第1話 始まる物語
初めまして、狼天狗です。以後お見知りおきを。
今回から東方人獣妖鬼を投稿させていただきます。先の展開を予想しつつ楽しんで読んでもらえたら嬉しいです。
それでは、どうぞ……
とある青年が、森の中をさまよっていた。
「くそっ、いったいここはどこなんだよ!」
その森は、彼にとってまったくの見覚えがない場所である。なぜここに来てしまったのか。その形跡を辿ってみるが、手掛かりは一つもない。
辺りはすっかり暗くなり、視界が悪い。とても危険だ。何かに遭遇しても、おかしくはない。
そんなことを考えている彼の目の前に、誰かが飛び出てきた。
「あんた、ここで何してるの?」
飛び出てきたのは、ひとりの少女。彼女は袖がなくて肩や脇の下が露出した赤い巫女服を着ており、模様と縫い目入りの大きな赤いリボンを後頭部に結んでいた。
「そ、それが、いつの間にかここにいて……なんでここにいたのか自分にもわからないんです」
その巫女は何か思い出そうとする様子でアゴに手を当てる。とりあえず、夜は危険だから泊まっていけと、彼女は青年に言った。そして、彼は歩き出した彼女の後を追いかけた。
しばらく歩くと、暗さゆえに視界が悪くて見えなかった石の階段を彼は目にする。階段と言うだけで、一息吐きそうだ。
「……登るんですか?」
彼は半信半疑で問いかける。聞かれた巫女は、返事をすることなく登っていく。彼もまた、後に続いて登っていった。
ようやく登り終えた彼は、鳥居とその奥にある建物を目にする。おそらく、神社だろう。彼は記憶を頼りに断定し、巫女の待つ建物へと歩いていく。
「あがって」
彼女が建物の中へあがった後、彼もまた中へとあがる。
「あんた、人間よね?」
彼があがったのを見た彼女は、よくわからない質問をする。問われた彼は疑問に感じながらも、質問に答えた。
「はい、人間です。あなたも――ですよね?」
答えた彼もまた、彼女に質問する。質問しなくても、答えは明白であったが。
「そうよ、私も人間。この神社の巫女をしているわ。それと、ここの結界の管理もね」
結界の管理とはどういうことだろうと、彼は思った。だが、わからないことが多すぎたため、彼は問うのをやめた。そのかわり、彼が一番疑問に思ったことを彼女に問いた。
「ここはいったい、どこなんですか?」
彼女は障子を開けて答えた。
「ここは『幻想郷』よ」
そこから見えた夜空には、綺麗な星と明るい月が浮かんでいた。
「私は博麗霊夢。博麗神社の巫女であり、博麗大結界の管理をしているわ」
彼女の自己紹介から、彼は結界の管理についての意味を理解する。しかし、なぜ巫女が管理しているのかという疑問も生まれてしまったが、なんでも聞くのはやめようと、質問を止す。そしてもうひとつ得た情報が、この神社の名前――その名は、博麗神社。
「霊夢さん、よろしくおねがいします」
「敬語はやめてくれる? 堅苦しいから」
彼は敬語を拒否された。
「次はあんたの番よ」
自分の番だと話を振られた彼は、自己紹介をしようと名乗ろうとするが、どうも喋らない。無理もない。彼は記憶を失っていたのだから。
「……名前を思い出せない?」
「はい。思い出そうとしても、頭の中にモヤみたいなのがかかって――」
「敬語はやめてって言ったでしょう?」
彼女は不機嫌そうに彼を見て言う。彼は小さく頭を下げて謝った。
彼女は溜息を吐いた後、困った表情を浮かべた。色々と考えた挙句、彼女は外へと出ていく。外はすでに明るくなり始めていた。ここへ来るまでに、だいぶ時間がかかったのだろう。
外へ出て少し歩いた彼女はその場で口を開き、大きな声で叫んだ。
「ゆかり〜!」
彼女がだれかの名前らしき言葉を叫んだかと思うと、何やら空間が裂けてスキマのようなモノが現れる。そして、その中から人が出てきた。
「うわぁ!」
彼は驚き、地面に尻餅をつく。無理もない。空間が裂けて、そこから金髪ロングに毛先をいくつか束にしてリボンで結んだ、霊夢よりやや高めの身長の少女が出てきたのだから。
「呼んだかしら? 霊夢」
「珍しいわね。起きてるなんて」
彼は遅い時間だからかと思っていたが、その後に霊夢が言ったいつもなら半日ぐらい寝ているという事実に驚いた。まさか半日も寝ている人だとは思ってもいなかったからだ。
「気分的によ。それで、彼はだれ?」
さきほど現れた少女が彼を見て言う。それに気づいた彼は、慌てて立ち上がる。
「彼、記憶を失ってるみたいなのよ」
霊夢が困った様子で少女に言った。
「私は何も知らないわよ」
少女も原因がわからない。霊夢と彼は、またもや困ってしまう。困り果てたすえに、霊夢は口を開いた。
「とりあえず、喋りにくいから名前を付けてあげましょ。そのほうがいいと思うの」
彼は名案だと思った。自分で付けるのは遠慮し、付けてもらうことにした。
「そうねぇ……『幻真』とかいいんじゃないかしら? 特に理由はないけれども」
「幻真……いいわね。それじゃあ、よろしくね。あ、私は八雲紫。幻想郷の管理者よ」
名付けられた彼――幻真は、またまた驚く。幻想郷の管理者だなんて、結構重大な役目じゃないか⁉︎ しかし、管理者とはいったいなにをしているのだろう。疑問を抱く彼だが、それは胸の中にとどめておいた。
「紫さん、よろしくおねがいします」
幻真は頭を下げる。紫は笑って言った。
「そこまでしなくていいわよ。それじゃあ、私は寝てくるわね」
彼女は裂けた空間の中へと姿を消した。彼女が消えた後、幻真が霊夢に聞いた。
「紫さんって、人間じゃないのか?」
「ええ。正確には、スキマ妖怪ね」
――スキマ妖怪か。
どうやら、幻想郷には人間だけが住んでいるわけではなさそうだと彼は考える。さらなる疑問で埋め尽くされていく彼の頭の中だったが、一度それらのことは置いといて、あるひとつの疑問に焦点を絞って尋ねることにした。
彼は大きく深呼吸をして息を整え、落ち着いた様子で彼女に問いかけた。
「幻想郷のこと、もっと詳しく教えてくれないか?」
彼女は彼の頼みを承知するように頷いてから、中へと戻った。
ここから起きる様々なできごとを、彼も含めて想像できたものなど、だれひとりとしていなかった――