第137話 しばしの別れ
メンバーは変わり、共に対峙し合う幻真、神綺のペアと、悪魔エリス。幻真はマイによる回復のお陰で、ある程度の体力と調子を取り戻していた。
そんな彼らの中で幻真を除いた神綺、エリスの二人が各々の得物であろう武器を構えていた。
操られた三人の中で最後に一人だけ残った、悪魔エリス。彼女は左手に、星の付いた白いステッキを持っていた。
そして彼女と対峙するうちの一人、神綺は誰もが圧倒されそうな禍々しい、彼女の身長より遥かに長い槍を右手に持っていた。
そんな彼女の槍に興味を示した幻真は、彼女にひっそりと聞く。
「その槍は?」
「魔槍〈ロンギヌス〉……貴方は知っているかしら、聖遺物としてのロンギヌスを——」
ロンギヌスの槍——それは、とある鍛冶が天から落ちてきた金属により作ったとされる槍の事である。
十字架にかけられたある者が本当に死亡しているのか確かめるためにその脇腹を突き、その時に聖遺物となった。また、その者の脇腹を刺した時、欠けることのなかったこの槍が欠けたという。
諸説はあるものの、一例ではその者に刺したのはロンギヌスという名の兵士だったと言われている。
しかし、結局の所は彼女のロンギヌスと聖遺物のロンギヌスには、直接的な関係性を持っていない。
なら何故、彼女は聖遺物のロンギヌスの槍を話題に上げたのか。疑問に思う彼であったが、それを知る由もなかった。
「それより、貴方は格闘技で戦うのかしら?」
「いんや、こう見えて俺は剣士だ。得物である剣は、自由自在に出したり消したりする事が出来る。それより、あまりお喋りしている時間はない。彼女らを救うのが先決だが、貴方にしか出来ない事であろう事を頼まないといけない」
暗くなった彼の表情に、魔界の創造主であり神である彼女は意志を感じ取る。
「まさか……夢子ちゃんが⁉︎」
彼女、夢子が敗れた事に驚きを隠せないでいる神綺。彼女曰く、夢子は彼女がつくった中で最強クラスの魔界人である。
そんな彼女が洗脳された者達に敗れたのだから、驚くのも無理はない。それだけ洗脳による戦闘力の向上は、凄まじいものなのである。
彼女を守れなかった悲しみと、自身の弱さによる悲しみから、神綺は涙を流す。そして彼女は誓う。
「——直ぐに終わらせるから」
その台詞を吐き捨てるかのように言ったかと思うと、彼女は既にそこにはおらず、気付けばエリスの背後で長身の槍を振りかぶっていた。
その攻撃に気付いたエリスもまた攻撃を防ごうと体を回転させ、重い槍の一撃を一見貧弱そうなステッキで受け止める。
それを見た幻真は、ふと頭に考えが過ぎる。
(あれは"硬化"か……? あれ程の槍の攻撃に、あの様な星が付いただけの棒では攻撃を防ぎ切れない筈だ。すると考えられるのは、魔力によるコーティング……)
硬化とは、霊力や魔力といった力を対象のものに覆わせ、強度を高めるといったものである。近い例としては、超技術の霊力を全身に張り巡らせる"肉鎧"や、何かしらの力を使って武器に陣を纏わせる"エンチャント"の類に似ている。
彼の反応からして、彼は別の過程で以前に硬化という術を見ている。その事から、彼は疑問を感じたのである。
「そんな事をしても無駄よ。たった今、貴方は主人である私に刃向かった。主人として、厳しいお仕置きが必要みたいね!」
ジリジリと鳴らしていた槍の刃と飾りの付いたステッキ。それらを押し付ける事によって反動を生み、神綺は勢い良く下がり距離を開ける。対するエリスは、若干の怯みを覚える。
そんな中、距離を取った神綺は標的に狙いを定め、槍を持ち上げる。そしてその直後、その槍を勢い良く投擲。その速さに圧倒されつつも、間一髪でエリスは攻撃を交わす。
だが、何故彼女は槍を投げたのか。遠距離なら若干の交わす猶予を生んでしまうと言うのに。そして、命中率も絶対と言える百パーセントでもない。なら、狙いは何か。そう——囮である。
「背中が疎かよ!」
その言葉の直後、エリスは頸に激しい痛みを覚え、そのまま意識を失い地面へと降下。このままでは地面に激突してしまう彼女を、神綺は優しく抱き留めた。
「おお……流石魔界の主……」
幻真は素直に感想を漏らす。そして彼は神綺が地面に降りていったのを見て、彼女を追いかける様に地面に降りた。
「気絶させたのか?」
「ええ。こういった術は気絶させれば解くことが出来るからね。それより、夢子ちゃんを助けないと」
彼女はそう言って、夢子を見守っていたユキとマイの所へと直ぐ様向かう。彼女を救えれば、取り敢えずは一件落着だろう。誰もがそう思っていた。だが、幻真は不可解な事に対して疑問に思う。
(可笑しい……本当にこれで終わりなのか? 俺が窮地に立たされた事もあって、またそれを脱した事によってこれ以上何も起こらないと思うのが妥当だ。
だが、何かが引っかかる。ユウゲンマガンは致命傷で深傷を負った所為で既に脱落。エリスは先程神綺が気絶させた。そしてもう一人、サリエルは——)
「しまった! 神綺ッ! 今すぐそこから離れろ!」
幻真の唐突の叫び声により呼び掛けられた神綺は、何事かと彼の方を見る。だが、彼の方へ視線を向けた瞬間、そこには剣を振り上げ今にも彼女を切り刻もうとする天使の姿があった。
「死ネェェ!」
響き渡る天使サリエルの雄叫び。このままでは彼女がやられてしまう。幻真は決して届く筈のない手を必死に伸ばす。例え彼が"縮地"を使用したとしても、彼と二人の間の距離では間に合わない。
また誰かが犠牲になるのを目の前で見なければならないのか。彼は絶望感を抱きながら目を瞑った。
「——貴方には神綺様を……殺させやしないッ!」
刹那、あり得る筈のない人物の声を耳にし、驚きと共に目を見開く幻真。そして彼の目の前にはサリエルの剣を防ぐ夢子の姿が映っていた。
「どうやら間に合ったようね」
夢子がサリエルと剣を交える後ろで冷汗を拭いながら神綺は言う。そう、彼女はギリギリで夢子の完全回復を施すことに成功したのだ。そして間一髪、サリエルの脅威から免れることが出来たのである。
幻真は彼女が目を覚ました喜びから涙を流し、そして彼女の名前を呼ぶ。
「夢子!」
「心配かけてごめんなさい! 私、もう……負けないから!」
彼女は強い気持ちと共にサリエルの剣を退け、間合いを取る。そして剣を構え直し、最後の一撃への体勢を取る。
「私を助けてくれる人、そして私を愛してくれる人の為にも、私は決して負けないッ! 散れッ! サリエルッ!」
二人は猛烈な叫び声と共に駆け寄って行き、互いの剣を一振りし、すれ違う。漂う沈黙と緊張感。心臓が何回か脈拍を打った後、片方の人物が膝を付く。そしてもう片方の人物は、甲高く笑い声を上げる。
「あはは……アッハッハッハァ! 私に……私に勝てるとでも思っていたのかァ!」
まるで狂ったかの様に不気味に笑い声を上げる天使サリエル。一方で膝を付く夢子であったが、彼女は満更でも無い様子でフッと笑っていた。
そんな彼女の様子に、違和感を覚えるサリエル。そして次に言われた彼女の言葉に、サリエルは絶句したのである。
「残念だけど、私の勝ちよ」
彼女が膝を付いたまま剣を鞘に収めた直後、サリエルは力が抜ける様にして地面に倒れるのであった。
彼女の様子を見届けた夢子であったが、安心した所為か足元がよろけて体が倒れてしまう。だが、彼女が倒れる寸前で幻真が支えに入り、地面への衝突は免れた。
「夢子、よくやった」
「私、みんなを救えたのね。貴方のおかげよ、幻真」
抱き上げられる彼女は、そのまま彼へと抱き着く。彼は驚いたものの、彼女を優しく抱き締めた。
その様子を見ていた神綺は、二人に聞こえる様に咳払い。焦った幻真は直ぐに彼女を離し、手を貸して立ち上がらせる。
彼に助けてもらいながら立ち上がった彼女は、ふと疑問に思った事を自身の主人へと問いた。
「そういえば神綺様、どうして此方に? 確か奴等に捕らえられてしまったのでは……」
「その事については街の方で話しましょう。三人を運んであげてちょうだい」
幻真はエリスを担ぎ、夢子はサリエルを担ぐ。そしてユキがユウゲンマガンを担いで、先程まで幻真と夢子が対談していた場所へと向かった。
先程二人が対談していた建物の前に着く。だが、幻真は驚いていた。先程ユウゲンマガンの襲撃によって損害を与えられた筈のビルの一部分が、何事もなかったかの様に元通りになっていたからだ。
「驚いた? ここの建物には再生機能が付いているの。でも、彼女みたいな強さを持つ者に壊される事は無いだろうと思っていたから、硬度を甘く見ていたわね。もう少し硬度を上げておきましょ」
神綺はそう言って、建物の方へと手を向ける。何をしたのか肉眼で確認する事は出来なかったが、彼女は確かに建物を魔力でコーティングさせたのであった。
(これも含めて後で聞くとするか……)
幻真はその光景を見て、思うのであった。
中へと入った後、ユウゲンマガン、エリス、サリエルを医務室へと運び、ベッドへと寝かせる。彼女らの看病をユキとマイに任せ、幻真達は上層部へと上がっていく。
エレベーターに乗って上がっている途中、幻真は硬化の事について神綺に単刀直入に問う。
「疑問に思ったから聞かせて欲しいんだが、ある力でのコーティング……即ち、硬化の事について。貴方はこれを何処で知った?」
問われた彼女は少し間を開けた後、彼へと答えを返した。
「そうね……貴方が何故執着するのかは分からないけれど、これだけは教えてあげる。私が外の世界……つまり、幻想郷へ出かけた時に、とある人物に習ったわ」
「だからエリスも使えたのか。神綺が使えるなら、別に変ではないな」
その話を終えると同時に、目的の階層へと到着する。エレベーターから出た後、目的の部屋の扉の前へと辿り着き、その扉を夢子が開く。
「やっぱり元通りになってる……」
未だ信じられないでいる幻真。夢子は神綺に一礼してから、お茶を淹れに行く。神綺もまたソファへと腰掛け、ゆったりと寛ぐ。
「貴方も座りなさい」
幻真は言われるがまま、一人用のソファへと腰掛ける。神綺はその様子を見た後、思いっきり溜息を吐いた。
「はぁぁぁッ……疲れたぁ!」
「へ……?」
彼女の一転した様子に状況が読めず、ついポカンと口を開けてしまう幻真。彼女は全身の力を抜いて、完全にダラけきっていた。
「普段はこんなに集中すること無いから、ほんと疲れちゃったわ〜」
「は、はぁ……」
あまりにも彼女の変わり様に、幻真は追い付けずにいた。そんな彼の事も気にせず、彼女は自分のペースである。
「神綺様、お茶をお持ちしました」
「ありがと〜。夢子ちゃん、ちょっとちょっと」
気の抜けたお礼を言った彼女は、手で合図しながら夢子を呼ぶ。呼ばれた彼女は何をするのか分かりきっていたのか、溜息を吐きながら彼女の方へと寄って行き、隣に座る。直後、彼女は神綺に抱き寄せられる。
幻真は一体何を見せられているのかと言わんばかりに、ただ彼女らの様子を見守っていた。
「神綺様、こんな事してる場合じゃないですよ。彼と私に、どの様にして脱出してきたのか、お話ししてください」
夢子に言われる神綺であったが、一向に彼女を離そうとしない。先程の幻真との絡みを見せられてしまった事からの嫉妬心か、彼女は夢子に抱き着いたままである。
「はぁ……夢子ちゃんもいいけれど、アリスちゃんに会いたいわ……今頃きっと、素敵なレディになってるでしょうね……」
アリスという名を聞き、幻真はふとある人物の顔を思い浮かべる。アリス——アリス・マーガトロイド。魔法の森に住み、魔法使いながら人形師でもある彼女を。
まさか同一人物なのかと疑問に思いつつ、彼は神綺に一部の情報と共に問いかける。
「なあ、アリスって言うのは、金髪の——」
「貴方、アリスちゃんを知っているの⁉︎」
彼がアリスの事を口に発した瞬間、神綺は目の色を変えて彼に問い返す。彼は焦りつつも頷いて交渉する。
「あ……ああ。彼女のこと教えてやるから、先にあんたの話を聞かせてくれ」
「分かったわ! 約束よ!」
何とか話を切り出す事に成功した幻真であったが、彼女のアリス愛に頭を悩ませる事になるのであった。
(全く……アリスと神綺は一体どんな関係性があるって言うんだ……?)
「——ユキとマイを人質に取られた私は、大人しく奴等に着いて行くことにした。奴等の目的はもちろん、私の力の利用。だけど、奴等は私の力を侮り過ぎたようね。力を抑える効果も無い変哲な檻に閉じ込めていただけなのだから」
「そして、その後に二人を救出して此方へ?」
「ええ、その通りよ。そして作戦を実行するべく、貴方が来るのを待っていた。そして信じていたわ。貴方が夢子ちゃんを救ってくれる事を」
彼女はこうなる事を知っていたのか、それとも奴等に話を聞かされていたのか、幻真は知る由もなかった。
彼が頭を悩ませていると、アリスの話に待ち切れずにいた神綺が急かす様にして彼に迫り寄る。
「ねぇ、早くアリスちゃんのことを——」
そんな彼女を掌を出して止め、口を開いてもう一つ質問をする。
「その前に、後もう一つだけ。奴等……アスタロト達の計画について、何か見聞きした事はないか? 何でもいい。少しの情報でも得たい」
「貴方もモノ好きねぇ。うーん、そうねぇ……あ、そう言えば、良からぬことを話していた気がするわ」
「それは、どんな?」
幻真は直ぐに問い返す。何とか思い出そうと頭を捻る神綺。少ししてから彼女は手を叩いて思い出した様な素振りを見せる。彼は期待の目で彼女を見た。
「——ごめんなさーい、忘れちゃった〜」
ズゴーッと倒れる夢子と、よろけて倒れそうになる幻真。彼は期待を裏切られ、少し悲しい気持ちになる。
「——と言うのは冗談よ。ちょっとばかり、貴方を揶揄ってみたくてね」
冷静で大らかな性格のようにも見える神綺であるが、存外子供っぽくこの様に人を揶揄ったり甘えん坊だったりする。
そんな彼女に呆れつつも、幻真は咳払いをして喉の調子を戻し、彼女にもう一度問い返す。
「それで、その内容とは?」
「ええ。貴方も苦労してるみたいね。でもいい? 今から話す内容は決して良いニュースではないわ。これを聞いてしまったら、更に沢山の戦いに巻き込まれることになると思う。貴方だけでなく、周りの友人、そして——貴方の愛する人も。それでも貴方は、この戦いを受け入れられる?」
魔界の神、神綺は幻真の気持ちを揺さぶる様にして問い掛ける。今ならまだ引き返す事は出来る。絶望という名の終着点を免れる事も。そして、愛する人を無くしてしまう絶望へも。
今ならまだ逃げられる。戦いから背くことが出来る。だが、戦いを避け逃げるという選択肢の先に待っているのは、愛する人とのたった二人だけの世界。周りの者が無事でいるとは言い難い。
その様な選択があると知りながら、救済の英雄はこう答えた。
「——ああ。俺はその戦いに受けて立つ。決して周りの仲間を誰一人して失わせやしない。例え俺がどうなってしまおうと——俺はみんなを守り抜く」
何一つ迷いの無い回答に、神綺は彼の強い意志の篭った眼差しを見つめる。これ以上、彼に何を言っても考えは変わらないだろう。彼女は一息吐き、そして彼に言う。
「貴方の意思は硬いようね。それに教えなかったとしても、自力で調べようとしそうだもの」
幻真は表情を変えぬまま、真剣な様子で彼女の言葉を聞いていた。
「いいわ、話してあげる。そうね……アレは、何かの計画だったかしら。計画といっても既に実行中みたいで、次の標的となるであろう場所を話してたみたいだけど、そこまでは聞き取れなかったわ」
計画……標的……そして場所。このキーワードとニュクスの言っていた言葉から考えられる事は、幻想郷を自身のモノにすると言う事。そしてその前置きとして、まずは幻想郷に繋がる世界を自分の手中に収めようと言う考えなのであろう。
つまり、今回神綺を拐ったのは彼女の力の利用だけでなく、魔界を収める長を人質に取った事による魔界の奪取。こう考えるのが妥当であろう。
だが、次の標的とは一体何処なのか。これを事前に知る事が出来たら、ニュクス達を待ち伏せする事が出来る。
幻真が頭の中で推理していると、神綺が再び口を開き、そして話す。
「実は、もう一つあるの」
「もう一つ……?」
一体何についての内容なのか。予想出来ずにいた彼は、ただ彼女の言葉を待つだけであった。
「奴等……アスタロトとその主人以外にも、仲間がいるみたいなの」
決して予想する事も出来なかったその言葉に彼は言葉を失い、ただ絶望を感じていた。
「どんな奴なのかは分からない。だけど、奴等の会話から他に仲間がいる様にしか思えなかったわ」
ニュクス、そしてアスタロトの二人だけでさえ勝てる見込みがあるとは言い難いと言うのに、更にそこに戦力が加わってしまっては戦況を揺るがしかねない。
彼の全ての希望を失った様な表情に、夢子は心配そうに彼に話し掛ける。
「幻真……心配いらないわよ。奴等が何人いようと、貴方には仲間がいる。だからきっと大丈夫よ」
彼女はそう言って彼を励ますが、彼の表情は一切変わらず、彼女に言い聞かす。
「夢子……そういう問題じゃないんだ。確かに数では勝っているだろうし、作戦を練れば勝つ見込みもあるかもしれない。だが、奴等はどんな手段も選ばない。だからこそ、予期せぬ事が起こる可能性だって生まれるわけだ。俺は出来るだけ……いや、仲間を傷つけさせない為にも絶対に周りを巻き込む訳にはいかない」
彼が次第に知り始めた真実を周りに伝えないのは、そういう理由である。だから仲間を頼らず、自分一人で解決しようと試みているのだ。
彼はこれ以上彼女達を心配させまいと首を横に振り、無理矢理笑顔を作って話を切り出す。
「そ、そうだ。交換条件にアリスの事について聞きたがっていたな。彼女は今、魔法の森っていう場所に住んでてな。昔はどうだったかは知らないけど、今は人形師をやっている」
彼は淡々と話し、神綺達の様子を伺う。夢子はこれ以上暗い話をする訳にはいかないと、口を閉ざす。神綺もまた数秒黙っていたが、笑顔を作って返事をする。
「……そう。ありがとう。アリスちゃんのこと、聞けてよかったわ」
その返事を聞き、幻真は息を飲む。
「そう言えば貴方、どうやって魔界に来たのかしら?」
魔界は普通には来れない場所である。だから彼は村紗船長の操縦する聖輦船に乗り込み、魔界へとやって来たのである。
そして彼女らはもう、魔界には居ない。
「自分達の事を集中する様に言ったが、帰る手立てまでは考えていなかったな……」
「ふっふ〜ん、そう言うと思って私が手配しておいたわよ!」
神綺の自信たっぷりのその言葉に、幻真は期待を胸に聞き返す。
「それってどんな乗り物なんだ?」
「悪いけど、乗り物じゃないの。手配しておいたのは人よ。貴方を出口へ案内する為のね」
彼女がそう言うと、彼等が入って来た扉が開き、一人の人物が入ってくる。
その人物は紫のリボン襟と白いツーピースを纏った金髪の女性で、金色の瞳を持ち、そして糸目である。
また、紫のリボンのついた鍔の広い白帽子をかぶっており、まさにこれから外出しますといった感じの格好をしていた。
「よく来てくれたわね、ルイズ」
神綺に名を呼ばれ、突如として涙を浮かべる少女、ルイズ。それもそのはず。彼女もまた神綺によって生み出された魔界人であり、自分の主人が行方不明になっていた事を耳に入れていたのだから。
「神綺様が無事で、本当に良かったですわ」
「なあ、ルイズといったか。君はアスタロトの被害に遭わなかったのか?」
涙を指で拭きながら、彼女は幻真の質問に答えた。
「ええ。実は私、人間界に度々旅行に行きまして。それで、旅行中の際に魔界が襲撃に遭った事を耳にして直ぐに向かおうとしたのですが、魔界へ繋がる門が上手く機能せず、私は人間界に閉じ込められる様な形となりました」
そんな彼女の話だが、彼には引っかかる内容があった。それは、魔界が襲撃に遭ったことを一体誰から聞いたのか。
耳にした、と言うことは他人からの伝聞である。彼女の言葉から推測出来ることは、魔界を知る者、そして恐らくは魔界の情報を入手出来る者の事である。
彼は出来るだけ情報を得ておこうと、彼女に問いかける。
「その襲撃の話は、一体誰から?」
「ええっと、名前は伺えなかったのですが、その人の衣装からして恐らくは巫女だと思うですの」
巫女——そこから連想されるのは、やはり元々彼の世界の者では無い巫女、博麗霊奈である。
(そう言えば、力の封印の話をしてから一度も会っていない。思えば彼女の目的もハッキリとは聞けていない。彼女は一体、何処まで知り得ているんだ?)
再び頭を悩ませる幻真。そんな彼を見て服の裾を強く握り、俯く夢子であった。
「——それじゃあ、このお方をお連れしますわ」
「ええ、任せたわ」
幻真は幻想郷へと帰るため、魔界の出口へとルイズに案内してもらう事に。そして、神綺と夢子とは建物の入り口で別れの挨拶を告げる。
「また気が向いたら来てちょうだい」
「ああ。今度は貴方のためにアリスでも連れてくるよ」
彼はそう約束し、その場を後にしようとする。だがその時、彼は誰かに腕を掴まれ、強引に体を寄せられる。
その正体は夢子であり、彼女は涙を浮かべながらも彼に抱き着いた。
「無理矢理ごめんなさい。でも最後に一度だけ、貴方の温もりを感じておきたくて」
その言葉を聞いて何を思ったのか、幻真は強く彼女を抱き締める。そして誓う。俺は負けないと。
「幻真……?」
「わ、悪い。強過ぎたな。俺も君には感謝しきれないほど学ばせてもらった。短い時間ではあったが、世話になった。また会おう。それまで、元気でな」
「うんっ……!」
彼女は涙を拭き取り、そして満面の笑みで応えた。
そうして幻真は夢子達との別れを告げ、ルイズを先頭に出口のある場所へと向かう。彼が手を振り終えルイズがいる先の方へと視線を戻すと、彼女が口を開いて問う。
「貴方、その右目はどうしたの?」
右目がどうかしたのかと彼は頭を悩ませるが、そう言えばと思い出したかの様に彼は答える。
「ああ、これか。なんていうか、色々あってとある力を封印してな。それの反動でこうなった」
彼はマフラーを口元に上げながら考える。
(今思えば、力を封印したのは勝手が過ぎたのではないか? 幻想郷の均衡を揺るがしかねない力ではあったが、一方で古の龍の意見を尊重出来なかった。彼奴はすんなりと意見を飲み込んでくれたが……もしかすると、こうなる事を知って……)
「——ねぇ、聞いてるの?」
「あ……ああ、すまない。何の話だ?」
ルイズは彼が話を聞いておらず聞き返した事に溜息を吐きつつも、先程話していた内容を言い直す。
「もうすぐ出口だから、構えなさいって」
「へ? って、うわあぁぁぁ⁉︎」
彼女に短く説明された後、彼は渦を巻いて吸い込まれる様にして異空間の穴へと飲み込まれる。目まぐるしく回る視界に戸惑っていると、突如眩い光が広がり、彼は思わず目を閉じた。
「——あ、あれ? ここは一体……」
「お兄さん、大丈夫?」
彼が目を開けると、そこはどうやら洞窟の中らしく、薄暗かった。そして彼の目の前には、一人の少女が心配そうに尻餅をついて座り込む彼の顔を覗き込んでいた。
彼女は桃色の髪と瞳を持っていて、中紅色のロングスカートを履いていた。
「き、君は……?」
「私はサラ。ここで門番をしているの」
えっへんと、彼女は威勢良く名乗る。彼は彼女の自己紹介を聞きつつ立ち上がり、衣服についた砂を払う。そして彼女の方を見直した時、突然後ろから声がしたため、つい驚いてビクッとしてしまう。
「もう、だから言ったのに」
ルイズの不満そうな言葉に頭を下げつつ、彼は一度深呼吸をして息を整える。
「えっと、サラって言ったか。ここは幻想郷で間違いないんだな?」
「ええ、その通りよ」
彼女の返答に一安心した彼は、洞窟の出口であろう光が差す先へと足を歩ませる。そして白い光に包まれた先へ進むと、そこには緑の木々が生い茂っていた。
「ここは一体何処になるんだ?」
彼の問いに対して、付いて来ていたルイズが質問に答える。
「確かこの先に、神社があったような……」
そんな不確かな返答をされたが、彼は不満げな表情を一切浮かべず、寧ろ晴れ晴れした気分となって彼女に礼を言う。
「そうか、分かった。道案内ありがとう、世話になった。サラは門番って言ってたけど、ここに来たらいつでもそっちの世界に行けるか?」
「それは難しいよ。普段はここの洞窟を魔力で消してるから、見つけられなきゃ無理。まあでも、もし見つけられるっていうなら話は別だけどね」
彼の問いに返事したのはルイズでなく、サラであった。その言葉を聞いた彼は、ふっと笑って振り返り、そして彼女らに言った。
「分かった。何としてでも見つけて見せるさ。またその時まで——またなっ!」
まるで少年のような、そんな無邪気な笑顔を見せて、彼はその場から去って行った。残された二人もまた、彼の姿が見えなくなるまで手を振った。
『——うーん、逃げられちゃったか〜。流石は魔界の主』
そこは、少量の物しか置かれていない殺風景な部屋。ただ一つ存在感を湧き立たせる玉座の様な豪華な椅子。それに腰を掛ける、仮面を付けた一人の少女。
彼女は残念そうな言葉を漏らしながらも、何処か笑っている様子が見受けられる。だがその直後、彼女の感情は一転して怒りを剥き出しにして机を叩き付ける。
『どいつもこいつもボクの計画を無駄にしやがって……! なんで……なんでなんだよ……』
怒ったと思いきやその感情は又もや一転し、今度は涙を流しながら泣いていた。
その様子をソファに腰を掛けた一人の女性が心配そうに見ていた。
(ご主人……一体どうなされたのかしら。感情が荒ぶってて平常な心を保てていない。それに、この違和感は何……?)
彼女が心の中で考えていると、誰かが扉を叩く音が響く。少女は頭を抱えつつも入室を許可すると、仮面を付けた一人の人物が入ってくる。その仮面は、少女と同じものであった。
「ボスよ、魔界の侵略は失敗に終わってしまいましたが、今度は如何致しましょう」
人物の問いに対して息を荒げながらも聞いていた彼女は、頭を抑える手を離し、そしてその手を横に大きく振って命令を下した。
『次の侵略地点の統制体制へと移る! 狙いはヤツだ。アスタロト、準備を怠るな』
「ハッ……!」




