第2話 幻想郷について
幻想郷は初めから結界で隔離されていたわけではなく、単に「東の国にある人里離れた辺境の地」がそう呼ばれていただけであった。
幻想郷には妖怪が多く住み着き、恐れられていたため、普通の人間は幻想郷には近づかなかった。しかし、中には妖怪退治のために幻想郷へ住み着く人間もいた。そして月日が流れ、人間たちは文明を発展させその数を増やしていく。
五百年前、人間の勢力が増して幻想郷の社会のバランスが崩れることを憂いた妖怪の賢者——八雲紫は「幻と実体の境界」を張り、妖怪の勢力を他から取り込むことでバランスを保った。
やがて明治時代になると、近代文明の発展とともに非科学的な事象は「迷信」として世の中から排除されていき、幻想郷に住み着いた妖怪たちは人間の末裔たちと共に、強力な結界「博麗大結界」の中で生きる道を歩むことになる。そして、幻想郷の存在は人々から忘れ去られていった。
「——どう? ここまでは理解できたかしら?」
霊夢が問う。
「まあ、一応……」
彼女の質問に、自信なさげに幻真は答えた。
「と言っても、これは阿求に聞いた話なのよね」
「阿求?」
彼はその人物のことについて彼女に問う。彼女は頷いてから話した。
「稗田阿求……幻想郷の歴史を知るものよ」
となると、結構前から住んでいる人物ということになると彼は考える。
「じゃあ、続けるわよ。今の幻想郷について——」
幻想郷には、以前と変わらず多くの妖怪たちとわずかな人間たちが住んでいる。結界によって幻想郷が閉鎖されたため、外の世界とは異なる独自の文明を築き上げてられている。「博麗大結界」が張られた当初は妖怪たちによる反発が起こったが、現在は結界で隔離される有用性を理解して、好んで幻想郷に住んでいる。
現在の幻想郷は、人間と妖怪とのバランスの関係によって妖怪が人間を食うことは、ほぼなくなっている。妖怪が人里に遊びに来たり、人間が妖怪の家に招待されたりする状況となっている。
ただし、妖怪が人間を襲い、人間が妖怪を退治するという関係は、「スペルカード」などの疑似的な戦闘の形で残っている。幻想郷全体の力の均衡を保つため、擬似化・形骸化したとしてもこのような関係は残さなければならないという。
「うーん……」
「どうしたの?」
幻真は考え込む。なぜなら彼は——
「難しすぎる……」
全然わかっていなかった。そして、ある一つの単語について質問する。
「『スペルカード』ってなんだ?」
「今から説明するわ」
一部の例外を除き、スペルカードの名前は符名『カード名』という形式になっている。
符名には、カード名などをイメージした単語——霊符や恋符といったものがあるが、○符という形式には囚われない——が入り、カード名にはそのスペルカードの攻撃をイメージしたさまざまな名称が付けられている。
一言で言えば、必殺技だ。
「へぇ〜、必殺技か〜」
幻真は興味を持った様子で言う。
「そうよ。また後で詳しく教えるわ。それじゃあ、幻想郷の話を続けるわよ。次は結界について——」
幻想郷の周りには、幻想郷と外の世界とを分ける二種類の結界が張られている。一つは「幻と実体の境界」であり、もう一つは「博麗大結界」である。
「幻と実体の境界」とは、五百年以上前に八雲紫が立案・実行した「妖怪拡張計画」において張られた結界である。
外の世界に対して幻想郷を幻の世界と位置付けることで、勢力が弱まった外の世界の妖怪を自動的に幻想郷へと呼び込む作用を持ち、日本以外の国に住む妖怪まで引き寄せるという。
「博麗大結界」とは、百数十年前に張られた幻想郷と外の世界との往来を遮断する結界であり、博麗の巫女によって管理されている。
「博麗大結界」は「常識の結界」であり、外の世界と幻想郷の常識と非常識とを分け、外の世界の常識を幻想郷の非常識に、外の世界の非常識を幻想郷の常識の側に置くというものであるという。
物理的なものではなく論理的な結界だが、非常に強力で妖怪でも簡単に通ることはできない。また、どこまで行っても延々と同じような景色が続くだけで境界には辿り着かず、引き返そうとすると一瞬で元の場所に戻れる。
「博麗大結界」は、八雲紫を含む賢者たちの提案によって作成されたものとされている。また、そもそも幻想郷はこれら結界によって外の世界と区別されることで、幻想郷として成立しているものとされている。
「——要するに、『博麗大結界』と『幻と実体の境界』があるからこそ、幻想郷が成り立っているということだろ?」
幻真は自分なりに解釈する。それに対して、霊夢は頷く。他に何か説明したほうがいいことはあるかと考えている彼女に、幻真は提案した。
「じゃあ、種族について教えてよ」
彼女は頷いて、説明を始めた。