第144話 お見舞い
鈴仙が扉を開き、俺たちは中へと入る。すると、そこには金髪のウェーブのかかったショートボブに、赤いリボンを蝶結びで結んだ少女が立っていた。
彼女はこちらに気づいて振り返る。黒と赤を基調とした物を着ていて、またロングスカートを履いており、リボンを胸元と腰につけていた。胸元のリボンは赤く、腰は白である。腰のリボンは大きくて存在感があった。
また、傍らには小さな人形——アリスが操る人形と同じような人形がいた。
彼女はそのまま近づいてくると、自己紹介を始めた。
「私、メディスン・メランコリー。あなたは人間?」
「ああ。俺は幻真だ。こっちは妖夢」
俺が名乗ると、彼女はますます興味が湧いたのか、俺のことをジロジロと見回す。そんなに興味をもつということは、人間とあまり触れ合ったことがないのだろうか。
「ふーん、あなたが幻真……」
彼女が俺の名前を知っていたことに驚く。なぜ俺のことを知っているのか、彼女に聞いてみた。
「前に取材で聞かれた。どんな人かは知らなかったけど、一目見てわかった。あなたは強い。でも、私は人間を恨む」
彼女はそう言い残し、永遠亭を後にした。知った経緯は取材——文の取材だろう。それは別にいい。それよりも、彼女が言い残した言葉……人間を恨んでるって、いったいなにがあったのだろうか。
自分なり思考するが、当てはまりそうな理由が浮かばない。無理もない。俺は彼女のことを知らないのだから。
「幻真さん、病室へ案内します」
鈴仙に声をかけられ、俺はハッとする。知らぬ間に、いろいろと考えてしまう癖がついてしまったみたいだ。俺は彼女に返事をして、妖夢とともに後をついていった。
移動中、どうしても気になっていたので、鈴仙に問いかけた。
「なあ鈴仙。さっきの子——メディスンとは、どういった関係なんだ?」
「ああ、メディスンさんは——」
「私の研究の協力者よ」
鈴仙の言葉を阻んだのは、隣の部屋から姿を現した彼女の師匠である永琳さんだった。
「師匠〜、せっかく私が説明しようとしてたのに〜」
「あら、ごめんなさい。それよりも幻真、彼の見舞いに来たのなら、先に私の話を聞いていきなさい」
永琳さんに言われ、俺は妖夢と顔を見合わせる。なにを話すのかと疑問に思ったが、聞いて確認すればいいだろうと彼女のいる診察室へと入った。鈴仙は永琳さんに頭を下げ、襖を閉めてどこかへ行ってしまった。おそらく、着替えに行ったのだろう。
彼女が去った後、俺たちは永琳さんに促されて椅子に腰かける。永遠亭までの距離はさほどなかったと思うが、疲れからか座るのが快適に感じた。
「さて、彼と関わりが深いのはあなたぐらいだと思うから話しておきたいのだけれど……」
さっそく本題に入る永琳さん。彼というのは、おそらくニックのことだ。ナゾだらけの彼に、血縁者がいるのかすらわからない。かといって、誰にも話さないわけにもいかないと、永琳さんは俺に話すことにしたのだろう。
「なんでしょうか?」
「詳しいことは直接聞いてほしいんだけど……彼、幻想郷の人間じゃないみたいなの」
その言葉の意味を理解するのに、時間はかからなかった。幻想郷の人間ではない——つまりは、幻想郷の外からやってきたということ。その所在は不明。
「なるほど。俺も彼に聞きたかったことがたくさんあります。それも含めて、いろいろ聞いてきますよ」
そう……と永琳さんは呟く。すると、いつもの白のブラウスに赤いネクタイ、紺色のブレザーに膝下くらいまでのミニスカートに着替えた鈴仙が戻ってきた。
永琳さんは彼女に、俺たちを案内するように言った。
部屋を出る際、俺は一度永琳さんに視線を移す。彼女は俺に頷き、俺もまた彼女に頷き返す。なにか、特別な使命を与えられたかのようにして……
鈴仙に案内され、着いたのはある一室。鈴仙は中にいる人に声をかけ、障子を開く。彼女は中に入ることなく俺たちを中に入れて、そのままその場を去ってしまった。
布団の上で外の景色を眺める白髪の男——ニック。俺が彼に近づいていくと、彼は視線をそのままで声をかけてきた。
「待っていましたよ、おふたりとも」
彼はこちらに視線を向けて話す。俺は頷いて、妖夢とともに彼の近くで正座する。それを確認した彼は、ニコリと笑った。だが、彼はどこか窶れていた。
「飯……ちゃんと食ってるのか?」
俺の問いかけに、彼は暗い表情で答えた。
「どうも食欲が湧かないんです。と言っても、私は魔導師。食べなくても死にはしませんが、栄養を取らなければ人体にも影響は出る。先生には懸念されました」
先生……永琳さんのことか。やはり、あの出来事があった後だ。いくら魔導師で食事を取らなくていいとしても、体の調子が優れないことは伺える。
しかし、彼も人間だ。栄養を取らなければ予期せぬことが人体に起こりかねない。早く完全回復することを祈っているが……
そう考えながら彼に視線を向け直すと、俯いた彼の手の中には、あるものが握られていた。あれは……ペンダント?
「これは家族の形見です。幼いころに、両親から授かった……大切なもの」
血縁者——彼にはそう呼べるものはいないのか。家族と呼べる存在が……
「なあニック。いま一度、話してくれないか? おまえの過去と……目的を」
窓から入ってきた爽やかな風が、俺たちに吹きつける。数秒見合わせた後、彼は微笑んで話し始めた。
「そうですね。この際ですし、話しておきましょう。もともと、あなたに協力してもらうためにこの地へ来たようなものですから」
俺に協力を……? そんな疑問を残しつつ、彼の話を聞いた。
「説明が前後しちゃいますが、先に私の目的から話しましょう。それは——妹の奪還です」
「……奪還?」
彼の妹は、なにものかによって拐われたのか。俺は予想を立てながら、話の続きを聞いた。
「経緯は後でお話します。連れ去られた妹を探すべく、私は今日まで生きてきました」
これはよほど深い理由があるに違いない。俺はいま一度、姿勢を正して彼の話を聞いた。
場所は無縁塚。今日も今日とて青年と龍は目を覚ます。碌に管理されていない墓場で。
「よく寝た……おっ、やってるな〜ナズーリンのヤツ」
青年はダウジングロッドを使って宝を探すネズミ妖怪、ナズーリンを見て言う。時刻はすでに正午を過ぎていた。彼はかなりの時間、眠っていたのだ。一方のナズーリンは、近くに建ててある小屋から朝早く飛び出しては、こうして宝を探していた。
青年はその様子を見守りながら、彼の手と同じくらいの大きさをもつ小さな龍と戯れていた。すると、突然ナズーリンのダウジングロッドが異常なほどに反応を示す。
「時龍、来てくれ!」
彼女に呼ばれた青年——時龍は、慌てて彼女のもとに駆け寄る。彼女のもとに着いた彼は、ダウジングロッドが地面に反応を示していることに気がつく。
「なにかあるのか……?」
彼はダウジングロッドが示す場所に印をつけ、ナズーリンがもってきたシャベルでさっそく掘り起こす。掘った土を掻き分けると、中から刃のようなものが出てきた。
「これは……」
それはどうやら、刀か剣の折れた刃だということ。またガラクタを見つけてしまったと、さっさと次の宝探しに移るナズーリンであったが、時龍はどうもその刃が気になって仕方なかった。
彼が心当たりのある折れた刀剣は——
「……夢龍剣」
鞘から刃折れの剣を抜き、彼は呟く。過去にあった出来事がきっかけで折れてしまった夢龍剣。そういえば、彼は折れた刃を回収していなかった。
「まさか時を経て見つけることになるとはな」
そう言って、背中から刃折れの剣を抜いて型を合わせる。少々欠けていることもあり、ピッタリとは合わなかった。
「まあ、たとえ直せたとしても、俺には直す気なんてないんだけどな」
それは、思い出の品として。彼の師匠との、最後の出来事。それを忘れないためにも、彼は刃折れの剣を捨てることなく、いまだその身にもっているのである。
「……そうか、そういうことか」
なにかを閃いた彼は、刃折れの剣を見つめて呟く。彼はいったい、なにがわかったのだろうか……




