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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
30/125

魔法使いバラル

 ジャシードが手紙を出してから数日が経過した。マーシャは刺々しさがなくなり、ジャシードとの時間を大事にするようになっていた。


 毎日、ジャシードの時間が空いているときには二人で特訓し、ジャシードが『コボルドハンター』になっている間は、ソルンと魔法の練習に励んだ。最近はソルンが得意な雷の魔法と、火の魔法に加え、水の魔法を基本的なところまで発動ができるようになってきた。


 ソルンは雷の魔法は得意だが、火の魔法は実は余り得意ではない。それ故、魔法の杖の力を借りて威力を強化している。ソルンが直接教えられるのは、雷と火の二種類だけだが、マーシャは魔法理論の本を読んで、それを自分の物にしようとしていた。


 この変化にはソルンもほっとしていた。魔法は心が安定しなければ上手く行かない。今まではそれをどんなに説明しても、焦ってしまってできなかったが、ここ数日は何があったのか、マーシャの心は安定しているように見え、その成果として魔法の発動が上手く出来るようになってきている。それに加えて、ソルンが教えてもいない水の魔法を使い始めた。なかなか凄いことだ。マーシャは一体、どんな魔法使いになるのか、ソルンは楽しみになってきていた。



◆◆



「ねえ、ジャッシュ! 見て見て! 私、魔法が出るようになってきたのよ!」

 マーシャが、『コボルドハンター』を終えたジャシードに駆け寄ってきた。


「すごいじゃないか。広場で見せてよ」

「うん!」

 マーシャは、ジャシードの手を引いて広場へと小走りで向かった。足が地面に付く度に、マーシャの髪の毛がフワフワと揺れているのが見え、微かな香りが鼻の奥をくすぐる。暫くの間マーシャに会えないと意識すると、なんだか胸が苦しくなって、繋いだ手を少し強く握った。



「ジャッシュ、見ててね」

 マーシャは、片手を前に出し手の平を開いて精神を集中した。手の先にパリパリと電気が走り、近くの木へ小さな雷が弾けた。


「すごいじゃないか!」

 ジャシードは素直に驚いた。今まで全くできなかったマーシャが、すごい速度で進化しようとしていた。


「まだあるのよ」

 そう言ってマーシャは、今度は川の側へとジャシードを誘い、川へ人差し指を向けた。人差し指の先から三センチぐらいの火の玉が出現し、マーシャが指を振るのと同時に火の玉は発射され、川に当たってジュッと音を立てて消えた。


「この前まで、可愛い炎だったのに、どうやったらそんなに上手く行くんだろうね」

「分からない。でもなぜか、上手く出来るようになってきたの。じゃあ次ね」

 マーシャはジャシードに手を向けて、握り拳を作ってから開いた。手の平から水が噴射され、ジャシードはずぶ濡れになってしまった。


「ちょっと!?」

「あはは! びしょ濡れ! あははは!」

「やったなあ!」

 ジャシードは、川の水を皮の兜に汲んで、手で掬ってはマーシャにかけ始めた。水の掛け合いでは、ジャシードはマーシャに勝てず、ジャシードはもはや全身水浸しだ。


「すっかり濡れちゃった」

「そうね。乾かさないとね」

 二人はクスクスと笑った。


「そこのお二人さん。お楽しみの所すまんが……」

 二人が声の方を見遣ると、そこには壮年の男が立っていた。深い緑色のとんがり帽子を被り、深い青のローブを着て、杖を持っている。顔にはシミがいくつか付いていて、少し深い皺が刻み込まれている。


「こんにちは」

 二人揃って、壮年の男にあいさつした。


「うむ、こんにちは。実はな、人を探しておるのだが、ジャシードという子を知らんか?」

 壮年の男は、二人を見下ろしながら言った。


「ジャシードは僕です」

「おお、お前さんがジャシードか。偶然というのもあるものだな。わしはバラル。オンテミオンに頼まれて、お前さんを迎えに来た」

「オンテミオンさんに!?」

「そうだ。ドゴールに連れて行くためにな……。なんだ、水浸しだな。二人とも、わしの前に立て」

 二人がバラルの前に立つと、バラルは杖を二人に向けた。彫刻が刻まれた杖から、急激に暖かい風が吹いてきたかと思うと、濡れていた身体が、服が、皮鎧が見る見るうちに乾いていった。


「わあ、すごい! これどうやるの!?」

「お前さんは魔法の手習いがあるのか。これは、火の魔法と風の魔法の合わせ技だ。子供には難しいな。杖の助けがあった方が良いかも知れん」

「杖かあ。いつか欲しいな」

 マーシャは、美しい彫刻が刻まれた杖をしげしげと眺めている。


「まずは杖よりも、魔法の基本を覚える方が良いぞ。して、ジャシード。準備は良いか?」

 バラルは杖を引っ込めてジャシードを見下ろした。


「えっ、よくありません。まだ挨拶とかしてこないと……」

「では、この辺りで休んでいるから、準備ができたら来るがいい。持ち物は武器と着替え、あれば大事なもの。荷物は最小限にしてくれ」

 バラルは近くにあった岩に座り懐からパイプを取り出すと、葉っぱを詰めて火を点けた。



◆◆



 ジャシードたちは、急いで家へと戻り、セグムとソルンに今の状況を伝えた。ソルンが服などを詰めてくれるようで、その間、挨拶回りをしてこいとセグムが言った。


 東門、西門、衛兵詰め所、城壁の上一回り……。その時に担当の衛兵たちに挨拶回りをした。皆口々に、これからコボルドは誰が倒すんだ、などと文句を言っていたが、最終的には気持ちよく送り出してくれた。


 最も残念がったのは言うまでもなくオーリスだった。だが、オーリスは冒険者志望ゆえに、最も強く応援してくれた。そしていつか、共に冒険に行こうと言っていた。オーリスならば、すぐに経験を積んで、ジャシードよりも早く、一端の冒険者になるような気がした。



「準備できました」

 ジャシードは、セグム、ソルン、フォリス、マーシャを連れて、バラルの元へと戻ってきた。


「なんだ、随分時間が掛かったな」

 バラルは、パイプをコンコンと岩に叩いて灰を落とした。


「初めましてバラルさん。おれはジャシードの父親セグム。こちらが母親ソルン、同居しているフォリス、そしてその娘マーシャ。息子の見送りに来たんですが、そちらは一人なんですかね?」

「うむ、わしは一人だ。セグム。オンテミオンから名前は聞いているよ」

 バラルはセグムに催促された握手に応え、手を握り返した。


「で、二人でドゴールまで?」

「そうだ。何か問題でもあるか?」

「ちょっと危険かと思ってね」

「なあに、危険など大してありはしない。わしは魔法使いだからだ」

 セグムの心配を、バラルは軽く手を振って退けた。見送りの四人とジャシードは、お互い顔を見合わせた。疑問は一つ、どうやって行くというのか、だ。


「では行くか、ジャシード」

「は、はい」

 バラルは、しゃがんでジャシードに背中を向けた。


「えっと……?」

「背負っていく、早く乗れ」

「え。あ、はい……うわっ!」

 ジャシードはおずおずとバラルの背中に身を預けると、バラルの身体に吸い寄せられるように固定された。


「よし、では行こう。見送りご苦労だったな」

 ジャシードを背中に負ぶった……否、張り付けたバラルは、立ち上がって見送りの四人に向き直った。見送りの四人は、全員が分からないという表情をしている。


「お前たちは知らんのか、魔法使いを」

 そう言うと、バラルは杖を下に構えてから勢いよく振り上げた。


「わ、わああ……」

 ジャシードは、味わったことのない感覚に驚いて変な声を出してしまった。それもそのはず、バラルはジャシードを背中に張り付けたまま、数メートル上昇したからだ。


「な、なにい! アンタ飛べるのか!」

「初めて見たわ……」

 元冒険者のセグムとソルンですら、かなり驚いている様子だ。フォリスにマーシャは、口をあんぐり開け、もっと驚いていた。


「もっと勉強せい、魔術の広がりは無限だぞ。では、さらばだ!」

「み、みんな、ま、またね!」


 バラルが少しずつ上昇していくにつれ、セグムが、ソルンが、フォリスが、そしてマーシャが、だんだん小さくなっていく。


 ジャシードには、彼らのいる場所だけがずっと視界の中心にあった。そこから目を離すことができなかった。


 別れを惜しむジャシードを引き剥がすように、バラルは速度を上げて一気に上昇し始め、城壁の何倍もの高さに飛び上がった。あっという間にレムリスが小さくなっていく……。



「一応、わしに手を回して掴まっておれ。風の魔法で固定しているが、何かがあったときに落ちては困る」

 バラルにそう言われて、ジャシードはバラルの首に手を回し、しっかり自分の腕を掴んだ。


「では、行こう」

 バラルは進行方向を南西、トポール山の方へ取り、かなり速い速度で進み始めた。眼下の景色が変化していく。ジャシードは初めての体験に目を白黒させつつも、キョロキョロとして周囲の景色を覚えようとし始めた。


「どうやって飛んでるの!?」

「これは風の魔法だ。わしの周囲に風の流れを作って飛んでいる。魔法にはいくつもの属性があるが、風の魔法は移動手段として使う事もできる。もちろん、わしのように風の魔法を習熟している人間は、それほど多くはないがな」


「二年前に、オンテミオンさんと旅をしたけど、その時はオンテミオンさんは歩いてた。バラルさんが乗せていってあげれば良かったんじゃないの?」

「バカを言うな。何でわしがブドウばかり食っている、耄碌じじいのハンフォードに手を貸してやらにゃいかんのだ。オンテミオンになら良いが、間接的にハンフォードに、となれば話は別だ」

 バラルは、ハンフォードという人物の名前ですら、吐き捨てるように言った。


「ハンフォードさんって、どんな人なの?」

「わしに聞くな」

 バラルはそれ以上話してくれるなと言わんばかりに、一瞬で話を打ち切った。


「そんな事よりジャシード。周囲の景色をよく見ておけ。この魔法の限界は、恐らく高さ五百メートルほどだが、周囲の地形なんかを見るのには十分だ。もっと高く飛べるのならば、レンドール山やら、トポール山の上に行ってみたいが、さすがにあの山々は何千メートルもあるらしい」

 バラルはいろいろ言っていたが、既にジャシードの心は周囲の眺めに移っていた。トゥール森林地帯の広さも何となく分かった。所々に森が切れている空き地のような場所がある、と言うのも今まで知らなかった。果てしなく続いている森だと思っていたが、そうではなかった。トポール山から流れている川で、トゥール森林地帯は終わっていた。


「あの川はなんて言うの?」

「トポール山からの川か。あれはマッシオーベ川と名が付いている。シャルノ平原とヴォルク火山地帯を分け、ヨセンバク沼地、アセンバク沼地を越えて海へ繋がっている川だ。街道とマッシオーベ川が当たる部分には、マッシオーベ橋と守衛所があってな、ナイザレア——ドゴールがある地域のことだが——の怪物どもが、レムランドの方へ行かないように見張っているのだ」

 バラルが説明している間に、マッシオーベ川を越えた。バラルならば、レムリスからケルウィムへもひとっ飛びで行けるのだろう。


「左側、遠くに見えるのはオウメリ湖、右側前方に見える大きな湖はバダーフォール湖だ。ナイザレアには湖が四つあるが、そのうち最も大きいのがバダーフォール湖だな」

 バラルはそう言うと、一気に高度を落とし始めた。進路をトポール山の方、北方向へと急激に変更する。


「まずい」

「どうしたの?」

「ワイバーンに見つかった」

「ワイバーン?」

「この辺で空を飛んでいる怪物の中では最強の部類に入る。一旦森に隠れるぞ」

 ジャシードが周囲を見渡すと、巨大なトカゲのような姿に翼の生えた怪物が、こちらへ向かって飛んでくるのが見えた。かなり遠いのに、巨大だというのが分かる怪物だ。それがあっという間に距離を詰めてくるのが分かる。


「こりゃ振り切れんな……。さすがに今のわし一人ではワイバーンに勝ち目はない」

 バラルはトポール山の麓に広がる森へ進路を定めると、真っ逆さまに落ちると錯覚するぐらいの角度で急降下した。もう森はすぐ近くまで来ている。そしてワイバーンも……。



 ジャシードは不安になった。ドゴールに着く前に、食べられてしまうのではないかと……。


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