第143話 薬売りの商人
命蓮寺を去ってから数分が経ったか。俺は妖夢と手を繋ぎながら竹林を目指して里の道を歩く——あっ……
「妖夢……いつから手、繋いでたっけ?」
「……命蓮寺からずっとです」
妖夢が正気じゃなかったこともあったが、ずっと繋いでいたのか。周りを気にすると、こちらを見ながら微笑む人もいた。は、恥ずかしい……
「幻真さん……手、離さないでくださいね」
妖夢はそう言うと、手を握ったまま俺に寄りかかってくる。今日の妖夢は大胆だな……
「相変わらず熱々カップルだこと」
俺たちに向けてそう言った女性は、癖のある緑の髪に真紅の瞳をしており、白のカッターシャツとチェックが入った赤のロングスカートを着用し、その上から同じくチェック柄のベストを羽織っていた。また、首には黄色のリボンを付けているようだ。
そして、周りの人たちとの決定的な違いは、晴れているのに傘をしていたこと。つまり、日傘を差していたのだ。
パッと見た感じ普通の女性にも見えないことはないが、彼女の内側に秘められた力は人並み以上——否、人のそれでは無かった。
しかし、彼女は俺たちのことを知っている。挨拶を直接交わしたことはないが、彼女はどこかで俺たちを見たことがある。それも、妖夢と一緒にいる時を。
そんな思考を巡らせていると、彼女はこちらに近づいて来る。周りの者たちが気付かないような——気付くことのできない威圧感を出しながら、彼女は迫って来た。妖夢は俺の後ろに身を隠す。
目の前まで来た彼女は、俺の耳元で囁いた。
「かなり強そうね。人間なのに」
その言葉を聞いた俺の体は硬直する。なんだ……? 恐れているのか……?
耳元で微かな笑い声が聞こえたかと思うと、彼女は言葉を続けた。
「貴方は一体、何を求めているの?」
そう言って、彼女はそのまま歩いて行く。彼女が離れて行った後も体は動かず、ただひたすら先程の言葉が脳内で繰り返す。
言葉の循環が止まり、はっとして慌てて彼女が歩いて行った方を振り返ると、里の子供の背に合わせてしゃがみながら優しく喋る彼女がいた。
問い返そうと声をかけに行こうとするが、何かが俺を抑止して体が動かない。それに、手も震えていた。何を恐れているんだ、俺は……
里の子供と話し終えた彼女は立ち上がり、俺を横目にその場を去って行った。
俺が求めているもの……? 俺の今の目的は、アイツを倒すこと。それじゃあ、その後は……? 俺はただ、平穏な日々を暮らしたいだけ——否、本当にそうなのか……? そもそも、何事もなかったかのように日々を過ごすことができるというのか……?
「——幻真さん! もう、ボーッとしてどうしちゃったんですか? さっきの人に何か言われたんですか?」
俺の思考は彼女の呼びかけによって妨げられる。抱きついていた腕を揺さぶられ、俺の意識はハッキリとする。
「……ん、ああ。なんでもない、気にしないでくれ」
さっきの女性に言われた言葉については、今はあまり考えないでおこう。妖夢にも迷惑をかけるわけにはいかない。
俺は自分にそう言い聞かせ、再び歩みを進める。すると、近くに人の列が並んでいるのを目にする。
続いている先は、どうやら建物ではなく路上のようだった。いわゆる、露店だ。そこに鎮座して店を切り盛りする、大きな笠を被った一人の商人。顔は伺えない。
それにしても、あれほどに列ができる露店……一体何を売っているのか気になる。俺は妖夢に話しを付け、列に並ぶ人へと声をかけてみることにした。
「すみません、何を買われるのですか?」
相手はお年寄りのお爺さんだった。彼は俺の質問に答えてくれた。
「ワシらは薬を買うために、ここに並んでおる」
薬? この露店は薬を売っているのか?
「それに、訝しげな置物も売っておったのう」
置物まで? 一体この露店はなんなんだ? ますます気になる……
「しかしなあ、あの人はよく分からないことを度々仰る。気味悪いが……薬の性能は本物じゃ」
よくわからないこと、か……どうやら露店を開いていることからも、里の人ではない。薬売りの人物だと、関係してくるのは永遠亭のような気がするが……
そう悩んでいると、いつの間にか前に並んでいた人たちはいなくなっており、気付けば露店の商人が自分の目の前にいた。
「お客さん、なんの薬を御所望だい?」
声色は女性のような高めの声だが、男口調の商人。だが、どこかで見た覚えのある装いだ。
俺は買い物ではなく気になって伺いに来たと伝えると、商人は察して商品の説明をしてくれた。
「ここはいろんな薬を兼ね揃えていてね。風邪薬などの丸薬とか——まあ、要望にあった薬を渡せると思うよ」
商人は薬を見せながらそう言う。だが、どうやら売っているのは薬だけではないらしい。先程の老人が言っていた置物についての話を始めた。
「こっちの商品は私お手製の置物。物によって用途は様々だが——無論、しっかりと効果を成す。中にはちょっとした特別なモノもある。気になったものがあれば申し付けてくれ」
商人はそう言って、次の客を呼ぶ。俺は他の客の邪魔にならないよう、横へと避けた。
他の客へと接待する商人の傍ら、俺たちは置物を拝見する。薬は必要ないし、このまま去るのも申し訳ないし……俺たちは何か面白い置物でも見つけることにした。
机などの上に置ける小さな置物から、ある程度の空間を必要とする置物まで、大きさは色々——と言っても、数品しかないのだが。
見た目はなんの変哲もない、ただの置物。一体どんな効果を持っているのか、試しに一つ取ってみる。それは、狸の置物だった。
「これは?」
「それは監視カメラ付きの置物だね。用心棒に持ってこいだ」
監視カメラ付きって……つまりは、この置物の中には小型カメラが備えられているということ。そんな高度な技術を有した置物、妖怪の山——いや、それ以上の技術力が無いと作れないんじゃないか?
俺は商人に疑問を持ちながら様子を伺っていると、引っ付いていた妖夢が他の置物に興味を示す。
「幻真さん、あれ取ってください」
彼女が指差す先にあったのは、球形をした透明な容器で、中は透明な液体で満たされており、更に興味を持たされたのは、その中にあった景色である。
中の景色は、まるで春の桜景色だった。
「お客さん、お目が高いね。それは"スノーグローブ"と言ってね。中の液体は水やグリセリンっていう——まあ、難しい話は置いといて。お兄さん、それをひっくり返して戻してみて」
商人の指示に従い、実行してみる。すると、沈んでいた桃色の——桜を表現したような——紙吹雪のようなものが重力に従って落ちていく。そして、それをひっくり返すと……
「おお……」
俺はつい、感動する。引っ付いていた妖夢はいつの間にか魅了され、また周りにいた者たちの視線もそれに集まっていた。
美しい作品だという事はわかった。だが、商人の話だと置物にはなんでも特別なモノがあるそうだが、これはその当たりなのだろうか?
「幻真さん……これ欲しいです」
妖夢が俺の服をキュッと引っ張りながら強請ってくる。と言っても、持ち合わせは彼女が持っていたため、それを承諾して彼女に買わせた。
金を渡した俺から品を受け取った彼女は、さも嬉しそうに眺めていた。
「お兄さん、ちょっと……」
妖夢がスノーグローブに夢中になっている傍ら、商人から俺だけ呼ぶように声をかけられ、違和感を持ちながら顔を近付けた。
「もうすぐ商売が終わるんですが、待っていてくれませんか? 竹林の入口で」
俺は驚いた。この商人にこれからの行動を見透かされていたのか——否、違う。最初に思った疑問、商人が薬売りだという事。だとすると、この人物は……
「幻真さん、そろそろ行きましょう。あまりゆっくりしてると、日が落ちちゃいますよ」
眺めるのに満足したのか、妖夢が本来の目的である永遠亭への見舞いを促す。それに賛同した俺は、商人に挨拶をして去るのであった。
しばらく歩くと、竹林の中へと続く入口の前に到着する。と言っても、竹林の中に舗装された土の道があるだけで、永遠亭自体には繋がっていなさそうだが。
以前ちゃんとした用事があって来たのは、永夜の異変解決後にあった宴会の日だったか。その時は確か、永遠亭の人たちを誘うために行って、永琳さんから魔力増強剤を貰ったんだっけな。
それ以外にあるとしたら、時龍の見舞いに行った時か。まああれは、時龍の態度にうんざりして直ぐ帰ったんだが。
他には、俺が幻力を使って倒れた時。あれは自分の意思で行ったわけではないが、慣れない力を使ったせいで霊夢と魔理沙に運んでもらったんだよな。そういえば、目が覚めた後にその力を使うなって言われたのに結局使っちゃって、永琳さんに伝えに行こうとしたけど留守にしてたんだっけか。あの時は色々あったな。
最近で言うと、悪魔の住み着く異空間から帰還して、ニックを永遠亭に運んだ時だったか。その時は確か、偶然入口付近にいたてゐに案内してもらったんだよな。
思えば、この竹林の名前は"迷いの竹林"だ。単調な風景と深い霧で方向感覚を奪われる。よっぽど住み慣れてる人じゃないと、当然永遠亭に行くこともそうだし、竹林の地理もわかったもんじゃない。
改めて考えてみると、俺が初めて一人で訪れた時——永琳さんから魔力増強剤を受け取った時——よく迷わず辿り付けたモノだ。まあ、今となってはその道を覚えていないのだが。
じゃあどうするのか。当初はてゐを探して行こうと思ったが、話を聞いたところだと妹紅もこの竹林について詳しいと聞く。最悪この二人のどちらかに案内してもらえればいいのだが、そう都合よく見つかるのか。
さっきの商人に竹林の入口で待てと言われたのもある。なぜ彼女がここで待たせたのか。推測するに、まず見ず知らずの客人に声をかけてこんな所で待たせるはずがない。つまり、商人は俺をよく知っている人物。同様に、俺も顔を合わせたことのある人物だということ。
そして、決定的な証拠となるのが薬を売っていたこと。露店——この村のものではない。薬——様々な種類を兼ね揃えていた。
つまりは、永遠亭の——
「幻真さん、あの人……」
妖夢が俺の服を引っ張り、人里の方向から歩いて来る見覚えのある人物を指差す。先程の商人——
「鈴仙」
「あれ、バレちゃってましたか? 頑張って変装していたんですけどね」
彼女はそう言って、大きな笠を取る。そして露わになる、ヨレヨレとした兎耳と薄紫色の長髪。商人の正体を知った妖夢は、驚いた声を上げて鈴仙の名を叫ぶ。
「れ、鈴仙⁉︎」
「どうやら妖夢にはバレなかったみたいだな」
俺だけ正体を見抜いたことが悔しかったのか、彼女はう〜と唸る。そんな彼女を宥めるために頭を撫でつつ、鈴仙へと話を振る。
「それで、なんで俺たちをここへ?」
「あっ、えっと……せっかく見かけたので、何かお話しできればな〜と思いまして……」
彼女は視線をずらして、両手の人差し指をチョンチョンと合わせながら言う。そんな彼女を見て、俺はつい笑い声を上げた。
「え……?」
「いや〜すまない。君にここで待っててくれって言われた時、行動でも読まれてるのかと思ってな」
「それってどういう……」
困惑する彼女に、俺たちは永遠亭へ訪れる予定だったことを伝える。ついでに案内してもらえる人を探していたこともあり、好都合だということも伝えた。
「なるほど、そうでしたか。それじゃあ、早速行きましょう」
納得した彼女は笠を被り直し、手の加えられた道を進んで行く。俺たちは慌てて彼女を追った。
竹林の中を歩き始めてから少し。俺たちは鈴仙の横に並んで歩く。すると、ふと妖夢が聞いた。
「この際だから聞きたいんだけど、鈴仙の名前はどうしてそんなに長いの?」
彼女の名は、鈴仙・優曇華院・イナバだったか。これらは名字に分けられているというより、名前が三つあると考えるべきなのだろうか。
何やら月の民だという事に関係がありそうだが……
「ああ、この名前ですか。鈴仙は元々カタカナ表記だったのですが、地上人にカモフラージュするために無理やり漢字にしたんです」
「つまりは、当て字……」
ということは、彼女の本名はレイセンということか。
「優曇華院に関しては、お師匠様に付けてもらった名前でして」
そういえば、彼女は鈴仙の事をウドンゲと呼んでいたな。名前の由来が気になるが……
「そしてイナバは、輝夜様に付けていただいたものです。と言っても、姫様は兎を纏めてイナバとお呼びになるのですが」
イナバといえば、てゐの名字も因幡だったか。特に関係性は無さそうだが、輝夜さんの思考に合点がいかなくもない。
「まあでも、皆さんは普通に鈴仙と呼んでくれますけどね」
まあ、それが一番呼びやすい名前だろう。そう思っていると、鈴仙が思い出したかのように聞いてくる。
「幻真さんたちはなんの用事で永遠亭へ? どこか悪いところでも?」
「いやいや、ただのお見舞いだよ。いただろ? 永遠亭で安静にしてる人が」
鈴仙は考えるポーズを取ると、思い出したのか手をポンと叩く。
「ああ、あの人でしたか」
「容態はどうだ?」
「かなり良くなられました。一時的な魔力の欠陥、疲労、そして——精神の不安定」
彼は傲慢の悪魔に利用され、体を乗っ取られた。その時の彼が発していた言葉は、彼の本心なのかそれとも否か……
それは本人に直接聞いて確認するしかない。彼と話して、本当の真相を確かめる。目的についてを——
「それにしても、変わりましたね」
鈴仙はポツリと呟く。その言葉に疑問を持った俺は、彼女に聞き返す。
「変わったって、何が?」
「貴方の波長ですよ。前は長かったのですが……」
彼女はそこで言葉を止めて俯く。不思議に思って首を傾げていると、妖夢が気になって問いかけた。
「ねえ、その波長って、私もわかる?」
それを聞かれた鈴仙は顔を上げ、妖夢を見て言った。
「妖夢の波長は比較的長め。見るからにそうだもの」
付け加えられた備考に、妖夢は首を傾げた。鈴仙がどう判断しているかは分からないが、妖夢の性格上、長いということは暢気なのではないだろうか。
では、前の俺は暢気だったのか。否定するわけでもなければ、肯定するわけでもない。印象なんて、人それぞれだ。
しかし、前の俺……か。やっぱり、変わってしまったんだな、自分は——
「見えてきましたよ」
鈴仙の言葉に顔を上げると、目の前には一つの古い屋敷があった。それは、今回の本当の目的地である永遠亭だった。




