第118話 嫉妬との戦い
突如現れた嫉妬の感情の炎を拳に宿す女性。その女性が現れた事によって駆け付けた幻真と桃花は、お互いに睨み合っていた。
すると、その女性がいた後ろ——即ち門。そこでは、紅魔館の門番である美鈴が彼らの様子を伺っていた。
それに気付いた女性——嫉妬の悪魔はニヤリと口を動かし、美鈴の元へとゆっくり近付いて行く。
「美鈴、逃げろ!」
何か良くない事が起こるかもしれないと察した幻真は、咄嗟に叫ぶ。
美鈴が走り出すと同時に、悪魔はバケモノ並みの速さで美鈴の正面へと回り込む。
幻真は超技術の縮地を使用して一気に悪魔の元へと行き、真神剣を振りかぶって悪魔に斬りかかる。
しかし、悪魔の力もまたバケモノ並みであり、飛び込んで来た幻真を真横に吹き飛ばしてしまった。
幾多もの木に激突するも勢いは止まらず、遂にはそこから見えなくなるほど、遠くへと飛ばされた。
その様子を、歯を食いしばって見ていた桃花。そして、その目の前で信じられない事が起こってしまう。
悪魔は美鈴を逃さないように捕まえ、その体へと乗り移ってしまった。
美鈴の様子は一転し、禍々しく、先程悪魔から感じていた感情を感じ取る。
「いいねぇ……私好みの肉体だ」
試しに体を動かす、悪魔が乗り移った美鈴。すると、またもや不可解な事が起こる。
突如として、その美鈴の体の動きがピタリと動かなくなってしまった。それと同時に、桃花の体も動かない。否、動かない事すら彼らは自覚していない。
どこからか指をパチンッと鳴らす音がしたかと思うと、美鈴の周囲には大量のナイフが配置されていた。
彼女はそのナイフを華麗なステップと共に避ける。そして、直ぐに辺りを見渡した。
「私はここよ」
その声は、美鈴の直ぐ後ろで聞こえた。美鈴は咄嗟に回し蹴りをするも、その攻撃は呆気なく躱される。
「幻符『殺人ドール』」
美鈴と戦闘を行う者——咲夜は、スペルカードを発動する。彼女の周りに巨大なナイフを大量に配置した後、それを美鈴に向かって飛ばした。
だが、その攻撃をモロともせずに悪魔が取り憑いたことによる身体能力向上もあってか、それらのナイフを蹴りによって防いでしまった。
その様子に驚いた咲夜は一瞬焦るが、隙を与えないようにして動き回る。そして、別のスペルカードを発動させた。
「『咲夜の世界』」
そのスペルカードが発動された直後、周囲の時間を完全に停止させる。その効果時間は、約五秒。その間に、できる限りのナイフを美鈴に向けて一方的に放つ。それらのナイフは一定距離で止まり、効果時間が過ぎると、再び時が動き出した。
美鈴の周りに配置された大量のナイフは、彼女に向かって浴びせられる。彼女の姿は一瞬にしてナイフによって埋め尽くされ、姿が見えなくなった。
「やったのか……?」
疑いながらも、呟く桃花。しかし、まだ完全には仕留められていないことを二人はわかっていた。
その刹那、美鈴に浴びせられたナイフは一瞬にして周囲に弾き飛ばされる。そして、咲夜に向かって猛烈な勢いで距離を詰める。
突然の出来事に、咲夜は掌を正面に突き出し、己の能力を駆使して時を止める。
「無駄だ!」
一瞬、時が止まったかと思いきや、時間の止まった世界に咲夜以外の者、即ち悪魔が"時破り"を行い、時間停止空間へと侵入する。
咲夜はその者に殴り飛ばされ、近くの木へと激突し、気を失ってしまった。
笑みを浮かべる悪魔。すると、悪魔がいた場所を何者かが通過する。そして、その場所に風による斬撃が吹き抜け、美鈴の体を斬り刻んだ。
その正体は、超技術——神風である。縮地で高速で移動した後、その移動した場所が風による斬撃で吹き抜ける技術。縮地以外にも、他に二つの超技術を併せた技である。
「いいねぇ……そうこなくっちゃ!」
その台詞を吐き捨てるように言って美鈴の体から抜け出した悪魔は、先程攻撃をしてきた人物——幻真を飛行して追いかける。その行き先は、霧の湖。
幻真が止まると、悪魔は少し間合いを取って同じように停止。幻真は悪魔に対して振り向き直し、お互い向かい合った状態になる。すると、悪魔が口を開いた。
「私は嫉妬の大罪を司りし悪魔、レヴィアタン。あんた、あのベルを倒したんだってね?」
「……正確には俺ではないが、まあそうなるな。因みに俺は幻真という。名乗られたからには、名乗り返さないとな」
そう言いつつ、礼儀の正しさを見せる幻真。レヴィアタンは気分が高揚したのか、大笑いする。その様子を、表情一つ変えず幻真は見ていた。
「悪魔ってのは……笑うのが好きなのか?」
幻真の質問に対してレヴィアタンは笑うのを即座に止め、目線を幻真に向ける。
その視線は、幻真に威圧感を与える。しかし、幻真は怯まない。寧ろ、対抗するかのようにして鋭い視線をレヴィアタンに向けた。
その様子に再び笑うレヴィアタン。すると、幻真の興味を引く事を一つ言った。
「もし私を倒せたら、あんたに取って得をする事を一つ、教えてやろう」
ピクッと反応する幻真の体。その様子に、またもや笑みを漏らすレヴィアタン。しかし、幻真は取り乱さない。半信半疑ながらも冷静な口調で、悪魔に問い返す。
「それは本当か……?」
悪魔は否定する事なく、笑みを漏らしたまま軽く頷く。それを確認した幻真は、先手必勝と言わんばかりに縮地と、物体が何もない空間を高まった脚力で蹴り、それにより起こった風で何もない空間を歩く超技術——空歩を応用して、宙に浮かぶレヴィアタンの目前へと迫る。
しかし、彼は甘く見ていた。この悪魔を。
レヴィアタンの目前へと迫った幻真は、脚全体を棒のようにピンと伸ばし、高まった脚力で勢いよく空間に振って剣を持たずして斬撃を発生させる超技術——斬脚を行う。だが、それは落下位置を予測する事が難しいため、尽く攻撃は躱される。
その攻撃により空いた隙を突き、レヴィアタンは幻真に突撃し、首を絞める。幻真は踠き苦しむ。その握力、正にバケモノ。あらゆるモノを簡単に握り潰してしまう程。
幻真は必死に抵抗するも、泡を吹く。遂には意識が無くなり、幻真の首は簡単に潰されてしまった。
「なんだ、呆気ない——」
一瞬油断したレヴィアタンだったが、直ぐに背後から迫る何者かに気付き、その者が飛んで来た位置に合わせ拳を振るう。
その者とは、先程殺めたはずの男——幻真。彼は蝶月破を右手に持ち、レヴィアタンの裏を取ろうとしていた。しかし、それは失敗に終わり、己の身を守る為自身の刀で攻撃を防いだ。
だが、反動が大きかった。レヴィアタンの背後——つまり湖側から攻めたため、幻真はそちらの方へと飛ばされて湖の中へと沈む。
「幻真!」
声の主、桃花は咲夜や美鈴の安全を確保するため一度紅魔館へと運んでから、幻真を追いかけてきた。
彼の武器、刃が桃色の小刀である桃式刀を右手に具現化させ、レヴィアタンへと正面から斬りかかる。
当然、レヴィアタンは攻撃をさせないため、その攻撃に対応して拳を振るう。
しかし、目前にいたはずの桃花の姿は消え、彼はいつの間にかレヴィアタンの背後へと移動していた。さすがに対応しきれず、レヴィアタンの背中は斜めに斬り裂かれてしまう。
「おのれぇ!」
レヴィアタンが悔しがったかと思うと、彼女の手の中に球体となった水が現れる。
その水に嫉妬の緑の炎が纏わって、あっという間に球体の水が変化した。
流石に危機感を覚えた桃花は、緑の炎を纏った水が地面に投げられた瞬間、空中へと逃げた。そしてその水は一瞬にして発熱し、その一部分を緑の炎の海へと変えた。
「畜生……こうなったら、私も本気を出すとしようかしら」
悪魔は悔しみながらも、地上に降りて右手に両側に刃が付いた戦斧を出現させた。更に、その戦斧に嫉妬の緑の炎を纏わせ、大きく振り回して地面に落とした。
すると、その部分を中心にクレーターが出来上がる。そのクレーターから広がる割れ目から、嫉妬の炎が流れ出て火柱を上げた。
この炎の近くにいてはいけない。そう悟った桃花は、火柱が上がる場所からできるだけ距離を取る。
「中々鋭い勘してるわね。でも、私は嫉妬を司る」
上がる緑の火柱は、急激に向きを変えて折れ曲がり、桃花の元へと直進する。この炎に例え掠った程度でも触れてはいけない。瞬時に避けるが、その緑の火柱はレヴィアタンによって操られ、向きを変えて追撃を続ける。
ふと、桃花はある事を思い付く。次に曲がって避けた直後、進行方向をレヴィアタンの方へと変えた。
不吉に笑うレヴィアタンの元へと飛んで行く桃花。目前まで迫ると、瞬時に上部へと避ける。このままいけば、火柱はレヴィアタンへと直撃する。桃花の考え通り、事を運べた。しかし、現実はそう甘くない。
桃花が上部へ逃げた瞬間、別の火柱によって挟み撃ちされてしまう。その距離、僅か数メートル。
勢いも付いていた為、咄嗟には避けられない。このままではマズい。だが、成す術なく目を閉じた。
しかし、彼は生きていた。傷一つ付かず、何の変哲も無かった。彼が目を開けると、見覚えのある男の姿が映った。
「わりぃ、待たせたな!」
先程湖に沈んだ男——幻真は幻力を解放し、幻重結界を展開して桃花の身を守っていた。
幻真は桃花に向かって振り返り、ガッツポーズを送る。桃花はその様子に微笑した。そして、幻真にある事を囁く。
「——わかった。だが、良いのか? 結構強力だから、巻き込まれたら元も子もないぞ?」
「ボクを嘗めてもらっちゃ困るよ。それじゃあ、おっぱじめようか」
その言葉と共に、桃花は高速でレヴィアタンとの距離を詰めて右手に持っていた桃式刀で斬りかかる。しかし、テンポ良く攻撃は躱されていく。
そのパターンの攻撃を見透かしたレヴィアタンは、あるタイミングで小刀を持つ桃花の右手に向かって蹴りかかる。だが、蹴りかかられる寸前で小刀を空中に投げ、その蹴りを何も持たない右手で防ぎ、空中に投げられた小刀を左手で回収して逆手持ちする。
「貰った」
左手に小刀を握った直後、瞬時に動いてレヴィアタンの左太股を斬り裂く。
すると、レヴィアタンは突然斬られてしまった左足の力が抜けて、膝を突いてしまう。その様子を見た幻真は感心していた。良い動きだと。
桃花の持つ小刀——桃式刀の能力は、対象の斬り付けた部分の力を吸い取り、桃式刀の使用者——つまりは桃花の力へと変換するといったもの。その為、レヴィアタンの左太股から下の力が吸い取られた事により、膝を突いてしまったのだ。
空かさず桃花は方向転換をして、レヴィアタンの方へと振り返る。そして高速で距離を詰め、戦斧を持つ右腕へと斬りかかる。
「私を……嘗めるな!」
途轍もない気迫と共に戦斧を振るって、桃花へと斬りかかろうとする。桃花は咄嗟に逆手持ちした小刀を攻撃がくるであろう自身の中心へと持って来て、攻撃を防ぐ。同時に、重い一撃だったため、後方へと飛ばされてしまう。
しかし、桃花はそのまま飛ばされる事なく、足に体重を掛けて急ブレーキによって留まる。そして、レヴィアタンへと高速で突きの形で直進する。
流石にこのまま吹き飛ばされるであろうと油断していたレヴィアタンは対処しきれず、桃式刀の刃の部分が心臓付近に突き刺さった。
だが、レヴィアタンが倒れる事は無かった。そのまま桃式刀の柄を握る桃花の手を掴み、逃さないようにする。
「奇遇だね。ボクも同じ事を考えていたんだ」
シュルシュルと音を立てて現れるツタ。それは柄から出ており、桃花の握る手の隙間から出てきて桃花の手と共にレヴィアタンの手を抑える。
「なっ……おまえ!」
「やれ! 幻真!」
レヴィアタンは桃花が叫んだ幻真の方へと視線を向ける。なんと、彼は二人に向けて攻撃を繰り出そうとしていた。
「ま、待て! どんな技を繰り出すかは知らないが、お前の仲間がどうなっても知らないぞ!」
「それは承知の上だ、悪魔。それに、ボクをそんなに嘗めないでくれ」
「トドメだ! 幻符『春幻冥』!」
幻真から放たれたのは、マスタースパークと同等の大きさを持つ無色の極太レーザー。
レヴィアタンは必死に踠いてツタを振り払おうとするも、上手くいかない。極太レーザーは、どんどん近付いてくる。
遂には、そのレーザーがレヴィアタンを飲み込み始め、そのタイミングを見計らって桃花はツタを解放し、桃式刀と共にその場を離脱する。
取り残されたレヴィアタンは、叫びながらレーザーへと飲み込まれていく。対する幻真は、気合と共に叫んでいた。
叫ぶレヴィアタンはレーザーと共に爆発。幻真は爆風と爆煙に見舞われ、腕をクロスして被害を防いだ。
数秒経って、爆煙が止む。レヴィアタンがいたであろう場所には、何も残っていなかった。
先程レヴィアタンの身動きを捕らえていた桃花が幻真の横へと現れる。現れるなりして、何も残っていないと思われたレヴィアタンがいた場所を指差した。
「あれは何かな?」
言われた幻真は、その場所を目を凝らして見る。其処には、緑の炎の魂のようなものが浮いていた。
それに近付こうとする幻真。しかし、それは危険だと止める——見知らぬ人物。
咄嗟に見知らぬ人物から距離を取り、それぞれの武器を構えて警戒する。だが、どうにもその人物に見覚えがあった。
「霊夢か? いや、それにしてはスタイルが違うな……」
その人物は、黒いアンダーウェアに博麗の巫女服を身に付ける少女。すると、彼女はお祓い棒を取り出して右手に持つ。更にその先から霊力をビームソードの様にして出現させた。
そして、緑の炎の魂に目掛けて振り下ろす。
だが、それは切断される事なく、突如現れた禍々しい手によって受け止められる。
「無駄よ、悪魔」
ビームソードの刃は、ジリジリとその手を焼いていく。ジュウ……と焼ける音と共に手は切断され、そのまま魂ごと貫通して、同様に切断された。
その様子を見届けた幻真は、ある事を思い出す。
「そういえば、こいつから情報を聞き出そうとしてたんだった」
「やめといた方がいいわよ。こいつは大嘘吐きだから」
彼女の言葉に、目を点にした幻真。それを聞いて、桃花は言う。
「誤情報を聞かなくて済んだね。というか、悪魔を信用するのは不用心すぎる。それに——君は一体?」
少女に対し、質問する桃花。すると、彼女は先程まで束ねていたポニーテールを解き、髪を下ろす。そして、やや上から口調で自身の名前を名乗る。
「博麗霊奈よ。山神に、龍使いね」
名前は知らなかったものの、自分たちの正体を知っている事に驚きを隠せない桃花と幻真。
すると、霊奈と名乗る少女は幻真のズボンのポケットを指差す。
幻真はゴソゴソとポケットを漁り、何があるのかを確認する。それは、以前霊妙から授かった霊力の籠もったお札だった。
「そのお札を貴方に渡すように、彼女にお願いしたの」
「なるほど。それで、このお札の効果って?」
幻真はそのお札を興味深く観察する。霊奈はそのお札を幻真の手から取り、正面に素早く投げた。
すると、そこには前方百八十度に広がる円状の結界が展開される。幻真は目を輝かせた。
「私が作った数ある内のお札の効果の一つ、前方結界符。今見てもらった通りの効果よ。ある程度の攻撃は防げるけど、さっき貴方が放ったレーザーは防げるか微妙ね」
うんうんと頷く幻真。その話を聞いて、桃花はある事を問う。
「それで、君はボクたちの仲間で、一緒に戦ってくれるのかな?」
その質問に彼女は即答した。
「断るわ」
「えっ⁉︎」
あまりにも早い回答に、驚きを隠せなかった幻真。しかし、霊奈は続けて話す。
「でも、条件が一つ。この面倒くさい事が終わったら、私と勝負しなさい。貴方、以前より強そうだもの」
鋭い目付きで幻真を指差し、宣戦布告した。その要求に、幻真もまた戸惑う事なく回答した。
「もちろんだ! 俺も強いヤツと戦うのは好きだしな! それに、こんな頼もしい助っ人が仲間になってくれるんだし——」
「悪いけど、直接は干渉できないわ。この幻想郷のパワーバランスを乱しかねないから」
その言葉に、桃花は確信を持つ。彼女はこの世界の住人では無いことを。
「それは残念だけど……わかった。約束は守る。それで、何か情報を持っていないか? 悪魔についてとか」
問われた霊奈は、少し頭を悩ませる。そして、ある事を教えた。
「知っていると思うけど、大罪の感情を司る悪魔は七人いる。その中で一番極悪で、気をつけるべきなのは"堕天使ルシファー"よ。彼女は傲慢すぎる故に、手段を選ばない。それじゃあ、私はこれで」
「え、あっ——」
まだ何か聞きたそうだった桃花は、空に飛んでいく霊奈を渋々見届けた。




