かってきた。

 スネイルは、何も指示しなくてもこの辺りの判断が上手い。命令すんなと言うだけのことはある。


 ジャシードは、動きが鈍くなった蜂の腹と胴体が繋がっている部分を、お約束とばかりに長剣で叩き切った。


 大きな蜂は腹を切断されても、巨大アリのようにすぐには大人しくならなかった。羽根と脚をばたつかせて、辺り構わず顎で噛みつこうとしている。

 まだ目眩ましで何も見えないようだが、自らの命が尽きようとしているのは分かるのだろう。


 ジャシードは、再び長剣を振りかぶって、今度は頭と胴の繋ぎ目を狙った。振り下ろした長剣のあたりに砂煙が上がり、大きな蜂は脚を絡ませて動かなくなった。


「やった!」

「え……。やった?」

 ガンドはまだあらぬ方向を向いてキョロキョロしていた。


「ガンド。まさか自分まで目眩ましになる魔法だなんて思わなかったよ」

「上手く調整できるほど、訓練してないんだ。ちょっと見えるようになるまで待ってて……。あ、できれば、部品は今のうちに取っておいてくれると嬉しいな」

「本当に虫が嫌いなのに、ありがとう。ガンド」


 ジャシードは、ガンドが座り込むのを見届けてから、蜂の解体作業に入った。

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