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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第一章 幼い冒険者
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青緑の光眩く

「おお、セグム。戻ったか」

 衛兵の一人が、セグムたちが帰ってきたのを見て手を上げた。


「やあヨシュア。今帰ったよ」

 セグムは右腕を上げ、ヨシュアの右腕と当てて挨拶した。ヨシュアは、セグムとしょっちゅう同じ時間帯に任務に就いている衛兵仲間だ。


「フォリスはどうしてる」

「相変わらずさ。行ってやってくれ」

「わかった……。それとヨシュア。いますぐ 街の防衛を強化するように通達して欲しい」

「どうした、何かあったか」

 ヨシュアは急な話に驚いた。


「三叉路の守衛所が落ちた。怪物どもにやられた。こっちにも来る可能性がある……。ケルウィムを出た辺りから怪物の姿が見えなくなって、守衛所まで来たらもう……終わってた。怪物どもはドゴールに行ったかも知れないし、こっちに来ているかも知れない。とにかく、今のうちに防備を固めるんだ」

 セグムは状況を簡単に説明すると、怪物たちの構成を伝えた。


「わかった。すぐに伝えに行く」

 ヨシュアは走って衛兵詰め所へと向かっていった。


「ジャッシュ、行こう。マーシャの所へ」

「うん!」

 四人はマーシャがいる治療院へと急いだ。



 治療院の扉を開けると、出発したときと全く変わらない格好で、フォリスがマーシャを見つめていた。

 そしてマーシャは、治療術師に魔法をかけられていた。治療術師の緑色の光が、フォリスの弱った顔をぼんやりと照らしていた。


「フォリス……戻ったよ」

 セグムは、フォリスの肩に手を置いた。


「セグム、早かったな……。きっと帰ってきてくれると、思っていた。戻ってきてくれて……嬉しいよ」

 フォリスは、自らの肩に置かれた手をどかして、そのまま手を握った。


「フォリスおじさん! 持ってきたよ『トゥープコイア』」

「トゥープ……なんだ。とにかく、ありがとう、ジャシード」

 フォリスはセグムの手を離し、ジャシードの頭を撫でた。


「トゥープコイアさ。ケルウィムで貰ってきたんだ。マーシャに飲ませなきゃ」

「ありがとう……。だが、見てくれ……マーシャは、今や治療術師のみんなが、交代で魔法をかけ続けないと、もう生きられないほどに……、なってしまった」

 フォリスは、残念そうに途切れ途切れに言いながら、ゆっくりを顔をジャシードから離してマーシャの顔へと向けた。


 ジャシードはその姿を見て息を呑んだ。マーシャは元々か弱かったが、さらにやせ細り、頬はこけていた。

 そこへ治療術師が、延命措置のために魔法をかけ続けていた。気を失っており食事ができないため、魔法でどうにかしているのだが、それでも限界がある。

 フォリスはセグムたちが還るまでマーシャの命を繋いで欲しいと頼んでいた。


「マーシャ……こんなに弱って……」

 ジャシードは、トゥープコイアが入っている小さな瓶を荷物から取り出すと、小瓶の液体は治癒魔法に感応して、キラキラと輝きを放った。

 トゥープコイアの栓を抜くと、ジャシードはマーシャの顔を横向きにし、彼女の口にトゥープコイアの注ぎ口を当てた。中の液体が少しマーシャの口に注がれると、ジャシードは一旦、薬を注ぐのをやめた。


「ジャッシュ……。もうマーシャは、飲み食いは……できないんだ……」

 フォリスは寂しそうに呟いた。


 ジャシードは、無言でマーシャを見つめていた。マーシャの口に注いだ液体は、魔法を受けて輝いたまま、マーシャの口に溜まっていた。


 固唾を呑んで見守るジャシード。黙ってその様子を見ている大人たち……。魔法の光だけが、夕暮れに薄暗くなってきた部屋を照らしていた。


◆◆


「お前たちは、街の東西へ合図を待って同時に攻撃を開始しろ。そしてお前たちは攻撃開始から十分後に南側から城壁の破壊を開始。城壁を破壊できたら、お前たちが突撃しろ。住民は残らず全て殺せ。我々の住処を確保する」


 夜の帳が下りる中、二つの赤い目を持つ者は、人知れず森林の中にある広場へ怪物どもを集め、編成し、そして命令していた。


「さあ、『第二戦』の幕開けだ。各自配置につけ!」


 怪物どもは、赤い目を持つ者の命令を聞くと雄叫びを上げ、編成ごとに移動を開始した。


「漸く我が屈辱の日々を終わらせる、華々しい日がやってきた……思い知らせてくれる……」


 赤い目は憎しみに燃えていた。


◆◆


 全員が見守る中、うっすらと開けていたマーシャの口がぴくりと動き、喉が動いた。


「マーシャ!」

 ジャシードとフォリスが同時に声を上げた。


「もう少し飲んで……」

 ジャシードは、トゥープコイアを再びマーシャの口に当て、少しだけ注いだ……。するとまた、マーシャの喉が少し動いた。


 トゥープコイアが、マーシャの身体に入っていくのがよく見えた。マーシャの身体が徐々に液体を取り込み、そして液体は治癒魔法に感応し、彼女の身体を青緑に包み込んでいった。


 ジャシードはそのまま、マーシャに少しずつ、少しずつ、トゥープコイアを飲ませ、やがて瓶の中は空っぽになった。

 その頃には、マーシャの身体は全身が青緑の光に包まれ、上に掛けてある布からもその輝きが漏れてきていた。


「私にも参加させて……」

 ソルンは居ても立ってもいられなくなり、ジャシードの隣に座って治癒魔法に参加した。


 マーシャの身体は、輝きがより一層強くなった。青緑の光は、まるで新緑の季節のような暖かさで、部屋一杯に広がった。


「ん……」

 マーシャはぴくりと身体を動かすと、ゆっくりと目を開けた。ちょうど目の前にいたジャシードの顔が、治癒魔法の眩い光と共に、マーシャの視界いっぱいに入ってきた。


 マーシャの口が動いて、ジャシードの名前を呼んだように見えた。だが、それはまだ声にはならなかった。


「ああ……マーシャ……」

 フォリスは、マーシャが動いたのが見えると、大粒の涙を流し始めた。


 マーシャは、父親と周囲を取り囲んでいる人々を認識し、口々に自分の名前を呼んでいるのがぼんやりと分かった。まだ上手く身体が動かないが、微笑んで見せようと努力した。


「良かった……マーシャ。ただいま。ぼくは、冒険者になったよ」

 ジャシードは涙ぐみながら、この旅の様々なことを思いだしていた。マーシャの頭にそっと手を置いて、ずっと寝ていて乱れた髪を指で梳いてやった。癖毛が少し、指に絡まった。


◆◆


 その頃、街中ではセグムの報せを受け、衛兵を増員しての防備が進められていた。ヨシュアがてきぱきと布陣の手伝いをし、門の周辺を手厚く、城壁の上では等間隔に見張りを立たせた。


 既に日の光が落ちて暫く経っていたが、月が二つとも出ていて満月となり、夜ではあるものの紅い光と青白い光とで地を照らしていた。


 イレンディアには月が二つあるが、その二つが同時に夜を照らす日はそう多くない。それに加えて両方が満月となる日は滅多にない。


「今のところ、動きはなし……か。杞憂だといいんだが……」

 ヨシュアは天を仰ぎ、明るく輝く二つの月を双方視界におさめた。


◆◆


「マーシャも無事に意識を取り戻したことだし、おれは行くよ。今は衛兵が必要な時なんだ。フォリスはマーシャに付いていてあげてくれ」

 セグムは、荷物を取り上げて部屋の出口へと向かった。


「んん……。わしも手伝いに行くとするか……。冒険者ジャシード、いい働きをしたな」

 オンテミオンも立ち上がりつつジャシードを見やると、幼い冒険者は満面の笑みで頷いた。彼にとって、この経験は変えがたいものとなるだろう。オンテミオンはそう確信した。


「回復の兆しが見えてきたから、私も行くわ。少ししかお手伝いできなかったけど、あとはお願いします。ジャッシュ、あなたはマーシャに付いていてあげてね」

 息子が頷いたのを確認すると、ソルンも立ち上がって部屋を出て行った。


「ジャシード。君は冒険者になったんだね」

 ずっと嬉しさの余り泣いていたフォリスは、少し落ち着いた様子だった。


「うん。ケルウィムって言うエルフの街に行ってきたよ。途中、色んな事があったけど、オンテミオンさんにも会えて、色んな事を教えて貰ったんだ」

「オンテミオン……さっきの御仁か。名前を聞いたことはあったが……あの方だったのか」

 フォリスは、何気なく出口の方を見ながら言った。


「そうなんだ。オンテミオンさん……有名なんでしょう?」

「戦士なら剣聖オンテミオンの名前ぐらい、皆知っているよ」

「ぼくは、オンテミオンさんに色々教わることになったんだ」

「それは凄いな。いつからだ?」

「んー……いつか、って言われたよ」

 ジャシードは、恥ずかしそうに笑った。


「はは……。それでも、その約束を取り付けたのなら、大したものだ」

「……マーシャは、冒険者にしない方がいいよね」

 ジャシードは、一旦目覚めたものの、眠りに落ちたマーシャの顔を見ながら、ポツリと言った。


「……できれば、私はそうならないことを願っている」

 フォリスもマーシャの顔を眺め、何か考えているような顔になった。


「だが、マーシャが望めば別だ。私はこの子の親で、守る義務がある。それでも、子供が大きく羽ばたいて巣立ちをしたいと願うなら、私は喜んで巣立つ姿を見守ろう……。とは言え今はこんな状態だ。もっと大きくなるまで、待ってやってくれないか。君はもしかすると、先に飛び立つかも知れないが」

 フォリスは、治癒魔法とトゥープコイアの青緑の光に照らされている、幼い冒険者を見つめた。


「うん、マーシャを危険な目に遭わせたりしない。約束するよ。この前のことは、本当にごめんなさい」

 ジャシードは、しっかりとフォリスの目を見た。その目には、彼の真っ直ぐな心が映っているかのようであった。


「それはもういいさ。君たちも旅をして、こうしてマーシャを回復させてくれた。それだけで十分だ」

 フォリスは、娘のか弱い手を握り、疲れた顔で微笑んだ。


「おじさんも、ちゃんと食べて寝て、回復しないとね。マーシャが心配するよ」

「そうだな……。この子はそういう子だったな」

「治療院の人に頼んでくる」

 ジャシードは立ち上がって、小走りに部屋を出て行った。


「いい家族に恵まれたな……おれも、お前も……」

 フォリスは、眠っているマーシャに語りかけた。


◆◆


「おう、もう布陣も終わっているのか。さすがに早いな」

 セグムは、オンテミオンとソルンを連れて、レムリスの東門へとやってきた。東門にはいつもの三倍の人数が配置されていて、良い緊張感に包まれていた。


「セグム。フォリスの方は、もういいのかい?」

「ああ。頼もしい息子を置いてきたから平気さ。いない間、世話をかけたな」

「何言ってんだよ。気にすんなって。こっちだって子供ができたときに代わって貰ったり、良くして貰ったからな。お互い様、お互い様」

 ヨシュアはセグムの肩をバンバン叩いた。


「ソルンも元気そうだな。どうだった、何年かぶりの冒険者は」

「子供の世話もあったし、あんまり前には出なかったけれど、いい訓練になったわ。少しは身体を動かさないと、魔法も使えなくなりそう」

「そいつは困る。たまには助力を願いたいところでね」

「あらやだ。やっぱり引退って事にしたいわ」

 ヨシュアは、ソルンに釣れないとか、冒険者は自由を尊重しすぎだとか、そんな冗談を言っていたが、ふと後ろにいる人物に気づいた。


「そちらの方は?」

 ヨシュアが手を向けた先には、オンテミオンが立っていた。

「冒険者時代の仲間、オンテミオンだ。名前ぐらい聞いたことあるだろ? 三叉路の守衛所が落ちる前に、たまたま守衛所で再会してね」


「オンテミオンって……剣聖オンテミオンか! なんてこった。こんな所でお目にかかれるとは」

 ヨシュアはオンテミオンに近寄ると、籠手を外して握手を求め、オンテミオンはそれに応えた。


「状況次第だが、オンテミオンにも戦いに出て貰う可能性もある」

「そいつは、色んな意味であり……」

 セグムにヨシュアが応答した瞬間に、その時は訪れた。


「敵襲だ! 西門にも来ている!」

 城壁の上にいる衛兵が、怪物を発見して叫んだ。櫓の鐘が鳴らされ、緊急事態を周囲に報せた。


「お出ましだな。セグム、あんたお手柄だよ」

 ヨシュアが籠手を嵌めながら言った。


「なに、勝ってから言ってくれ」

「んん、もっともだ」

 セグムとオンテミオンも剣を抜いた。

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