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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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レグラントの依頼

 レグラントはその兜を外し、傍らにあるテーブルに置いた。


 兜の下から表れたのは、浅黒い肌、金髪で切り揃えた短い髪の男だった。年齢はバラルよりも下に見える。


「初めから私と分かっていたら、素のヒートヘイズを見られない気がしてな。噂の人物たちに会うことができて光栄だ」

 レグラントは僅かな笑みを浮かべた。


「ふん。ところでさっきの話は、真面目に言っているのか?」

 バラルが訝しそうな目つきで問うた。


「この建物を見て、嘘を言っているとでも思ったのか。長い通路は迎撃用だ。二階のバルコニーは、海を監視し、海へ攻撃するためにある。私は、常に警戒している。どんな敵が来ようと、必ず撃退する」

 レグラントは熱を帯びた。


「お言葉ですがレグラントさん。仮に他の場所から侵略を受けるとして、おれならアーマナクルは攻めませんね。もっと小さな街から攻めますよ。例えば海沿いで言えばメルナーとか。アーマナクルだけ防備を固めても、余り意味は無いように思います。それに、街から上陸しなければいけない理由も無いと思う」

 ジャシードが反論する。


「その意見は真っ当だな、ジャシード。だから私は、他の手立ても準備している」

「他の手立て?」

「今は準備を進めている最中だ。だがそのような問題に対応していないわけでは無い。完成すれば、大規模な侵略にも耐える体制を整えることができる」

 レグラントは自信ありげに言った。


「妄想についてはもう良いだろう。依頼は何だ?」

 バラルが痺れを切らして言った。


「……ふ。依頼の内容は、敵の討伐だ」

「ほう。敵とは?」

「人の言葉を理解するが、そいつは怪物だ」

 レグラントは、バラルの苛つきを無視して言った。


「人間の言葉が分かる怪物……かあ。何かリザードマンみたいだね」

 ガンドは以前の戦いを思い出していた。


「シャーシャー言ってただけでしょ」

 スネイルは、以前の喋るリザードマンの言葉を、ちっとも理解できていなかった。リザードマンの口は、そもそも人間の言葉を喋るようにはできていないのだ。


「それでその、人の言葉を理解する怪物は、どこにいるんです?」

「奴の住処は、サファールという洞窟だ。サファールは、西レンドール地方、セーリュ湖の北西にある」

 レグラントはジャシードの質問に答える。


「どこそれ?」

 スネイルは地図が頭に入っていないため、ちんぷんかんぷんだ。


「西レンドール地方は、エルウィンから北西の方向だね。早く行くならウェルドを出て、街道を北へ進んで、街道が北東に曲がり始めた辺りから北西方面へ平原を進む」

 地図が大好きなガンドは、頭の中の地図で行程を描くことができる。


「よく知っているな。サファールの入口は、ネヴィエル滝の裏にある。その奥に、敵は生息している」

「おぬし、随分詳しいな」

 バラルはレグラントの言い方が引っかかった。


「私は元々冒険者だ。サファールにも行ったことがあるし、その奥地に踏み入れたこともある。サファールは、その敵が仕掛けたいくつもの罠を突破しなければならない、洞窟の中でも危険な部類に入る。だが名うての冒険者ヒートヘイズであれば、そのような罠を突破し、敵を討伐することもできよう」

 レグラントは微笑を浮かべながら、テーブルに置いた兜の天辺を、コツコツと指で叩いている。


「討伐して、それで終わりか?」

「探してもらいたいものがある。敵は赤い眼鏡のレンズのような物を持っているはずだ。それを回収してきてもらいたい」

「それは何だ?」

「先ほど言った『他の手立て』に活用するための素材だ。お前たちが持っている武具に施されている、宝石誘導とか言う技術にも、素材が必要であろう。近いものがある」

 レグラントは、バラルの杖や、スネイルの短剣、ジャシードの長剣、ガンドのハンマー、マーシャの杖をそれぞれ指さした。


「何故、そんな事を知っている?」

「ふ、私は意外に事情通なのだよ。街を治めておれば、何処かしら噂が流れてくるものだ。門番の何人かも、君たちのことを知っていたようにな。そしてその素地を作ったのは、大魔法使いである、バラル殿とヘンラー殿のおかげだ。街と街を繋ぐゲートというものは素晴らしい。おかげで、他の街の様子も良く分かるようになった。同時に、噂話なども良く伝わってくるようになる。そのぐらいの変化も想像せずに、ゲートを造ったわけではあるまい」

 微笑を浮かべたまま、訝しげな顔をしているバラルに、ゆっくりとした口調でレグラントは言う。


「そう言うわけで、サファールへ行き、人間の言葉を解する怪物を倒してくれ。そして赤いレンズのようなものを探して回収してきて欲しい。これが依頼だ。報酬は君たちの名声に相応しい、十分な額、物を用意する。請けてくれるな?」

 レグラントは表情を崩さずに言った。


「……分かりました。旅の準備も必要なので、物資の調達をお願いしたいのですが」

 ほんの少し考えて、ジャシードは依頼を受けることにした。


「良いだろう。必要なものは、私の名を使ってアーマナクルで何でも調達するがいい。侵略を止めるための働きには、如何なる損害も協力も惜しまぬ」

 レグラントは請け合った。


「では早速、そうさせて貰います」

 ジャシードは仲間達に目配せして、屋敷を去ることを伝えた。仲間たちはそれぞれレグラントに礼をしてから、ジャシードの後に続いた。


◆◆


 レグラントの屋敷を出た一行は、アーマナクルの南西端にある、人気の無い海岸へと向かった。


「レグラントさんのアレ……本気なのかしら」

 マーシャは周囲に人がいないのを確認しつつも、小声で言う。


「建物の構造を見れば、海を攻撃するつもりなのはよく分かる。イレンディアの向こうに何かがあるか無いか、侵略者が居るか居ないかはともかくとしても、レグラントさんの意思は強い。あと建物を建てる時点で、海を攻撃することを想定しているからこそ、あの構造になるのだから」

 ジャシードは、これまで見て聞いたことを思い出していた。嘘をつくにしても、準備の規模が中途半端でない事からも、レグラントの本気が強く感じられた。


「全く、どこからの情報であんな風になるのか……」

 バラルは呆れている様子だ。


「でも確かに、アーマナクルの西へ行くと、どこへ着くのかは気になるけどね」

 ガンドは海の方を見つめている。


「あの依頼、請けてよかったの?」

 マーシャは海を見るジャシードの横顔に言う。


「今回の依頼はアントベア商会にきたもので、商会が内容はともかく話を回してきたのは、商会としては請けたいってことだろうからね……請けないと一旦請けた商会に泥を塗ることになるし、それに新しい場所への冒険に支援付きなら、条件としても悪くはない。おれたちに憧れて冒険者を目指す人が出てくれば、商会のゲート旅行だって希望者が増えるだろうし、より多くの場所にいる怪物が討伐される事になる。それはイレンディアにとっても良いことだと思う」

 ジャシードは海を見たまま答えた。


「ジャッシュがそこまで考えているなら、私たちに口を挟む余地はないわね」

「さすが、アニィキ!」

「わしとヘンラーの事まで、気にかけんでも良いぞ」


「仲間の事を気づかうのは、おれにとって当たり前だから、バラルさんも気にしないでいいんですよ。……それにしても、人の言葉が分かる怪物と言うところは、唯一気になるね。一体どんな奴なのか……そいつは純粋に敵なのか、それとも分かり合える相手なのか。もし分かり合える相手ならば、他の怪物たちはどうなのか。その辺りを見定める良い機会かも知れない」

「リザードマン程度だったら、仮に話せても敵に変わりなさそうだけどなあ。怪物が流暢に僕たちの言葉を話すのは、想像できないし。人間を殺して食べてしまうような存在と、仲良くなれと言うのは無理な話だよ」

 ガンドにとっては、怪物はどこまでも単なる怪物だ。


「あのリザードマンは、明らかに敵意があったからね。もし、怪物が人間を殺す理由が食べるためだけだとしたら、共存の余地があるかも知れない」

「夢見すぎだよ、ジャッシュ」

「はは。夢見すぎかな?」

「そうさ。ゴブリンと肩組んで歩くなんて、想像できないよ。『今日は飲み過ぎだぁ、嫁ン所にけぇりたぐねぇよぉ。おめぇンとごろに泊めてぐれよぉ。一晩しとばんだけでいィがらよぉ』なんて言ってさぁ」

「ガンドこそ、妄想が行き過ぎてるわよ!」

 仲間たちは、嫌そうな顔をして肩を組む仕草をしているガンドを見て笑った。


「レグラントの事は置いておくとしても、内容として興味深い旅になりそうだな」

 バラルはパイプを吹かしながら言った。バラルはサファールに行ったことすら無い。更には、人間の言葉を理解する怪物が居るという。好奇心がくすぐられる依頼だ。


「よし。心が決まったら、早速アーマナクルで準備させて貰うとしようか」

「おう!」

 ヒートヘイズたちは、ジャシードの掛け声でそれぞれアーマナクルを駆け巡り、旅に必要な物を多めに買い込んだ。


「アニキ、重いよ」

「おれも、重いよ」

「タダだと思って、買い過ぎちゃったわね」

「テントまで新調する必要あったのかな……」

「かび臭くなってたから、変えた方が良いと思ったの。タダだし」

「重いよぉぉぉアネキィィィ」

「重い……」

「何を買ってきたんだ、お前たち……」

 何やら荷物満載の若者達を見て、バラルは呆れた様子だ。


「三人とも、荷物は馬に乗せたらいいよ」

 ガンドは、馬を三頭と荷台を借りてきていた。


「何で五頭じゃないのよ?」

「ジャッシュとマーシャ、僕とスネイル、バラルさんと荷台。ちょうど良いでしょ?」

「もうガンドったら。できる子ね!」

 マーシャはガンドの背中をパシンと叩いた。


「いてて。子じゃないけどね……」

 ガンドは言いながら、ジャシードやスネイルと共に、テキパキと荷台へ荷物を載せていった。


「荷物よし、それじゃあ行くか!」

「がってんアニーキ!」

 準備ができたヒートヘイズ達は、ゲートでウェルドへと移動し、街道沿いに北へと進み始めた。


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