表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
123/125

第二の人生

「ぬおあっ!」

 急にスネイルが目を覚まして、飛び起きた。


「うわわっ! ビックリさせないでよ!」

 ガンドは飛び起きたスネイルの頭をペチンと叩く。


「おっちゃん! ん? もう平気なの? うわ、手が無い!! 目が血が!」

「落ち着いてよスネイル。もう終わったんだ。詳しくは後で話すよ」

 ジャシードは、スネイルの頭に手を置いて落ち着かせる。


「おいらの活躍が!」

「仕方ないよ。頭を打ってたんだから、もうちょっと寝ててよ」

 ガンドは、スネイルの腕を引っ張って座り込ませた。


「それにしても、オンテミオンさんは、どうしてザンリイクなんかに?」

 ガンドは納得できていなかった。オンテミオンが、わざわざザンリイクのところへ行く意味も、その理由も分からない。


「それは、私も思っていたことだ。何故、あなたほどの……」

「お前が指示したのだろうが。何をとぼけているのだ!」

 レグラントが話している途中、バラルが被せるように言った。


「違う。あれはザンリイクが勝手にやったことだ。私は開放しろと命令した。だが、ザンリイクは従わなかった」

「怪物を使役できるなどと、驕ったお前が引き起こしたことだぞ!」

 バラルは断固とした口調で言い放つ。


「わしの自由が利かなくなったのは……レムリス襲撃の時に、その、フグードと言う奴が持っていた赤黒い短剣を手にしてからだ。何となく武器庫へ行った時に、気になって手に取った。これが全ての始まりだ。わしは自由が利かなくなり、夜も昼も歩き続け、やがてサファールに辿り着いた」

 オンテミオンは、ゆっくりと話し始めた。


「父さんを刺したダガーだ。さっき壊したやつがそうかな」

 ジャシードが言うと、オンテミオンは頷く。


「あのサファールを、どうやって一人で越えたの?」

 マーシャは不思議に思って口を挟んだ。


「不思議と怪物たちは襲って来なかった。赤目の奴が命令していたのかも知れない」

「それ以前に、サファールまでの道程だって、何事もなく辿り着けないと思うけど……」

 ガンドが言うと、ジャシードとマーシャも頷く。ヒートヘイズですら、一度撤退したほどの道程だった。それも、途中までゲートで移動してなお、苦戦した場所だ。


「んん……。途中の道程も、怪物は襲ってこなかったな。とにかく無理矢理、夜通し、何日も歩かされた……。ザンリイクに赤いレンズを付けろと言われ、身体が勝手に動いた。目に食い込むような、目が破裂しそうな、表現しがたい苦しみが襲ってきて……それからは、身体の中で何かが燃えているような、そんな感覚になった。レグラントを殺すように命令され、身体が勝手に動いた」

 オンテミオンは、そこで一旦言葉を切った。オンテミオンの身体は、少し震えているように見える。


「アーマナクルへの道程で、ウェーリド橋守衛所の者たちと戦闘になり……一人殺してしまった。わしは泣き叫びたい気持ちだったが……言うことの利かない身体では、それも叶わなかった。更には、戦いたくもないレグラントと戦い、あとは皆が知っている通りだ……。人のために生きると決め、これまでやって来た……それなのに、あろう事か人を殺めてしまうとは……」

 オンテミオンは、歯を食いしばって涙を流していた。


「オンテミオンさんの意思じゃないよ……」

 ジャシードは、絞り出すように言う。


「それは、まかり通らん。肉体は、わしそのものなのだからな……」

 オンテミオンの言うこともまた、尤もだった。


 事情をどう説明しようと、アーマナクルへの道程の間で彼と戦い、それがオンテミオンだと気付く者が一人でもあれば、その行動がオンテミオンの意思であろうと思うのは必定だ。誰かに操られていたなど、前例のないことを誰が信じようか。たとえ様子がおかしかった……としてもだ。


「もう目も見えず、右腕もなく、人をも殺めた……。わしが居られる場所はもう無い。そしてお前もだ、レグラント」

「……殺すなら、殺せばいい。覚悟など、もう決まっている」


「さて。どうするね、リーダーよ。現時点でこの二人の生殺与奪は、我々の手の中だ。少なくとも、レグラントは今すぐ、速やかに燃えかすにしてやってもいいが」

 バラルが二人の様子を見て、ジャシードに声を掛けた。


「待って、バラルさん。おれは、二人とも死んで欲しくない」

 ジャシードは、レグラントに対する怒りは残っていたが、キッパリとそう言い切った。


「甘っちょろいな、ジャシード。さっきの勢いはどうした」

 レグラントが挑発するように言う。


「ならば、どうするというのだ」

 バラルは、ジャシードを挑発するレグラントを睨みながら言った。


「思い付きなんだけど、二人には、やって欲しいことがある」

「やって欲しいこと?」

 ガンドがジャシードの言葉を繰り返す。


「ああ。ロウメリスは、まだまだ、街らしい街になっていないんだ。それにロウメリスの人たちは、どうやったら良い街を作れるのか、たぶん分からないと思う」

 ジャシードは、ひと息入れて、オンテミオンとレグラントを眺める。


「そうね……ロウメリスの人たちは、二人のこと、知らないと思う」

 マーシャは頷きながら独り言ちた。


「んん……」

 オンテミオンは既に目が見えないにもかかわらず、ジャシードの視線に気付いたようで、顔を少し上げる。

 

「しかし……わしはもう目が見えん。役に立つとは思えんが……」

 そう言うオンテミオンの右肩に、彼にとって懐かしい感触が触れた。余り爪がめり込まないように、気遣っている優しい鳥だ。


「オンテミオン! カワリニ、メニナルゾ!」

 ピックは、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。


「んん……ピックか。よもや、お前と会話するときが来ようとはな……。ザンリイクの研究成果は、一部使えるのかも知れん。それにしても、優しい割に口が悪いのは、誰から学んだのかね?」

 オンテミオンは、ピックの首の下を左手で撫でながら言う。


「セグム! アイツ、ヒマナトキ、カラカイヤガッテ!」

 ピックは翼を大きく広げた。


「……くっ……ははは……。わしの可愛いピックに、変な言葉を吹き込んだセグムには、ひとこと言ってやらねばならんな」

「ナランナ!」

「すまないな、ピック」

「メシノ、レイハスル!」

「律儀な事だ。だが……ありがとう」

「アァ!」

 ピックはひと鳴きして再び、オンテミオンの耳たぶを甘噛みした。


「本当に、私を殺さないつもりか?」

 レグラントがジャシードに言う。


「剣聖オンテミオンと、アーマナクルのレグラントは、さっき死んだ。ガンドの治療で奇跡的に復活したレグラントは、オンテミオンに苦戦するヒートヘイズに協力して、激闘の末にオンテミオンと相打ちになった。オンテミオンの最期の足掻きで、二人は魔法の炎に焼かれ、跡形もなく消えてしまった。それは壮絶な最期だった」

 ジャシードは、二人を交互に眺めた。完全な作り話だが、ここまで大事になった後に、二人を無罪放免する事は理解を得られないと思ったためだ。


「街の人たちを戻す前に、二人にはここを出てもらう。二人は今日から、別の名前を名乗って暮らすんだ。そして、ロウメリスの再建に尽力して欲しい。オンテミオンさんは、街の住民全員が今より幸せになれるように……砂地のドゴールで得た知見を総動員して、住みやすい豊かな街を造る手伝いをして欲しいんだ。レグラントさんは、街の防衛を固めるために、みんなに方法を提案して欲しい。街を発展させれば、どうしても色々と目立つ。そうなれば、襲撃を受けることもあるかも知れない。ロウメリスはもっと、しっかりとした街にしておくべきだと思う」

 ジャシードは、言い終えてからレグラントに強い視線を送り、続けて話し始める。


「それともあなたは、ここで死にますか? レムリスの人たちや、今まで自分の身勝手な正義の為に、たくさんの迷惑をかけてきた人たち……そして、オンテミオンさんへの罪滅ぼしが嫌だから、ここで死ぬんですか? ネルニードさんに並ぶ、名うての冒険者と聞いていたけれど、もしそうなら幻滅だ。冒険者で財をなしたレグラントは、随分と小物だったって事なんですかね。『イレンディア全体のため』と言う大義名分のもと、他人への迷惑も厭わず、人生の長い時間をかけてきた。あなたが言うその正義は、その程度なんですか?」

 ジャシードはレグラントに畳みかけた。


――それから二人は少しの間、視線を合わせたまま動かなかった。二人は微動だにせず、静寂が辺りを支配した。


「……分かった。ロウメリスの為に、私の知識を使おう。だが、正直なところ、私の思想に誤りは無いと今でも考えている。イレンディア全体のために、海の向こうへ意識を向けるべきだと言う意見に変わりは無い。しかしその方法について、目的を達成するためにすべき事は、他のやり方があったのかも知れない。私の計画のために、傷ついた者には……気の毒に思う。レムリスにも、申し訳ない事をした」

 レグラントは、少しもジャシードから視線を外さずに言った。


「謝罪なら、言う人が足りないですよ」

 ジャシードは、オンテミオンへ顔を向けた。


「そうだな……。オンテミオン、あなたには特に、辛い思いをさせてしまった。取り返しは付かないが……言ったとて何が変わる物でもないが、心から謝罪する。ザンリイクを止められなかったのは……いや、止められると思っていたのは、私の失敗だ。思い上がりだった。申し訳のないことをした」

「んん……。もはや、過ぎたことだ……。お主も無事で済んではおらぬ事だし、痛み分けだ。我々は、こんな罪人の命を助けると……尚且つ活躍の場も、生きる場もくれるジャシードと、人々のために……我々の、第二の人生を捧げようではないか。ただ死ぬよりは、幾許かマシというものだ。んん、そうしようではないか」

「そう……だな……」

 オンテミオンと言葉を交わし、レグラントは小さく溜息をつき、視線を落とした。


「よし。そうと決まれば、バラルさん。二人をロウメリスへ送ってあげてください」

 ジャシードは、バラルの肩に触れ、チカラを注ぎ込んだ。


「これは凄い……。あ、いや、準備をさせなくても良いのか?」

 バラルは、身体の中から湧き上がるチカラに感動した。


「今日の寒さに耐えられる程度の衣服を、二人を送った後に調達してあげてください。費用は、レグラントさん持ちで」

「私の宝物庫から、好きなだけ使うがいい。鍵を渡しておく」

 レグラントは、懐から鍵を取り出し、ジャシードに放ってよこした。


「遠慮無く、使わせてもらいます。おれたちの報酬も、その中から貰います」

「好きにしたらいい。もう私には不要な物だ。残りはアーマナクルのために使ってくれ」

 レグラントの申し出に、ジャシードは黙って頷いた。

 

「では、行くか。ピック、オンテミオンの誘導、できるか?」

 バラルは、レグラントが立ち上がるのを確認してから、オンテミオンの方へ顔を向けた。


「マカセロ!」

 ピックは、オンテミオンの肩の上で羽を広げた。


「頼んだぞ、ピック。落ち着いたら、こっそりセグムに会いに行くとしよう」

「メニモノ、ミセテヤル!」

「耳たぶを噛むぐらいにしてやってくれ。あいつは、心から悪い奴じゃあない」

「アマッチョロイナ!」

「これ、変な言葉だけ覚えるでない」

「アァ!」

 ピックは高らかに鳴いた。


「……全く騒がしいのが増えたわい……ほれ、行くぞ!」

 バラルはゲートを開き、二人をロウメリスへと送るために出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

Rankings & Tools
sinoobi.com

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ