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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
33/125

三人の模擬戦

 翌日から、三人での訓練が始まった。武器についてはオンテミオンに習い、それぞれの特技については、同じような特技を持つ担当が付いて教えてくれるようだ。


 スネイルにはディナルと言う名の初老の男が、ガンドにはフィリナと言う小太りの女性が、ジャシードにはオンテミオンがそれぞれ付いている。


 少なくともレムリスでは、こんな風に特技に合わせて教えてくれるような人は居なかった。オンテミオンは、三人を本気で鍛えようとしているのだ、と言うことがよく分かった。


 しかしどうにも、スネイルは孤立していた。彼がここに来たのは三ヶ月ほど前らしいが、ずっとこの様子らしい。


 部屋ではジャシードが、八歳の紙には何と書いたのかと聞いたが、お前には関係ないの一点張りだった。何を話しかけても、まともな返答は返ってこず、かなり前向きなジャシードを以てしても、はてどうしたものかと考えてしまう程だった。


 しかしそれでも、ジャシードは決めた。スネイルにどんな反応をされても、他のみんなと同じように接しようと。


 みんなはスネイルに何を言っても意味が無いと『理解してしまった』から、やっても言っても意味の無いことはやらないし言わない。

 でもそれでは、何も変わらない。スネイルが今のままでいても良い、と言っているようなものだ。だから自分からやろうと、少年は決めたのだ。


◆◆


 そして半月ほど過ぎたある日……。


 その日の訓練は模擬戦だった。それぞれ、特技を使わずに模擬戦をする。ジャシードは模擬戦用の長い木刀を、ガンドは彼の身長よりも長い棒を、スネイルは木彫りの短剣をそれぞれ与えられた。

 それぞれ、模擬戦で怪我の無いように、太めに布を巻いてあり、更にフィリナが母親の愛情で生み出した『布を柔らかくする』魔法を使って、叩かれても突かれても、ちょっと痛い程度の弾力に仕上げている。無論、模擬戦では全力だから、痛みは増幅するだろうが。


 模擬戦は、立ち回りを習得するためにやるのだとオンテミオンが言っていた。勝ち負けを決めるのではなく、どんな相手にその動きをすると、攻撃を受けてしまうのかを知ることが大切だと言う。模擬戦を経て、より攻撃を受けない動きを学ぶのが目的だ。


 初戦は、ジャシード対ガンドだった。


 オンテミオンの『始め』の声を聞いて、ジャシードは得意の脚力を使った、低い姿勢からの突撃を試みた。しかしガンドは落ち着いており、ジャシードの向かってくる方向に合わせてしっかりと棒を構えた。


 ジャシードは慌てて地面を蹴って、棒の一撃をすんでの所で回避した。ガンドは、戦士でもないのに素晴らしい攻撃を繰り出してくる。それは棒の方が長いとか、その程度ではない、どこか慣れのようなものを感じさせる。


 身体の勢いを殺したジャシードは、ガンドが仕掛けてこないのを見て次の攻撃に移った。素早く走り込み、ガンドと距離を詰め、迎撃する棒の一撃を回避した。一撃入れられると思ったが、ガンドは棒の返しを使ってジャシードの脚を引っかけた。


「う、わあ!」

 躓いたジャシードは、無様に転がって壁に衝突した。棒の動きは、片側だけ見ていてはダメだと学習した。片方を何とかしても、もう片方がすぐにやってくる。


「ガンドは強いなあ!」

 ジャシードはひょいと立ち上がりながら言い、再び低い姿勢からの突撃を試みる。


 ガンドは先ほどと同じように、ジャシードの動きに合わせて棒を振ってくる。が、ジャシードはその動きを予測し、引き付けてから躱すと、過ぎ行く棒を下から殴りつけた。棒は必要以上に勢いを増してガンドの頭の方へと流れていった。


 そこに隙が生まれた。がら空きのガンドの胴体が目の前に現れ、ジャシードはすかさず木刀を叩き込んだ。小太りのガンドは、凄まじい剣速を誇るジャシードの斬り込みを避けられはしなかった。木刀は鳩尾の辺りへ真横に命中し、ばすっと鈍い音がし、堪らずガンドは前のめりに倒れ込んで両手をついた。


「そこまで!」

 オンテミオンが二人を止めた。


「ジ、ジャッシュ……。威力、凄すぎる……」

「ごめん! やりすぎた……」

「いや、大丈夫……治せるから」

 ガンドは呼吸を整えつつ、自分の腹に治癒魔法を使った。すると楽になったようで、ため息をついて座り込んだ。


「こんなに早く対応されるなんて思わなかったよ。僕は迎撃するのが得意なんだけどな」

「ガンドこそ、僕の突撃に合わせてきてビックリした」

 二人は健闘を称え合った。二人は自分の動きの何処が、危険を生み出すのかを学べた気がした。


「次は、スネイルとガンド」

 オンテミオンの声が響く。


 ガンドは既に回復し、ゆらりと立ち上がったスネイルと向き合った。


 再びオンテミオンの『始め』の合図に合わせて、二人は動き出した。ガンドは迎撃だけではダメだと判断したようだった。スネイルは短剣のため、確実にガンドの棒を避け、短剣が届く範囲まで距離を詰める必要がある。


 スネイルは距離を詰めようとするが、ガンドの棒術はそれを許さない。ガンドも戦術を変えて、接近させないように棒で牽制しつつ、突きでスネイルを捉えようと隙を窺っている。


 せめぎ合いは少しの間、膠着状態となった。スネイルは接近できず、ガンドは攻めるのに慣れていないからか、どちらも有効な攻撃を繰り出すことができないでいた。


「んん、ほれ、しっかりやらんか。日が暮れてしまうぞ」

 オンテミオンは二人をけしかけた。


 始めに仕掛けたのはスネイルだった。牽制のため前へと突き出された棒を、顔と肩の空間に滑り込ませてガンドの懐に潜り込もうとした。

 しかしガンドは棒を回転させてこれに対応する。スネイルは迫り来る棒をギリギリ回避したが、バランスを崩してよろけた。


 ガンドは更に棒を回転させて、スネイルがよろけている方向へ棒を突きだす。しかしスネイルはそれも躱した。ガンドは更に棒を回転させてスネイルが一定方向に躱していくように仕向けた。


 そうしてスネイルが気づけば部屋の角に追い込まれ、ガンドの棒で脇腹を打たれた。スネイルは才能ある子だろうが、さすがに五歳年上、かつ武器の射程に差がありすぎれば、経験の少ないスネイルの勝ち目は薄いだろう。


「うぐぅ……」

 スネイルは涙目だが、痛みで喚いたりするような子供ではなかった。ガンドが治療をしようとしても、それをはね除けてヨロヨロと立ち上がった。

 実際、大きな怪我は負っていない。打ち身程度で、ただひたすらに痛いだけだ。


「ちゃんと治療してもらえ」

 オンテミオンに言われてようやく、スネイルはガンドの治癒魔法を受けた。

 礼の一つも言わずに、スネイルは次なる相手、ジャシードの前に立った。


 スネイルの刺すような視線を浴びつつも、ジャシードは平常心で向かい合った。


「んん……。やる気満々だな。では始め!」

 オンテミオンは声を張り上げた。


 スネイルは、ジャシードが飛び出す前に、どちらかというと、初めの合図より前に飛び出した。


 ジャシードの武器は、長剣を模した彼の背丈の半分よりも長い木刀、スネイルは木彫りの短剣だ。射程距離に差はあっても、棒のように回すことのできない長剣相手なら、懐に入りさえすれば勝機はある。


 だが、ジャシードも易々と懐に入れてやる気はない。剣を左下段に構え、右側後方へ軽く跳んで距離を空けつつ、攻撃のチャンスを窺う。

 スネイルが迂闊に短剣を振るえば、そこへ一撃当てに行くことができるだろう。あるいは長剣の長さを活かして、間髪入れない攻撃で圧すこともできる。スネイルの出方次第で攻め方を変えるつもりだ。


 スネイルは、無駄に剣を振るうことはせず、短剣を構えたままで、もし攻撃されても受け流す事のできるように備えている。

 オンテミオンの元で訓練しているからか、なかなかどうして、抜け目のない子供だ。


 二人は突撃しては躱し、を何度か繰り返したが、ジャシードは膠着状態を破る一手を探った。やはり変化を付けるしかない。


 ジャシードは、敢えて中段に構えを変え、スネイルが入り込みやすい空間を作った。


 スネイルは、そこを隙とみて突撃してきた。ジャシードは、やや下がりながら引きつけ、短剣が振られるまで剣を振り上げて待った。


 スネイルの短剣が振られたが、ジャシードはその動作に合わせるように、剣をクルリと回して短剣を弾き飛ばした。そこからスネイルの腰へと一撃を放った。ギリギリのところで少しチカラを抜いたが、それでも大きな音がした。


「あぐぅ……」

 スネイルは腰を押さえながら、その場にうずくまった。


「ごめん、最後チカラを少し抜いたつもりだったんだけど……」

 ジャシードはスネイルに駆け寄ったが、スネイルに押し返されてしまった。


「近寄るんじゃねえよ! クソ! 痛くねーよ、こんなもん!」

「それなら、いいんだけど」

 ジャシードは、うずくまるスネイルを引き上げようと手を伸ばしたが、スネイルに手をはたかれてしまった。


「何なんだよ! いらねえよ!」

 スネイルは、ヨロヨロと立ち上がり、大部屋を出て行ってしまった。


「んん……。ふうむ……全く困った奴だな。仲間ができればもう少し良くなると思ったのだが」

 オンテミオンも困り顔で、顎髭を引っ張った。


「ねえ、オンテミオンさん」

「んん、なんだ」

「パーティーなら、冒険に行きたいな、なんて。まだ早いよね、あはは……」

「んん……。ふむ……。なるほど」

 ジャシードの思いつきに、オンテミオンは何か感じたものがあったようで、二回、三回、頷いた。


「よし。三人で冒険に行ってもらうとするか」

 オンテミオンは即座に決定した。


「本当!? やったあ!」

 ジャシードは跳び上がって喜んだ。ガンドは驚いた様子でオンテミオンを眺めている。


「ドゴールの南側にあるウーリスー半島なら、あまり強い怪物もいないし、砂場ばかりで見通しも良いから、不意打ちに遭うことも無いだろう」

「いいのかな……。平気なのかな……」

 オンテミオンの言葉を聞いても、ガンドは不安そうだった。


「ガンド、お前は冒険に出たことはなかったな。だが、経験者もおる」

「そうか、オンテミオンさんがついて行ってくれれば、安心だね」

 ガンドはぱっと表情が明るくなった。


「何を言っておる。経験者はわしではない。そこにおるぞ」

 オンテミオンは、ジャシードを指さした。


「ええっ、ジャッシュはもう冒険の経験者なの?」

「うーん、冒険と言うか旅だけど、ケルウィムまで行ったよ。後ろをついて行っただけだけどね」

「凄いや!」

 ガンドはジャシードを見る目が変わった。年下だが、強くて冒険の経験者だったのだ。


「あとはスネイルだね」

 ガンドは難しそうな顔をして、ポツリと呟いた。


「一緒に行くように言ってみようよ」

「行きそうに無いけどね」

 ジャシードの提案に、ガンドは否定的だった。当然ガンドはジャシードよりも長くスネイルと一緒に居るが、素直に言うことを聞いたことなど一度も無く、まともな会話をできたこともなかった。


「言ってみなきゃ分かんないよ」

「まあ、そうかもね」

 ガンドはどうしても乗り気にはならないようだった。


「んん。どうしても行かないと抵抗したら、わしが無理矢理一緒に行くようにさせる」

 オンテミオンは顎髭を引っ張った。


「どうせ、無理矢理なんだろ! どうせ!」

 階段の向こうからスネイルが絶叫するのが聞こえた。どうやら、こっそり話だけ聞いていたらしい。


「とりあえず、これで決まりだな。出発は明日、早朝だ。準備開始!」

 オンテミオンが勢いよく言うと、二人は揃って返事をし、二階へと走って行った。

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