第104話 この命に代えてでも
霧の湖の先にある館——紅魔館へと到着する。何も構ってはいられない。これ以上の犠牲を……俺のせいで出したくないんだ。
美鈴は門にいなかった。考えられるのは館内での取り込み中。無許可だが、勝手に上がらせてもらおう。
エントランスは異常がなく、咲夜が出てくる事もなかった。まさかと思って焦るが、ボロボロになったこあが、息を切らしながらこちらに気付いてやって来た。それも、腹部に重傷を負って。
「幻真さん……大変なんです……妹様が……妹様が……!」
「無理に話すな。傷が痛む。他の奴は居ないのか?」
「地下で……お嬢様とパチュリー様、咲夜さんが必死に抑えようとしていて……美鈴さんが……薬師を連れてくるはずなんですが……」
なに、まだ永琳は来ていないのか。入れ違いが起こったか。彼女らがここに到着するまでに用を終わらせよう。これ以上の被害を出すわけにはいかない。
『そのとーり。これ以上厄介毎をされると、ボクも困るんだよね』
この声は……ニュクスの野郎か? 直接脳内に話しかけてきているようだが、あの少女といい、フランといい、お前はそこまで力を欲するのか?
『フフ……残念ながらボクの洗脳を使って、暴走化をさせられちゃったみたいでね。ボクはそこまで乱暴はしない。いずれそいつらと戦う事になると思う』
そいつら……一体何者なんだ……
『と言っても、キミの御友人たちは気が早いんだけどね。まっ、なんにせよ、自分の力で何とかすると良いよ。死のうがなんだろうが、また新しいのを作れば良い。はっきり言って、キミは感情を持ち過ぎた失敗作そのものだからネ』
失敗作……か。俺はまだ作られたとは思っちゃいない。例え無駄だとしても、悪足掻きしてみせる。
楼観剣と白楼剣を両手に持ち地下へと向かう。待っていてくれ、みんな!
懐かしいな。俺が初めて立ち会った、あの紅霧異変の時。紅魔館に入って、霊夢と魔理沙と離れ離れになって、俺はここに飛ばされた。そして、幽閉されていたフランドールと出会った。
真紅に染まった瞳は、とても美しかった。そして、弾幕ごっこも楽しかった。死にかけたが、後悔はしていない。ああ……また君を助ける事になるんだな。
扉を開けようとしたその時、爆風によって壁ごと吹き飛ばされる。
砂埃が止むが、俺は瓦礫の下敷きになっていた。その近くには、神槍グングニルを持ったレミリアの姿があった。
「遅いわよ。咲夜とパチェは既に戦闘不能。私も、いつまで保つことやら……」
落とした両刀を拾い、レミリアの横に立つ。見上げたその先には、狂気の紅い瞳から青い血を流し、自我を失い、首を傾げてこちらを見ているフランがいた。
彼女は口を大きく動かして笑い、空へと飛んで行く。俺とレミリアは、彼女を追いかけた。
フランと向き合うようにして上空で立ち会う。本物の彼女は、ここにはいない。全てを飲み込まれ、自我を失い、そして……苦しんでいる。助けたい。いや、絶対に助ける。
「レミリア、いざとなったら逃げてくれ。俺がなんとしてでもフランを助けるから」
「貴方一人に押し付けられないわよ。だって、あの子は私の大切な妹なんだから」
気持ちは同じって訳か。なら、全力でぶつかるのみ。フランも全力できてくれよ。
縮地によって空間を超高速で移動し、二刀による攻撃を繰り出す。しかし、それは炎を纏ったレーヴァテインによって受け流される。彼女の片手に作られた青い弾幕が腹部に当てられそうな時、レミリアが突撃して注意を晒した。
レミリアに放たれた青い弾幕は、彼女の槍によって弾かれる。直後、槍と杖がジリジリと火花を散らした。
レミリアは怒り、フランは笑う。距離を開けたレミリアは、一枚のスペルカードを取り出して宣言した。
「天罰『スターオブダビデ』」
レミリアはレーザーを展開しつつ、丸弾とリング弾を発射する。しかし、それは起きた。彼女の能力、"ありとあらゆるものを破壊する程度の能力"によって弾幕が破壊されたのだった。
歯を喰いしばるレミリアに対して、フランは一気に距離を縮めて杖を振りかぶる。しかし、寸前の所で俺が召喚した暗黒龍がレミリアを庇った。
武器を使った後に、空かさず雷龍と水龍による攻撃が繰り出される。しかし、目による気迫だけで二匹とも破壊されてしまう。
俺はレミリアを庇って後方へ下がる。やはり、山で出会った彼女にこの能力が付与されていたのか。しかし、能力を付与だなんて考えにくい話だ。そして、元の能力の持ち主であるフランが使う事により威力も増すだろう。
どうしたものかと考えていると、レミリアが何か案を伝えて来る。
その案とは、フランは眼差しと拳による二通りの"破壊"があり、まず暗闇による目潰しで視界を奪い、その後レミリアが両腕を抑えて破壊の能力を防ぎ、そこに最大の攻撃を撃ち込む。
フランの姉であるレミリアからは、手荒な真似をしてしまうがなんとしてでも救いたい。そんな気持ちが強く伝わってきた。
これは、俺が大きく関わる出来事。決して見過ごすことはできない。自分の体のことなんて心配していられない。この愛する幻想郷の為に。
ふと、俺は思い出す。それは、永琳さんから繋がる事。ずっと前に、ある薬を渡されていた。その薬とは、魔力を体の奥底から引き出す薬。いわば魔力増強剤。一歩間違えれば、恐ろしいことになると言われたあの薬。
幻力は今、先程飲まされた謎の液体を無効化する為に使っている。あと使える力は、霊力と魔力のみ。連戦続きで、体力共に消費している。長続きはさせられない。
その薬を、少量口にする。すると、体の奥底から魔力が湧いてくるのを感じた。
「幻真、何を飲んだの?」
「魔力を体の奥底から引き出す薬。こう見えても俺は連戦続きでよ。早くケリをつけたいから飲んだ」
レミリアは心配そうな表情を見せたが、俺が大丈夫だということを笑って伝えた。彼女は溜息を吐いて、こちらに視線を向ける。両者頷き合い、フランへと視線を向けた。
先程消された暗黒龍を再度召喚し、俺の周囲を飛ぶ。そして、楼観剣と白楼剣を構えていつでも飛び込めるようにする。
レミリアも槍を構え、機会を伺う。
フランは杖を持っている手の反対側に、青い炎を帯びた弾幕を出現させる。次の瞬間、それは握り潰され、青い液体が流れ出た。
その時、俺は体が震えた。もしや、あの時飲まされた謎の液体の正体なのかも知れないと。
「ちょっと、どうしたのよ?」
心配するレミリアに耳は傾けれず、体が硬直する。落ち着け……幻力がある限り反応は起こさない。
深呼吸を一度、二度した時、俺は口から血を吐いた。腹部にはメラメラと燃える杖が突き刺さっていて、その身は抉れていた。
「かはっ……」
『ゴメンね、幻兄。私だって、こんな事はしたくないのに……』
脳内に響き渡る、フランの悲しみが表れた声。目の前には、脅威に晒され杖を刺すフランの姿。俺はそのまま、刺さった杖を抜かずに、ゆっくりとフランに近付く。
歯を喰いしばり怒りを見せるフランだが、俺は彼女を優しく抱き寄せた。嫌がる彼女だったが、俺は逃げれないように強く抱き締める。
「辛かっただろう……もう、楽になろう……」
優しく耳元で囁く。すると、抵抗が無くなり、彼女が寄ってくるのを感じた。
「げん……にぃ……」
彼女を離す。俺の名前を呼んだ彼女の目には、大量の涙が溜まっていた。正気に戻った事に安心し、俺はその後、気絶してしまった。
『——龍使い、聞こえるかい?』
この声は……あの時の場面と同じだ。俺が眼を覚ます直前、語りかけていた人物の声。
『まだ思い出せていないのか。まあ、名前を明かすつもりはないよ。なんせ、以前にもこの様な形で君に会っているんだから』
永遠亭で目覚めた時より前の出来事? それはいつだったか……
『無理に思い出さなくていいよ。でも、君の友人に変わりはないかな。さて、僕たちは今、謎の異空間の先にいる』
謎の異空間の先? もしや、それって……
『そう。トーナメント戦が繰り広げられた時だね。あの強者たちからあらゆる事を教わったのは、それに備える為でもある』
そうだったのか。怪しいとは思っていたが、そんな理由があったんだな。それで、今の状況はどうなってるんだ?
『意外にこの空間が広くてね。手こずってるってトコかな。まあ、僕が君の脳内に直接語っている事を知っているのは、一名のみなんだけどね』
その一名、何となく察しは付く。とは言っても、なぜ俺を連れて行かなかったんだ?
『うん? そこは察しが付かなかったかい? 君という存在がいなくなったら、この世界を守るのは誰なんだい?』
そうか、そういう事か。本当にお前たちに任せて大丈夫なのか? やはり俺も行った方が……
『それは万が一の時。その時まで、君はもっと力をつけるんだ。それじゃあ、僕は行くよ。頼んだよ、龍使い——』
〈レミリア・スカーレット〉
フランが正気に戻ったと同時に幻真が気を失った。その着後、医者の永琳を呼びに行った美鈴が戻って来た。
直ぐに私たちは手当てを受ける。重傷を負っていたこあだったが、命に別状は無かった。
そして幻真だが、永琳が強張った顔で発言した。
「幻力を使ってしまったのね……」
「幻力って何よ?」
「彼は幻術を扱うために必要な幻力を宿している。でも、それは体に大きく負担をかけている。だから使用を拒否させていたんだけど……継続して少量使ってるみたいだけど、数時間前に大きく使ってるわね」
数時間前……? そういえば、幻真は連戦続きでここに来たって言ってた……どうして……どうしてそこまで無理をして……
「……あら? 魔力増強剤も使っていたのね。でも、魔術は結局未使用だったみたいだけど」
魔力増強剤って、あの変な薬の事かしら? でも、予期せぬ事態が起きたせいで攻撃する事は無かったわね。
それにしても、どうしてあんなに私たちのために必死だったのかしら。もしかして、何か隠していたり……起きたら問い詰めないとね。成り行きで協力して貰ってたわけだし。
もちろん、感謝の気持ちを込めて。




