第二の人生
「ぬおあっ!」
急にスネイルが目を覚まして、飛び起きた。
「うわわっ! ビックリさせないでよ!」
ガンドは飛び起きたスネイルの頭をペチンと叩く。
「おっちゃん! ん? もう平気なの? うわ、手が無い!! 目が血が!」
「落ち着いてよスネイル。もう終わったんだ。詳しくは後で話すよ」
ジャシードは、スネイルの頭に手を置いて落ち着かせる。
「おいらの活躍が!」
「仕方ないよ。頭を打ってたんだから、もうちょっと寝ててよ」
ガンドは、スネイルの腕を引っ張って座り込ませた。
「それにしても、オンテミオンさんは、どうしてザンリイクなんかに?」
ガンドは納得できていなかった。オンテミオンが、わざわざザンリイクのところへ行く意味も、その理由も分からない。
「それは、私も思っていたことだ。何故、あなたほどの……」
「お前が指示したのだろうが。何をとぼけているのだ!」
レグラントが話している途中、バラルが被せるように言った。
「違う。あれはザンリイクが勝手にやったことだ。私は開放しろと命令した。だが、ザンリイクは従わなかった」
「怪物を使役できるなどと、驕ったお前が引き起こしたことだぞ!」
バラルは断固とした口調で言い放つ。
「わしの自由が利かなくなったのは……レムリス襲撃の時に、その、フグードと言う奴が持っていた赤黒い短剣を手にしてからだ。何となく武器庫へ行った時に、気になって手に取った。これが全ての始まりだ。わしは自由が利かなくなり、夜も昼も歩き続け、やがてサファールに辿り着いた」
オンテミオンは、ゆっくりと話し始めた。
「父さんを刺したダガーだ。さっき壊したやつがそうかな」
ジャシードが言うと、オンテミオンは頷く。
「あのサファールを、どうやって一人で越えたの?」
マーシャは不思議に思って口を挟んだ。
「不思議と怪物たちは襲って来なかった。赤目の奴が命令していたのかも知れない」
「それ以前に、サファールまでの道程だって、何事もなく辿り着けないと思うけど……」
ガンドが言うと、ジャシードとマーシャも頷く。ヒートヘイズですら、一度撤退したほどの道程だった。それも、途中までゲートで移動してなお、苦戦した場所だ。
「んん……。途中の道程も、怪物は襲ってこなかったな。とにかく無理矢理、夜通し、何日も歩かされた……。ザンリイクに赤いレンズを付けろと言われ、身体が勝手に動いた。目に食い込むような、目が破裂しそうな、表現しがたい苦しみが襲ってきて……それからは、身体の中で何かが燃えているような、そんな感覚になった。レグラントを殺すように命令され、身体が勝手に動いた」
オンテミオンは、そこで一旦言葉を切った。オンテミオンの身体は、少し震えているように見える。
「アーマナクルへの道程で、ウェーリド橋守衛所の者たちと戦闘になり……一人殺してしまった。わしは泣き叫びたい気持ちだったが……言うことの利かない身体では、それも叶わなかった。更には、戦いたくもないレグラントと戦い、あとは皆が知っている通りだ……。人のために生きると決め、これまでやって来た……それなのに、あろう事か人を殺めてしまうとは……」
オンテミオンは、歯を食いしばって涙を流していた。
「オンテミオンさんの意思じゃないよ……」
ジャシードは、絞り出すように言う。
「それは、まかり通らん。肉体は、わしそのものなのだからな……」
オンテミオンの言うこともまた、尤もだった。
事情をどう説明しようと、アーマナクルへの道程の間で彼と戦い、それがオンテミオンだと気付く者が一人でもあれば、その行動がオンテミオンの意思であろうと思うのは必定だ。誰かに操られていたなど、前例のないことを誰が信じようか。たとえ様子がおかしかった……としてもだ。
「もう目も見えず、右腕もなく、人をも殺めた……。わしが居られる場所はもう無い。そしてお前もだ、レグラント」
「……殺すなら、殺せばいい。覚悟など、もう決まっている」
「さて。どうするね、リーダーよ。現時点でこの二人の生殺与奪は、我々の手の中だ。少なくとも、レグラントは今すぐ、速やかに燃えかすにしてやってもいいが」
バラルが二人の様子を見て、ジャシードに声を掛けた。
「待って、バラルさん。おれは、二人とも死んで欲しくない」
ジャシードは、レグラントに対する怒りは残っていたが、キッパリとそう言い切った。
「甘っちょろいな、ジャシード。さっきの勢いはどうした」
レグラントが挑発するように言う。
「ならば、どうするというのだ」
バラルは、ジャシードを挑発するレグラントを睨みながら言った。
「思い付きなんだけど、二人には、やって欲しいことがある」
「やって欲しいこと?」
ガンドがジャシードの言葉を繰り返す。
「ああ。ロウメリスは、まだまだ、街らしい街になっていないんだ。それにロウメリスの人たちは、どうやったら良い街を作れるのか、たぶん分からないと思う」
ジャシードは、ひと息入れて、オンテミオンとレグラントを眺める。
「そうね……ロウメリスの人たちは、二人のこと、知らないと思う」
マーシャは頷きながら独り言ちた。
「んん……」
オンテミオンは既に目が見えないにもかかわらず、ジャシードの視線に気付いたようで、顔を少し上げる。
「しかし……わしはもう目が見えん。役に立つとは思えんが……」
そう言うオンテミオンの右肩に、彼にとって懐かしい感触が触れた。余り爪がめり込まないように、気遣っている優しい鳥だ。
「オンテミオン! カワリニ、メニナルゾ!」
ピックは、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。
「んん……ピックか。よもや、お前と会話するときが来ようとはな……。ザンリイクの研究成果は、一部使えるのかも知れん。それにしても、優しい割に口が悪いのは、誰から学んだのかね?」
オンテミオンは、ピックの首の下を左手で撫でながら言う。
「セグム! アイツ、ヒマナトキ、カラカイヤガッテ!」
ピックは翼を大きく広げた。
「……くっ……ははは……。わしの可愛いピックに、変な言葉を吹き込んだセグムには、ひとこと言ってやらねばならんな」
「ナランナ!」
「すまないな、ピック」
「メシノ、レイハスル!」
「律儀な事だ。だが……ありがとう」
「アァ!」
ピックはひと鳴きして再び、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。
「本当に、私を殺さないつもりか?」
レグラントがジャシードに言う。
「剣聖オンテミオンと、アーマナクルのレグラントは、さっき死んだ。ガンドの治療で奇跡的に復活したレグラントは、オンテミオンに苦戦するヒートヘイズに協力して、激闘の末にオンテミオンと相打ちになった。オンテミオンの最期の足掻きで、二人は魔法の炎に焼かれ、跡形もなく消えてしまった。それは壮絶な最期だった」
ジャシードは、二人を交互に眺めた。完全な作り話だが、ここまで大事になった後に、二人を無罪放免する事は理解を得られないと思ったためだ。
「街の人たちを戻す前に、二人にはここを出てもらう。二人は今日から、別の名前を名乗って暮らすんだ。そして、ロウメリスの再建に尽力して欲しい。オンテミオンさんは、街の住民全員が今より幸せになれるように……砂地のドゴールで得た知見を総動員して、住みやすい豊かな街を造る手伝いをして欲しいんだ。レグラントさんは、街の防衛を固めるために、みんなに方法を提案して欲しい。街を発展させれば、どうしても色々と目立つ。そうなれば、襲撃を受けることもあるかも知れない。ロウメリスはもっと、しっかりとした街にしておくべきだと思う」
ジャシードは、言い終えてからレグラントに強い視線を送り、続けて話し始める。
「それともあなたは、ここで死にますか? レムリスの人たちや、今まで自分の身勝手な正義の為に、たくさんの迷惑をかけてきた人たち……そして、オンテミオンさんへの罪滅ぼしが嫌だから、ここで死ぬんですか? ネルニードさんに並ぶ、名うての冒険者と聞いていたけれど、もしそうなら幻滅だ。冒険者で財をなしたレグラントは、随分と小物だったって事なんですかね。『イレンディア全体のため』と言う大義名分のもと、他人への迷惑も厭わず、人生の長い時間をかけてきた。あなたが言うその正義は、その程度なんですか?」
ジャシードはレグラントに畳みかけた。
――それから二人は少しの間、視線を合わせたまま動かなかった。二人は微動だにせず、静寂が辺りを支配した。
「……分かった。ロウメリスの為に、私の知識を使おう。だが、正直なところ、私の思想に誤りは無いと今でも考えている。イレンディア全体のために、海の向こうへ意識を向けるべきだと言う意見に変わりは無い。しかしその方法について、目的を達成するためにすべき事は、他のやり方があったのかも知れない。私の計画のために、傷ついた者には……気の毒に思う。レムリスにも、申し訳ない事をした」
レグラントは、少しもジャシードから視線を外さずに言った。
「謝罪なら、言う人が足りないですよ」
ジャシードは、オンテミオンへ顔を向けた。
「そうだな……。オンテミオン、あなたには特に、辛い思いをさせてしまった。取り返しは付かないが……言ったとて何が変わる物でもないが、心から謝罪する。ザンリイクを止められなかったのは……いや、止められると思っていたのは、私の失敗だ。思い上がりだった。申し訳のないことをした」
「んん……。もはや、過ぎたことだ……。お主も無事で済んではおらぬ事だし、痛み分けだ。我々は、こんな罪人の命を助けると……尚且つ活躍の場も、生きる場もくれるジャシードと、人々のために……我々の、第二の人生を捧げようではないか。ただ死ぬよりは、幾許かマシというものだ。んん、そうしようではないか」
「そう……だな……」
オンテミオンと言葉を交わし、レグラントは小さく溜息をつき、視線を落とした。
「よし。そうと決まれば、バラルさん。二人をロウメリスへ送ってあげてください」
ジャシードは、バラルの肩に触れ、チカラを注ぎ込んだ。
「これは凄い……。あ、いや、準備をさせなくても良いのか?」
バラルは、身体の中から湧き上がるチカラに感動した。
「今日の寒さに耐えられる程度の衣服を、二人を送った後に調達してあげてください。費用は、レグラントさん持ちで」
「私の宝物庫から、好きなだけ使うがいい。鍵を渡しておく」
レグラントは、懐から鍵を取り出し、ジャシードに放ってよこした。
「遠慮無く、使わせてもらいます。おれたちの報酬も、その中から貰います」
「好きにしたらいい。もう私には不要な物だ。残りはアーマナクルのために使ってくれ」
レグラントの申し出に、ジャシードは黙って頷いた。
「では、行くか。ピック、オンテミオンの誘導、できるか?」
バラルは、レグラントが立ち上がるのを確認してから、オンテミオンの方へ顔を向けた。
「マカセロ!」
ピックは、オンテミオンの肩の上で羽を広げた。
「頼んだぞ、ピック。落ち着いたら、こっそりセグムに会いに行くとしよう」
「メニモノ、ミセテヤル!」
「耳たぶを噛むぐらいにしてやってくれ。あいつは、心から悪い奴じゃあない」
「アマッチョロイナ!」
「これ、変な言葉だけ覚えるでない」
「アァ!」
ピックは高らかに鳴いた。
「……全く騒がしいのが増えたわい……ほれ、行くぞ!」
バラルはゲートを開き、二人をロウメリスへと送るために出て行った。