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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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リーヴに響く叫び

 ジャシードたちがアブルスクルに近づいていくと、アブルスクルは目敏く『次の餌』を見つけて動き出した。上下に揺れながら、左右に膨れたり縮んだりしながら、アブルスクルはジャシードたちに近づいてくる。


「まだ中にラットマンが入ってるのに、すんごい食欲だな!」

 ガンドは、クッキーをモグモグしながら大声を出した。


「あっはは、どっちの食欲が凄いんだか!」

 スネイルもモグモグしながら言う。


「ガスを食らわないようにするから、おれは立ち止まれない。アブルスクルも移動するから、みんな立ち位置に注意して!」

 ジャシードは兜をしっかりと被り、アブルスクルにウォークライを放つと、長剣にチカラを込めて斬りかかった。


 ジャシードの剣はアブルスクルに命中したかに見えたが、ジャシードには手応えがなかった。よく見ると、アブルスクルは剣の切っ先すれすれで、身体を分割して避けている。剣はそのまま、どこにも当たること無く地面を削った。


「なんて避け方だ!」

 ジャシードが口を開けた途端に、アブルスクルの身体から『シュー』と言う音が聞こえ、ジャシードは素早く後ろに飛び退いた。アブルスクルの身体から、やや黄色っぽい何かが勢いよく噴出し、飛び退いたジャシードの顔付近を覆い隠す。


(まずい……息が……)

 ジャシードは咄嗟に息を止めたが、息を吐ききった瞬間だったため、すぐに息苦しくなってきた。

 顔周辺にある黄色っぽいガスは、纏わり付くように顔の傍に滞留している。移動を試みるも、足にスライムが食らいついて動けないのに気がついた。呼吸とガスに気を取られていて、不覚にも気がつかなかったのだ。


「ジャッシュ!」

 様子を見ていたマーシャは、ジャシードを助けようと駆け寄ろうとしたが、バラルに肩を掴まれた。


「落ち着け、マーシャ。やり方は他にもある。お前は魔法使いだ。忘れるでないぞ」

 バラルは、マーシャの杖をコンコンと叩いた。


(こいつ……いつの間に!)

 ジャシードはスライムに斬り付けたが、スライムが切れても、足は地面に吸い付くように動かない。ジャシードは片足を取られたまま、バランスを崩して地面に倒れ込んでしまった。

 視界の向こうで、新たなスライムがアブルスクルから分離され、うねうねと向かってくるのが見えた。ジャシードが息をできない状態を、しっかりと維持しようという魂胆かもしれない。

 息を止めたまま、ジャシードは藻掻いた。息を止めすぎ、身体が痺れてきて、呼吸をしてしまいたい衝動に駆られる。


(げ……限界……)

 ジャシードが諦めかけた瞬間、強い風が砂煙と共にジャシードの付近を通り過ぎ、黄色っぽいガスを飲み込んでどこかへと消えていった。


「っくはぁ!」

 ジャシードは思いっきり息を吸い込む。意識が鮮明になり、身体にチカラが戻ってくるのを感じた。


「大丈夫、ジャッシュ!? 油断しちゃダメよ!」

 風の魔法でガスを吹き飛ばしたマーシャは、声を張り上げた。


「ありがとう、マーシャ!」

「風、強すぎちゃった。ごめんね!」

「あはは。気にしてないよ」

 ジャシードは呼吸を整えつつ短剣でスライムを切り離すと、素早く起き上がりアブルスクルと向き合った。



 ジャシードの剣を避けるために分割した部分は、綺麗に元通りになっている。確かにアブルスクルは、自在に身体を分割したり、くっつけたりすることができるようだ。スライムだけに、自然なことかも知れない。


「アレが、息ができなくなるガスか……結構しつこく着いてくるね」

 スネイルはしっかりと、ガスが吹き出す様子を目に焼き付けた。


「近づく気はないけど、気をつけよう。息ができなくなるガスなんて、食らったあとを想像するのもイヤだ」

 ガンドは眉をひそめている。


「あれ、大活躍するんじゃないの?」

 スネイルはガンドの腕を肘でつついた。金属鎧がゴンゴンと鳴る。


「活躍したいのは山々だけど、僕がやられたら、治す人がいなくなるからね」

「そりゃそっか。んじゃ後ろをヨロシク!」

「ガス吸わないように!」

「あたぼう!」

 スネイルはアブルスクルに向かっていった。


「わしは、主に風の魔法でジャシードの支援をする。お前の風の魔法は、まだまだ無駄が多すぎるからな、マーシャ。お前は攻撃に専念しろ」

「うん……わかった。まだ強さも上手く変えられないのよね……。じゃあ、どうしてやろうかしらね……」

 マーシャは、頭の中にある魔法の数々から、どんなものを使おうかと考えを巡らし始めた。


「炎の魔法なんかは、なかなかいいかも知れないわね。一気に燃やし尽くして……あれ、燃えるのかしらね?」

 マーシャは考えたこともなかった。スライムとは、一体何で構成されているのか、などと言うことを。火を付けたら燃えるのか、それともかき消されるのか、全く分からない。


「いきなり、強力な魔法は使わん方がいい。わしらに向かってこられては厄介だ。ガスに取り囲まれたら、ジャシードほど保たんぞ」

「様子を見つつ、って事ね」

 マーシャは、ジャシードたちの方を見やる。アブルスクルの身体から、スライムが飛び出しているのが見える。スライムはスネイルが退治しているが、どんどん増えていて大変そうだ。


「相手が未知ゆえにな。普通のスライムならば、炎や地の魔法には弱いはずだが……こう言う強力な怪物は、そもそも魔法全体に耐性を持つものすらいる。体組成そのものが、魔法的なものである場合は特にな」

 バラルはそう言いながら片手を上げて、複数の火の玉を放った。火の玉は、アブルスクルの近くにいるスライムたちに命中したが、スライムたちの動きに特段の変化は無いようにも見える。


「……取り敢えず、炎は効かんようだな」

 バラルは両眉を上げた。


「やれるだけやってみるわ。何か弱点があるかも知れないし」

「そうだな、頼んだぞ。余裕がある時は、わしも手助けをする」

 バラルはマーシャに軽く頷いて、ジャシードに風を当てやすい方向へと歩いて行った。


 一方スネイルは、増えていくスライムたちを一体ずつ丁寧に始末していた。バラルの炎の魔法は、スライムたちに大した効果は無かったが、霧氷剣と焦熱剣の攻撃はとても効いた。

 スネイルは、気持ちがいいほどにスライムたちをばっさばっさと切り刻んでいた。


「何でスネイルの攻撃は効くのよ!」

 マーシャは色々な魔法を使ってみたが、スライムたちには少しも効果が無く、もどかしさを覚えていた。


「おいらには分かんないよ! 剣で斬ってるだけ!」

 スネイルは、踊るようにスライムたちを切り刻んでいる。


「斬ってるだけ……斬ってるだけ……」

 マーシャはもごもごと口の中で、スネイルの言ったことを反芻した。


 ジャシードは、動き回ってスライムたちを躱しつつ、アブルスクルに一撃入れようと奮闘していた。スライムたちをいくら倒したとて、本体であるアブルスクルを倒さないことには、終わりのない戦いになるからだ。


 長剣を振りかぶり、ジャシードはアブルスクルに斬りかかる。しかし、アブルスクルは自分の身体に割れ目を作ってそれを避けようとする。そしてガスを噴出させ、ジャシードを遠ざける。

 しかしガスは、バラルの素早い風の魔法で吹き飛ばされる。ガスを逃れたジャシードは、またスライムたちを避けながらアブルスクルに迫る。

 スネイルはスライムたちを丁寧に倒して行くも、アブルスクル本体がスライムたちをどんどん生み出していく……。


「ああもう、きりが無いぞ!」

 ガンドは、近くに寄ってくるスライムたちをハンマーで殴りつけながら大声を上げた。


「ううむ……ガスはどうにかなっておるが、確かに決定打に欠けるな……」

 バラルはガンドの声を聞いて独り言ちた。


「私が……私が何とかしなきゃ……」

 マーシャは、色々な魔法を試しながら焦っていた。炎も、水も、雷撃も……大した効果は無かった。


「魔法が効かないなら、直接やるしか……。でも私が杖で攻撃しても……」

 マーシャは杖を見つめていた。


 悩めるマーシャをよそに、均衡を破るために動いたのはアブルスクルだった。


 アブルスクルは、『普通に』スライムを生み出すのに加えて、スライムを『射出』する方法を取り始めた。


 アブルスクルが、まるで砲台の如くスライムを発射する。


 ジャシードとスネイルは、地面に増えるスライムの対処だけで無く、『飛び道具としてのスライム』をも躱さなければならなくなった。


 射出されるスライム如き、躱せぬジャシードではない。が、『死んだふり』をしているスライムをいちいち判別できるほどの余裕もまた、無かった。


 ジャシードが足を着いた場所の傍にいた、『死んだふり』をしていたスライムは、機会来たりとジャシードの左足に纏わり付いた。


「な……!」

 不意を突かれたジャシードは、射出されたスライムを際どく躱したものの、地を這う別のスライムに右足を捉えられてしまう。


「しまっ……」

 ジャシードは短剣を振るい、足元のスライムを切ろうとしたが、その瞬間を狙って射出されたスライムが腕に絡みついた。


 そこからは、アブルスクルの為すがままだった。


 アブルスクルは、スネイルをガスで遠ざけ、ガンドにスライムを殺到させて近づかせないようにした。


「何とかこれで、切れてくれ!」

 バラルは風の魔法で鎌鼬かまいたちを作り出し、ジャシードに纏わり付くスライムを切断しようとしたが、鎌鼬はスライムに吸収されて効果が無かった。


「これなら、どうだ!」

 ジャシードは力場フォースフィールドを展開して、脱出を試みる。

 スライムたちは力場に押し潰されて活動を停止したが、強力な粘液が残ってしまい、動けないことに変化は無かった。


「くそっ!」

 腕に絡みついた粘液は、ジャシードのチカラを持ってしても、なかなか剥がせなかった。そしてその間に、更なるスライムが射出され、更なるスライムがジャシードに纏わり付く。


 スライム塗れになったジャシードは、その抵抗むなしく、遂に粘着力で引き倒された。倒れたジャシードに、スライムが更に殺到する。


「アニキ!」

「ジャッシュ……!」

 足止めを食らっているスネイルとガンドも、何とか近付こうとしたが、アブルスクルの巧妙な妨害によって近付くことができない。


「ジャッシュ!」

 マーシャはたまらず、ジャシードに駆け寄ろうとする。


「来るな!」

「行くな!」

 ジャシードとバラルは、同時にマーシャへ警告した。ジャシードは必死で脱出しようとしているが、スライムの粘着力と数のチカラに敗北しかけていた。


「近寄ったところで、どうにもならん! 解決策を探さねば……!」

 バラルはそう言いながらも、頭の中に解決法は何もなかった。ゲートの魔法で何とかしようにも、地面にがんじがらめとなっていたら、意味が無い。


「そんな事言ったって……!」

 マーシャは頭が混乱してきた。スライム塗れのジャシードに、ラットマンを消化しきったアブルスクルが迫っていくのが見えた。


 アブルスクルは、ジャシードの近くへとにじり寄った。まるで触手のようにその身体を伸ばすと、動くこともままならないジャシードの頭目がけてにスライムをぶち当てる。兜をスライムの粘液で塞ぎ、その粘液の中に毒ガスを放出した。


 ジャシードの兜の中は、アブルスクルの毒ガスで充満した。スライムで塞がれていて、どこからもガスが出て行かない。兜を脱ごうにも、腕が粘液で固定されてしまっていた。


 アブルスクルは伸縮する身体を使い、息を吸えと言わんばかりに、ジャシードを鞭打つように殴打する。オーリス製の金属鎧が、不気味に鈍い音を立てて凹んでいく……。


「あぁぁ……ジャッシューーー!!」

 リーヴの奥底に、マーシャの悲痛な叫び声が響き渡った。

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