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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第一章 幼い冒険者
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漆黒の刃

 戦いが始まってから、既に二時間が経過していた。二つの月は高く昇り、夜をいつもより明るく、柔らかい光で照らしていた。


 レムリスの南側へ、城壁の上から十人ほどの衛兵が辿り着いた頃、次の巨人たちが南の城壁に到達しようとしていた。


「んん、衛兵の諸君はオーガどもを頼む。セグムはわしと来い。ソルンは状況に合わせて動いてくれ」

 オンテミオンはてきぱきと命令すると、長剣を構え、ワーウルフが出てきた方向へと走っていった。


 セグムは右手に剣を持ち、腰から抜いた短剣を左手に握ると、オンテミオンに続いて走り出した。両手に持った剣は、瞬間的に二つの月を反射して煌めいた。


「遠いけど、森の木が動いてる! まだ他のが来るから気をつけて!」

 ジャシードが城壁の上から声を張り上げた。今日のジャシードは、しっかり監視役をやっているようだ。


 オンテミオンがワーウルフと剣を交えた瞬間に、残り三体のワーウルフたちが次々と森から姿を現した。


「セグム、三体頼む」

 オンテミオンは、ワーウルフの爪を弾き飛ばしながら言った。


「待て、馬鹿言うなよ!」

 セグムは、三体のワーウルフがそれぞれ放つ鉤爪の攻撃を避けながら言った。避けるのが精一杯で、自分が攻撃することなどできない。

 横っ飛びで躱し、短剣で弾き、剣で受け流す。何処にも攻撃できる隙はなかった。もちろん、ワーウルフ三体を相手にして、これができるだけでも達人級だなのだが。


「ん。冗談だ」

 オンテミオンは、セグムに取り付こうとしているワーウルフの背中を切り裂いた。更に身体を回転させ、最初に相手をしていたワーウルフが振り下ろす爪を長剣で受け止めた。


 そこへソルンが放った電撃弾の魔法が到達し、オンテミオンの目の前にいるワーウルフに炸裂した。


「んん! いいタイミングだ!」

 オンテミオンは、痺れているワーウルフの爪を押し返し、左脚を縦にざっくりと切り裂いた。ワーウルフの肉がはがれ落ち、苦しむ声が響き渡った。


 そのまま地面を蹴って、苦しんでいるワーウルフの横っ腹に一撃入れると、はらわたをまき散らしながらワーウルフは倒れた。


 オンテミオンは片足を軸にして、コンパスのように前進する勢いを使ってくるりと振り返ると、先ほど背中を切ったワーウルフと向き合った。


 セグムは、オンテミオンがワーウルフを一体受け持ってくれたおかげで、多少の余裕を得ることができた。


 左右から襲いかかるワーウルフの鉤爪を、左右の剣で一旦受け止め、身体を逃がしつつ剣を引き、ワーウルフたちのバランスを崩させた。するとワーウルフたちの鉤爪は、セグムの剣から離れてお互いの太股に突き刺さった。


 セグムは二体と離れようとしながら、ソルンの姿を確認した。ソルンはこちらへ向かって魔法を使おうとしていた。ハンドサインは雷撃だ。

 セグムは、ワーウルフとすれ違いざまに短剣をワーウルフの脚に刺し込み、距離を開けた。


 ソルンは、セグムが退避するタイミングを見計らって、天高く上げた手を振り下ろした。


 天から突如、魔法の落雷が発生し、先ほどセグムが刺し込んだ短剣に命中、隣にいたワーウルフも落雷に巻き込まれた。轟音と共に強い雷に打たれ、全身の毛が焼け焦げた。


 セグムは走り込んで短剣を刺してあった太股から抜いて高く跳び上がると、ワーウルフの胸へ叩き付けるように短剣を刺し込んだ。次はそれを手がかりに上へ身体を持ち上げ、ワーウルフの首をひと突きした。


 間髪入れずにセグムは、ワーウルフを地面代わりに蹴り跳び、隣で焦げているワーウルフの胸に剣を押し込むようにして刺した。


「すごい!」

 城壁の上で観戦していたジャシードは、興奮して声を上げた。三人の素晴らしい連携で、ワーウルフはあっという間に残り一体になった。

 そして見ている間に、オンテミオンとセグムはあっさりと残りのワーウルフを倒した。


 衛兵たちを見ると、ようやくオーガを一体仕留めたところで、二体目に取りかかっていた。


 しかし喜んだのも束の間、森からトロールが二体、オーガが二体が衛兵たちの近くに現れた。巨人たちは、手近な、今現在オーガと戦っている衛兵たちへと進んでいった。

 更にセグムたちに近い方へ、真っ黒い毛をした、一回り大きなワーウルフのようなものが出てきた。


 それはワーウルフの姿をしているものの、二メートルはあろうかという非常に長い腕が二本、普通のワーウルフと変わらない腕が二本、合わせて四本の腕がついていた。

 それぞれの手の先には、月光を反射するほど艶やかで、長く大きな鉤爪があった。


「グォォ……グァォォォン!」

 漆黒のワーウルフは、空を見上げて雄叫びを上げると、身体を前のめりに傾け、凄まじい速度でオンテミオンに迫った。


「んん、速いな」

 心の準備ができていなかったオンテミオンは、すんでの所で突撃を躱したが、長い手の鉤爪が背後から襲いかかり、オンテミオンは躱しきれず、左上腕に軽い引っ掻き傷を負った。


 ワーウルフの異常なほど速い動きを見たソルンは、そっと、そっと後退して、城壁の角に潜んだ。あの速度で襲われたら避けきれないと判断したのだ。目立たない場所にいれば、襲われる確率が下がる。


 漆黒のワーウルフは、砂煙を上げつつ勢いを殺すと、即座に反転して再度オンテミオンへ突撃しようと身体を傾斜させた。


 オンテミオンもワーウルフに向かって飛び込む準備をし、剣を下段に構えた。視界の端に、短剣を追加した双剣スタイルのセグムが構えているのを捉えていた。


 漆黒のワーウルフとオンテミオンは、両者同時に動き出したが、そこへタイミングを合わせてセグムが飛び込んできていた。


 オンテミオンは長い手の動きに注視しつつ、片手で地面を打って仰向けになりながら、自分の真上を通過しながら長い腕で鉤爪を繰り出してくるワーウルフに長剣を振るった。しかし、短い腕で剣を弾かれてしまった。

 攻撃が上手くいかなかったオンテミオンは、地面を転がりながら離脱しようとしたが、長い腕がその背後に迫っていた。


「よっとぉ!」

 オンテミオンに迫る鉤爪を、距離を詰めてきたセグムが弾き飛ばした。間髪入れずに、左手の短剣を漆黒のワーウルフに向かって投げた。

 短剣のコントロールは最高だった。ワーウルフの左目に一直線に飛んだ短剣は、弾こうと動いたワーウルフの腕よりも速く、その目に到達した。


「ギャウゥゥゥン!」

 漆黒のワーウルフは、勢いがついたまま地面を派手に転がり、大きな木の幹に激突した。木は揺らされ、葉っぱが何枚か落下してきた。


 ソルンは、突き刺された短剣を目掛け魔法を練っていた。左手に電撃弾、右手に持った杖の先に炎が出現した。

 ソルンが左腕と杖を同時に前へと振ると、電撃弾と炎が合わさり、徐々に激しく燃え上がりながら、ワーウルフに到達した。


 今まさに起き上がろうとしていた漆黒のワーウルフは、電撃と炎の合成魔法に打たれ、激しく燃え上がった。


 それでも漆黒のワーウルフは、魔法で燃えまま立ち上がり、オンテミオンに突進してきた。


「何という奴だ」

 オンテミオンは突進を躱して剣を振ろうとしたが、ワーウルフの長い左手に剣の先を握られてしまった。ワーウルフの長い右手の裏拳が繰り出され、腹を打たれたオンテミオンは吹っ飛び、ごろごろと地面を転がった。


 オンテミオン攻撃後の隙を突いて接近したセグムは、ワーウルフの右手を捉え、全力で剣を振り抜いた。


 勢いがついていたワーウルフは、長い右手をどうすることもできず、そのまま関節で切断され、苦しみの声を上げた。


「長い方の右手一本、いただきだぜ!」

 セグムは、転がった長い手の先を蹴り飛ばしておどけた。


「んぐ……。久々に食らってしまったな」

「オンテミオンさん、大丈夫?」

 オンテミオンは、城壁の上からの声に片手を上げて応え、傍らに落ちていた長剣を拾い上げた。


「もういい歳なんだから、気をつけてくれよ」

 セグムがワーウルフの鉤爪を躱しながら言った。


「ぬかせ!」

 オンテミオンは、長剣を下段に構えて走り出した。


◆◆


 月明かりが漏れる森の深く、密かに存在する者があった。その姿はオークのように醜く、皮膚は焼けただれ、毛は燃えてチリチリになっている。

 丸まった背中には、気味の悪いほど背骨がゴツゴツと波打っている。粗末な粗布を纏ったその存在は、二つの赤い目をだけが強調される存在だった。


「おのれ、この為にどれだけの時間をかけたと思っているんだ……時間をかけて従わせた割には、思った成果も上げられないとは」

 二つの赤い目を持つ者は、現在の状況を感じ取って、ギリギリと歯軋りした。


 レムリスの門の側へ攻め込んだオーク、ゴブリン、コボルドの部隊はほぼ壊滅状態だ。

 南側で城壁破壊させようとしたエティンは命令を無視して逃げ出し、オーガは衛兵どもにやられ、ワーウルフはたった三人にやられた。


 『ダークファング』と名付けた、かわいいかわいい漆黒のワーウルフは、なかなか善戦しているが、このままでは勝機がない様子だった。


「あの人間どもさえいなければ、我が目標は達成していたに違いない……。衛兵どもはオーガとワーウルフで始末するつもりだったのに、たったの三人に負けるとは……。弓で射っても躱し、尚且つ忌々しい電撃の魔法を撃つ人間ども……。そうだ。奴らさえいなければ、いなくなれば……。殺せばいい。我が行って、殺せばいい……。殺す、ころす、コロス!」


 二つの赤い目を持つ者は、赤黒い鈍い光を纏うダガーを手にすると、すぅっと闇へ溶け込んで見えなくなった。


◆◆


 レムリスの南側では、衛兵たちがトロール、オーガたちを相手に奮戦していた。

 そのすぐ近くでは、漆黒のワーウルフを相手に、歴戦の冒険者たちが戦っているという構図になっている。


 漆黒のワーウルフは、自慢の長い腕を半分切り落とされて、動きに精彩を欠くようになってきたところだ。二つの満月が柔らかく照らす戦場に、決着の時が近づいていた。


 オンテミオンは、セグムとタイミングを合わせながら同時にワーウルフへと攻撃を仕掛け、短い方の右手も切り落とすことに成功した。


 もう後がない漆黒のワーウルフの武器は、左手二本だけとなった。もはや攻撃も単調になり、油断したところをオンテミオンの長剣が捉え、長い腕が根っこから切り落とされた。


 セグムは、オンテミオンの攻撃でバランスを失った漆黒のワーウルフへ飛びかかり、刺さったままだった短剣を顔から抜くと、もう一度開いている目に突き立てた。


「ガアゥァァァゥゥゥ!」

 漆黒のワーウルフは、もはや両手で顔を押さえることもできない。悶えて倒れるのみだった。


「ふっふん! おれさまが止めを刺してやらあ!」

 セグムが、ワーウルフに近づいていった。


――また、この感覚……。


 ジャシードは、鼓動が速くなるのを感じた。何かがいる。何か、憎悪の塊のような、何かが近づいている。だが、以前のように、どこにいるかは分からない。


 これは、気のせいなのか何なのか、経験が不足しているジャシードには、よく分からなかった。

 それ故に、今回は声を上げなかった。城壁の上で大人しくしていなければならない。戦いを邪魔してはいけない。そう思った。


 ジャシードは、その感覚を、感じなかったことにした。


 セグムは長剣を両手を持って、漆黒のワーウルフの首へ向かって大きく構え、そして振り下ろした。


 漆黒のワーウルフの首が飛び、ワーウルフはビクビクと痙攣した。


「ふー! なかなか強かっ……うごぷぁ……」

 セグムが伸びをしようとしたその時だった。腹に激痛が走った。


 痛みに震えながら、セグムは自分の腹を見下ろした。何が起こったのか全く分からなかった。わけが分からなかった。分かるはずもなかった。


 自分の腹から、赤黒い、鈍い光を纏った剣の刀身が見えていた。セグムは、身体の中が熱くなるのを感じた。赤黒い刀身は、その功績を誇るかのように血を滴らせていた。


 何者かがセグムの背後にいた。だがそれは姿が見えなかった。ただ、赤黒い刀身だけが、存在していた。


「セグム!」

「父さん!」

 オンテミオンは叫び、ソルンは絶句し、ジャシードは絶叫した。


 月の光が柔らかく照らす夜だった。

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