第126話 とある兄弟の来訪
それは、ある雨の降りしきる春の日。とある兄弟が、異界からこの地へと訪れた。
そこは、妖怪が多く住み着く妖怪の山。その山のある一軒家にて、二人の人物が談話を楽しんでいた。
一人は人間であり、ナイフを得意武器とし、戦闘方法とする火御利。
そして、もう一人は狼天狗と呼ばれる種族でこの家の主であり、また大のみたらし団子好きである狼。二人は、つい数日前にあった七つの大罪の悪魔達との戦いについて語っていた。
「悪魔にまんまと利用されてしまったことについては、情けなく思うわ」
「力不足であったことは僕も同じだよ。でも、あの戦いがあったからこそ、僕の身に宿る風魔神の事についても少し分かった様な気がする」
まるで、彼の身に宿る風魔神の心を感じ取るように、彼は自身の胸に手を当てる。その様子を見ていた火御利は、少し呆れた様子でいた。
「貴方も複雑な事情を抱えているのね……」
「貴方も? それって——」
「狼さん、本日も御稽古お願いします!」
彼の言葉を遮るようにして外から聞こえてきた少女の声。その声の主は、彼に馴染みのある者——白狼天狗の椛であった。
「やあ椛。こんな雨の中ゴメンね」
「お気になさらず。寧ろ頭を下げなくてはいけないのは私の方です。このような悪天候の中でも、稽古を付けていただける狼さんには感謝してもしきれません」
そう言って頭を下げる椛。火御利はその様子を腕を組みながら横目で見ていた。
「取り敢えず、一旦座ろうか。今すぐに修行を始めなくたって大丈夫だから」
「はい。お言葉に甘えさせていただきます」
椛はそう言って、火御利と同様に卓袱台を囲む様に座布団の上に正座する。また狼は、椛の前に来るように正座した。
「そう言えば、僕が渡したアレは上手に扱える様になったかな?」
アレとはなんなのか。火御利は首を傾げて狼に問う。すると、椛は彼が指すアレを卓袱台の上に置いて見せた。
「これは……刀?」
「天狗式・秋松月。この刀は妖力を備えていて、刀を振った時に色とりどりの弾幕が飛び出すようになっている」
その淡々とした説明に、火御利は頷くことしかできなかった。
「そういや、今日は山の警備の巡回はいいのかな?」
「はい。今日は非番でして。なので、狼さんに稽古を付けて頂こうと伺いました」
ふむふむと二回程頷いた狼は、卓袱台に手を乗せて立ち上がる。そして腰に手を当て、得意そうに二人に言う。
「よーし、まずは腹拵えにみたらし団子を食べよう! 火御利もお腹空いてるでしょ?」
「食べたいのはあんただけよ」
その返答を聞いた狼は、大げさに笑いながら台所へと向かっていった。その様子を、椛は苦笑しながら彼を見送った。そして彼女らは二人きりになると、お互い気まずそうにそっぽを向いていた。
——女性と二人きりになった時、一体どうすれば……私は文さんとしかあまり二人きりになった事が無いし……
——気まずいわね……彼女だから余計にというか……なんというか……
そんなこんなで数秒が経過した後、二人は同時に話しかける。
「あ、あの……!」
「ね、ねぇ……!」
『あっ……』
彼女らは再びそっぽを向いてしまう。顔を少々赤らめながら。結局、彼女らはお互いに話す事なく、狼が皿いっぱいのみたらし団子を片手に戻ってきた。
「お待たせ〜……って、二人とも顔赤いけど熱でもあるのかい?」
「な、なんでも無いの! ね、ねぇ?」
「そ、そうです! お気になさらず!」
二人は先程までの出来事を狼に勘付かれる事なく苦笑いで誤魔化した。狼も特に突っかかる事なく、みたらし団子を口いっぱいに頬張った。
「ふぅ〜、食べた食べた〜」
狼はお腹に手を当てながら言う。火御利も後から出された温かいお茶を飲み、小さく溜息を吐く。椛は口周りにみたらし団子のタレを付けながら、狼に感想を述べた。
「狼さん、美味しかったです! ご馳走様でした!」
「いえいえ〜って、口の周りにタレが付いてるよ。ちゃんと拭かないと」
狼は濡れたタオルで椛の口周りに付いたタレを拭き取る。椛はまるで子供の様に、えへへ〜と少々顔を赤らめて照れる仕草をした。
「じゃあ僕は洗い物してくるから。その後に稽古を始めようか」
「はい、了解です!」
椛は狼が奥に行ったのを確認して、先程のことを思い出してはデレデレと照れて自分の尻尾で顔を埋めたりする。ふと彼女は隣を見ると、拳を握った火御利が彼女の方を見ながら燃えていることに気が付き、思わず涙目で後退りしてしまう。彼女は声をかけることすらできず、隅の方で蹲っていた。
「片付け終わったよ〜って、椛? そんな端っこでどうしたんだい——って、火御利も体から火が出てるけど一体何が……」
結果的に彼女らは狼を困らせる形となってしまった。しかし、その状況も外から感じた一つの気配によって一転する。
「狼さん、この気配は一体……?」
「わからない。感じたこともない気だ。一旦様子を見に外に……って火御利が燃え尽きてる……悪いけど、代わりに行ってもらってもいいかな?」
椛は承知して、外へ飛び出した。
外へ飛び出た彼女は、こちらへと歩いてくる一人の人物を目にする。
その人物はロングコートとジーパンを着用していて、髪型は黒髪で少し長めのショートであった。更には雨が降っていた関係で、片手に朱塗りの和傘を差していた。
椛は自身の得物に手を当て、警戒しながらその人物へと質問を投げつける。
「貴方は一体誰ですか? 一体何の御用でこちらに? 見た感じ、人間のようですが……」
ガチガチの警戒に困った人物は傘を持っていない片手を上げて戦う意思がないことと、怪しいものではないと述べる。すると、家の方から火御利を布団に寝かせた狼が出てきて、人物へと聞いた。
「君が怪しいものではないことはわかった。君の名前、教えてくれないかな?」
問われた人物は挙げていた手を下ろし、自己紹介を始める。
「俺は坂上竜神だ。見た感じ、目の前にいる椛は俺の知っている椛ではないらしいな」
その言葉に、狼はある事を察した。
「君は別の世界から来た人間だね?」
「やっぱりそうなるよな。どうやら、俺たちは別の幻想郷に迷い込んだらしい」
俺たちという言葉に引っかかった二人。椛は自分が察した事を、竜神と名乗る男に質した。
「貴方一人だけこちらに来たわけではないと?」
「ああ。兄さんもこっちに来ていてな。手分けして探索していたところなんだ。なんせこっちに来た時、丘が見える見知らぬ建物の前にいたからな」
なるほど、と納得した様子を見せる狼。彼は雨に降られる竜神の気を遣って、家の中へと案内した。
一方、人里のある貸本屋にて。そこで何気無い雑談をする人物たちがいた。
一人は、その店の名である鈴奈庵に住んでいて店番をしている小鈴。
もう一人は、人里にある名家——稗田家の当主である阿求。
最後の一人は、人里から少し離れた場所にて鍛冶屋を営む青年——想起。彼等は同じ人里に住む者同士仲が良く、この様に集まっては雑談をしている。しかし、想起自身彼女らと交流するのは久々でもあった。
想起は博麗の巫女こと霊夢の母親である霊妙同様、稗田家との関係が深かったりする。同様に、稗田家と博麗家の関係からも、博麗家と想起の関係もあったりする。
いつもは賑わっている里中も、雨が降る中ではその面影もなく、皆屋内にて今日を過ごしている者が多い。この鈴奈庵にも、目当ての本を求めて訪れている者が、いつもよりは多かった。
そしてこの店に、一人の異客が訪れることとなる。
「雨の勢いは弱いものの、長時間降りそうな雨だ」
黒塗りの和傘を閉じ、ただの独り言なのか、それとも同調を取ろうと話したのか。それは本人の意思なので深くは分からないが、少なくとも一人の人物はその言葉に反応した。
「珍しい客人だな。それに、見慣れない顔だ」
その者は執事服を着用し、男性では珍しいロングヘアの黒髪であり、また長さが二メートルもあるであろう、背負う者より明らかに長い大太刀を背負っていた。
「ふむ、なかなかに洞察力があるらしいな。それに、俺たちの事情にも詳しそうだ。良ければ、話を聞いてはくれないだろうか?」
質問に答えるようにして頷いた想起は、話し相手であった小鈴と阿求に申し分なさそうに謝ろうとしたが、二人は気に止めることなく笑顔を送り返した。
彼は二人に感謝し、そして後日詫びをするとの事で異客と共に彼の仕事場へと向かって行った。
「——ねえ阿求、聞いた?」
「うん? さっきの男の人の話?」
「そうそう! なんだか面白そう。私も想起さんのところに行ってこようかな」
「だーめ。貴方はここでのお仕事があるでしょうに」
「え〜、そんなぁ……」
残念そうに肩を落とす小鈴であった。
「——ほう、そんな事があったのか」
狼の話を聞いて頷く素振りをする竜神。因みになんの話をしているかというと、気を失った状態でいる火御利の事情についてである。
しかし、狼自身もなぜ火御利がこのような状態になったかはわからず、当時一緒にいていた椛に聞いても、彼女はよくわからないと答えるのみであった。
「取り敢えず、火御利はこのまま寝かせておくとして、僕らは今から滝の方へ修行に行くけど、君はどうする?」
狼に問われた竜神は考えるように唸った後、決断を示した。
「俺はこの家で待っておくよ。彼女の事も心配だしな。目覚めた時に誰もいなかったら困るだろ? それに、お昼も近いようだから昼飯でも作っておくよ。材料は勝手に使って大丈夫か?」
狼は礼を言ってから、その許可を出す。
「竜神さんの料理、楽しみにしてますね」
「ああ! 任せとけ!」
胸をドンと叩き頼もしい姿を見せた竜神。その様子に、狼たちも安心した表情を見せる。こうして彼らは、山の中腹辺りにある九天の滝へと向かって行った。
「さーて、まずは材料探しっと」
彼はコートの袖を捲り、手を洗ってから冷蔵庫を開ける。その中を見た彼は、目を大きく見開いて驚いた。
「なんでこんなにみたらし団子があるんだ……?」
それは、冷蔵庫の半分以上を占めていた。彼は見なかった事にしようと、ゆっくり冷蔵庫の扉を閉じた。
「というか、材料が全然無いじゃないか。仕方あるまい。人里にでも買い物に行くとするか。もしかしたら、兄さんもいるかもしれないしな……っと、その前に書き置きしておかないとな」
火御利の寝ている近くにあった卓袱台に書き置きを置いて、台所の隅にあった買い物籠を見つけた彼は、それを片手に、また小雨ではあったが一応と言って和傘を差して人里へと飛んでいくのであった。
道中は何事もなく、無事に人里へ到着した竜神は早速食材を買うべく、いくつかの店へと足を運ぶ。彼が初めに向かったのは、新鮮な野菜が軒先に並べられた八百屋であった。
「ふむ、ここに売っている食材を見てなんの料理を作るか決めるとするか」
こうして彼はいくつかの野菜を購入し、次の店へと足を歩ませる。続いての店は、肉屋であった。
「この肉は味噌汁に使おう」
そう呟いた彼は、豚肉を購入。他にもいくつかの種類の肉を購入。その後、魚屋と豆腐屋にも寄ってから最後の店へと向かう。その店は米問屋と呼ばれる、米の卸売を取り扱う場所である。彼はそこで、米俵を一つ買い占めた。
竜神は右手に傘を差し、その腕に買い物籠をひかけており、またその反対の肩に米俵を乗せていた。誰もが辛いと思う状況だが、彼はそこまで苦しむ様子を見せず、平然と人里の通りを歩いていく。すると、彼の目に一つの建物が映った。
「……寄ってみるか」
その建物の入り口の目の前まで来た彼は米俵を一度地面に下ろし、和傘を閉じてから入り口の戸を叩く。すると、そこには彼の知る人物が立っていた。
「兄さん、こんなところにいたのか」
その人物は彼の実の兄である、坂上儚月だった。すると、その奥から聞き慣れない声を耳にする。
「彼がお前の弟か」
その声の主は紛れもなく、ここの建物——鍛冶屋を営む想起であった。竜神は中に入れてもらえる事になり、一度置いた米俵を担ぎ直して中へとお邪魔した。
その鍛冶屋は入り口から直ぐの所に、仕事場である鍛冶場があり、ここの主人である想起は金床に向かって淡々と作業をしていた。
竜神が辺りを見渡すと、壁一面に想起が作ったであろう武器類などが飾られていた。
「ウチは武器鍛冶屋だからな。こうしたある程度の武器類は、こうして飾ってある」
想起の説明に腕を組みながら聞く儚月と、理解するように頷きながら聞く竜神。すると、思い出したかのように儚月が竜神へと問う。
「俺たちの世界に戻る方法は、何か見つかったか?」
その質問に竜神はハッとさせられ、頭を掻きながら苦笑いするだけだった。その様子を見た儚月は少々呆れたように溜息を吐き、悩むようにして腕を組む。
「やはり、紫と話すしかないか」
そう呟いた儚月は、背中から下ろしていた大太刀を再び背負い、和傘を手にして表へと出て行く。
「俺は博麗神社に向かう。しばらくそこに長居すると思うから、何かあったら来てくれ」
彼は竜神にそれだけ言い残し、雨の中を飛んで行ってしまった。二人残された空間に、想起は竜神に向けて気になった事を質問する。
「その食材と米俵は、いったい何に使うんだ?」
「ああ。これはだな——」
問われた彼は、妖怪の山で狼たちと出会い、色々あって昼食を振る舞う事を決め、食材が無かったため人里に買い物へと来ていた事を想起に説明する。すると、想起の目が変わり、頷く素振りをしてから竜神へと言葉を投げた。
「俺もお前の料理に興味がある。どうか振る舞ってはくれないだろうか?」
竜神はもちろんと返事し、想起と共に狼の家へと戻る事となった。
身支度を終え、鍛冶屋の戸締りもしっかり終えた想起は、礼として竜神の持っていた米俵を代わりに持つ事にした。
妖怪の山の滝にて。二人の天狗がお互いの修行を終え、一人の人物と雑談を交わしていた。
「へぇ、そんな事があったんだね。盟友も大変だな〜」
その人物は、技術者であり河童である河城にとり。彼女は彼らが滝に訪れる前からこの場に来ており、滝の近くの木の下で雨に降られないように黙々と作業をしていた。
彼らが来た後は彼らの修行の様子を見守りつつも、自分の作業に進めていた。そうして今、彼らの修行が終わって休憩も兼ねつつ、雑談を交わしていた。
「別世界からね〜。私も早くアレを完成させなくちゃな〜。よしっ、こうしちゃいられない。私はお先に失礼するよ!」
大きな鞄を背負って立ち上がったにとりは、彼らに軽く手を振ってその場を去って行った。
「私たちも戻りましょうか」
椛に言われ、頷いた狼は立ち上がってから軽く伸びをして、二人並んで彼の家へと帰るのであった。
彼らが家の近くへと来ると、見慣れた一人の男の姿が目に映った。
「あれ、想起さんが山に来るなんて珍しいですね。それも狼さんのお家に」
「まあ、色々あってな。とある調理人の料理の完成を待っているんだ。中に勝手に上がらせてもらうのも失礼だったし、ついでに楽しみも増やそうかとこうして外で待っていた」
なるほど、と彼らは小さく頷いた。すると、丁度調理を終えたらしく、竜神が彼らを呼びに来た。
「お、グッドタイミングだね」
「冷めないうちに食ってもらいたいから、他人の家で言うのもなんだが早く上がってくれ」
早速家に上がった彼らは、香ばしい匂いによって迎え入れられる。
「これは……炊き込みご飯か?」
「御名答。他には、こんな雨の日だし体を温めてもらおうと豚汁、旬の野菜を使った春野菜の炒め物だ。火御利には起きてからでも食べてもらおう」
そう言って彼らは卓袱台を囲み、竜神に炊き込みご飯を御茶碗によそってもらって、手を合わせて挨拶をした。
狼は初めに、体を温めるためにも豚汁を飲もうとしたが、彼は猫舌であるため冷ましてから食べる事にした。そうしてまずは、最も美味しそうな匂いを漂わせていた炊き込みご飯を食すことにする。
具材はキノコ類がシメジとエノキ、短冊切りされた油揚げに千切りされた人参、そして鶏の腿肉が入っていた。調味料は諸々で、非常に味のいい炊き込みご飯となっていた。
一方で、椛は春野菜の炒め物に箸を伸ばし、それらを口に運ぶ。じゃがいも、玉ねぎ、茹でたけのこといった具材が入ったその炒め物は、とても絶品であった。
「美味しい……」
「美味い……」
「いける」
三人がそれぞれの感想を同時に述べ、竜神は頰をポリポリと掻きながら照れ臭そうにしていた。
すると、彼らは先程まで気を失っていた火御利が唸る声を耳にする。狼は直ぐに、体調は大丈夫かと彼女に寄り添った。どうやら、彼女の容態は心配いらない程大丈夫そうで、食欲もあるとのこと。竜神の事について簡単に説明し、彼の作った料理を食べてもらう事になった。
彼女は装ってもらった炊き込みご飯を、箸を使って口に運ぶ。すると、彼女の口の中は幸せに包まれて彼女の食欲を一層湧かせた。
そうして彼女は食事を平らげ、しっかりと手を合わせて挨拶をする。
「ご馳走様」
その挨拶をした後、少し機嫌が良くなった火御利は竜神の方に視線を向け、ある申し出をする。
「この後、ひと勝負相手してくれないかしら?」
彼は断る事なく、寧ろ乗り気な様子で申し出を受けるのであった。




