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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第二章 若き冒険者たち
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新米衛兵の初日

 ジャシードとオーリスは、夕焼けの橙が紺に変わる頃まで、城壁の上で緩やかな風に吹かれながら、お互いの事を話して過ごした。


 オーリスは、ケルウィムへの旅路や、その間にあったことに強い興味を抱いているようだった。どんな怪物がいるのか、どんな景色があったのか、どんな建物を見たのか……。幼い冒険者から見たことのない世界の聞いては、しっかりと記憶している様子だった。


 レイフォン家の事をジャシードが聞くと、オーリスは堅苦しい家の話をして、そんな家にいるより世界を見たいと言っていた。『すぐに手の届くところにあるのに、手を伸ばさないのは損だと思うんだ』と言うオーリスの言葉を思い出しながら、ジャシードは夜の帳が降り始めた帰り道を歩いていた。

 オーリスはもう既に冒険者なんだとジャシードは思った。彼の心は、既に外の世界へと手を伸ばし始めている。


◆◆


 翌朝、ジャシードは陽が昇る前に起き、セグムと共に準備をし、ソルンに見送られて出発した。とは言え目的地は街の門なのだから気楽なものだ。

 マーシャは見送ると言っていたが、案の定起きられなかった。きっと後で、何故起こしてくれなかったのか、などと自分のことを棚に上げて文句を言うのだろう。


「これは遊びじゃあないんだ、もっと気を引き締めてかかれ! おれたちの手に、街の人たちの命が掛かっているんだぞ。それはフマト、お前の家族も含んでいるんだ。わかっているのか!」

「は、はい! ごめんなさい! もうしません! 気をつけます!」

 ジャシードたちが門に辿り着くと、フマトがヨシュアに怒鳴られていた。


「何の騒ぎだ?」

 セグムは何となく察しがつきつつも、ヨシュアとフマトの近くへと寄っていった。


「この野郎が警備中に居眠りしやがったんだ」

 ヨシュアはフマトを指差しながら、興奮状態で言った。どうやらかなり怒ったようで、顔が真っ赤になっている。


「へぇ、肝が据わっているじゃないか」

 セグムはニヤニヤしながら、フマトを見下ろした。フマトは上目遣いにヨシュアとセグムを見て、ヒッと息を吸い込み、また小さくなった。


「フマトって言ったな。君は早朝組にも参加したらいい。怪物が来れば、目が覚めるようなのを見られるかも知れないぞ」

「え……っと、それは、参加しろと言うことでしょうか」

 フマトはビクビクしながら、また上目遣いでセグムに聞いた。


「任せる。おれは目を覚ましてやろうかと思って言っただけだ。自主的に参加したいかどうか、君の意思で決めたらいい」


「うっ……」

 フマトは、ヨシュアとセグムを見遣り、参加させてください、と消え入りそうな声で言った。


「おはようぅございますぅ」

 ガダレクが眠気眼をこすりつつ、メイスを引き摺りながら現れた。ガダレクの武器『メイス』は、金属でできた棍棒のようなものだ。先っちょに鉄球と、痛そうなトゲトゲがついている。扱うのに力が必要だが、当たれば場所によっては大怪我をさせることができるものだ。


 その後、続々と早朝組の衛兵たちがやってきて、揃ったところで申し送りが行われた。夜の間はゴブリンが二体街に接近したものの、素早く撃退し問題は無かった、とのことだった。


「よーし早朝組。東門は、サイバス、カラナス、ガダレク、おれ。フマトとジャシードは東門に待機。西門はトール、アスハン、モラー、テーレスで行こう。他は城壁の上で警戒してくれ。門に怪物が来て、苦戦を強いられそうな時は鐘を鳴らす。鐘の音に注意してくれ。んじゃ、持ち場につけー」

 セグムはてきぱきと、その場の感じで担当を振り分けた。所謂『テキのトウ』だ。


 ジャシードは正規衛兵たち四人の後ろで、左手に剣の柄を触れつつ、両足へ均等に体重がかかるよう、バランス良く立った。この立ち方は疲れを軽減できる。


「おい、ちびっ子。お前は本当に戦えるのか? 怪物はお前が妄想しているよりも随分強いんだぞ。ゴブリンだって油断ならない。おれは攻撃を当てるのでいっぱいいっぱいだった。それをお前がなんとかできるとでも思っているのか?」

「うん、ゴブリンなら、多分大丈夫だよ」

 ジャシードはフマトの言葉を特に意に介さない様子で答えた。ゴブリンと戦ったことはなかったが、今まで見て来た限り、負ける気はしなかった。


「へぇ。まあいい。お前がコテンパンにされるのを見ていてやるよ」

「あはは。僕はコボルドしか戦っちゃいけない約束だから、ゴブリンとは戦えないけど……。フマトさんも眠らないようにしてね」

「ね、寝ねえよ!」

 ジャシードはフマトの慌てっぷりを見て、にっこりと微笑んだ。


 陽の光が東門の向こう、海の方から上がってきた。水平線の辺りに雲があるようだが、空は胸が空くような青だった。今日もいい天気だろう。


◆◆


 警備は割と暇だった。怪物の一体も出てくることなく、のんびりとした時間が流れていった。陽の光が地面を温め、少しの間湯気のような靄がトゥール森林地帯の木々を覆い隠したが、陽の光が高くなるに従ってそれも消え、また元の森林地帯に戻っていった。


 フマトは眠くならないように、ガダレクと下らない話をしていた。昨日の夕飯の話、今朝の朝食はまだ食べていないから腹が減ったという話、リンゴが食べたいとか、ブドウの方が美味いとか……。気づけば食べ物の話ばかりをされて、ジャシードも少し腹が減ってきた。


「シッ! 何かが来るぞ」

 セグムが急におしゃべりを静止し、周囲の気配を探った。


「ゴブリンが一体、コボルドが二体って所か」

 セグムがコボルドと言うのを聞いて、ジャシードは剣の柄にそっと手をかけ、軽く深呼吸。いつでも行けるように気持ちを整えた。


「サイバスとカラナスはゴブリンを、ガダレクとジャシードは一体ずつコボルドをやれ。おれは何処にでも行けるように位置取る。フマトはしっかり戦いを見ておけ」

 セグムの号令で、それぞれ衛兵たちは動き出せる準備を整えた。


 ガサガサと音を立てつつ、森からコボルドが二体続いて現れ、ゴブリンがその後に続いて姿を現した。


「ギャア! ギャギャア!」

 怪物たちは、街の前にいる衛兵たちを見るや、突撃してきた。


 サイバスとカラナスがゴブリンに取り付き、二体のコボルドがその後ろに回り込もうとしている所へ、ジャシードは素早く飛び込みながら剣を抜き、コボルドの背中を斜めに切り上げた。その一撃はコボルドの鎧とその下の肉を切り裂いた。

 コボルドは皮鎧の切れ目から緑色の体液を噴き出しながら、攻撃してきた相手に振り返る。

 ジャシードは待ってましたとばかりに、切り上げから返しの剣でコボルドの首根っこへ切り下ろしの一撃を食らわせると、コボルドは緑色を噴出させ、そのまま倒れて動かなくなった。


 ジャシードが攻撃しているのを見て、もう一体のコボルドがジャシードの背後を取ろうと移動していた。

 ガダレクはコボルドにメイスで大振りの一撃を入れようとしたが、コボルドは見え見えの攻撃に気づき、後ろへ跳んで避け、反撃とばかりにガダレクを短剣で突こうとした。


「うわああ!」

 ガダレクはコボルドの突きを避けられずに、切っ先を目で追いながら、ただ叫び声を上げた。

 しかしその刹那、ガダレクの目の前をヒュンと何かがよぎり、ガダレクを刺し貫こうとしていた短剣が地面に落下した。


「ビビャアァ!」

 コボルドは手首をジャシードの一閃で切断され、緑色をガダレクに吹き付けながら、ヨロヨロと後退りした。

 ジャシードは、低い体勢から地面を蹴ってコボルドとの距離を一瞬で詰めると、コボルドを剣で刺し貫き、すぐにコボルドから剣を抜いて、その首根っこにとどめの一撃を入れた。


 サイバスとカラナスはゴブリンを圧倒して、逃げようとしたその背中に追い打ちの一撃を入れたところだった。

 ゴブリンはそのまま前のめりにどうと倒れ、土煙を上げた。


 ガダレクとフマトは、剣の緑色を振り払う衛兵見習いを見て驚愕していた。子供にこんな動きができるとは思っていなかった。


「ジャシード、一体ずつって言っただろうが」

「あ、ごめんなさい。ガダレクさんがやられそうだったから」

 セグムはジャシードの飄々とした態度を見て、小さく溜息をついた。


「お前、もっと怪物の攻撃を予測して、素早く動かないとダメだろ。死んじまうぞ。ジャシードに感謝するんだな」

 セグムは、ガダレクの背中をバンと叩いた。


「あうふぅ、すぅみません……」

 ガダレクは肩を落とし、ジャシードを横目で見ながら定位置に戻った。


「フマトさん、どうだった?」

 ジャシードはフマトに微笑みかけながら、元の場所へと戻ってきた。


「ど、どうって……お前どこで……」

「父さんにも教えて貰ったし、前にも言ったけど、オンテミオンさんと旅をしたけど、その時に特訓したんだ」

 フマトとガダレクはセグムをちらっと見たが、セグムはそ知らぬ顔をしていた。二人はそれ以上、この件について話そうとせず、この後、決してジャシードをからかわなくなった。


 その日の戦いはそれだけで、昼からの衛兵たちに申し送りをし、新米衛兵たちは最初の仕事を終えた。


◆◆


「ただいま」

 昼過ぎ頃、セグムとジャシードが家に戻ってきた。


「ただいまじゃないわよ。何で起こしてくれなかったの?」

 マーシャはジャシードが帰ってくるのを見るや、腰に手を当てて怒り出した。


「え、でも、気持ちよさそうに寝てたし……」

「起こしてくれてもいいじゃない!」

「うーん……うん。ごめんよ」

「ジャッシュの初めての仕事のお見送りなのよ! これは一生に一回しかないの! わかる!?」

「そ、そうか……。でもまた今度見送ってくれたらいいじゃないか」

「全然分かってない! もう、ジャッシュの初めての仕事の見送りはないのよ! もう一生ないの!」

「まだ見習いだから……」

 ジャシードは、マーシャの余りの勢いに負けて、周囲の大人に『助けて』の視線を送った。


「マーシャ、元はと言えばお前が起きなかったのが失敗だろう。それをジャシードのせいにするんじゃない」

 フォリスは見かねて助け船を出した。


「ああ、もう。ああ、もう! 二度とないのに!」

 マーシャは全く納得していない様子で、寝室へと行ってしまった。二年前は自信が無くてしおらしい娘だったマーシャは、二年を経てちょっと扱いづらい少女に育っていた。ここ最近はフォリスも手を焼いている。


「うーん……。困ったなぁ」

 ジャシードは口をへの字にして、ポリポリと頭を掻いた。ジャシードはマーシャの扱い方が分からず、こんな事があると困ってしまう。


「何というか……すまないな、ジャシード」

 フォリスがジャシードを気遣って、マーシャの代わりに謝った。


「フォリスおじさんは悪くないよ……」

 ジャシードはフォリスの方を向いて首を振った。


「ジャッシュ、お前、行ってこいよ」

 セグムがジャシードの背中を押し始め、ジャシードは反射的にそのチカラに抵抗する。


「えぇー……」

「お前じゃないとだめだろ。ゴメンって言ってこい」

「わ、わかったよ……」

 ジャシードはマーシャの寝室へと入っていった。二人のやりとりは大人たちには聞き取れない音量だったが、ジャシードはとにかく平謝りで、マーシャは言いたい放題なのだろう、と言うことについては、何となく想像が付いた。


「二人とも、ごはん食べましょ」

 ソルンが絶妙のタイミングで食事を運んできた。恐らく二人のやりとりを止めるために、少し早めに運び始めたのだろう。


 ソルンの呼びかけから少し経って、少し機嫌が良くなったように見えるマーシャは、『やれやれ、ようやく終わった』とおでこに書いてありそうなジャシードを従えて寝室から出てきた。


「で、ジャッシュ。今日はどうだったの?」

 ソルンが準備を終えて食卓に着きながら言った。


『え……また説明するの』

 と、口をあんぐり開けたジャシードのおでこに書いてあるように見えた。

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