第47話 開戦
第二次月面戦争、始動。
大昔に月へ戦争を仕掛けるも返り討ちにあった妖怪の賢者、八雲紫は第二次月面戦争を起こすべく、博麗霊夢をはじめとした幻想郷の住人たちに協力を仰ぐ。
しかし、八雲紫の本当の狙いは月への直接侵攻ではなく、別のところにあった。
彼女の思惑とはいったい——
それは突然のできごとだった。博麗神社にて、幻真、霊夢、魔理沙の三人はスキマ妖怪の八雲紫からとあることを聞かされていた。
それは、月面戦争について。過去に一度あったこと、その時は呆気なく負けたこと……地上の妖怪では歯が立たないほど、月の民は強いのである。
紫の話によれば、薬師の八意永琳を始めとする永遠亭、吸血鬼レミリア・スカーレットを始めとする紅魔館の関係者たちにも協力をしてもらっているとのこと。つまり、幻真たちに話す以前から計画は進んでいたのである。
月へ向かうためのロケットは、紅魔館組のパチュリーが主に担当。数日前に完成したようで、予定通り進んだとのこと。今夜月に行くということも念頭にあったということである。なんならお披露目会も行っていた。
ロケットはある程度の大きさではあるようだが、当然皆が乗り込んで行けるわけではない。そこで紫に選ばれたのが、異変解決でお馴染みの博麗の巫女——博麗霊夢を筆頭に霧雨魔理沙、幻真。力を持つものの中からは、霊妙、時龍、想起。計画の関係者からはレミリア、そして彼女の従者である十六夜咲夜の八名が選ばれた。
一通り説明を聞いた彼らは、集合場所である紅魔館へ向かった。
集合時刻から数時間前。紅魔館の館主は紅茶の入ったカップを片手に、優雅に時が来るまでの間を過ごしていた。
紅茶の水面を揺らし、肘をついて考え事をするレミリア。すると、彼女は近くで控えていた従者に言葉を振った。
「咲夜、わかってるわね?」
「はい、私はお嬢様のご意向に添うまでです」
それを聞いたレミリアは紅茶を飲み干し、カップを机に置いて言い放った。
「さあ、月を我がモノに!」
出発前に月について聞いておこうと思った時龍は、元月の住人である者に会いに永遠亭へと訪れていた。道中は竹林の長老——因幡てゐに案内を、目的地では鈴仙によって客間へ案内され、あるふたりの人物が来るのを待っていた。
「月に行くそうね」
襖を開き、先に入ってきた輝夜は開口一番にそう言い放った。どう答えればいいのかと少々こまってしまった時龍だったが、とりあえず頷くことにした。
ちなみに、時龍が永遠亭の住人と会ったのは博麗神社での宴会以来。実は鈴仙にイヤな顔をされたのは言うまでもない。だが、月という言葉を聞いて鈴仙は中に入れたのである。
輝夜のあとに永琳が座ったのを確認した時龍は、永遠亭の住人がもともと月の民だということで話を聞きに来たと用件を伝えた。
それを聞いたふたりは互いに顔を合わせる。輝夜が頷いたのを確認した永琳は、口を開いて自分たちの持つ情報を彼に話した。
今回の作戦を実行するにあたって、紫の真意を探ろうと冥界へ訪れていた霊妙。彼女が伝えられていた情報は紫が幻真たちに話していた内容と同じではあったが、どうも納得できなかったため集合時間までの間独自に行動していた。そうしていま、白玉楼の客間にて幽々子と対談している。だが、対談はすでに済んでおり、集合時間までの間ヒマを潰していた。
すると、そこに現れた空間を裂くスキマ。その中から袖に手を入れた九つの尾を持つ少女——八雲藍が姿を現した。
「お時間を伝えに参りました」
それを聞いた霊妙は彼女に礼を言い、集合場所——紅魔館へと向かうのであった。
人里にて。月へと派遣されることになった想起は、ある場所へ訪れていた。そこは、魔法の森の入口前にある古道具屋——香霖堂。その店を営む店主、森近霖之助は幻想郷でも珍しく人間と妖怪、両方の品を扱っている人物である。
彼は魔理沙が生まれるより前に彼女の実家で人里にある大手道具屋「霧雨店」で修行をしていたが、そこでは自分の能力を活かせないと考えて独立。そして、結界の外から来た品や忘れ去られた古の品などを扱う古道具屋を開業した。
姿はかなり若いが、人間と妖怪のハーフなので人間よりケタ違いな寿命を持ち、「博麗大結界」成立以前から生きている。そのため、知識が豊富で博麗神社の由来までも知っているという。
そんな彼は『道具の名前と用途が判る程度の能力』を持っており、その名の通り道具の名前とその用途が判る能力である。使用方法については専門外なので知り得ていない。
外見は、白髪のショートボブに一本だけ跳ねあがったくせ毛、いわゆるアホ毛がある。瞳の色は金色で眼鏡をかけており、眼鏡は下だけ黒い縁がついた楕円形のものを着用。黒と青の左右非対称のツートンカラーをした洋服と和服の特徴を持っている服装で、首には黒いチョーカーを付けている。
ところで、そんな彼に想起はなぜ会いに来たのか。彼が紫に推薦されたことからふたりが知り合いだったということは伺える。一方の霖之助は、博麗との関わりがある。つまり、どこかで紫との関係を持っている。そんな共通点もあれば、明確にはそうでないが人里の商人としての関係性も持ち合わせている。
要するに、想起は紫の考えについて霖之助に聞きに来たのだ。
「で、どう思う霖之助さん」
「そうだね。以前の大戦を知っている僕が考えるには、彼女の本当の目的が別のところにあるはずだ」
想起は彼が言っていたことを完全には理解できなかった。
日は沈み、時刻は夜中。皆寝静まっていてもおかしくない時間だというのに、吸血鬼の住む館の庭には何人かの影が見られた。さらには、目を引くような大きな人工物が置いてあった。
「パチュリーがこれを作ったのか? こりゃあ驚いたぜ」
その人工物——ロケットを見上げた魔理沙は素直な感想を述べる。それを聞いたパチュリーは鼻の下を伸ばして嬉しそうにしていた。そんな彼女に対して、幻真はいっしょに行かないのかと聞く。
「私はナビゲーターとして地上に残るわ。それと、搭乗にあたってお願いがあって。一名はロケットの動力になってほしいの」
それを聞いた搭乗者は、互いに顔を見合わせる。動力になるということは、自身の持つ力を使うということ。
その動力となるのは、霊夢である。実は彼女は数日前から神降ろしの訓練を紫から受けており、その目的は住吉三神の力をロケットの推進力にするため。当然それを知った彼女は驚いていた。だが、力を使うだけで動けなくなるといったことはないらしく、それならいいかと霊夢は頼みを受けた。
ちなみに、その神は航海の神様であり、月への旅路ということで関係性を持っている。すると、ちょうどスキマから紫が姿を現し、出発を告げた。
レミリアを先頭に、順番に搭乗。だが、霊妙は乗る際に紫に言い残した。
「ムリだけはしないで」
それを聞いた彼女は、笑みを浮かべて頷く。それを見た霊妙もまた頷き、乗り込んでいった。
最後に乗り込んだ想起は、紫へと無言の視線を送った。
こうして、八人を乗せたロケットは地上を照らす衛星へと向かうのであった。