第116話 色欲に飲まれし者
〈幻真〉
さて、準備も済ませた事だし、向かうとするか——
——妖怪の山に。
なぜ妖怪の山に向かうのか。その理由は、数分前の出来事にある。
刹那、悠飛のもう一人の友人、千代春を保護したとの情報を文から得て、安心していた矢先。文から得た情報はそれだけでなく、一枚の古紙を渡された。
その古紙は、千代春のことを伝えるために飛行している最中、どこからか飛んできたとのこと。俺の名前が書いてあったため、持ってきてくれたようだ。
目を通すと、その古紙にはある一文が綴られていた。内容は、妖怪の山——守矢神社へ来いとのこと。用件は不明。だが、差出人が誰なのか、俺にはなんとなくわかった気がした。
紅魔館を出発し、空を飛行すること数分。前方に、まるで俺を待っていたかのようにして自分の知る人がいた。
「霊妙さん。その手に持ってるのって……」
「ええ。貴方の愛用する真神剣と短刀よ。貴方、これからどこに?」
「守谷神社です。大事な用がありまして……」
「そう。わかったわ、気を付けて。後これを……」
霊妙さんに渡された物——それは、霊力が強く込められたお札だった。
「護身用よ。何かあれば使って。きっと役に立つと思うから」
俺は感謝の気持ちを込め、彼女に礼をしてその場を去った。
「……聞きたかった事があったけど、この異変が終わってからでいいかしらね」
妖怪の山の麓に着いた俺は、早速山を登って行く。以前来てから時間はあまり経っていないため、守谷神社への道は覚えている。飛んでいっても良かったが、万が一の為。地上から向かう事にした。
特に何も無く、ようやく神社の鳥居が見えてくる。その鳥居を潜り、目前としたのは黒地に木の葉模様の着物を身にまとった幼子の人物。
「……桃花」
いつに無く気味が悪く、不可思議にニコニコしている。そして、見開かれた目は桃色に染まり、色欲の感情となっていた。
「幻真さん……」
隣付近から聞こえる女性の声。そちらを見ると、腹部に傷を負い、口から血を吐いている、この神社の巫女、早苗の姿があった。
「早苗!」
俺は直様早苗に駆け寄ろうとする。しかし、それを桃花は行かせまいと立ち塞がる。突風が起こり、自分の体は木に激突し、深傷を負う。
そこで攻撃は止まなかった。瞬時に桃花は目の前へと移動し、己の手に武器を持ち、俺の頭を掴んで持ち上げ、腹部に武器を刺した。
「カハッ……!」
「いいねぇ……甚振られてる君の姿……最高だよ。ああ……もっと……もっともっともっと!」
桃花の感情は昂り、色欲の炎は強くなる。そして、次々と俺の体を刺し刻んでいく。次第に俺の意識が遠ざかる。段々痛みを感じなくなり、力が抜けていく。遂には、自分の体は動かなくなってしまった。
「なんだ、呆気ない。君もボクには及ばなかったと……」
桃花が後ろを振り向いた直後、彼の腹部には刃が刺さっていた。
「あ、グフッ……」
「幻真、さん……?」
「ふぅ〜、あっぶないあっぶない。幻影を用意しとかなかったら、完全に死んでたな〜」
そう、あれは俺自身では無く、俺の幻影……つまりは偽物。刺し殺された俺の幻影は光の粒子となり、消えていった。
「ったく、グロい殺され方をしたもんだ。いくら洗脳を受けてても、流石に怖いぞ」
桃花の腹部に刺した真神剣を抜き、桃花は地面に倒れる。彼に近寄ろうとしたその時、感情の炎が荒ぶった。
「なんだ⁉︎」
「幻真さん、離れ——」
「——うぐっ」
自分と早苗を守るようにして幻重結界を展開。今の爆発は危なかった。咄嗟に幻力を解放し、この結界を展開したわけだが……
「見るにも絶えない姿になっちまったな」
醜い姿……異形というわけではない。さっきと容姿は変わらない。だが……とても禍々しく、色欲にのまれてしまいそうだ。
それに、彼は……なんだか笑顔だ。気持ち良さそうに、ずっとニコニコしている。
すると、彼はスッと手をあげる。そして指を何やら動かしていた。一体何をして……
「もしや……!」
「蛇符『神代大蛇』」
後ろを振り返った時には、既に遅し。早苗が唱えたスペルカードによって、出現した大蛇に体を踏み潰された——はずだった。閉じた目をゆっくりと開き、目の前の光景に驚く。自分の目前には、二人の人物が立っていた。
「悪いねぇ、幻真」
そこには、青髪の女性と、市女笠に目玉が付いた特殊な帽子を被った金髪の少女がいた。
「ちょっと厄介な術を喰らっちゃってね。そのせいで早苗が人質にされてしまった」
「君は少し休め。ここは私たちに任せるんだ。行くぞ——相棒」
青髪の女性、神奈子の掛け声により、金髪の少女、諏訪子と共に早苗と桃花の元へと走って行く。
桃花は姿を消し、その場所に残ったのは早苗のみ。向かってくる二人に向けて、早苗はスペルカードを唱えた。
「秘術『グレイソーマタージ』」
早苗を中心に星が出現し、周りに拡散する依存型の固定弾幕を出すスペルカード。それを無から宙に浮かんだ岩石が創造され、その上を渡って二人は弾幕を躱していく。
「早苗! 今助けるからね! 祟符『ミシャグジさま』!」
諏訪子の放ったスペルカードからは、米粒弾の交差弾がひたすら全方位に放たれる。非常に避け辛そうな技である。
「筒粥『神の粥』」
更に神奈子も追い打ちをかけ、赤と紫の楕円弾を波紋状に高速で飛ばす。早苗は避ける素振りを見せず、それぞれの弾幕に被弾した。
刹那、起こった煙の中から桃花が諏訪子に向けて小刀で斬りかかる。
咄嗟のことで対応できなかった諏訪子は、成す術なく斬撃と共に吹き飛ばされ、木に激突。それを目撃した神奈子が攻撃に入ろうとする。しかし、今の彼を止める事はできなかった。神奈子は地面に叩きつけられ、瀕死状態へと至る。
「そんな……!」
その光景に、つい声に出てしまう。ニコニコと笑う、狂気と色欲に飲まれた桃花。俺はこのまま倒される訳にはいかない!
「安らかに眠るといい——なっ、グハッ‼︎」
「アクセルソード……『隼切』!」
アクセルモード3の赤と金のオーラを真神剣に纏わせ、時空すらも斬り裂く圧倒的速度の二段攻撃を行った。しかし、隼切を使ったため極度の疲労に襲われる。だが、そんなのに屈している場合ではなかった。
アクセルモード3の状態となり、自分の体には赤と金が混じったオーラを纏う。斬り裂いた桃花の方へと向き直って構えの形を取り、地を蹴って斬りかかる。
桃花も圧倒的反射速度でその攻撃を受け止め、腹部に弾幕を撃ってくる。だが、超技術の肉鎧によって攻撃を咄嗟に防いだ。
一旦間合いを空けてそれぞれ距離を取ると、桃花が小刀を持たない反対の手で地面に腕を貫通させる。
何をするのかと、警戒しながら見ていると、その手には異形の触手が纏わり付いていた。その手をこちらに向けると同時に、触手が伸びる。横に飛んで攻撃を躱すが、直ぐに動きを変えて追尾し、俺の横腹を貫いた。
「あがっ!」
尖った触手は横腹を貫通し、大穴を作っていく。次々と襲いかかってくるその触手は、もがき苦しむ俺の体のあちこちを貫く。骨を砕くほどの貫通性能。俺の体は穴だらけと化す。しかし、その俺の姿は消え——
「でえぇぇあぁ!」
桃花の背後から真神剣を振り上げ、斬りかかる。だが、咄嗟に対応されて俺は光の粒子となって再び姿を消す。
「次はこっちだ!」
声の位置は、空の方から。真神剣に暴食の感情の炎を纏わせ、真っしぐらに斬りかかる。
その攻撃を桃花は小刀で受け止めるが、それは喰らい尽くされて捕食されてしまう。
残した勢いで落下。桃花の身体を頭から勢い良く斬り裂いた。
「そん……な……」
桃花は力無くその場に倒れる。その様子を見た俺は真神剣を鞘に収めると、力が急に抜けて膝を突く。
「ふぅ〜、一時はどうなる事かと思ったが、なんとかなってよかった。だが、体を真っ二つに斬ってしまったのはマズかったか」
僅かに残った力で立ち上がる。ふと思い出したかのように、倒された神奈子と諏訪子の方に目をやる。二人の姿はなく、気を失っている早苗を回収していた。
「私たちのことなら大丈夫だ。だから、お前さんは一刻も早くこの異変を止めてくれ」
神奈子にそう言われ、強い意志を持って大きく頷く。いつの間にか体が再生していた桃花を担ぎ、星満点の空へと飛び立った。
その夜空の上で先程の戦いを見ていた悪魔、暴食を司るベルゼブブは、飛行する幻真の前へと立ちはだかる。
「この感じ……もしや悪魔か」
「御名答。よくぞ隷を倒した。そして、気に入った。貴様の体、頂戴する」
幻真の目の前に立ちはだかったベルゼブブの姿は消え、辺りを探す幻真。すると、身に異変を覚えた。
「何かが入ってきて——」
気付いた時には既に遅し。幻真を中心に、暴食の紫の炎が半径十メートル程の大きさで球状にして広がった。




