第37話 鈴奈庵
「ふわぁ、眠い……いま何時だ――って、えええ⁉︎」
目を覚ました俺は、異様な光景に驚きの叫び声を上げる。無理もない、俺の片腕に妖夢と萃香さんがそれぞれ抱きついていたのだから。寝相が悪かった魔理沙は俺の頭の上で寝ていた。霊夢がちゃんと自分の布団の上で寝ているのが異様に感じた。
「う、動けねぇ……」
仕方ない、ふたりが起きるまでもう一回寝ようかな……
「おい、幻真。傷はどうだ?」
突然したその声の主は、縁側から勝手に上がってきた火御利だった。声ぐらいかけてくれよ。
「……なんだその状態は」
「まあ、いろいろあってだな……傷はマシになってきたかな。特に問題はない」
「そうか、回復は早いんだな。話はそれだけだ。邪魔した」
彼女はそう言い残し、その場を去った。
「さてと、寝るか……」
結局動けないままなため、再び眠りに就くことにした。
〈狼〉
「あいたたたた!」
傷が痛むよ……あ、狼だよ。なにを痛がってるかって、咲夜さんに包帯を巻き換えてもらっててね。
「まだ傷が深いわね。もうすこし安静にしていてちょうだい」
これはかなりの重症だね……そういえば、幻真はどうしてるのかな。僕が眠っている間に目を覚まして、修行をするために博麗神社に戻ったっていうののは咲夜さんから聞いたんだけど。
「それじゃあ、後で朝食を持ってくるわね」
咲夜さんはそう言って、部屋を出ていった。
「さーて、なにしようかな〜。まあ、することなんてないから寝るんだけどね」
僕は目を閉じた。
〈幻真〉
あれから何時間経ったんだろうか。まあ、一時間程度か。それよりも、まさかの事態だ……
「足を枕代わりにされてる……」
俺の右足には魔理沙の頭が乗っていた。さっきは頭上にいたはずなのに、こんなところまで移動してきたのか? ふたりは腕に抱きついたままだし、こればかりはきちんと寝ている霊夢を見習ってくれ。まあ、寝ているから見られないんだけどな。
すると、隣からうめき声が聞こえてきた。
「ん……幻真さん?」
「よ、妖夢。おはよう。それよりも、手が不自由で……って、ど、どうした?」
妖夢が俺の顔に顔を近づけてくる。これってもしかして、キ、キス——
「ん……おはよー! あれ? みんな寝てるのかい? 起きろー!」
萃香さんが急に起きたことに驚いて、慌てて妖夢と距離を取る。
「ん〜朝か〜?」
「萃香ぁ〜、うるさいわよ〜……もうちょっと寝かせなさい……」
寝ぼけた様子で目を覚ますふたり。
「あれ? 私、なんで幻真の足元で寝てるんだ?」
「私もなんか腕にいたね」
「わ、私もいたよ」
俺は知らないぞ! 君たちが勝手に来たせいで俺は動けなくなったんだからな! まったく、いい迷惑だ!
「とりあえず、お腹すいた……幻真、ご飯作りなさい」
霊夢よ、なにがとりあえずなんだ?
そんな疑問を浮かべつつ、俺は返事をして台所に向かい、食材の在庫を確認するために冷蔵庫を開ける。
「あっ、やべっ、食材がない」
「それなら、食べに行くわよ〜」
スムーズに返事をされたことに戸惑ってしまった。食べに行くって、人里にかな? まあ、和食が食えるならなんでもいいか。
「じゃあ私は帰るよ〜。鬼が人里をうろついていたら怖がられるからね〜」
萃香さんはそう言いながら靴を履き、鳥居を潜って階段を駆け下りていった。
「それじゃあ、この四人で行くか」
「——着いた。そして腹減った……」
俺は記憶を頼りに和食店を探す。
「あったあった。さっそく入って——」
「私はあっちの店で食べてくる!」
「あ、おい魔理沙!」
彼女は俺に引き止められる前に別の店へと行ってしまった。
「ったく……妖夢は和食でいいか?」
「はい、大丈夫ですよ」
妖夢にも一応確認をした上でその店へと入る。霊夢に関しては、食べられたらなんでもよさそうだったから、聞かずしてその店を選んだ。
その店に入ると聞き覚えのある声の人物に挨拶をされた。
「奇遇ですね、幻真さん」
「阿求さん! それに霊妙さんも!」
阿求さんと会うのは、けっこう久しぶりだな。
「かなりお久しぶりですね。でも安心しました。私が覚えていても、皆さんは私のことを忘れてしまっているんじゃないかと思っていたので」
阿求さん、顔が笑ってない……
「ちょっと阿求? ネガティブすぎよ。もっと前向きにいきましょう」
霊妙さんは阿求さんの肩をポンっと叩いて励ます。
「そうですね。それで、幻真さんたちはお昼ですか?」
「いや、朝飯だぜ。起きるのが遅くなったせいで、食べるのがこの時間になってな」
その説明に、阿求さんは頷く。というか、今の説明をしたのって魔理沙だよな。結局こっちに来たのかよ。まあ、俺的には助かるけど。
そんな会話をしていると、腹が減って仕方ない霊夢が早く食べたいと急かしてくる。俺は彼女をなだめつつ、三人に何が食べたいかと尋ねる。俺が何を食べるのか教えると、皆も俺と同じやつでいいといったので、それを四人分注文した。
数分後、料理が運ばれてきた。俺たちが頼んだのは和食定食。俺は箸を手に取り、さっそく食べ物を口に運ぶ。味の感想は、やっぱりうまいの一択。うますぎて箸が止まらない。
「おっ、私も負けてられない!」
俺のことを見た魔理沙も、競争するかのように次々と食べる。
「あんたたちねえ、もう少し味わって食べなさいよ」
「そうですよ。食べ物はしっかり味わって食べないと」
ふたりに指摘された俺たちは、反省した声で返事をした。すると、なにかを思いついた阿求さんが俺に話しかけてきた。
「私の友人が鈴奈庵という貸本屋を営んでいるんですが、よかったらこの後行きませんか?」
貸本屋と言われ、俺は興味を持つ。
「ぜひとも。食事のあと、案内をお願いできますか?」
「もちろんです。その代わり、しっかり味わって食べてくださいね」
俺は子供のように返事をした。先ほど怒られたからか、魔理沙も俺といっしょに返事をしていた。その光景に、皆は笑った。
あれから他愛もない会話を交えていたらいつの間にか完食していたので、四人で手を合わせて挨拶をした。
「それじゃあ、鈴奈庵に行こうか」
霊妙さんと阿求さんを先頭に、目的の鈴奈庵へと向かった。
しばらく霊妙さんたちの後ろを歩いていると、ふたりはある建物の前で足を止めた。
「ここが鈴奈庵です」
阿求さんがそう言うと、ひとりの少女が店の中から出てきた。
「あっ、阿求に霊妙さん! それに霊夢さんと魔理沙さんも! こんにちは!」
元気良く挨拶をしたその少女は、飴色の髪を鈴がついた髪留めでツインテールにしており、紅色と薄紅色の市松模様の着物と若草色のスカートの上から、クリーム色のフリルエプロンを身につけていた。
エプロンには二つのポケットの他に、右下に「鈴奈庵」、胸の部分には「KOSUZU」と書かれていた。
また、皮のブーツを履いているようで、さらに眼鏡もかけていた。
「小鈴ちゃん、久しぶりね」
「はい! お久しぶりです! 魔理沙さんも元気でしたか?」
「私はいつでも元気だぜ!」
霊夢が誰かをちゃんづけするなんて珍しい。この子とはかなり親しいみたいだな。
「えっと、こちらのふたりは?」
彼女に聞かれた俺と妖夢は、交互に自己紹介をした。その際、俺は彼女を霊夢と同じように小鈴ちゃんと呼ぶことにした。それを聞いた彼女はいつの間にか眼鏡を取っていて、笑顔を見せていた。
「それで、今日はどうしたんですか?」
「ちょっと寄ってみただけよ。幻真、なにか借りていく?」
霊夢に聞かれた俺は、どうしようかと考える。そうだな〜。暇なときにでも読めそうな本でも借りていくか。
「小鈴ちゃん、いいかな?」
「はい、構いませんよ」
許可を取った俺は、さっそく中に入る。
「へぇ、こんなにたくさん」
紅魔館の大図書館には及ばないが、そこには目を引くほどの本があった。どんな本があるのかと、さっそく本を手に取る。その本はどうやら、過去にあった不可解なことなどが書き綴られていた。
他に何かないかと、別の本を手に取る。
気になって取ったその本の表紙には、龍の絵が描かれていた。俺はその本に興味を示し、本のページをめくり始める。
「かなり古い字だが、読めないこともない。興味あるし、これを借りていくか。小鈴ちゃーん」
「はーい。あ、借りますか? それでしたら、まずはこの帳簿に名前と借りる本の名前を記入してください」
俺はそう頼まれ、言われた通りに記入を済ませる。
「ちょっと待ってくださいね……はい、どうぞ。大切に扱ってくださいね。期限はないですが、返すのを忘れないようにお願いします」
貸出を終えた俺は、彼女とともに外で待つ霊夢たちのところへと行く。そして彼女に見送られ、鈴奈庵を後にした。
それからまもなく、阿求さんの屋敷の前で彼女と別れることになった。その際、霊妙さんはまた来ると約束していた。
阿求さんと別れたあと、紅魔館に寄ることを思い出した俺は霊夢たちに先に帰るように伝える。その理由を、霊夢が当ててきた。
「もしかして、狼の?」
「ああ、そうだ。見舞いに行っとかないとな」
俺は四人に手を振り、紅魔館の方へと向かった。
しばらく飛行して到着——って、あれ? 珍しいな、美鈴が起きてるなんて。
「あ、幻真さん」
「おっす。珍しく起きてるんだな」
「珍しくってなんですか〜。私だって頑張ってますよ?」
「ああ、悪い悪い」
俺は謝りながら彼女に頭を下げる。
「そ、そこまでしなくても……で、ご用件は?」
「狼だよ。具合を見に来たんだ」
「わかりました。どうぞ中へ」
美鈴は門を開ける。その道を真っ直ぐ進んでいき、俺は館の扉を開けた。
「ようこそ紅魔館へ——だれかと思えば、あなただったのね。狼ならこっちよ」
さすが咲夜、わかってるな。俺は彼女についていった。
「——狼、起きてる?」
咲夜は扉を叩いた後、中にいるであろう狼に尋ねる。中から返事が聞こえたのを確認し、俺たちは部屋に入った。
「咲夜さん、夕飯はまだじゃ——あ、幻真」
「よう、具合を見にきたぞ——あ、しまった、みたらし団子忘れちまった」
俺は頭を掻きながら謝る。
「大丈夫。さっき永琳さんに診てもらったんだけど、あまりそういう系は食べないほうがいいらしいんだ」
ああ、それなら結果オーライか。
「まあ、元気そうで安心した。そんじゃ、早いけど帰るとするか」
「お見舞いありがとう。ねえ幻真。僕の怪我が治ったら、相手をしてもらってもいいかな?
「ああ、もちろんだ」
俺はそう返事をして部屋を出た。狼の容態がよくくなったら、火御利にも面会させたほうがよさそうだな。