表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
102/125

必殺の炎

「ジャシード!」

「アニキ!」

「ジャッシュ!」

 仲間たちの声が、スライムで塞がれた兜の向こうから聞こえる。兜の中に充満するガスは、追加はされど抜ける気配はない。


(諦め……ないぞ……!)

 ジャシードは兜を塞がれる前に、息を一杯に吸っていた。最後の力を振り絞って、オーラフィールドを発動させる。ジャシードに残された、最後の一手だ。


「ジャッシュ……!!」

 マーシャは目の前の信じられない光景を見て、無我夢中で魔法を絞りだそうとしていた。


(絶対、死なせたり、しない!)

 マーシャは無我夢中の間隙に、懐かしい記憶を思い起こしていた。


――小さな、怯えた、何もできない子供。

 

 命に代えても、大好きな人を守りたい。

 そんな衝動に突き動かされていた。

 

 何をしたらいいか、分からなかった。

 

 でも、何かをしないと、何かをしないと、

 一番大切なものを失ってしまう――


 マーシャは今、あの時と同じだった。


 軽い地鳴りのような音が、洞窟内に響き始める。


「なんだ……?」

 バラルが辺りを眺めると、マーシャの身体が、青白い炎に包まれていくところだった。

 老練なバラルをして、そのような魔法は見たことがない。バラルは息をのんだ。


 本来なら、バラルはマーシャを止めなければならない。生命力を大きく注ぎ込んだ魔法の行使は、命に関わることがある。

 しかし、バラルは動けなかった。何が始まるのか分からない事から来る好奇心もあったが、何より今ジャシードを助ける手立てのない中、少しでも可能性のある何かが必要だった。


 マーシャは蒼白い炎にすっぽりと包まれ、まるでマーシャそのものが燃えているようにも見える。


「ジャッシュは、ジャッシュは……死なせたり、しない!!」

 蒼白く燃える炎の中で、マーシャは両手を高く掲げ、スライムたちの方へ振り下ろした。


 轟音と共に、蒼白い炎がマーシャから放たれる。マーシャそのものから放たれたようにも見える炎は、幾つもの炎に分かれ、全てのスライムたちに襲いかかる。


 炎がスライムに触れると、スライムは一気に干からびて、砂のようになった。ジャシードをがんじがらめにしていたスライムも、干からびて消えていく。ベタつく粘液も、砂のようになってハラリと落ちた。


 アブルスクルにも、蒼白い炎が襲いかかった。アブルスクルの表面が、他のスライムたちと同じように干からびて、サラサラと地面に落ちていく。


『ビブゥゥ……!』

 苦しんでいるのか、伸びたり縮んだりしながら、アブルスクルは変な音を立てている。黄色いガスが所々から漏れ、それが音を立てているようだった。

 大きなスライムの塊アブルスクルは、やがて干からびて、一回りほど小さくなってきた。


 しかし、蒼白い炎は突然消え去った。両手を高く掲げていたマーシャは、ひと呼吸の後に、地面に崩れ落ちた。


「マーシャ!」

 ガンドはハンマーを放り出し、マーシャの元へと走る。


「ジ…………ジャッ……シュ……は…………」

 ガンドに上半身を抱えられた顔面蒼白のマーシャは、息も絶え絶えに声を絞り出した。


「ジャッシュは……」

 ガンドは顔を上げ、ジャシードの方を見やると、アブルスクルの向こうに動きがあった。


 深紅に染まったオーラを纏い、兜を脱ぎ捨てたジャシードが、ゆらりと立ち上がるのが見える。


「ジャッシュは大丈夫! マーシャのおかげだよ!」

「そ…………そう……。よかっ…………」

 マーシャは言い切る前に、微かな、微かな笑みを浮かべて気を失った。


「ガンド、マーシャを保たせてくれ! わしらはアブルスクルをやる!」

「分かってますよ!」

 ガンドは出来うる目いっぱいのチカラで、マーシャに治癒魔法をかけ始めた。


「アニキ!」

 立ち上がったジャシードに、スネイルが駆け寄る。


「ふう……今回ばかりは、もうダメかと思ったよ」

「助けに行けなくてごめん、アニキ」

「気にするな、まずはアブルスクルを始末するぞ!」

「がってんだ!」

 二人はアブルスクルに向かっていった。


 干からびたアブルスクルは暫くの間動かなかったが、干からびた部分をふるい落とすように身体を震わせると、再びうねうねと動き出した。向かう先は、マーシャとガンドの方向だ。


 しかし、アブルスクルの前に、深紅のオーラに包まれたジャシードが立ち塞がる。


「マーシャのところへは、行かせない!」

 ジャシードは、長剣ファングにチカラを注ぎ込み、アブルスクルに斬り掛かった。轟音と共に、深紅のファングが襲いかかる……!


 アブルスクルは身体を割って避けようとしたが、干からびた状態では上手くいかず、遂にジャシードの剣がその本体を捉えた。ジャシードのオーラが、アブルスクルの身体を焼き焦がす。


『ビィィィ!』

 アブルスクルは謎の音を上げつつ、干からびた部分の下から液体をまき散らしながら、ファングに引き裂かれた。引き裂かれ切り離された部分は、少しの間ビチビチと跳ねていたが、すぐに動かなくなった。


「もっと小っこくしてやろう!」

 スネイルも揺らめく剣を翻し、アブルスクルに襲いかかる。揺らめく剣も、アブルスクルから一部を切り離した。


「もうガスも出ないかな?」

 スネイルは、アブルスクルに近づいても、ガス攻撃してこない事に気づいた。マーシャの魔法を食らった時に、全て漏れたのかも知れない。


「それなら……ほれっ!」

 ガス攻撃がないならと、どさくさに紛れて、バラルがアブルスクルに杖を差し込む。


 アブルスクルが身体の一部を伸ばし、バラルを打とうとしたが、スネイルが伸びてきた場所を切り裂いた。伸びていた部分が床に落ちて動かなくなる。


『ビィィ……』

 アブルスクルは再び謎の音を立てた。


「おっちゃん、危ないぞ!」

 スネイルがバラルに言う。


「実験だ! ちょっと離れておれ」

 バラルは自分も距離を取りつつ、ジャシードとスネイルが離れたのを見て、杖で植え込んだ魔法を炸裂させた。


 バフュッ!

 そんな音がアブルスクルから聞こえ、アブルスクルが膨らみ始めた。


『ビュィィ……!』

 アブルスクルが内側から破壊され、あちらこちらへ飛び散る。アブルスクルのスライム状の本体に、破裂によって一瞬穴が空いた。


「やはりそうか。アブルスクルは、外側からの魔法は効かないが、内側からならば効く!」

 バラルは満足げに、次の魔法を準備し始めた。


 そしてスネイルは、アブルスクルが破裂したことで、アブルスクルが隠していた『核』を察知した。


「『核』みっけ! 地面の側!」

 アブルスクルの『核』は、地面の側に存在している。毒ガスと射出可能なスライム、そして自由自在に着いたり離れたりできる能力で、その『核』は極限まで近づけない場所にあった。

 しかし今は、毒ガスを失い、干からびてスライムを出せなくなった。アブルスクルは、もはや『単なる大きなスライム』だ。それでも、そこいらのスライムよりもタフで、比べものにならないほど強い。


「アニキかおっちゃん、こいつ裏返せない? 『核』を切り取ってやる!」

「なら、おれが引きつけるから、バラルさんは爆発の魔法を!」

「よし分かった!」

 三人は一斉に動き出した。


 ジャシードは攻撃の速度を上げ、アブルスクルへ襲いかかった。

 アブルスクルは、身体を縮めたり伸ばしたりして、ジャシードの攻撃を一部躱している。この期に及んで、空恐ろしい相手だ。


「ジャシード、ここに誘導だ!」

 準備を終えたバラルは、杖で地面に円を描き、そこを指し示した。


「わかった!」

 ジャシードは巧みに押し引きを繰り返し、アブルスクルを円の場所まで誘導した。スネイルはそれを見て、攻撃の機会を窺っている。


「行くぞ!」

 バラルの掛け声で、ジャシードはアブルスクルから距離を離す。オーラフィールドがあるが、避けるのは念のためだ。


 刹那、バラルの爆発魔法が炸裂し、アブルスクルは爆風で宙を舞った。


「いただきィ!」

 スネイルはアブルスクルの『底面』目がけて走り込み、流れるような剣技で、アブルスクルの『核』を今や顕わになった底面から切り取って走り抜けた。


『ビヒュルルルル……』

 核を切り離されたアブルスクルは、身体が維持できなくなり、溶けるように地面に広がって動かなくなった。


「やったい!」

 スネイルは、アブルスクルの核を握り締め、高く掲げた。


「ふう。やっと倒したか……」

 オーラフィールドを解除したジャシードは、オーラフィールドの疲労感で片膝をついた。しかしそれでもすぐに立ち上がり、マーシャの元へと急ぐ。


「マーシャの具合はどう?」

 ジャシードは、マーシャに治癒魔法をかけ続けているガンドの傍らにしゃがみ込む。


「そんなに悪くないよ。血色もいいし、何だか拍子抜けだよ」

 ガンドは微笑みながら顔を上げた。


「そっか、良かった……。マーシャにまた、救われたよ」

 ジャシードはマーシャの顔に触れ、少し乱れている髪の毛を直してやった。


「あれだけの魔法を使ってなお、何の問題も無いというのか……」

 心配そうな顔をして近付いてきたバラルだったが、マーシャの様子を見て驚きの表情に変わった。


「アネキの魔法すごかったな!」

 スネイルは、アブルスクルの核を弄びながら戻ってきた。


「ああ。わしも見たことがない魔法だった。気がついたら聞き出したいところだ」

「おっちゃんでも、そう言うのあるんだな。何でも知ってると思ってた」

「そこいらの魔法使いよりは、確かに知識は多い。が、魔法の広がりは無限だからな。人間、死ぬまで学習と修練だ。お前も、わしもな」

「だな! わはは!」

 スネイルは両手の親指を立てて突き出した。


「分かっているんだか、分かっていないんだか……」

 バラルは渋い表情を浮かべている。


「よし、アブルスクルの部品も取れたし、帰ろうか。マーシャはおれが……」

 ジャシードは、マーシャを抱えて立ち上がった。


「……もう……私…………この鎧、嫌いよ……」

 マーシャはうっすら目を開けた。


「あ……気がついた? 平気?」

「うん……大丈夫よ……」

 マーシャは疲れた笑顔をみせる。


「下りるかい?」

「んーん……今は、冷たくて……気持ちぃ……」

 マーシャは鎧にそっと、頬を寄せた。


 二人の様子を見て軽く微笑んだバラルは、レムリス行きのゲートを開いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小説家になろう 勝手にランキング

Rankings & Tools
sinoobi.com

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ