第134話 魔界事変
俺はニュクスと会うなり、奴を睨みつける。相変わらずコイツは、仮面越しに不吉な笑いをしてやがる。腹が立つ。そして忌々しい。
「どうしたんだい? ボクと再び会えたってのに、嬉しそうじゃないね」
「当たり前だ。二度と会いたくなかったさ。でも、お前を放って置くわけには——いかないんでなッ!」
先手必勝。距離は約十メートル。敢えて超技術の縮地を使わずに走って行く。そして、奴の手前で地を蹴って飛び、拳を握って殴りかかる。
しかし、その拳は奴に当たることなく、気付いた時には拳が地面を殴っていた。
「そう簡単に攻撃は通らないか……」
姿を消して攻撃を躱し、背後に現れたニュクスの方へと振り向きながら思う。
「突然殴りかかるなんてヒドイね。こんな美少女を気付けようと思えるなんて、男としてどうなのかな?」
「俺はお前を少女として見ていない。敵として見ているんだ。だからそんなのは関係ない」
右手に界龍剣を出現させ、奴へと向ける。そして、先程の言葉に続けて一つの問いを投げかける。
「お前は結局、俺の力を奪うのか? 言っておくが、俺はもう人造人間なんかじゃない。正真正銘の人間だ」
その言葉に、奴は仮面を抑えながら高らかに笑い始める。なぜ笑っているのか、とても不吉で嫌な感じがする。
「アハハハッ! 正真正銘の人間? キミ、思い込みが激しいんじゃないかな? 無理がありすぎるんじゃないかな? 否定して否定して否定し続けた結果がコレだと言うのかい?」
なんだ? コイツはいったい何を言っているんだ? 全く理解が追いつかない。
そんな恐ろしい圧に推されて一歩、また一歩と後退りする。すると、先程までなかった椅子に引っかかり、つい尻をついてしまう。
「まあ、立ち話もなんだし、また座ってジックリと……ね」
くそッ……また俺はコイツの策略にハマってしまうと言うのか。
又もや、どこからとも無く現れた玉座の様な椅子へと、ニュクスは腰を掛ける。そして、白い足を組み、頬杖を付いて語り始める。
「さて、まずはさっきの質問にお答えしよう。ボクはキミの力を奪うのか。これに関してだが——パスだ」
「パス……?」
「そう、パス。後回しって訳。なぜかって聞きたそうだけど、忘れては困るのは、ボクはキミの敵だと言うこと。そう易々とは教えない」
その言葉を言い終えて立ち上がり、手を後ろに組んで一歩、二歩と歩くニュクス。そして、彼女は恐ろしい事を口にする。
「まあ、キミを陥れるなんて簡単。キミの大切なモノの命が危うくなれば——ふふっ、それだよ、それ」
気付いた時には、俺は奴の胸倉を掴み上げていた。思考が上手く纏まらない。反射的に俺の体が動き、そして奴を脅したのだろう。俺はその勢いのまま奴に言った。
「今度俺の最愛の人を手にかけてみろ。お前の首は無いぞッ……!」
「おー怖い怖い。憤怒に溺れちゃダメだよ。平常心平常心」
コイツは相変わらず人の心を煽っては揺るがしてくる。これも奴の策略。人が一番弱いのは心だ。それを見越しての奴の行動なのだろう。
俺は舌打ちをしてニュクスの胸倉を離し、そっぽを向く。すると、頰に突然痛みと共に衝撃が走った。瞬間、俺は横へとすっ飛んでいた。
「なっ……⁉︎」
「ボクが手を出さないと思ったら大間違いだ。心がある以上、喜び、哀しみ、そして怒りを持つ。キミは少し調子に乗りすぎだ。忘れたのかい? 暴食の悪魔ベルゼブブの末路を」
その言葉に、俺は走馬灯のようにしてあの時の戦いの光景を思い出す。
俺がベルゼブブに体を乗っ取られかけ、喜響の助けが入ったものの、彼は敗北。体を動かせなかった俺は、そのまま悪魔に殺されそうになった。その時、ニュクスが現れて奴を殺めた。
俺は恐怖のあまり、迫り来るニュクスから逃げるようにして腰を下ろしつつも後退り。すると、目の前に見ず知らずの人物が現れる。
「まあまあ、ご主人よ。心を落ち着かせて。コイツを殺してしまったら、元も子もないでしょ?」
なんだ? この女性は? コイツもニュクスの仲間なのか? だが、この感じ……あの悪魔たちと似た大罪の感情を感じる。まさかとは思うが——
そんな思考をしていると、ニュクスがその女性を押し退けて俺の元へと近付き、首を絞めて目線を近付けて言った。
「いいか? あまり調子に乗るなよ。所詮キミはボクの所有物でしかない。つまり、キミの主人なんだ。だからといって、絶対服従も面白くない。精々争いて見せな、その時まで」
「うぐっ……」
奴は圧倒的な威圧を押し付け、俺の首を離してその場を去って行く。正直、恐怖心が抜けなかった。初めて人に対する恐怖というモノを覚えた。今まででこんな感情を持ったことは無い……
「はぁ〜、やれやれ。あの子、最近機嫌悪いのよね〜。まっ、私は大して気にしないけれど」
「待て……どこへ行く? お前の正体を聞いていないぞ」
「へぇ……あんたも変な人だね。その恐怖心を覚えて尚、立ちはだかろうってワケ?」
正直、そんなのはどうでもよかった。気持ちがなんだ。心がなんだ。体が動くなら、それでいい。俺はまだやれるさ。体を動かすのは心であって意思だが、俺には関係ない。体に刻まれてこそ、初めてそれを覚える。
「うおおおおおぉぉぉ!」
界龍剣を手に取り直して女性へと突進する。だが、その女性は余裕の様子だった。すると、指が鳴らされて景色は一転。そこは、さっきまでいた魔界だった。
「ふふ……驚いた? 悪いけど、私も貴方の相手をしている暇はない。だから貴方には、この子の相手をしてもらうわ」
そう言うと、目の前に一人の少女が現れる。ロングの金髪で赤い半袖のメイド服を着て、胸元には黒い紐を蝶々結びにし、片手には剣を持っていた。
「精々抗って見なさいな」
「あ、待て!」
「貴方の相手は私よ」
女性を追いかけようとしたものの、その行く手を阻まれる。彼女が剣で斬りかかってきたのを界龍剣で防ぎ、交戦が始まる。しかし、なんだこの違和感は。まるで、自分の意思で動いていないような……
「戦闘中に余計な事を考えているとは、余裕そうね」
「まぁ、実際のところ君の力量が分かっていないから、なんとも言えないが」
「へ〜、私を嘗めてるってわけね!」
すると、突如として景色が波紋状に歪みだす。何が起こったのかと辺りを見渡していると、突然どこからともなく数本の短剣が高速で飛んでくる。
「あぶなッ……」
避けれる攻撃は避けつつも、避けきれなかった攻撃は剣で防ぐ。だが、その攻撃は囮でしかないことに気付く。
「遅いわ! これでも喰らいなさい!」
相手は両手に魔力らしき白い物を集めながら、剣の弾幕を飛ばしてくる。更に増える攻撃に翻弄されつつも、俺は弾幕と短剣に照準を合わせて言った。
「『物質破壊』」
標的である弾幕と短剣は消滅。一瞬で起こったその出来事に、相手は驚きを隠せないでいた。
「う、うそ……そんな事って……」
「済まないが、大人しく降参を——チッ……そう簡単には引き下がってくれないか」
相手に呼びかけようとしたものの、相手は透明化になって移動する。だが、実際その輪郭だけは目に見える。どこにいるかは分かるが、攻撃が当たるのかは分からない。
モノは試しだと弾幕を放とうとするが、突如横腹に衝撃が走った。
「な……にィ……」
衝撃の走った横腹に触れると、気味の悪い音と共に手が湿る。それも、真っ赤に。
「はは……あははは! た、大したこと無かったわね! どれほどの力を持った人間が来るかと思ったら、所詮この程度……! これで……これで! あの人が救われる!」
救われる……? この人は誰かを救おうとしたために俺を……? 自分の意思で動いていない、つまりはそう言うことか……
「君……アイツらに何をされた?」
「貴方、その体でよく話せるわね……いいわ、どうせ最期なんだから教えてあげる。私は脅されたのよ。命令に従わなければ"神綺"様を手にかけると。従わなかったとしても、無理矢理操る事は可能……そう脅された。そして、私は渋々命令に従った。貴方を葬れとの命令に」
どいうことだ? アイツはもう俺の力を必要としていないのか? 殺すとなれば、そのような事を考えているに違いないと思うんだが……
「でも、ごめんなさいね。見ず知らずの貴方を殺す事になるなんて。本当にごめんなさい。だから——死んで」
剣が振り下ろされる。俺の絶命かと思われた。だがしかし——
「——話はよく聞かせてもらった。だから、俺がお前たちを救う」
「貴方……! どうして……それに、私たちを救うって……」
「どうやら、あまり話を聞いてないそうだな。説明がてらに丁度いいか。取り敢えず、街の方で聞かせてもらおう。どこかいい場所を知らないか?」
彼女は状況を把握できないでいたが、辺りを見渡して場所を探す素振りをする。そして彼女は声を上げ、一つの建物を指す。
「あそこ。あそこならいいわ」
「そうか、助かる。早速行こう」
俺は彼女と共に、そこへ向かった。
そこは、まるで社長室の客間のような部屋だった。横長のソファに一人掛けのソファが二つ、コの字に配置されていて、更にその間にはテーブルが置かれていた。
「へ〜、凄いなぁ。これが外の世界で言う、社長室にある客間か〜」
思えば魔界の文明は、幻想郷より遥かに進んでいるかのように思えた。なぜなら、高い建物がいくつも聳え立っていたからだ。幻想郷にそんな物を見た覚えは無い。
「適当に座ってて。お茶を淹れてくるから」
俺は礼を言ってから、一人掛けのソファに腰を掛ける。飛んではいたもののずっと立ちっぱなしだったため、座る時に自然と声が出た。
腰を掛けるなり、室内を見渡す。横長のソファの後ろには窓があり、魔界の街景色を一望できた。
「お待ちどうさま。温かいうちに飲んでね」
「ありがとう。いただくよ」
彼女の声に反応してテーブルに置かれた茶碗を手に取り、少し息を吹きかけて冷ましてから口に含ませる。その味は、これまた不思議なものであった。
「美味いな。君のお手製か?」
「いいえ、取り寄せたものよ。そんなことより、早速話を始めましょう」
彼女の会話の振りに、俺は賛成するようにして頷いて茶碗を置いた。そして、彼女は反対側の一人掛けのソファに丁寧に腰を掛けた。
「さて、まずは何から話そうかしら」
「取り敢えず、自己紹介からだ。名前を知っておいた方が呼びやすい」
「そうね。なら、無礼を詫びて私から。私の名前は夢子。神綺様に支えるものの一人よ」
「俺は幻真だ。それで、その神綺様っていうのは誰のことなんだ?」
俺が神綺という人物の事について問いかけると、彼女は悲しそうな表情をしながら説明を始めた。
「……神綺様は魔界の神であり、魔界に存在する全てのものを創り出した魔界の創造主でもあるわ。そんな神綺様が奴らに連れていかれてしまった。——二人を庇って」
彼女の涙腺が緩む。俺は続けて、無礼を承知で彼女への問いを続ける。
「失礼被って、いったいアイツらに何をされたのか教えてくれ」
その問いに、彼女は息を整えて冷静かつ落ち着いた様子で話し始めた。
「それは数日前の事……私たちはいつもと変わらない生活を送ってた。でも、その日常は突如として壊された。あの"アスタロト"という悪魔によって……!」
アスタロト……? それはもしや、先程ニュクスとの対話に入ってきた女性か? そして、悪魔ということは、つまり——
「事は一人の暴動によって起こった。その者の名前は、ユウゲンマガン。彼女は気が強く、比較的穏やかな性格をしていた」
彼女は俯いて言葉を続ける。
「だけどある日突然、人が変わったようにして私たちに襲いかかってきた。最初は彼女だけだと思ってた。気付けばエリスとサリエルの様子もおかしかった。そう、彼女らも悪魔アスタロトの手中であったという事」
三人も奴らに……
「ユキとマイを人質に取られ、彼女たちの事が大事だった神綺様は、言われるがままアスタロトによって連れていかれた。そして、私は神綺様の命が惜しければ命令に従えと……そう脅された」
一通り説明を終えて溜息を吐く夢子。だが、俺は猛烈な怒りを覚えていた。許せないという思いは勿論の事。そして俺はニュクスの事を憎く、そして醜いとまで思った。
だがしかし、いろんな人物らしき名前が出てきて整理が追いつかなかった。ひとまず脳内で整理をする事にした。
最初に把握しておくことは、夢子と神綺の関係性についてだ。まず夢子は、魔界の神である神綺によって生み出された。一方で、神綺はアスタロトによって誘拐。恐らく、彼女の力を利用しようと企むニュクスの仕業だろう。
そんな彼女を救うためと、人質に取られたユキとマイという二人の人物に危険が及ばないように、俺を殺せとの命令に夢子は従った。操られずに、自分の意思で。
そして、暴走化の被害者であるユウゲンマガン、エリス、サリエルという三人の人物。正直、彼等の力量は如何程のものなのかは分からない。だが洗脳を受け暴走させられた状態であると考えるとすると、以前のフランとこいしの状態と全く同じであると推測できる。だとすると、厄介になるのが——"破壊の能力"。
恐らくこれは、フランの能力を元に生み出されたもの。混合させられていて、彼等も使ってくる可能性がある。俺の物質破壊、そしてフランの"ありとあらゆるものを破壊する程度の能力"は純粋であるが、無理矢理組み込まれた能力は大変危険である。不純であるそれは、予期せぬ事を起こしてしまう可能性があるのだ。
手遅れになる前に彼等を止めなければ。だが、ニュクスの今度の狙いは、いったいなんだって言うんだ? 俺の力に関してパスだというし。それにもう一つは、なぜアスタロトという悪魔が関与しているのか。恐らくコイツは、七つの大罪の悪魔に違いない。それも、今の七つの中には含まれていない大罪。虚飾と、あともう一つは——
すると、突如として外から爆発音のようなものが響き渡る。窓から爆発の起こった場所を探っていると、こちらに向かって何かが猛スピードで突進してくる。これは……マズい!
「夢子! 伏せろ!」
呼びかけるとともにその場に伏せ、夢子もまた俺に言われるがままに地面に這い蹲る。刹那、窓ガラスが割れてその破片が飛び散った。突進してきた何かは、そのまま室内の壁に激突。俺は咳をしながら立ち上がる。
「ゴホッ、ゴホッ……クソッ、もう来やがったのか」
そう、突進してきた正体は、恐らく自我を失い洗脳された三人のうちの一人。黄色いワイヤーフレームで形成された人型の周りに五つの目玉——
「ユウゲンマガンか……如何にも魔眼って感じだな。だがまあ、お前たちを救うためだ。手荒いのは目を瞑ってくれよッ!」
俺は得物を振った。
時刻は夜。魔界から無事帰還した霊夢一行。しかし、異変はまだ終わってはいなかった。その異変を終わらせるべく、夜中であるにも関わらず博麗の巫女——霊夢は、夜の空を一人飛んでいた。
「全く。こんな夜中に飛び回る事になるなんて、付いてないわね……」
「うらめしやー! この間は失敗したわ。人間を驚かすには、やっぱり夜じゃないとね!」
突如雲の中から出てきた一人の少女。だが、そんな彼女に目もくれずに飛び続ける霊夢。あまりにも無関心すぎた彼女に対して少女は弾幕を放つが、呆気なく反撃され撃退——されたように見えた。
「なっ⁉︎ あんた、どうして⁉︎」
「だから言ったでしょ? 人間を驚かすには夜が一番! あの時は空腹で力が出せなかったけど、今は満腹! 名乗り遅れたわね、私は多々良小傘。昼間の借りは返させて貰うよ!」
怪しく光る虹彩異色症の赤い瞳。その圧に潰されそうになった霊夢であったが、そんなもので怯む彼女ではない。一瞬にして小傘の後ろに回ったかと思いきや、弾幕を放つ事によって結局呆気なく撃退。彼女は悔しげな表情で落下していった。
そんな彼女が落下した先は、人里から少し離れた一軒の建物の前。その衝撃によって飛び出てくる建物の住人。その住人は地面に倒れる少女を目にし、驚いたものの呆れた様子で中へと連れていった。
「それにしても……あんな小さな蛇、すっかり見失ってしまったわね。ただ、この辺はUFO多発地帯みたいだし、怪しいのはこの辺で間違い無いかな」
実は今回の案件に当たる際に、ある一匹の小さな蛇を追いかけていたのだ。しかし、先程邪魔が入った事もあってか、見失ってしまっていた。だが、そんな彼女に機転が訪れる。
「ん? 何かの鳴き声がするわね。鳥? いや、この鳴き声はまさか……!」
「聖救出、おめでとう! まさか、飛倉が妖怪退治を専門とする人間の手によって集まるなんてね」
「この不吉な鳴き声は! 古から正体不明と言われてきた謎の妖怪……鵺の鳴き声!」
彼女は突如として現れた妖怪と対峙した。
靈異伝から、ユウゲンマガン、エリス、サリエル、怪綺談から、ユキ、マイ、夢子、神綺の登場です。
そして更に深まるニュクスの野望。幻真は彼女達を救う事が出来るのか?




