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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
115/125

完成

 レグラントは、広間に入ってくる人影を認めた。その姿はレグラントが知っている普段通りでは無かったが、少しばかり違ったとしても、門番が分かったようにレグラントはそれが誰だか分かる。


「ザンリイク……あやつ、命令に背いたか……。もう少し早く、手を打つべきだった」

 レグラントは、傍らに置いてあった剣に手を掛けた。


「命により、お前を殺すために来た」

 背中の大剣に手を掛けながら、燃えるような赤目の者は言い、低い地鳴りのような音と共に力場を展開させる。


「まさか、貴方ほどの人物が、ザンリイクなんぞの手に落ちるとは……残念だ」

 レグラントは静かに言う。


「死ぬが良い、レグラント」

 燃えるような赤い目の者は、大剣を中段後方に構え、レグラントに向かって走り込んだ。


「長剣使いの貴方が、大剣に持ち替えるとは。ザンリイクの手下になって、自らの得意も見失ったか!」

 レグラントは、かの者が横一文字に振り抜く大剣を、軽々と跳び越え距離を詰める。


 赤い目の者は、空振りした巨大な剣をピタリと止め、着地直後のレグラントに向けて剣を返す。

 だが、レグラントは上半身を大きく反らせて大剣を回避しつつ、回避の動きを使って、自らの長剣で最下段からの切り上げを放った。

 その一撃は、かの者の左腕、鎧の切れ目に命中した。その左腕から血液が迸る。


「貴方の力場など、私の前には役に立たぬぞ。力場とは、生命力が勝っている相手にのみ、効果を発揮するものだ。結局、『赤き開放の目』のチカラは、その程度ということだな。これが、ザンリイクの限界と言ったところか……」

 レグラントは、再び赤目の者と向き合い、間合いを測る。先ほど傷を与えた左腕に、ちらと視線を走らせる。なかなかの手応えだったが、既に血流は止まっている様子だ。


「力場は貫通できたとしても……赤き開放の目の再生能力か。なかなか厄介だが……本人の技量を向上させるものでは無い」

 レグラントは、剣を最下段に構えた。それは、大いなる自信に裏打ちされた行動だ。


「死ね」

 赤目の者は、右手一本で大剣を持ち、レグラントに襲いかかる。


「腕力だけは、目に見えて向上するようだな」

 レグラントは、かの者を全体として視界にぼんやりと捉えつつ、大剣の動きを見計らった。

 ぼんやりとした全体から、大剣の切っ先がどう動くかを見つつ、どんな動きにも対応できるように両足へ均等に体重をかける。


 レグラントの視界に映る大剣が動き出した。中段から上段へ向けた斜めの軌道が、レグラントの予測として見える。


「単調な剣だ……見えているぞ」

 レグラントが行動しようとした瞬間、ぼんやりとした全体の右側に異変を感じ、大剣の動きを頭に入れてから右側に少し焦点を合わせた。

 かの者の左手は短剣を掴んでおり、それを投擲しようとしているのが見えた。

 そして予測通りに短剣は、大剣を避けても身体が残っているであろう、下半身へ向けて投げられた。


「そんな姑息な手を使うようになったのは、その目の為か、それとも貴方はその程度の使い手に成り下がったのか」

 レグラントは敢えて大剣が迫る左側へ、大剣を避けながら大きく移動した。投擲された短剣は、レグラントの後方へと飛んでいき、壁に当たって金属音を立てる。


 大剣を振り抜いた後の隙を、レグラントは見逃してはいない。地を蹴り、かの者の懐に飛び込みつつ、移動しながらの渾身の一撃をその身体に叩き込む。


「ぐおぉっ!」

 脇腹を前から後ろへ、派手に切り抜けられた赤目の者は、その場に膝をついた。展開していた力場が雲散霧消し、鮮血が辺りに散らばる。


「その程度のチカラで……単なる腕力と再生能力だけで、私に勝とうなど、悲しいほど哀れだ」

 レグラントは、振り返りざまに剣を振るい、赤目の者の背中をざっくりと切り裂く。更に剣を返してもう一撃、そして背中から剣を突き刺した。剣は背中から胸へと貫通し、剣の切っ先から血が滴る。


「ごふっ……」

 血を吐き出す赤目の者は、痛みのために身動きが取れなくなった。『赤き開放の目』で強化されていても、痛みが消えるわけではないのだ。


「もう終わりにしよう。ザンリイクは、貴方を最強と目していたようだが、見ての通り貴方は最強ではない」

 レグラントは、一旦剣を引き抜き、更に突き入れる。何度も、何度も……その度に、かの者は低い唸り声を漏らした。


「そう言えば、ザンリイクが裏切ったときは、あれを破壊してやろうと思っていたのだったな」

 レグラントは剣を抜くと、いつも座っている椅子の後ろ側へと歩いていき、箱に鍵を差し込んだ。


 箱の中から取り出したのは、ザンリイクが大切にしていた、生命力を集めておくことができる『命の宝珠』だった。


「ザンリイクめ、赤の目を通じて見ているのだろう? さあ、お前がたいそう大事にしていたこれを、目の前で破壊される様を見て絶望するが良い。そろそろ、私の放った刺客も着いている頃だろうから、そんな余裕はないかも知れぬがな」

 レグラントは命の宝珠を高く掲げながら、声高に言った。しかし、ザンリイクと繋がっている水晶からは、特に何の声も聞こえない。


「ふふふ……既に彼らが到達していると見える。さすがだな、ヒートヘイズ。良い働きをしてくれる」

 レグラントは、徐々に再生が進んでいる赤目の者の様子を確認しつつ、その目の前に立った。


「これをよく見ろ。貴方の赤い目を通して、ザンリイクの奴は常に、今の状況を見ているはずだ。奴の目が四つあるのは、そのためでもある」

 レグラントは、かの者が苦しみながら、痛みに震えながら顔を上げるのを待った。


「さあ見ろ、ザンリイク! これが、お前が裏切った結果だ!」

 レグラントは、命の宝珠を床に向かって勢いよく叩きつけた。その瞬間レグラントは、かの者が微かに、ほんの僅かに笑みを浮かべたような気がした。


 命の宝珠は石造りの床に叩きつけられ、ワイングラスが砕け散るように、細かい破片をまき散らしながら破壊される。

 すると宝珠を叩きつけた場所から、白い靄のようなものが立ち上った。白い靄は一旦、上へと上がっていったかのように見えたが、すぐに方向を変え、かの者の方へと集まりだした。


「む……何だ……!?」

 レグラントは、何が起こっているのかを理解できずにいた。しかし、それもほんの少しの間だけであった。


 白い靄は、赤目の者に吸収されていた。初めから、こうなることが決まっていたかのように……。


「これは、もしや……計ったな、ザンリイク!」

 レグラントは赤目の者に向かって剣を振るったが、その剣が到達する事はなく、新たなる力場で止まる。


 ニヤリとした表情を見せ、燃えるような赤い目の者は、素手でレグラントの剣を掴みながらゆっくりと立ち上がった。


◆◆


 サファールの最深部では、ザンリイクとヒートヘイズたちによる、戦いが始まっていた。ピックは怖がっているものの、怖すぎてマーシャの肩から動けない様子だ。


 ジャシードの突撃は、まさに疾風怒濤だ。


『む……』

 レグラントと戦ったこともあるザンリイクだが、ジャシードの突撃が作り出す空気感に圧された。


 ジャシードだけに、気を向けていられるわけではない。突然現れるアサシン・スネイルは、常に一撃必殺を狙っている。ザンリイクは気を付けていればスネイルの接近に気付くことができるものの、集中できるわけではなく、スネイルの攻撃を躱すのもギリギリいっぱいだ。


 その外側からは、二人の魔法使いたちによる、実に変化に富んだ魔法が飛んでくる。二人の魔法は、個別にも撃ち込んでくるし、二人で魔法を合わせて撃ってくることもある。


 そして非常に厄介なことに、仮に前衛に傷を与えたとしても、治癒魔法で治療されてしまう。治療術士のガンドを攻撃しようにも、前衛の二人と魔法使いの二人が邪魔をして、ガンドに到達する事はできない。魔法で攻撃しようにも、魔法使いの二人が打ち消してしまう。


 この五人に対してザンリイクが有効打を与えるためには、一撃で大怪我を与えるか、ガンドを何とかして行動不能に陥れるか殺すしかない。


 ザンリイクは、持ち前の強力な再生能力があるため、小さな傷でどうにかなることはない。しかし勝つためには、不利な人数差をどうにかしなければならなかった。


『つ……!』

 ほんの少し目を離した隙に、スネイルの炎熱剣が振り抜かれる。際どく気づいて避けたつもりだったが、避け切れてはいなかった。ローブを切り裂き、左脇腹に焼けるような――実際、焼けているのだが――痛みが走った。


「惜っしい!」

 スネイルは、ザンリイクの杖を躱し、再度その存在感を潜める。


 スネイルの攻撃を回避したとしても、ザンリイクに休む暇はない。ジャシードの双剣による剣舞のような攻撃は、休む間もなく連続して繰り出される。その全てを回避するのは、余りにも困難だ。

 幾筋もの傷を与えられながらも、ザンリイクは致命傷にならないようにだけ気をつけて動く。それは、強力な再生能力があるからこそできる事だ。


『燃え尽きてしまえ!』

 ザンリイクは、腕でジャシードの攻撃を受けつつ、僅かな間隙に業火の魔法を発動させた。


「ぐあっ!」

 ジャシードは突然足元から発生した、凄まじい炎に包まれる。


 業火の魔法は、魔法の発動から終結までの時間が非常に短い魔法の一つだ。始まったと思ったら、即座に炎に包まれる。それ故に、回避や相殺するのは極めて困難だ。無論、力場など発動する余裕は無い。


「ジャッシュ!」

 マーシャの声が響く。目の前で大好きな人が炎に包まれたのだから、大声を出してしまうのも致し方ない。


 しかしジャシードは、そこらにいくらでもいるような戦士の一人ではなかった。


「ふう。危ない、危ない」

 業火の魔法の中から、紅のオーラに包まれたジャシードが現れる。ジャシードは残った炎を剣で振り払うと、間髪入れずにザンリイクへ突撃していく。


『くそ、業火の魔法まで通じないとは、なんて奴だ! それなら、こうだ!』

 ザンリイクは、人間には通じない言葉で毒づいたが、次の手を繰り出した。


 ザンリイクの姿は、暗がりに溶け込むように見えなくなり、ヒートヘイズたちの視界から消えた。


『さあて、誰から殺してやろうか……』

 ザンリイクは、不可視の膜を下ろし、狙いを定めようとしていた。


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