第131話 空飛ぶ宝船を追って
星蓮船、始動。
土はぬかるみ、氷で覆われた大地から有象無象が目覚める。
幻想郷を覆った僅かな雪は、この冬目覚めた地霊たちを封じ込め、さらに妖精たちの動きを鈍らせるのに十分だった。その穏やかな眠りの季節も、終わりを告げようとしている。
博麗神社——人里離れた辺境の地に建つ神社である。
その神社の巫女、博麗霊夢は森に住む魔法使いから不思議な噂を耳にした。その噂とは、雲の切れ目に不思議な船が空を飛んでいるのが目撃されている、と言うことだった。その船は何かを探すかのように雲の間を回遊しているらしい。
一体、その船の正体はなんなのか。目的はなんなのか。 霊夢たちの興味は尽きなかった。なんとなくお宝の匂いがしたので。
そこは幻想郷の最東端にある神社——博麗の巫女が住む博麗神社。そんな博麗の巫女は、いつもとなんら変わらない様子で参道を箒で掃除していた。
そんな彼女の元に、魔法の箒に跨った白黒魔法使い——魔理沙が現れる。彼女は現れるなり、慌てた様子で霊夢に話しかける。
「霊夢! さっき宝船が空を飛んでいたんだ!」
「はぁ? 宝船? また妖怪の所為に違いないわね。でも、宝船なら財宝が眠っているはず。一攫千金のチャンスでもあるわね……」
そんな噂話をしている彼女たちの元に、和服に袴を履き、黒いマフラーを首に巻いた男——幻真と、山にある守矢神社に暮らす早苗が、話をしていた二人の元へとやってくる。すると、魔理沙が幻真に問いた。
「お? 幻真、イメチェンでもしたのか?」
「ん、まあな。それより、宝船かどうかは分からないが、それらしき影の目撃情報が入っている」
「あちらを見てください」
早苗は空を指差して視線を促す。そして彼女たちは、音速で駆ける大きな黒い影を目の当たりにした。そんな中、霊夢は目を大きく見開きながら手をわなわなと動かして呟く。
「あれが宝船……」
「実際宝船なのかどうかは分からないが、まあ怪しいよな——って、霊夢は?」
「霊夢さんなら、黒い影を追って……」
「えっ⁉︎ ちょ、霊夢!」
こうして彼らはそれぞれの目的を持って、空を駆ける黒い影を追いかけた。
緑生い茂る道の上を飛行する四人。その道中で、魔理沙が気になった事を幻真に問う。
「そういや幻真、その右目どうしたんだ? 少し赤くなっている様に見えるけど」
「ん? ああ、実はある力を封印してな。その反動で右目が赤くなったのかもしれない」
ふーんと返事する魔理沙。そんな中、早苗が声を上げて道端に落ちていたものを指差す。するとそこには、赤色の"UFO"のようなものが落ちていた。それを霊夢が降下して取り上げ、興味津々にあちこちを見る。
「よくわかんないけど、取っておきましょ」
彼女はそう言って、その物体を懐へと仕舞う。その直後、近くの草叢からガサガサと言う音が聞こえてくる。彼らは何が出てくるかと様子を伺っていると、一人の少女が飛び出してきた。
少女はクセのあるダークグレーのセミロングに深紅の瞳を持っており、イメージカラーはダークグレー、もしくはダルグレーと言うべきだろうか。
頭には丸い鼠耳が生えており、腰からは鼠の長い尻尾があって、その先に子鼠たちの入ったバスケットを吊るしていた。更に先の方が切り抜かれた奇妙なセミロングスカートを着用しており、肩には水色のケープを羽織り、首からはペンデュラムを下げていた。
また、その両腕には鉤括弧の形をしたダウジングロッドを二本持ち、ロッドの右側の先端にWとN、左側の先端にEとSの文字が付いており、これらはWest、North、East、Southの方角を示していた。
「飛倉の破片を察知したと思いきや、人間を察知してしまったようだ」
「あんた、誰よ?」
「私はナズーリン。ご主人様に仕えるものだ。君たちはここでいったい何を?」
「私たちは空飛ぶ宝船を追っているの。だから急がなきゃいけない、そこを通してちょうだい」
しかし、ナズーリンと名乗る少女は彼らを通そうとしない。霊夢は宝船が離れてしまう焦りから、彼女を退治する事を決める。だが、ナズーリンは可笑しそうに笑いながら言った。
「ふふふ、ばっかみたいだね、君は。あれが宝船だと思っているのかい?」
「馬鹿でもいいからそこを退いて!」
「宝を目指すのなら空を見ていてはいけない。宝は台所の隙間に詰まっているんだ」
「何を意味のわからない事を言っているのかしら。ここは通してもらうわよ。霊符『夢想封印』!」
問答無用で先制攻撃を仕掛ける霊夢。しかし、その攻撃は躱され、ナズーリンはニシシと笑いながらスペルカードを取り出す。
「君がその気なら相手になるよ。ほれ、棒符『ビジーロッド』」
彼女は二本のレーザーで霊夢の左右のスペースを圧迫しつつ、空から米粒弾を落としてくる。霊夢は狭められた範囲内で弾幕を躱しつつ、別のスペルカードを取り出す。
「夢符『退魔符乱舞』」
彼女は前方に対してお札をばら撒き、射線軸上にいるナズーリンに対して薙ぎ払う。寸前の所で攻撃を躱した彼女は、冷汗を流しながら霊夢に言う。
「君、やるね。どうやら私のとっておきを見せる必要がありそうだ」
「とっておき?」
それはどんなに恐ろしいものなのかと息を飲み込む一同。だが、彼女がポーズを取ったと思いきや、そのまま一目散に逃げ出してしまった。
「あ、ちょっと!」
霊夢は追いかける事はしなかったものの、まさか逃げ出すとは思ってもおらず呆気に取られていた。だが、そんなナズーリンを幻真は走って追いかけて行った。
霊夢は彼を追いかけようとしたものの、物欲には敵わずそのまま魔理沙と早苗と共に宝船を追いかけていった。
「——はぁ、はぁ、はぁ……ここまで来たら大丈夫だろう」
霊夢との弾幕ごっこから逃げたナズーリンは、深呼吸をしながら呟く。そして確認するために後ろを振り返ると、先程いた男が追って来ているのを目にした。
「えーっ⁉︎ に、逃げなきゃ……」
「待ってくれ。別に仕留めようとは思ってない。話をさせてくれ」
再び逃げるナズーリンを追いかけながら呼びかける幻真。仕方なく超技術——縮地を使用し、彼女の目の前へと一瞬にして現れる。
「き、君はいったい何者なんだ?」
「俺は幻真。まあ、ちょっと特殊な人間さ。それで、ナズーリンと言ったか。君はあそこで何をしていたんだ?」
彼は自己紹介を終え、疑問に思った事を彼女に問う。彼女は答えるか答えまいかと葛藤する様子を見せたが、彼の方へと向き直り答えた。
「実は、ある物を探していてな」
「ある物?」
幻真の問いに頷いて、何かを持った手を差し出すナズーリン。その手には、先程彼が目撃したものがあった。
「それって、もしや君が言っていた飛倉の破片って奴か?」
「君、知ってるのか? それなら探すのを手伝って……っていやいや、それは君に申し訳ないな。赤の他人を巻き込むわけにはいかんし……」
そんな困った様子で俯く彼女の肩に、そっと触れる幻真の手。彼女が見上げようとしたその時、何かが飛んできて彼の手に噛み付く。すると、彼は叫びながら彼女の肩から手を離した。
「いっでぇー! やめろやめろ! 俺は食い物じゃないぞ!」
その正体は、彼女が尻尾に吊るしていたバスケットの中にいた子鼠のうちの一匹である。その様子を見た彼女は、顎に手を当てながら言う。
「私の鼠は人肉を好むからな。チーズなんて赤色の薄い食べ物は、食べてらんないだとさ」
「だからって俺を襲うかよ!」
彼は必死の末その鼠を振り払い、痛々しそうに手を見る。流石、人肉を好む鼠。その力は途轍もなく、彼の手からは出血していた。それを見たナズーリンは心配するかと思いきや、彼の怪我を見るなり上から目線で言った。
「私の鼠の攻撃を見切れないとは……君、もしや弱いんじゃないか? 私より弱そうに見えるぞ?」
そんな煽る調子で言う彼女であったが、幻真は表情を変える事なく言う。
「防ごうと思えば防げたさ。ただ、この鼠が可哀想だからな。手荒な真似はしたくなかった。言い訳に聞こえるかもしれないが、事実だ」
「ふーん……なら、私はこの辺で失礼させてもらうよ。生憎、君とは違って忙しいんでね」
そう言って早足でその場を去ろうとした彼女であったが、またもや先程と同様に幻真が彼女の目の前に突然現れ、行く手を阻む。
不機嫌そうにする彼女であったが、彼の事を気にも留めずに方向転換する。だが、彼女に合わせて彼もまたそちらの行く手を阻む。そしてそれを数回繰り返したのち、遂に彼女は痺れを切らす。
「なんなんだい君は! 私は忙しいって言っているだろうが!」
「だから話を聞いてくれって言ってるじゃないか。君が聞く素振りも見せないから、こうしてやってたんだよ」
ぬぅと唸る彼女は、仕方なく彼の話を聞くことにする。やっと話を聞いてくれたと溜息を吐いた彼であったが、単刀直入に自分も同行させて欲しいと述べる。ジト目で話を聞いた彼女は、適当に返事をして彼の同行を認めた。
「本当か⁉︎」
「勝手にしてよ。私は飛倉の破片とご主人様の宝塔探しで忙しいんでな」
「宝塔探し?」
「それも必要不可欠なものなんだ。全く、ご主人様は恥ずかしいからと言って、身内には告げず私にばっかり頼って。物の管理くらいしっかりしときなさいって……」
そんな愚痴話を耳を抑えながら聞く幻真は、話題を変えるために彼女に話を振る。
「そ、そういえば飛倉の破片ってUFOみたいな形をしているのか?」
割り込むようにされた幻真の問いに対して、彼女は疑問符を浮かべる。彼もまた、彼女の反応に疑問符を浮かべた。双方に浮かんだ疑問符。その答えになりそうな事を、彼女は考え付く。
「もしや、何者かが関与しているかもしれないな」
だが、彼女の意見はあくまで推理によって導き出された仮説。幻真も特に問い詰める事なく、彼女の意見に首を縦に振った。
「それでだが、飛倉の破片——共に宝塔の行方には心当たりはあるのか?」
「ふっふっふっ……聞いて驚け。それについては私の"探し物を探し当てる程度の能力"に任せておけば問題ない」
彼女の威勢のある言葉に目を輝かせる幻真。彼の期待に応えるようにして取り出したのが、先程も見た鉤括弧の形をしたダウジングロッド。それを両手で持ち何かを探る彼女の様子に、幻真は口をポカンと開けて見ていた。
「お、こっちから反応がする」
確かに、何かを察知して反応する様子を見せるダウジングロッド。彼は仕方なく、彼女の後を付いて行った。
一方で幻真と別行動を取る事になった霊夢、魔理沙、早苗の三人は、再び音速で雲の中を駆ける大きな影を追っていた。だが、そんな彼らを一人の妖怪——少女が立ちはだかって呼び止める。
「ちょっと待ってよ〜」
その少女は水色のショートボブに大きな唐傘を持ち、イメージカラーはスカイブルーで傘の色は紫である。また虹彩異色症で右目が水色で左目が赤色だった。
下半身は水色のミニスカートに、素足で下駄を履いていて、また上半身は白の長袖シャツに水色のベストのようなものを着用していた。
「どうしましたか?」
「えっとね……うらめしや〜」
少女の脅かすような素振りに、思わず目を丸くする三人。その反応に少女はガッカリした表情で溜息を吐き、ボソッと呟く。
「寂しいねぇ。貴方たちは驚いてくれないのね」
「まあ、私たちは慣れていますからね」
「私たち妖怪は、人間を脅かす為に頑張ってるというのに……」
その言葉に疑問符を浮かべて首を傾げる早苗。彼女はそのまま少女に問いた。
「あれ? 私は人間を食べる為に頑張っていると聞きましたが……」
「食べると言っても、肉を食べる者もいれば心を食べる者もいるわ。貴方たち人間が驚いてくれないと、私はひもじい」
「難儀ですねぇ。でもまぁ、最近あった大きな出来事のお陰で私も楽しさがようやく分かってきたところでして……」
「楽しさ?」
次は少女が首を傾げて早苗に問う。そして、彼女は指にスペルカードを挟んで少女に言った。
「そうです! 妖怪を退治する事の楽しさを! 蛇符『神代大蛇』」
彼女がそう唱えると、そこには巨大な蛇が現れて一瞬にして少女の体は影によって覆われる。だが、彼女は攻撃を止めなかった。必ず妖怪を退治すると言わんばかりに次のスペルカードを使用する。
「蛙符『手管の蝦蟇』」
少女が逃げ回っている間に、自身を中心にエネルギーをチャージ。そして、巨大な蛇が消えたタイミングで爆発。マスタースパークを超える威力を持つそれは、一瞬にして彼女らの視界を真っ白にした。
爆煙が止み、そこには一息吐く早苗と、黒焦げになった少女、そして冷汗を流しながらも自身と魔理沙を守るようにして結界を展開させた霊夢の姿があった。
「ゲホッ、ゲホッ……ああ、驚いて貰えない妖怪に価値なんて……」
「まあまあ、そんな悲観的にならないで」
暗い彼女を励ますようにして明るく言う早苗。だが、少女の気持ちは変わらない。
「今日から私、普通の傘に戻ろうかな……」
「そんな古くて茄子みたいな傘、誰もささないと思いますけど」
その何気無い彼女の言葉で、少女は更に落ち込んでしまう。
「そうだった、それで捨てられて妖怪になったのよね。ああ、心の古傷が……」
「あらあら、余計な事を言ってしまいましたか」
少女はフラフラとその場を離れていく。すると、少女はクルリと早苗の方に振り返り、泣きっ面に大声で吐き捨てるようにして叫んだ。
「道具の気持ちが分からない人間なんて、酸性雨にうたれて溶けてしまえ!」
早苗は頰を掻きながら困った反応をして、去っていく少女の姿を見届けた。




