第119話 怠惰との戦い
霊奈と別れた幻真と桃花は、紅魔館へと一度戻る事にした。道中は、先程の戦闘の影響でいつもとは全く違っていた。その様子を幻真はマジマジと見つめた。
しばらくして、目的地だった紅魔館の門前へと到着する。その辺りの景色も一変してしまっていた。
門番である美鈴は先程の戦闘での負傷により、桃花によって咲夜と共に医務室へと運ばれていた。
館の入り口の扉を開き、中へと入る。彼らを迎えたのは、紅魔館の主であるレミリアだった。
「お疲れ様。加勢できず申し訳無かったわ。それと、美鈴と咲夜を運んでくれてありがとう。今は医務室で安静にしてる。命に別状は無いわ」
その報告に、胸を撫で下ろす幻真。続けて桃花が、レミリアにある事を依頼する。
「幻想郷のある程度の実力を持った強者を呼んでほしい。直ぐに準備を済ませて、悪魔たちが巣食う空間へ乗り込みに行く」
「その事なら問題無いわよ」
突如、どこからか女性の声が聞こえたかと思うと、幻真の目の前にスキマが開いた。そして、その声の主——紫が扇子を口元に当ててスキマから顔を覗かせた。
「この幻想郷も、またいつ責められるかわからない。だから、こっちから攻めに行くつもりをしていたの。というわけで、私はこの三人を推薦するわ」
その三人とは、一体誰なのか。
まず最初にスキマから出てきたのは、守谷神社の巫女——東風谷早苗。
続いて出てきたのは、妖怪の山の警備兵で白狼天狗の犬走椛。
そして最後。一番驚いたのは幻真だった。その人物が白玉楼の庭師、魂魄妖夢だったからだ。
お互い照れ臭そうに、目を合わし辛そうにしていた。その様子を見ていた紫が、二人に言った。
「何やら揉めているらしいけど、そんな事してる場合じゃないわ。幻想郷の危機が訪れようとしている。今は手を取り合いなさい」
二人はお互いに頷いて、紫に言われた事に対して意を決した。
その後、紫は再びスキマの中へと消えていった。腕を組んで様子を伺っていたレミリアが、彼らを会議ができる部屋へと案内する。その部屋には、博麗の巫女——霊夢や、白黒魔法使いの魔理沙など、異変解決でお馴染みの人物がいた。
更には、レミリアの妹であるフランドール、仲良し三人組の悠飛、千代春、刹那までもがいた。彼女ら六人に加え、紫が送って来た三人、そして幻真と桃花を合わせて計十一人で悪魔の住む空間へと行く事になった。
しかし、桃花が挙手をする。
「すまない、ボクは行けないよ。だから、幻想郷の守護に努めさせてもらう」
理由はともあれ、皆は承諾した。
その後、桃花は席を外し、会議の進行はレミリアが務めることとなった。その際、幻真が悪魔たちについての情報をいくつか話した。
第一に、彼らは"感情を司る"ということ。それは、"七つの大罪"と呼ばれる形で。
暴食と嫉妬の悪魔は既に倒された為、残るは怠惰、強欲、憤怒、傲慢、色欲の五体の悪魔がいるとされる。そこで、突然悪魔と遭遇しても有利に戦う為、二人一組のペアを作ることになった。
「——じゃあ、今言ったペアで動いてちょうだい。いい? もう一度言うけど、予期せぬ何かが起こったら終わりと思いなさい。助けを呼べるかどうかもわからない。その事も踏まえて、覚悟をもう一度決めてから行きなさい」
レミリアが厳しい口調で言い放つ。言われた彼らは、強く頷いた。すると、スキマが現れてその中から紫が顔を覗かせて一同に言った。
「準備はできたみたいね。入口まで送って行くわ。順番に入って」
霊夢を先頭に次々と入って行き、最後に幻真が入ると、紫はスキマの入り口を閉じた。
中はぎょろぎょろとした赤い目がいくつもある。実際に初めて入った者は、気味悪がっていた。
しばらくすると、紫は目の前にスキマを開いた。先程入った順番と同じように、皆が外へと出ていく。その場所は、悪魔たちの巣食う空間の裂け目がある場所だった。
「紫、送ってくれてありがとう。少しの間だけ、私たちの楽園を頼むわ」
「ええ。この異変が終わったら、いつもみたいにみんなで宴会をしましょ」
霊夢と紫の二人は、お互いにサインを送ってその決意を強く示した。その様子を見ていた他の者も、必ず生きて帰る事を心に誓った。
紫に見送られ、幻真を先頭にその空間へと入って行く。最後尾は刹那だった。
しばらくすると、真っ暗な一本道の景色から一転し、古い神殿の様な場所に辿り着く。すると、何か違和感を持った妖夢が呟いた。
「軽く争った跡がありますね。時間はそこまで経っていないかと思われます」
腕を組んで首を傾げる魔理沙。幻真は、もしかすると狼たちがここで戦ったのではないかと予想した。
辺りを見渡していると、突然上から赤い炎を宿した魔物たちが降ってくる。その赤い炎の正体は、七つの大罪の一つである怠惰の感情の炎だった。
その魔物たちの近くにいた椛が、己の武器である天狗式・秋松月を咄嗟に抜き、魔物たちに向けて弾幕を放つ。爆発を起こし目眩しをしたところで、一気に距離を詰めて次々と薙ぎ払っていった。
「椛、後ろだ!」
背後を取られた椛に危険を促す幻真。魔物が腕を薙ぎ払おうとしたその時、その魔物の胴体が水圧によって斬り裂かれた。
それを行ったのは刹那で、彼女の武器——水鉄砲・暗殺から鋼鉄を貫く程の高水圧を放ったのだった。
「よっと。怪我はない?」
「は、はい。助かりました」
椛は刹那に向けて軽く頭を下げる。すると、幻真が一度集まるようにと招集をかけた。
内容は、先程紅魔館で決めたペアに分かれて行動を開始するとのこと。彼らはそれに従い、ペア同士で固まった。
「危険になったら逃げてくれ。油断は禁物だ。それと、あまり無理もしないように。それじゃあ、生きてまた会おう」
いくつかの道に枝分かれしていた暗闇の中へと、彼らは進んで行った。
〈博麗霊夢〉
みんなと別れて数分が経過。特に交戦も無く、暗い道を進んでいく。不安で仕方がない。
因みに私のペアは一番の友人、魔理沙だった。彼女は暢気そうに頭の後ろで腕を組んで私の後を付いてきていた。
すると、目線の先に大きな扉が見えてくる。その両脇には、松明が刺されていた。その炎の色は、普通の炎の色とは違い、七つの大罪の感情を宿した怠惰の真っ赤な炎。先程戦った魔物たちと一致する。
「となると、この先には怠惰を司る悪魔がいるってわけね」
魔理沙に言い聞かせるようにして、私は言った。魔理沙も腹を括ったのか、右手にミニ八卦炉を持っていた。私も右手に持っていたお祓い棒を握り、覚悟を決める。そして、聳え立つ大きな扉を精一杯押した。
中は真っ暗で、先が全くと言っていいほど見えなかった。魔理沙と並んで進んで行くと、突然扉が勢いよく閉じてしまう。どうやら、閉じ込められてしまったらしい。
真っ暗闇の中、何も見えないが辺りを見渡していると、高い壁に設置された松明に炎が灯る。それも、さっき見た炎の色の。
すると、驚く事に一瞬にして目の前の景色が一転する。そこは、如何にも崩れそうな空へと聳える塔の頂上。私たちは目を疑った。これは幻覚なのかと、怪しみながら周囲を警戒し、不意打ちに備えた。
辺りを見渡していると、突如正面から剣で斬りつけられる。それをお祓い棒で防ぎ、相手の顔を見る。しかし、相手は黒いフードを被っているせいで様子を伺えなかったが、そのフードの中から赤い炎が見えた。
距離を取り、不意打ちしてきた相手と向き合う。懐からお札を三つほど取り出して、お祓い棒を持つ反対の手の人差し指に挟んだ。
先制攻撃と言わんばかりに取り出したばかりのお札を相手へと投げる。そのお札は爆発し、爆煙を発生させる。
「魔理沙!」
「任せろ! 恋符『マスタースパーク』!」
私が気を引いてる間に相手の背後へと回った魔理沙が、爆煙を発生させた直後にスペルカードを発動する。ペアを組んだからこそ、そして魔理沙と一緒だったからこそ成せた技だ。
もちろん、一発で仕留められるとは思っていない。スペルカードでの攻撃で再び発生した爆煙の中から、先程までフードを被っていた人物が現れる。しかし、先程の攻撃によりフード付きの衣服がボロボロになり、その人物の姿が明らかとなる。
「想、起……?」
あからさまにいつもの彼とは様子が違っており、瞳が怠惰の炎と同じ赤色に染まっていた。彼は今、正気を失っている。普通ではない。
彼は特に気にすることもなく、ずっと持ち続けていた彼の愛用する剣——幻夢剣に怠惰の炎を纏わせ、こちらへと刃を向ける。
歯をグッと食いしばり、赤い瞳をこちらに向けて睨む想起と対峙する。あの剣は厄介だ。なぜなら、幻力を利用したものであるからだ。それに、彼は現と幻を生むことができる。尚更、厄介極まりない。
先程背後から攻撃した魔理沙に対して、目を通じて意思を通わせる。彼女に伝わったのか、私の様子を見て頷いてグーサインを示した。そして私も、同じように返事をした。
私はスペルカードを発動させ、こちらに注意を向けさせる。先程と変わらない気もするが、試して見る事に損は無い。
「霊符『夢想封印』」
色とりどりな大きめの光弾を次々と飛ばす。想起はそれらを真っ二つに斬り裂いていくが、これは当たると同時に炸裂するもの。つまり、斬ろうとして触れれば炸裂する。それが誘爆し、飛ばした弾幕は爆発して彼を飲み込んだ。
その瞬間を逃さず、箒に跨った魔理沙が空からスペルカードを放った。
「恋心『タブルスパーク』!」
その技は、簡単に言えばマスタースパークを二つ同時に飛ばしたもの。そのレーザーが爆煙の中へと飛んでいき、地面を吹き飛ばす程の爆発を起こした。
塔が崩壊し始め、私も空中へと逃げる。すると、景色が先程の松明だけが灯りを照らす部屋へと戻ってきた。
辺りは怠惰の炎の松明。背後には、入ってきたであろう大きな扉。地面には、うつ伏せで動かなくなった想起の姿があった。取り敢えず、倒せたのだろうか。
想起の様子を見ようと近付こうとすると、突如奥から大きな手が自分目掛けて飛んでくる。判断が遅れ、避けそびれそうになったところを魔理沙に押されてなんとかその手から逃れる。しかし、私を庇った魔理沙はその手に掴まれており、握り潰されそうになっていた。
「あぁぁあ゛あ゛あ゛!」
「魔理沙! このッ……!」
魔理沙を掴む手の手首に向けてお札を飛ばす。このお札も先程と同じもので、爆発を起こしてダメージを与え、魔理沙を掴む手を緩ませた。
その手が痛みで魔理沙を離すと、直様落ちてくる彼女を受け止めた。彼女の体には力が入っておらず、気を失っていた。
すると、手が伸びてきた方からこちらに近付いてくる足音を耳にする。魔理沙を壁へと靠れさせ、倒したばかりの想起もその近くに運ぶ。そして、彼等を守るようにして結界を張る。この結界は内側から出られるが、外からは入れないモノになっている。
こうしてするべき事を色々と終え、こちらへと向かってきていた人物と対面する。驚くべきことに、相手は少女で赤髪に赤い瞳。赤い部分は怠惰の感情の炎の象徴なのだろう。
「よくぞ私の隷を倒しました……えぇ、褒め称えてやってもいいでしょう、巫女風情よ……」
「私は巫女風情なんかじゃないわ。正真正銘の巫女、幻想郷の可憐なる巫女——博麗霊夢よ。よーく覚えて起きなさい。相手が少女だろうがなんだろうが、親友を傷付けた罪は重いわよ」
怠そうに話してきた大きな手の使い魔。アイツから強い怠惰の感情を感じる。恐らく、悪魔なのだろう。怠い怠いと言っているが、倒さないわけにはいかない。
「復讐心に、怒り……これでは不可能です。仕方ありません。手短に終わらせるとしましょうか」
突然どこからともなく短剣を取り出し、高速で懐に入り込んでくる悪魔。斬撃を防ぐ事ができず、衣服ごと横腹に切り傷を負う。苦しんでる暇はない。次の攻撃に備えないと。
「怠いですが、名前だけでも覚えて死んでもらいましょうか。私は七つの大罪、怠惰を司りし悪魔、ベルフェゴール。正直、貴方たちがベルゼブブさんたちを倒したとは思いもしませんでしたよ。ですが……貴方は私に負けるのです!」
空中に舞う少女、ベルフェゴールは短剣に怠惰の炎を纏わせ、私の頭上目掛けて急降下する。防御をする為に、彼女に向けてお札をばら撒く。目眩しにはいいと思ったが、周りの警戒を怠ってしまった。正面から先程も攻撃された大きな手が迫っていた。私はその手に殴られ、壁まで吹き飛ばされる。
壁は瓦礫となって崩れ落ち、私は生き埋めにされる。重たい瓦礫が体に伸し掛かって動かない。ベルフェゴールは哀れむ様子で私を見下ろしていた。
「貴方は黙って私に殺されるのです……」
彼女の手に怠惰の炎が現れる。それは次第に大きくなり、掌をはみ出す程に。逃げなければ……本当に殺されてしまう。
そんな時、ベルフェゴールに異変が起こった。彼女の腹部に、一本の刀が刺さっていた。
「獄炎刀ニズヘグ……お前が悪行を積んでいるほど、火力が上がる」
その刀を投げたのは、先程倒した想起だった。突然の事にベルフェゴールは対応できず、痛みに耐えられずに吐血する。
想起は更に追い討ちをかけ、彼女の腹部に刺さる刀の柄の上に力一杯乗り掛かり、その反動で刃は彼女の胴体を真っ二つに焼き斬った。その光景に、思わず私は口に手を当てた。
「そんなに怠いなら直ぐに終わらせてやるよ」
「あぁ……憤怒に満ちている……怒りに……怒りに怒りに怒りにィィイ!」
グチャ……と生々しい音が聞こえたかと思うと、ベルフェゴールは跡形も無く焼け朽ちていた。寧ろ、あの状態で喋れていたのが気になったが。
想起は悪魔の青い血を振り払ってから刀を収め、瓦礫に動きを封じられている私に近付いてくる。そして瓦礫を退けて、手を差し伸べる。
「あり、がとう……もう大丈夫なの?」
「平気だ。こちらこそ、礼を言う」
想起は深々と頭を下げた。それにしても、この男もなかなか大胆な事をするものね……正直、目を疑ったわ。
「——って、何してるの?」
「この子は俺が運ぶ。危険を顧みず、俺たちを助けに来てくれたんだろう? これぐらいはさせてくれ」
想起は魔理沙をヒョイっと担ぎ、入って来た門へと足を進ませる。どうやら、入り口はあそこだけだったらしい。それにしても、悪魔……ベルフェゴールはかなり狂った人物だったけど、他の悪魔もあんな感じなのかしら……みんな無事だといいけど……




