第142話 命蓮寺
寺子屋から歩き続けて数分後。先には見慣れない建物が見えてくる。あれが噂の命蓮寺みたいだが——想起の情報では大行列とのことだったが——どうやら今は空いているみたいだ。
また混んでしまう前に挨拶を済まそうと、妖夢と阿求さんに促して寺へと向かう。
門の前には多くの地蔵が置かれ、門を越えた敷地内には灯篭が並ぶ石畳の参道があり、本堂や鐘などが置かれていた。また、元からあったのか後で出来たのか分からないが、墓場もちゃんと完備されているようだ。
更に白い石造りの長い階段を登った先に、賽銭箱が置かれた緑灰色瓦の大きな本堂が見える。
本堂の右には鐘撞き堂があり、左には赤布がかかった大量の地蔵が並べられていた。
階段の脇には"奉納毘沙門天王"の赤い旗がたくさん立ててあるほか、墓も少しある。 本堂の外の柱には左右一枚ずつ看板を掲げており、それぞれ縦書きで右は"命蓮寺"、左は"毘沙門天王"と書いてあった。
「立派な寺だな〜。これを一晩で作ったのかよ」
俺は周囲を見渡しながら、つい感想を漏らす。同様に、妖夢と阿求さんも見惚れるように見渡していた。
だが、一つ気になることがあると言えば、なぜここに建てたのかということ。何か理由でもあるのだろうか?
そんな俺たちに、一人の少女が中の方から声をかけてきた。
「お客さん、気付くのが遅くてごめんなさい。住職の元へと案内します」
その少女はどうやら、水兵服——つまりはセーラー服を身につけていた。もしかすると、彼女は聖輦船の——
「幻真さーん、行きますよー」
「……あっ。ああ、わかった」
考えるのは後だ。後々、話を聞けばわかることだしな。俺は駆け足で妖夢たちを追いかけた。
セーラー服の少女を先頭に廊下を進む。中は見覚えがあった。それもそのはず。なんせ元々は聖輦船。内装は然程変わってはいないはずだから。
セーラー服の少女に連れられ着いた場所は、襖の前。この先に、この寺院の住職が待っているのだろうか。彼女は中にいるであろう住職に声を掛ける。
「住職、失礼します」
彼女が扉を開くと、中には金髪に紫のグラデーションが入ったロングウェーブの女性が長机を前に座布団の上で正座をしながら湯飲みを口に運んでいた。その隣には、虎の体色のような金と黒の混ざった髪を持ち、頭上には蓮を模した飾りを乗せた女性も座っていた。
こちらに気付いたロングウェーブの女性が座ったままこちらに体を向け、姿勢正しく頭を下げた。
「わざわざ足を運んでいただきありがとうございます。お見受けしたところ、人間の里にある名家、稗田家の当主様ではありませんか。隣の方たちは、お連れの方で?」
「ええ、私のご友人です。本日は勝手ながらご挨拶の方に来させていただきました」
「とんでもありません。どうぞ、そちらにお座りください」
彼女にそう言われ、阿求さんを先頭に中へと入っていく。俺が最後に入ると、先程案内してくれた少女が軽く頭を下げ、襖を閉めてどこかへ行ってしまった。
彼女の事を気にしつつも、最後に座った俺を見たロングウェーブの女性が話を切り出す。
「改めて自己紹介させていただきます。私、この命蓮寺の住職を務めさせていただいている、聖白蓮と申します」
白蓮と名乗った女性は一度頭を下げる。俺も思わず頭を下げた。
「そしてこちらが信仰対象——本尊毘沙門天代理、兼修行僧の寅丸星です」
信仰対象で、本尊毘沙門天の代理?
「彼女は私の推薦を受け、黙認という形ではありますが毘沙門天の代理を務めています。私に次いで偉い僧侶でもあり、私が忙しい時には彼女に代わりを務めてもらうつもりです」
ということは、なんだ? 白蓮は毘沙門天を信仰していて、星は毘沙門天の化身、命蓮寺には毘沙門天が祀られている。つまり、白蓮は弟子である星を祀り、信仰している事になるって事なのか?
これ以上考えていると頭がこんがらがりそうだし、この辺でやめておこう。しかし、ふと思ってみれば神社や寺では何かしらの神様が祀られている。ここ命蓮寺では毘沙門天を。それじゃあ、博麗神社や守矢神社は? 気になってはほっとく事はできない。今度機会があれば聞いてみよう。
そういえば、先程気付いたが星の目の前に置かれているのって"宝塔"……だよな、ナズーリンが探してた。てことは、彼女がナズーリンのご主人様?
「あの……お兄さん、私の顔に何か付いてますか?」
「……あっ、いや、なんでもない。気にしないでくれ」
なるほど、彼女がおっちょこちょいご主人様か……真面目そうな人だけど、どこか抜けているところがあるって感じか。
「幻真さん、私たちも自己紹介しましょう」
妖夢に言われ、俺は彼女に賛成して頷き返す。
「魂魄妖夢です。剣術指南役、兼庭師をしております」
「えっと、俺は幻真だ。もしかしたら会ってると思うが、霊夢たちの知り合いでもある」
妖夢に続いて俺も自己紹介をする。ついでに霊夢たちの事も話すと、白蓮と星の二人が表情を変えて言葉を返した。
「ああ、彼女のご友人様でしたか」
「なるほど、つまり貴方がナズーリンの言っていたお節介人でしたか」
お節介、か……俺は笑いながら頭を掻いた。すると、突然襖が開いたかと思うと、お盆に三人分の湯飲みと茶托を乗せた少女が現れる。
「失礼します。お茶をお持ちしました」
空色の髪に紺色の頭巾を被った少女は、一度正座をして俺たちの前に茶托を置いてからお茶の入った湯飲みを置いていく。
「これはどうも」
俺は礼を言いながら頭を下げる。一通り置き終えた彼女は軽くお辞儀をして、部屋を出て行った。
襖が閉まったのを確認した後、俺は白蓮たちに聞いてみる。
「今の子もそうだけど、さっきのセーラー服の子は誰だったんだ?」
「これは失礼しました。先程の者は信奉者の一人、雲居一輪です。同様に、貴方たちを案内したのが村沙水蜜です」
なるほど。ナズーリンから聞いた話だと、聖輦船には船長がいた。服装的に考えると、その水蜜って子が船長だと考えるのが妥当か。
「あと、雲山という桃色の雲の体で出来た入道の妖怪と、妖怪ネズミのナズーリンがいます」
「そのお二人は?」
阿求さんの問いかけに一度口籠る星。何かあったのだろうかと、彼女が再び話し始めるまでの間、緊張感が漂う。
「雲山は一輪と共に行動を成していますが、なにぶん恥ずかしがり屋な性格でして……ナズーリンに関しては、この寺院がまだ船の姿をしていた時にいつの間にかいなくなってしまいまして……」
恥ずかしがり屋と行方不明……雲山の事はよくわからないが、ナズーリンに関しては心配ないだろう。彼女はしっかり者だ。どうせ自分の能力でも活かして、宝探しでもやっているんだろう。
表情を暗くした彼女を励ますべく、俺は声を掛ける。
「彼女はしっかりした子だ。心配しなくてもいいと思うぞ」
「そうですよね、霊夢さんも言ってましたもんね……すみません、なんだか暗い雰囲気にしてしまいましたね」
星はそう言い、首をブンブンと振って湯飲みに入っているであろうお茶を飲み干した。
「あの、私も一ついいですか?」
続いて質問を投げ掛けたのは妖夢だった。彼女は一体何を聞くのだろうかと、彼女に視線を向けながら俺は首を傾げる。
「寺院を建てられた理由など、教えてもらえたらな〜と思いまして」
「私も聞いてもよろしいでしょうか。なんでも、幻想郷には長い間、人のいる寺院が存在しなかったもので」
阿求さんの要望もあってか、白蓮と星は顔を向かい合わせる。彼女たちは言葉を交わすことなく頷いただけだった。そしてこちらに視線を向け直したかと思うと、白蓮が口を開いた。
「私はつい先日まで、魔界に封印されていました。星たちだけでなく霊夢さんたちの協力もあり、私は復活を成し遂げました」
霊夢たちの協力というのは恐らく、飛倉の破片の回収だろう。まあ、厳密には意図せずの協力となっていたのだろうが。
「もしかしたらご存知かもしれませんが、元々この寺院は聖輦船という空飛ぶ船だったんです」
彼女の言葉を聞き、噂は真実へ変わる。まあ、内装といい関係者といい、疑う要素は一つも無かったんだけどな。
「この命蓮寺へと姿を変えたのは、昨晩の宴会の後でして。ここに着陸して元の穀倉に戻った後、人……と言っても、ほとんど妖怪やら神様やらにお手伝いいただき、寺へと姿を変えたんです」
妖怪やら神様やらって……まあ普通の人間の手じゃあ、一晩で出来ないだろうしな。技術力を見たところ、妖怪の山の連中と言ったところか。
「それもまた、なんでお寺に?」
妖夢が流れに乗って、そのまま尋ねる。白蓮もまた、直ぐに返答した。
「寺に変えた理由は、私にはかつて仏教僧侶としての経歴があり仏法に自信があったからです。そして、幻想郷で仲間の妖怪たちと暮らす方法を考えていたところ、先日の宴会で伺った博麗神社の様子を見たからです」
確かに、お参りに行くなら道中危険な博麗神社よりも、安心安全な人里付近にある寺の方が訪れる人も圧倒的に多いだろう。霊夢、やられたな。
「私自身は妖怪たちを弟子取りして受け入れるために寺を建立したのですが、宝船から姿を変えた事もあってか、縁起がよいと里の人たちからの信仰も集める結果となりまして」
意図してなかったみたいだが、こりゃあ信仰集めの敵が増えたな。霊夢はともかく、守矢神社の連中も警戒しているんじゃないか?
「因みに、命蓮寺の由来は私の弟である"命蓮"の名前にあやかって名付けました」
「へぇ、弟さんのお名前を……」
聞いたところ、弟は既にこの世にはいないらしい。詳しい経歴はわからないが、恐らく封印されていた期間も長かったはずだ。何かしらの術を使って若返りなり不老なりとなっているとしたら尚更だろう。
「しかし、なんでまたこんな所に建てられたんですか? もう少し里の方に近くても良かったのでは?」
妖夢が問いかけた質問に、俺も賛同する。確かに、寺の位置には違和感を感じていた。勝手な推測に過ぎないが、何かここに建設した理由が信仰の他にあるのではないか?
「偶然いい具合に土地があったもので。あまり近過ぎても、色々と問題が起きる可能性もありますし」
まあ、余計な詮索は止しておこう。理由はともあれ、俺たちには直接関係の無いことだ。
「そうだな……さて、挨拶はこれぐらいにしておこうかな。長居するのも悪いし。阿求さんはどうします?」
「私はもう少しお話しして行きます」
「では、私がお見送りしましょう。星、彼女と一緒に待ってなさい」
白蓮は星に言い聞かせ、俺たちが部屋を出た後に襖を閉じた。そのまま彼女は先頭を歩き、元来た道を辿った。
別れ際、俺はわざわざ見送りに来てくれた白蓮に挨拶をする。
「見送りありがとう」
「いえいえ、お気になさらず。あの……私も一つだけ、尋ねさせていただいてもいいですか?」
彼女が改まって聞いてきたため、俺と妖夢はつい首を傾げて尋ねる。
「お二人は恋人同士なんですか?」
唐突の質問に、俺は顔が熱くなる。それは妖夢も同じだったみたいで、顔元を手で覆って隠していた。
別に間違っていないのだが、どうも改まって恋人同士と言われると恥ずかしくなってしまう。何を勘違いされているみたいな反応をしているのかと思われるかもしれないが、俺たちは恥ずかしがり屋なんだ、きっと。
俺が簡単に説明しようかと思った矢先、妖夢が勢いのまま肯定する。
「そそそ、そうです! 幻真さんは私の愛しの——」
「ただの恋人ですから! それでは!」
俺は妖夢の手を引いて逃げるように命蓮寺を去った。




