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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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追懐

 レグラントがバラルに責められている時も、マーシャがスネイルを風の魔法で引っ張っている時も、ジャシードとオンテミオンの戦いは休むことなく続いている。


 レグラントとザンリイクの繋がりについて、バラルが責めているとき、その声はジャシードにも届いていた。レグラントが怪物と繋がっており何かを企んでいたと言うのは、ジャシードにとってもショックであった。

 しかしそれでも『話の分かる怪物』なるものが、もしかすると他にも存在するかも知れない、と言う思いをもジャシードに引き起こしていた。


 戦いは力場のチカラでやや勝っているジャシードと、脅威的な再生能力を武器に攻め続けるオンテミオンは、ほぼ互角の戦いだ。

 しかし『互角』であると言うことはつまり、殆ど無限にも見えるチカラで戦っているオンテミオンの方が、有限のチカラで戦っているジャシードよりも有利になることを示していた。


「マーシャ。わしらは、全力でオンテミオンを消耗させ、ジャシードの助けになる必要がある。分かるな」

 バラルは、戦士二人の戦況を見ながら、マーシャの肩を叩いた。


「うん。ジャッシュのためなら、何時でも全力でやるわ」

 マーシャの目には、強い決意が宿っている。


「では、やるぞ! ガンド、後は頼んだ」

「ちょっと……。僕も割と、限界近いんだけどな……」

「皆、全力だ。そうだろう?」

「もう……。みんな無茶するんだからなぁ」

「無茶しなければ未来が無いとすれば、無茶するしかなかろう。違うか」

「むう、言い返せない……」

 ガンドは渋い顔をした。


「皆が辛い。済まんが、仲間として共有してくれ」

「分かってますって」

 ガンドの渋い顔を見て、バラルは頷いた。


 ジャシードの攻撃を邪魔しないように、バラルとマーシャの魔法による総攻撃が始まった。

 それは、レグラントの兵士たちがやろうとしていたことと同じく、オンテミオンの生命力を消耗させるための攻撃だ。ただ、その威力は、レグラントの兵士たちとは段違いであることは言うまでもない。

 オンテミオンの生命力が――相当量、ザンリイクによって強化されたものだ――どれほどなのか二人には分からないが、全てを刈り取るつもりで、二人は魔法で攻撃し続ける。


 ジャシードとオンテミオンは、剣と剣を合わせ、お互いに弾いて後ろへと跳んだ。何度目かの睨み合い。オンテミオンの傷は完全に塞がり、力場はずっと展開されたままになっている。


 睨み合いとなってすぐ、オンテミオンの足元から連続して業火が立ち上る。間髪入れず、周囲の空気がパチパチと音を出し始め、オンテミオンは雷撃に曝されたが、力場で防ぎきった。


 ジャシードがフォース・スラッシュで斬り掛かると、オンテミオンは大剣でその攻撃を受け止める。

 しかしジャシードは、剣を一旦受け止めさせてからディバイダーを二本に分け、更に斬り掛かった。右側でオンテミオンの腕に傷を与え、左側で腹部を貫く。


「く……」

 貫いた剣が引き抜かれる折に、オンテミオンは呻いた。


「痛みを感じておるのが、まだ幸いだな……」

 バラルはその様子を見て呟く。


 痛みを感じているがゆえに、痛みを感じると、オンテミオンの動きが少しだけ止まる。そのため今は、ジャシードの好機だ。


 ジャシードは剣を引き抜きつつ、オンテミオンの右手に切り上げを放ち、その腕に更なる裂傷を与えた。更に一撃、また一撃……オンテミオンの右手が血に染まっていく。


「合わせ!」

 ジャシードは、ディバイダーを切り上げながら一本に纏め、その勢いとフォース・スラッシュのチカラで、オンテミオンの右腕を切り落とした。


「ぐあぁぁっ!」

 オンテミオンが苦悶の声を上げ、大剣が大きな音を立てて腕と共に地面に落ちる。右腕を押さえながら、オンテミオンは膝をついた。


「ジャシード、首を落とせ!」

 バラルは叫んだ。その一言を発するのは、覚悟を決めていても重いものだろう。旧友の首を落とせと命じ、その一部始終を見届ける役割とは、その辛さは筆舌に尽くしがたい。


「オンテミオンさん……ごめん」

 ジャシードはディバイダーを振り上げた。


――その時、いつかの記憶が、ジャシードの脳裏に蘇ってきた。


『怖がることも、それをどうやって克服していくかも、きみにとってはとても重要な経験になる。怖くてもいい。今見て感じていることを、しっかりと覚えておくんだぞ』

 オンテミオンの言葉と、肩に置かれた手の温もりが感じられる気がする。


『オンテミオンさん。ぼくは、オンテミオンさんみたいな、強い戦士になりたい。今はまだ……まだだけれど、毎日、特訓、頑張るから、いつか……いつか、ぼくにもっと、たくさん教えてください』

『わかった、約束しよう。それまでにしっかり訓練をこなし、階段を上ってこい』

 頭に置かれたオンテミオンの手の温もりが、瞬間的に蘇る。


『オンテミオンさーん、また特訓してね! 絶対!』

 振り向かずに長剣を天高く掲げた、オンテミオンの背中が、見えたような気がした――


「ジャシード! 何をしておる!」

 バラルの声が聞こえ、ジャシードはハッと我に返る。その時彼の目の前には、オンテミオンが迫っていた。その左手には、いつか見たことのある、赤黒い短剣が握られていた。赤黒い刀身には、ペネトレイト・ショット特有のチカラが集まりつつあった。


 戦闘状態の時、ジャシードは時間が遅く流れるような感覚になる。そのため、滅多に攻撃を受ける事はない。

 しかしオンテミオンは、身体が反応できる限界距離よりも近くに潜り込んでいた。


「しまっ……!」

 ジャシードが反応できたのは、そこまでだった。


 赤黒い短剣から、いつかラグリフが繰り出した、少し前にスネイルが繰り出した、ペネトレイト・ショットが放たれる。


 ジャシードは、力場を手に集めようとしたが、手遅れだった。


 ペネトレイト・ショットは、ジャシードの胸の中心、心臓の辺りを貫通していく。


「かっ……は……」

 ジャシードはペネトレイト・ショットの勢いに押され、弓なりになり、後ろへと吹っ飛ばされる。


「ジャッシュ!!」

 マーシャの悲痛な叫び声が、ジャシードに聞こえた最後の声だった。

 ジャシードは意識を失い、しばし宙を舞った後、床に叩きつけられた。


「いやぁぁぁぁぁ!!」

「行くな! 行ってどうする!!」

 マーシャが走り出そうとしたのを、バラルが必死で押さえ込む。


 だがしかし、もはやマーシャは止まらない。マーシャは、リーヴの時にそうなったように、蒼白い炎に包まれていく。


「うぐ……なんと言う……」

 バラルは、蒼白い炎が作り出す凄まじい低温を感じ、マーシャを掴む手を離した。そのまま掴んでいては、手が溶けて無くなってしまいそうだった。


「ジャッシュ! マーシャ!」

 ガンドは、もはや何もできない。せめてスネイルの意識を取り戻すぐらいしか、できることが無い。ガンドは、いつも感じている無力感を強く感じていた。

 肩に乗っかっているピックは、驚きの余り足で掴んでいたレンズのようなものを弾いてしまい、それは回転しながらピックの頭に当たってズルズルと落ちていく。ピックの目に、レンズ越しの風景が広がった。


 倒れたジャシードの周囲に、血液がじわじわと広がっていく……。マーシャはその血を見て、ますますチカラが籠もっていく。


 マーシャの蒼白い炎は、一気にオンテミオンに向けて放たれた。眩く輝く炎は、オンテミオンを一瞬にして包み込み、蒼白い炎で燃え上がらせた。


◆◆


「う……ぅ……」

 ジャシードは、青々と広がる草原に倒れていた。動きにくい節々を無理矢理動かし、立ち上がる。


 キョロキョロと辺りを眺めると、蔦に一面を覆われた大きな家がある。ジャシードは、他に当てもなく、その家へと歩き始めた。


 周囲はただただ広い、とんでもなく広い草原だ。雲はふんわりと手の届きそうな場所に浮かんでいて、遠くにはどの方向にも山がある。


 蔦に囲まれた、大きな家の前にやってきた。ドアノブが高いところにあって、ジャシードには届かない。


「こんにちは。だれかいる?」

 ジャシードは、扉をノックする。


「入りなさい」

 扉の奥から声がして、扉がゆっくりと開いた。


 ジャシードが怖ず怖ずと家に入っていくと、シンプルに整えられた部屋が目に入ってきた。古めかしいが、非常に細かい装飾が入っている木製の家具の数々は、細かなところまで磨かれているのが分かる。

 左手に目を向けると、切り倒された巨大な木の切り株をそのまま使ったローテーブルとソファがあり、そこに壮年の男が座っている。


「ようこそ、ジャシード。私はノーレル。君をここへ呼んだのは私だ。そこへ座りなさい」

 壮年の男は、微笑を浮かべつつ名を名乗った。


 ジャシードは、少し怖くなって立ち尽くしていた。ノーレルの存在が、凄まじく大きく感じたからだ。


「怖がらなくてもいい。私は君に頼みがあってここへ呼び寄せたのだ。話を聞いてくれないか」

 ノーレルは、ソファへ手をやり、座るように促す。


「頼み?」

 ジャシードは、ソファによじ登るようにして、ようやく座った。ソファはとても柔らかく、ふかふかしている。つい、体重をかけて感触を楽しんでしまった。


「そうだ。君に私の手伝いをして欲しい」

 ノーレルは、ソファの感触を楽しんでいるジャシードを眺めて微笑んでいる。


「なんの手伝い?」

 ソファの感触を楽しんでいるのを、ノーレルに見られていることに気づいたジャシードは、照れくさくなりつつもノーレルの顔を見上げた。


「イレンディアを、平和にするための手伝いだ。私の代わりに、やって欲しい」

 ノーレルはゆっくりと言った。


「うちは、平和だよ」

 ジャシードは、自分の家庭を思い出しながら答える。セグムとソルンは仲が良いし、特に不自由なく暮らしている。


「だが、イレンディアはそうではない。方々手を尽くし、私にできることはやっているのだが、まだ手が足りていない」

「ぼくは、レムリスしか知らないよ」

 ジャシードは、レムリス以外にも街があると聞いてはいたが、余りにも実感のない話について行けていなかった事を思い出した。彼にとっては、レムリスも広大だった。


「今はそうだ。だが、私の手伝いをしてくれるのならば、世界の全てを知ることができるだろう」

 ノーレルは、大きく手を広げながら言った。


「なんか、スゴいね! 手伝いは、どうしたら良いの?」

 『世界の全て』と言う言葉に、ジャシードはとても興味を引かれて、ふかふかソファの上で前のめりになった。


「まずは、約束してくれればいい。私の手伝いをしてくれるかな?」

 ノーレルは、前のめりになったジャシードの頭に、そっと手を置く。


「約束したら、世界の全てが分かって、平和になるの?」

 頭の上に温もりを感じながら、ノーレルを見上げた。


「すぐにではないが、君が大人になる頃には、世界が少し分かってくるだろう。そしてその頃には、君が手伝ってくれるおかげで、世界が少し平和になるだろう」

 ノーレルは、ジャシードの頭をひと撫でする。


「そんな事、できるのかなあ」

 余りにも突飛な、余りにも現実感のない話に、ジャシードは混乱していた。


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