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イレンディア・オデッセイ  作者: サイキ ハヤト
第五章 正義の在処
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危機一髪

 休憩を終えて、元気を取り戻したヒートヘイズの一行は、再びリーヴの奥へと進み始めた。


 相変わらず、ラットマンは無限に続くのではないかという攻撃を仕掛けてくる。ヒートヘイズたちの攻撃を学習したのか、武器を振るう瞬間や魔法を使う瞬間を狙って、鼠が飛び込んでくるような奇襲が増えてきていた。

 とは言え、実戦経験に勝るヒートヘイズたちは、ラットマンの集団を基本的には圧倒している。ラットマンたちには、彼らを止めることはできない。今までの戦いで、それは明らかだった。個体として、ヒートヘイズを上回る者が存在しなかったからだ。


「そろそろ、広場に出る。そこには大量の鼠と、ラットマンが待っている可能性が高い。そして調査できているのは、その広場までだ。広場がどれほどの広さなのか、その先に何があるのか……今のところ情報は無い。以前、アブルスクルも広場で発見されているそうだ……だから広場から調査が進んでいないわけだ。気を付けて掛かれよ」

「広場を全滅させて、アブルスクルも倒す!」

 バラルの警告を聞いて、スネイルはやる気を漲らせている。


「広ければ動きやすいし、やりようもあるな。剣の軌道を気にしなくて済むし」

「だよね。僕も活躍する番が来た!」

「魔法も頑張っちゃうわよ!」

「お前たち、わしの話を聞いたか? ちゃんと聞いてたか?」

 バラルは困り顔で繰り返した。


 しかしバラルの心配とは裏腹に、各人の行動は慎重そのものだった。『アブルスクルに近づいている』と言う意識が、嫌が応にも慎重な行動を取らせた。

 ヒートヘイズの面々が知っている人物の中で、『最強』と目されるネルニードが『危険』と称した怪物は、当然ながら気楽な相手ではないはずだ。


 スネイルは気配を殺しながら、広場全体の布陣を確認しつつ、どのように切り崩すかを考えていた。洞窟の中にあって、この広場にはゴツゴツした高い天井があり、所々に岩がある。岩の上にはラットマンが登っていて、辺りを見張っているかのようだ。確かにバラルの言う通り、至る所に武装したラットマンがおり、迂闊に攻め入れば数で押されかねない。

 スネイルの持っている特技は、ある程度狙った相手以外に自分の存在を隠す能力で、怪物たちを分断することに長けている。それだけに、スネイルは自然と戦術を身につけるに至った。最初に倒しておくべき敵はどれか、頭の中で模擬戦しながら考えるのが常だ。


 とは言え、だいぶん奥の方まで見に来たが、ここでは小細工が通用しそうに無かった。大勢のラットマンと鼠たちは、既にヒートヘイズがここに攻め込んで来るであろう事を知っており、万全な準備を整えているように見える。スネイルは奥に来すぎたことを後悔し、一旦引き返すことにした。


 しかし、ここで想定していない出来事が発生した。


『ヂュウヂュヂュ!』

 ラットマンの一体が、スネイルがいる場所を武器で示して騒ぎ始める。ラットマンの中に、アサシンの特技を見破れる個体がいたのだ。


「まっず……!」

 スネイルは、特技を使うのをやめ、元いた広場の入口へと走り出した。特技を使っている最中はバレないように、こっそりゆっくり歩く必要があるが、一旦バレたらそんな事をしている場合では無い。


 スネイルを取り囲むように、ラットマンが走り込んできていた。スネイルは影跳シャドウステップで迫り来るラットマンたちを躱して走る。 だがそれを狙って、岩の上で準備を整えていたラットマンが矢を放ち始めた。


 前方から来るラットマンを全て躱したスネイルの足元に、土が跳ねる音を立てながら矢が突き刺さる。顔の近くを、目の前を、矢が音を立てて通過していく。


「あぶな……!」

 間一髪矢を避けたスネイルは、狙われにくいようジグザグに走りながら、仲間が待つ広場の入口へと急いだ。しかしまだ広場の入口までは距離がある。影跳シャドウステップを連続して使うには、足の負担が大きすぎて、足がそこまで保ちそうにない。


『ヂュ! ヂュ!』

 ラットマンが、何か言いながらスネイルを指さすと、岩の上のラットマンたちから矢が放たれた。矢は一直線にスネイルへと向かって行く。


「くっ!」

 放たれた矢のうち一本が、遂にスネイルの右ふくらはぎを捉え、スネイルは足がもつれて転んでしまった。

 砂煙を上げて転がるスネイルへ、追撃の矢が襲いかかる。スネイルは何本かを剣で弾き、何本かは転がって避けたが、一本の矢が脇腹に突き刺さった。


「あぐ……」

 呻くスネイルに、岩の上の弓兵が、更なる矢を放つべく矢を番えているのが見える。


 万事休すか、とスネイルが思ったその時だった。


 突然、スネイルの目の前に石の壁が出現した。壁の向こうで石の壁に矢が弾かれる音がし、ラットマンの鳴き声が響く。


「スネイル!」

 ジャシードとガンドが走り込んで来るのが見え、スネイルはホッとした。


「ごめん……ラットマンにもアサシンがいたみたいでバレた」

「うん、今治すよ!」

 ガンドは痛みを軽減するように魔法をかけ、刺さった二本の矢を抜き去ると、強力な治癒魔法をかけた。見る見るうちに、スネイルの傷が塞がって、元通りになっていく。


「ありがと相棒!」

「いいさ、まずは目の前の敵だ! ジャッシュ! そろそろ壁が消えるから気をつけて!」

「了解! 消えたら一気に行く!」

 壁を目の前にしたジャシードは長剣を右手に持ち、姿勢を低くして左腰に構えると、剣にチカラを注ぎ始めた。この特技の発動には時間が掛かる。ガンドの壁がなかったら、こんな事をしている時間はないだろう。


「いつの間に、召喚魔法を覚えたんだ?」

 三人の元へと駆け寄ってきたバラルが、少し驚いた様子で言う。ガンドが使った魔法は、石を召喚して壁を作る魔法だ。食料を召喚する魔法に続いて割と初歩的な部類に入るが、バラルには扱う事ができない。


「へへへ。タダで美味しいクッキーを食べたくてさ」

「召喚して食っておったのか……見上げた食い意地よ!」

「まだ勉強中でね、壁が上手く出なかったりするし、たまたま出ても長く保たないんだ」

「今は、たまたま、上手く行ったのか?」

「実はね……でも、上手く出て良かったよ。まだ召喚魔法は安定しなくて……美味しいクッキーは出せるんだけどな」

「ふふ、あとでご馳走してね、ガンド。私が味を見てあげるわ」

 そう言う間に、召喚された石はボロボロと崩れだし、風に飛ばされる砂のように消えて無くなった。壁が無くなったのを見たラットマンたちは、ひと呼吸おいて飛び掛かってくる。


「食っらえぇぇ!」

 ジャシードは腰に構えていた長剣を横薙ぎに振り、剣に注いだチカラを開放した!


 長剣に込められたチカラは、洞窟を紅白く照らしながら、大きな半円形の刃となってラットマンたちに襲いかかる。刃をまともに食らったラットマンは、上半身と下半身に切り離されて洞窟の床に崩れ落ちた。

 前方の仲間がどうなったかを見て、ジャンプしたり、伏せたりして避けるラットマンもいる。それでも、総数の三分の一は、ジャシードの刃で倒された。

 紅白い刃は、そのままの威力で洞窟の壁という壁にぶち当たり、反対側の壁が激しく飛び散るのが見えた。


「うわわ……洞窟が壊れちゃうよ、アニキ」

「生き埋めには、なりたくないよ!」

「ごめん。ちょっと、強くやりすぎた……」

 ジャシードは苦笑いしている。


「まだ敵はおるぞ!」

 バラルが飛んでくる矢を、風の魔法で逸らしながら言う。


「私は右側の弓兵をやるわ!」

「うむ、ではわしは左だ」

 魔法使いの二人は左右に別れ、岩の上にいるラットマン弓兵を狙う。


連鎖雷撃チェイン・ライトニング!」

 マーシャが杖を勢いよく振ると、雷撃が岩の上にいるラットマンに当たる。雷は近くにいる別のラットマンへと連続して伝搬し、何体ものラットマンが硬直して岩から転げ落ちた。


「マーシャに負けてはおれん!」

 バラルは、風の魔法に爆発の魔法を乗せて放った。爆発の『種』が、風に当たったラットマンたちに付着していく。


「ほれっ!」

 バラルがパチンと指を鳴らすと、爆発の『種』が相次いで炸裂し、ラットマンはバラバラに吹き飛んでいった。


「かぁっこいい!」

 スネイルは揺らめく剣で、踊るようにラットマンと鼠に斬りかかりつつ、魔法使い二人の魔法を見て興奮している。


「いいなあ、派手な魔法!」

 ガンドは二人を羨ましく思いながら、ハンマーでラットマンの頭をぶん殴った。


「余計なことを考えていると、やられるぞ! ……なんだ、あれ?」

 ジャシードは、洞窟の奥の方でラットマンが騒ぎ始め、あちらこちらへと逃げ始めるのを見つけた。

 ラットマンたちは、ヂュウヂュウと叫びながら、ジャシードたちを無視して逃げていく。ジャシードはその中に、卒倒して倒れるラットマンがいる事に気がついた。そしてその付近に、かなり大きなものが居ることにも気がついた。


「あれ……もしかして、アブルスクルじゃないか?」

「きっとそうだ!」

 ガンドがジャシードに応答し、浮遊する光の球を奥へと移動させる。光の球が周囲を照らし、アブルスクルの全貌が明らかになった。


 アブルスクルは深い茶色をしている、高さ二メートルほどの、スライムにしては巨大な怪物だ。うねうねと膨らんだり縮んだりしながら、ラットマンを追いかけて移動している。

 アブルスクルは、小さなスライムをいくつも出し、ラットマンの足を捉えている。足を捉えられたラットマンは、アブルスクルに肉迫され、少しすると倒れていく。


「倒れているのは、きっと例のガスを出しているからだな……見たところ、かなり接近しないと効果が無さそうだ」

 ジャシードは、怪物同士が揉み合っている間に、アブルスクルの特徴を見て学習していく。


「あ……倒れたラットマンに覆い被さった。……何をするつもりだろう?」

 ガンドがそう言っている間に、ラットマンの身体がアブルスクルの中に取り込まれていく。


「食事のようだな」

 バラルが素っ気なく言う。


「ううっ、アブルスクルに負けたら食べられちゃうわね……」

「いやいや、マーシャ。負けに来たわけじゃないから」

「こんな鎧着けてるんだから、勝たないとダメよ!」

 マーシャは、ジャシードの金属鎧を再びペチンと叩いた。


「そんなに嫌なの……」

 ジャシードは首をひねる。


「さあて、鼠はいなくなったが……やるか?」

 バラルはジャシードの方を見て言った。


 ジャシードは、改めてアブルスクルを眺める。アブルスクルはラットマンを取り込んで、膨らんだり縮んだりしていた。


「食事中は隙ができそうだよね」

 ガンドはそんな事を言いながら、召喚した自慢のクッキーにかじり付く。


「あっ、おいらにもちょうだい!」

 スネイルはガンドの近くに寄っていって、両手を差し出した。


「よし……行こうか!」

 ジャシードは長剣ファングを握りしめた。


「ふぇっ! これ食べてから!」

「ガンド、また太るよ。……んん、でも美味しい!」

 スネイルとガンドは相変わらずだ。少し離れたところで、マーシャがちょっと羨ましそうに見ているのを、ジャシードは見逃さなかった。


「後でみんなにご馳走してくれよ! さあ、行くぞみんな!」

 ジャシードはモグモグしているガンドとスネイル、やれやれと二人を見ているバラルと小さくおなかが鳴ったマーシャを連れ、アブルスクルとの戦いに挑む。


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