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小説とか創作とか

小説を書くうえでの天動説的な

作者:神崎 創
 こんなキャッチコピー、目にしたことはありませんでしょうか?

「世界の存亡を賭けて」
「世界を滅亡から救うために」

 ハリウッド映画の告知などによく見かけるかもしれません。
 主人公ないしヒーローやヒロインが困難や悪と戦いながら地球あるいは世界を救うストーリー。ちまちました恋愛ものなどとは違って、とても壮大です。まあ、決して悪くはないと思います。
 ところがこういった作品、観賞しながら「あれ?」と思うことがあります。
 例えばハリウッド映画だった場合、まずもってヒーローとヒロインがアメリカ人。
 アメリカの映画だからそこはいいとしても、クライマックスの世界を救うシーン、あるいは悪のラスボスを倒すシーンはなぜかアメリカのどこか。ひどいのになると、物語がどこかの一都市の範囲だけで進行していく。舞台もさることながら主人公の仲間達。人種に若干バリエーションはつけていてもやっぱりアメリカ人。
 つまり、世界の存亡がかかっているといっても、結局はアメリカ中心にストーリーがまとまってしまう。
 世界を賭けた戦いがアメリカだけで完結してるのですか?
 私などはツッコミを入れたくなります。
 映画についてさらに言えば、ハリウッドだけではありませんね。
 邦画にも似たケースがあります。小説の大賞から映画化された、某ホラー作品。
 悪役(お化けというかモンスター)が人類を滅ぼすとか宣言しておきながら、結末では病院を一棟占拠しただけで終わっている。
 人類はあと六十億人以上いるんですけど……と、ツッコミを入れずにいられません。


 いえ、ハリウッド映画だけを取り上げてツッコむつもりはありません。
 昨今のアニメについても同じことがいえます。
 世界がどうしたこうしたという要素をはらむ作品、十中八九が局地的にしか描かれていない。
 映画はハリウッドを例にとりましたが、日本製(言い直しましょう。原作が日本のもの)アニメの場合は典型的に日本中心ですね。
 主人公は日本人。しかもだいたいが中高生。ヒロインも当然女子の中高生。仲間も日本人の男女中高生。アメコミだとアメリカ人になるだけで、そのあたりは発想として変わりがないようです。
 ここまで述べてみてふと気付くのですが、そうすると戦隊ヒーローなんて典型的ですね。
 地球を支配しようと企むなんたら軍団と戦う正義の戦隊何とかレンジャー。
 悪の軍団がサバンナに現れたからといってアフリカに出張したりしたことがあるでしょうか?
 五人一括の必殺技を食らって倒れたはずの一話限り単発怪人が巨大化し、足元で逃げまどっているのはいつも日本人。大勢の金髪白人が「Oh! No!」とか叫びつつ逃げているシーンを見たことがありません。
 だいたい、というか九十九パーセント日本で戦っていらっしゃいますね。悪の軍団、世界各地に手を広げる要員も経費もないということでしょうか(笑)
 これって「事件が起こるのは名探偵の周り」原則に酷似しているような気がします。


 いえ、いいんです。
 アニメや特撮ヒーローが日本限定でどうこうしようと、それはまあそれです。番組製作経費の都合もあるでしょうし。あの有名な変身ヒロインの女の子達の戦場がいつも町内であろうと、知ったことではありません。
 大事なことは、我々が小説を書く上でそのこと(=テーマだけが大きくて、具体性が伴っていない矛盾)をよくよく考える必要があると思うのです。
 例を挙げますが、ライトノベルでトレンドのMMORPG。
 世界中で何万のユーザを擁するゲームでみんながログアウトできないとかなったら、それってものすごい数の人間が行方不明(あるいは人事不省)になるっていうことですよね。リアリティを追求するのであれば、そうした現実世界の混乱をきちんと描写するに越したことはなく、そこを置き去りにしてしまうと物語としての精度は著しく粗いといえなくないでしょうか。このジャンルの先駆け的なあの某有名作品、秀逸なのはそこが仔細に描写されている点であると、そういった評を読んだことがあります。
 あるいは、冒頭に挙げた「世界の滅亡云々」という設定の作品。これは現実世界に限らず創造世界(=ファンタジー)にも同じことがいえるでしょう。
 世界がいかにやばいかを端的に表現するには、世界各地で起こっている現象を描かなければ説得力はありますまい。世界を滅ぼす力を持った魔王、世界存亡のカギを握る魔法あるいはアイテム等々。それらが作用することで世界各地に影響を与えているといった描写がなければ、例の活動範囲日本限定特撮ヒーローと異なるところがありません。世界はどうした? ってことです。
 視点をうんと広げて描写するのは、楽ではないかもしれません。きっと、大変です。
 しかし、それをあえて書ききればこそ、その作品に具わった「世界を左右するなにがし」という主題が現実的に活きてくるわけですね。
 主人公を中心にしたシーンばかり描いても、小さくまとまった物語にしかならない。
 主人公中心に回る世界。つまり「天動説」ですね。
 私はこの天動説に対して否定的です。主人公をはじめとする物語の視点が、世界の動き、動乱、混乱という大きな潮流の中で翻弄されつつそれに抗うものであればこそ読み手に「ハラハラドキドキ」を与えられるわけです。もっとも、最近は読み手の思い通りになるキャラやストーリーが好まれる風潮があるとかで、なんだかなぁ、と思わなくもありません。
 それはさておき、大きなものを描こうと思ったら、それなりに視点を大きく取らなければ「矛盾」に支配された作品しか出来上がらないように思います。テーマだけが大きくて、物語そのものはちまちましてしまうという矛盾。そういう作品、読んで面白いと思ってもらえるでしょうか。
 じゃあお前はいったいどうなんだと問われれば、私もそんな壮大なストーリーなんて書けません。だから、書かないのです。何度かトライしましたけれども、やっぱりそのスケールに呆然とし、筆が進まなくなりました。
 最近の出版タイトルを眺めると、そのあたりよく練られたものが多いように思えます。
 きちんと矛盾なく完結できるように考えられていますね。
 ただスケールだけ大きくすれば良いというものでないことだけは確かです。
 世の中の広さを体感したければ、電車に乗って一、二時間も揺られながら遠くへ行ってみましょう。

「ああ、疲れた。世の中ってこんなに広かったっけ」

 そう気付かされるのではないかと思います。
一点、補足しておきます。
この手の文章を投稿すると、まず一件や二件「とはいえ、あなたが仰っていることに当てはまらない作品もあるではないか」的な指摘が寄せられます。
あらかじめお答えしておきましょう。
それはわかってます。
個人的に感じるところの最大公約数的(この表現は微妙な部分で適切でないような気もしますが)な話を述べているのであって、上に述べたことが全てに通じる真相真理であるなどと公言するつもりはありません。

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