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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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覚醒

「やってみたいと、思うかい?」

 ノーレルは、ジャシードに問いかけていた。


「うん。できるなら、やってみたいけど……」

 全く、自信など無い。その頃の彼には、あるわけも無かった。


「君なら、やれるとも」

「ホントに?」


「君が私の手伝いをしてくれるなら、私も君を手伝おう」

 ノーレルは、ジャシードの頭から手を離し、その手をジャシードに差し出す。


「……ぼくがやらなかったら、どうなるの?」

「なるべく平和が乱されぬよう、私も努力する。だが、今の結果から言うと、世界は平和から遠ざかってしまうだろう」


「そうしたら、どうなるの?」

「街が平和では無くなるかも知れない。まだ分からないが……そうなる可能性が高い」


「レムリスも、平和じゃなくなる?」

「その可能性もある」


「平和じゃなくなると、レムリスはどうなるの?」

「まだ分からないが……。怪物か、あるいは人間同士の争いで、たくさんの人の命が奪われることになるだろう」


「ダメだよ、そんなの!」

「そうならないために、手伝いが必要なのだ」


「……わかった。ぼく、やるよ。手伝い」

 ジャシードは、ようやく差し出されたノーレルの手を取った。


「ありがとう、ジャシード。私の目に、狂いはなかった」

 ノーレルは、ジャシードの手を握り、笑顔になった。


「うん……でも、ぼくは死んじゃったんだ。多分」

 ジャシードはふと、ここに来る前のことを思い出した。


 ジャシードは高熱を出し、意識が朦朧としていた。セグムとソルンは、慌ててジャシードを抱え家を出て行き、治療術士の所へやって来た。

 治療術士は手を尽くしたが、ジャシードの高熱は下がることなく、命の危険があることを告げていた。何とかならないのかと、セグムは治療術士に噛みついていた。

 だんだん息が苦しくなり、目を開けているのが辛くなってきたその時、誰かが部屋に入ってきた所までは記憶にある。


――そうして気が付くと、この場所にいた。だから、ここは死んでしまった人が来る場所なのか、とジャシードは思っていた。


「心配は要らない。君はまだ、死んではいないし、死にはしない。私が君を、死なせはしない。私の手伝いをしてくれるのだから、私も君を手伝おう。横になって」

 ノーレルは、立ち上がってジャシードの隣に座り、膝の上にジャシードの頭を乗せる。


「良いと言うまで、目を閉じていなさい」

「うん」

 ジャシードは、ノーレルに言われるまま、目を閉じた。


 ジャシードは胸の辺りに温かいものを感じ、身体の隅々までチカラが湧き上がってくるのを感じた。


「もう目を開けても良い。もう元気になっただろう?」

 ノーレルは笑顔で、ジャシードの顔を覗き込んでいる。


「うん。なんか元気になったよ!」

 ジャシードは元気に起き上がった。身体がとても軽く感じられる。


「さあ、行って皆を安心させて来なさい」

 ノーレルがドアに手を向けると、ドアがひとりでに開いた。


「ありがとう、ノーレルさん。でも、ぼくは何をしたら良いんだろう?」

「君がしたいようにすれば、それは私の助けになっている」

「そうなの?」

「そうだ。だから私は、君を選んだのだ」

「ぼくじゃなくても、良かったんじゃないかな」

「いいや。君でないといけなかった」

「よく分かんないけど、役に立てるようにがんばるよ。じゃあ、ぼくは帰るね。ありがとう、ノーレルさん」

 ジャシードは、ふかふかのソファが名残惜しかったが、ちょいと飛び降りた。


「またいつか会おう、ジャシード。きっとその時君は、大人になっているだろうね」

 ノーレルは、片手を軽く上げてジャシードを見送った。小さなジャシードは、笑顔で手を振り返している。


「でも、どこに行けば良いのかなあ……」

 すっかり元気になったジャシードは、家から出ると草原を一回り眺め、とりあえず元いた方向へと走って行った。


「さあ、彼を送ってやりなさい」

「はい、ノーレル様」

 スウッと現れた人物は、ノーレルに一礼した後、フワリと浮き上がった。栗毛の波打つ長い髪を揺らめかせ、ジャシードの後を追って行く……。



 ジャシードの次の記憶は、ベッドの上だった。ジャシードが目を覚ましたのを見て、涙を浮かべて抱き締めてくるソルン、誰かに礼を言っているセグムの姿があった。

 一旦目覚めたジャシードだったが、強烈な眠気に抗えず、また眠ってしまった。


 ジャシードは元気を取り戻した後、突然木の棒を持ち出して、特訓だと言って振り出した。

 セグムは自分の子供らしいと言い、ソルンは大人になった後のことを少し心配したのだった。


◆◆


 マーシャの魔法は、凄まじいものだった。バラルは息を呑み、ガンドの治癒魔法は少しの間止まり、レグラントは刮目した。


 蒼白い光は、絶え間なくオンテミオンを捉えていた。地を揺るがし、空気が震えていることすら分かるその威力は、おおよそ人間が放った魔法には思えなかった。


 だが――蒼白い光が、動き始めた。


 マーシャの方へ、一歩ずつ、動き始めた。蒼白い光に包まれたオンテミオンが、徐々にマーシャへと迫っていった。


「あの魔法を受けてなお、力場で防いでいると言うのか……」

 バラルは自らの無力感を感じた。自分にあのような威力の魔法を放つことはできない。しかし、それを受けてもなお、オンテミオンは倒れるどころか、力場が失われない。


「いったい、どうすれば……」

 幾多の戦いを乗り切り生き残ってきたバラルをして、無限に思えるチカラを持つオンテミオンを目の前に、現状を乗り切る道程を描けなくなっていた。


 オンテミオンは、蒼白い光に打たれたまま、マーシャに近付いていく。


 マーシャは驚異的なチカラを持って、オンテミオンを攻撃しているが、その力場を打ち破れない。


「ジャッシュ、ごめん……私、ジャッ……シュを、助け……られなかっ……た」

 次第に蒼白い光が弱まり、気を失ったマーシャは、ゆらりと倒れかけた。


 オンテミオンは短剣を構え、マーシャに突進していった。赤黒いダガーが、マーシャの喉元を狙っていた。



『さあ、私の約束を果たそう。君は、君の約束を果たせ。行け、私の戦士よ』


 ジャシードは、目を覚ました。全身に漲るチカラを感じられる。それは、今まで感じたことのない、巨大なチカラだ。まるで、別の何かになってしまったようだった。


 今まで感じたことのない、鋭敏な感覚があった。その感覚は、バラルとガンドの叫びを、マーシャの危機を感じ取った。



「いかん! マーシャ!」

 バラルは無意識に飛び出していた。マーシャの身代わりになるつもりだった。だが、俊敏でもないバラルは、オンテミオンとの間に入れそうにもなかった。


「マーシャ……!」

 ガンドはスネイルの治癒魔法を中断して、オンテミオンとマーシャの間に壁を召喚する。だが、そんなものが役に立つ訳もない。壁はすぐに破壊され、オンテミオンがマーシャに迫った。


 オンテミオンは、ダガーをマーシャに向けて突き出した。その距離数十センチ、必殺の間合いであった。


――しかし、ダガーはマーシャに届かなかった。


「させるかよ」

 赤黒いダガーを握って止め、倒れるマーシャを受け止めたのは、心臓を貫かれたはずのジャシードだ。


「ジャシード!? お前どうやって……!」

「ジャッシュ!!」

 バラルとガンドから、驚きの声が上がる。


「消えろ!」

 ジャシードは赤黒いダガーを握り潰し、粉々に破壊した。


「次は……!」

 ジャシードの拳が、オンテミオンに突き刺さる。その拳は、速すぎてバラルやガンドには見えなかった。


「がは……っ!」

 ジャシードに殴られたオンテミオンは、凄まじい速度で壁に激突し、破壊された石壁がその上に積み上がる。


「バラルさん。マーシャをお願い」

「あ、ああ……しかしお前……平気なのか」

 ジャシードからマーシャを託されたバラルは、目をこすった。ジャシードの背中には、大穴が塞がったような痕があった。


「心臓を貫かれたハズでは無かったのか……? ジャシード、お前はいったい……」

 バラルは呆然と立ち尽くしていた。言葉を発するので精一杯だ。


 ガラガラと音を立てて、積み上がった石壁をはね除け、オンテミオンが立ち上がってくる。ジャシードが切り落としたはずの右腕は、既に再生が完了していた。


 オンテミオンは、再び大剣を手にとってジャシードに迫る。


 轟音を立てながら迫る大剣に、ジャシードはこれまでに体験したことのない、平坦な心で相対していた。


(全てが……見える)


 ジャシードは、何の構えを取ることもなく大剣を躱し、あっと言う間にオンテミオンとの距離を詰めていく。オンテミオンは、壁の近くまで追い込まれていた。


「らあっ!」

 オンテミオンの腕目がけ、ジャシードの拳が放たれる。


 拳はオンテミオンの力場をぶち抜き、大剣を持つ手を跳ね上げる。ジャシードはその右腕を掴むと、一気に腕を握りつぶした。


「あが……!」

 オンテミオンは苦しみ、動きが止まる。大剣がまた床に落ち、金属音を上げながら跳ねた。


「いい加減に、目を覚ませ!」

 ジャシードは、動きの止まったオンテミオンの衣服を掴み、一方的に殴りまくった。再びオンテミオンは殴り飛ばされ、別の石壁に叩きつけられた。石壁が破壊され粉塵が舞っている。


 ジャシードの一方的な攻撃が続く。石壁の瓦礫に埋まっているオンテミオンを無理矢理引っ張り上げ、更なる攻撃を加える。オンテミオンは、手も足も出ず、ジャシードの為すがままだ。


 三度、オンテミオンは石壁に叩きつけられ、石壁の瓦礫に埋まった。


「どうやってか、ジャシードが押しているが……オンテミオンは、無限の生命力があるように見える。勝機はあるのか……?」

 バラルは、マーシャを横たえながら呟いた。


「ジャシード! メヲネラエ!」

 何処からか、聞いたこともない声が響いた。


「誰……?」

 ガンドがキョロキョロと辺りを見回す。しかし視界に入るのは、バラルとマーシャとレグラント、ジャシードとオンテミオンだけだ。


「ドコミテンダ、コッチダ!」

 ガンドは耳たぶを引っ張られ、目を見張った。


「ピピピ、ピック!?」

「ピピピ、ジャナイ!」

「何で喋ってんの!?」

「コレダ! メヲミロ!」

 ピックは、頭をガンドに近づける。


「なんだこれ? レンズ?」

 ガンドは、ピックの目にレンズが『填まっている』のが見えた。


「これ、ザンリイクの所から持ってきたやつ?」

「アァ! ソウダ。ウッカリ、メニハマッタ」

「えぇ!? 平気なの!? 取らないと、オンテミオンさんみたいになっちゃうよ!」

 ガンドは、レンズに手を伸ばした。


「イテエ! ヤメロ!」

 ピックは、レンズに触ると痛がった。


「そのレンズ、同化しているのか」

 バラルがマーシャを抱えて近寄ってきた。


「ソウダ。ダカラ、メヲネラエ!」

 ピックが羽をバタバタさせて訴えた。


「ジャッシュ! オンテミオンさんの目を狙えって!」

 ガンドが叫ぶ。


「分かった!」

 ジャシードはひとっ跳び、床に落ちていたディバイダーを瞬時に掴んで、オンテミオンに向かって突っ込んでいった。


 オンテミオンは、瓦礫を退かして立ち上がってきた。左手には大剣が握られている。


 再び、大剣とディバイダーの戦いとなった。オンテミオンが振った大剣が、ジャシードに襲い掛かった。


「おっらぁ!!」

 ジャシードはディバイダーの一閃で、オンテミオンの大剣を根元から切断した。巨大な刀身が、床に当たって金属音を立てる。


「分かて!」

 ディバイダーは、ジャシードのひと声で二振りに分かれた。そしてジャシードの舞うような、目にも止まらぬ凄まじい速さで、オンテミオンの目に襲い掛かった。


 力場で覆われていたオンテミオンであったが、ジャシードの剣は力場を破り、オンテミオンの目をそれぞれのディバイダーが捉え、切り裂く!


「ぐぉぁあぁぁぁぁ!!」

 オンテミオンは、これまでにない苦しむ声を上げ、もんどり打って倒れた。力場は消滅し、床を転げ回った。

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