あの時はごめんね。あと、ありがとー…それから
ヴァニラは惶真達にこの村での、あの出来事が起きた出来事を話し終えた。
そのヴァニラの話を聞き終えたあと、ヴァニラの母であるリムルは、
「そうだったの。ふふ、私は誇らしいわ。ヴァニラが優しく立派に育ってくれて、私は嬉しいわ。…でも、ごめんなさいね、ヴァニラ。私がもっと早くにでもヴァニラに人間と獣人との間にある確執をもっとしっかりと教えておくべきだったわ。本当にごめんね。つらい想いをさせて…」
友を助ける為に自分の正体を曝け出す結果となったが、自分の娘が優しく友を救う勇ましさに誇らしさを感じるのと同時に、獣人族に対して人間がどう思っているか、それをしっかり伝えていなかった己の甘さ故に娘につらい経験を与えてしまった事にリムルはヴァニラの頭を撫でながら謝る。
リムルは当然人間が獣人族に向けているものを知っていた。特にこの大陸では特に、自分達獣人族を奴隷、まるで物の様に扱い蔑んでいる事実に。
ただ、リムルは知ってしまっていた。人間のなかにも自分達獣人族に対して偏見や蔑みを持たない人間もいるという事を。
それがリムルの今は亡き夫にしてヴァニラの父だった人物だ。
「お母さんが謝る事ないよ!何も悪い事なんてないよ!悪いのはお母さんに教えてもらった、『人前で”擬装“を解いてはいけない』、って約束を守れなかった私だもん!」
悲しい表情で謝る母にヴァニラは慌てて母は何も悪い事は無いと声にする。
以前物心付く頃に、自分でも“擬装”を掛けられる様になった日に、家族以外の人前での“擬装”の解放はいけないと教わった。
その時のヴァニラは、亡き父がよく語ってくれた『ヒーローの様に正体は隠すもの!』くらいの認識だった。
約束通りに今まで決して人前で正体を露顕させる事もなく、優しい父や今まで友だと思っていた友人と過ごせた事で、しかも運よく獣人族に対する風当たりを目の当たりする機会もなかったことから人間に対する認識も甘さがあったと言えたのだ。
御互いに謝り合うリムルとヴァニラの親子。
そんな2人にマナとカナが声を掛ける。
「ヴァニラもリムルも何も悪い事なんてないよ!だってヴァニラはただ友達を助けようとしただけでしょ!友達を助けるのは悪い事なんかじゃないよ!」
「マナの言う通りなの。2人は悪くないの。悪いのは二人の優しい心を踏みにじろうとしたこの村の連中なの!」
マナとカナはヴァニラの話を聞いて怒りを覚えていた。
その話がかつて自分達を“呪い子”として村から追い出された経験を思い起こさせるものだったからだ。
理不尽に悪意を振り翳す者。
2人は赦せない気持ちで一杯だった。
カナなんかは「“再生”する価値もなかったの!」と声にすらしていた。
普段大人しげで優しいカナにしては珍しいと言えた。
ヴァニラはそんな風に怒りを露にしてくれるマナとカナに嬉しさと一緒に罪悪感を得ていた。
それは申し訳ないと言う気持ちだった。
なぜならそれは自分のした事が同じであったからだ。この村の連中と同じ。
マナトカナの2人は自分の正体が露顕するリスクより友達を救うのを優先させた事に間違いはなかった。しかも思いを共有すらしてくれた。
なのにヴァニラはあの時…2人の、マナトカナの正体が人敵の種と恐れられていた魔人族だと知った時に畏怖の感情をマナとカナに向けてしまったのだ。
その時の事がずっとヴァニラの心に罪悪感があったのだ。
だからこそとヴァニラはマナとカナに感謝と謝罪を述べた。
「その、ありがと、マナ、カナ。2人が怒ってくれたのはすごく嬉しいの。…その、ね。改めてなんだけど、ごめんなさい!」
「えっ?」と不思議そうな表情のマナとカナ。どうしてヴァニラが謝って来るのか分からないといった風である。
リムルはヴァニラがどうして2人に謝っているのか理解した。
理解した際に「子供に教えられてからなんて親としても一人の人間としてもまだまだですね」と思う。リムルも娘に倣う様にマナとカナに謝罪する。
「そうですわね。私もゴメンナサイね、マナちゃん、カナちゃん」
リムルにまで謝られますます「?」が2人の頭に浮かぶ。
そんなマナとカナに「あはは」と苦笑しながら話し掛ける。
「本当にごめんね。私達ね。あの時、2人の正体を…魔人族だって知った時に、そのね、…2人の事を魔人だからって事だけで怖がっちゃったから」
「ヴァニラの言う通りです。私達は自分達受けた偏見を、その自分達が受けたものをお二人にぶつけてしまったの。だから、ごめんなさいね」
自分達がされた種族に対する差別や偏見を、結果的に一緒の事をしていた事実と言う罪悪感。
謝られた理由を聞いてマナとカナは「仕方ないわ『の』」と慌てた様に手を振って自分達はもう気にしてないと2人に告げる。
その様子にリムルとヴァニラの2人は、種族は違えども自分達と同じただの女の子にしか見えなかった。
*
リムルとヴァニラによる謝罪を聞いたあと。
ヴァニラはそう言えばと、先程からずっと静観している惶真に視線を向けた。
視線を向けると、惶真は何やら口元に手を添えながら考え込んでいる様子だった。
ヴァニラは何か気になる事でもあったのか?と惶真に声を恐る恐ると言った感じに掛ける。
どうしてか自分に優しくない惶真に声を掛けるのはヴァニラには勇気がいるのだった。
声を掛けてもあしらわれるだけかもしれないと思ってしまうのだった。
「…そのぉ、お兄さん。どうかした?何か気になる事でもあるの?」
「ん?」と自分に声を、どこかビクッとした声の主であるヴァニラに惶真は視線を向ける。
視線を向けると何故かまたビクッとなるヴァニラ。ヴァニラの黒い兎耳もピンと立つ。その姿に「オドオドした奴だなぁ……兎耳か…モフモフなのだろうか」とか考えていたりする惶真だった。
「…ああ、すまん。なんだ?」
「えっと、ね。何か考え込んでるみたいだったから、その、気になる事でもあったのかなぁと」
「ああ、それか。まあ幾つか気になる事があったかな」
「気になる事?」
「それって何なの?」
「それは、まず一つ目だな。村の端にあるあの森。あの森には基本魔物はいない筈。特にヴァニラが行った森の奥の泉には」
「えっ…」
出会ってから初めて自分の名前を呼んでもらえた事に気付き嬉しそうなヴァニラ。嬉しさに合わせその頭のウサ耳がピコピコ動く。そんなヴァニラを微笑ましそうに笑みを向けるリムル。
(お兄さんが私の名前を呼んでくれた。……うん、呼ばれた事ない、よね。ふふふ~)
(あらあら、ヴァニラったら嬉しそうに、ふふ)
惶真の質問にリムルが答える。
「そうですね…私が知る限りですけども、今まであの森に、特に奥にある泉に魔物が出没するという話を耳にした事はありませんでしたわ。もしそのようなお話がありましたら村の誰かが気付いていたはずですし。あの森には獣もいますので猟師の人も何度か入っておられた筈ですし」
「フム…確か魔物は森の隣にある【迷宮ガルダ】に生息しているはずだったか」
「ええ。この村周辺よりも迷宮の方が高い魔素を有してますから。魔物も迷宮から出てきたりする事は無い、はずですわ」
「そうか、教えてくれてありがとう……リムル、さん」
「ふふっ、リムルと呼んでくださいませ。私も貴方の事をオウマさんとお呼びいたしますので」
「……そうか。なら今後はリムルと呼ぶことにするよ」
表情に出さず何気ない風に装っている惶真だが、内心ドキドキしていたりする。
惶真としては、リムルは唯一自分を認めてくれていた美柑に似通っている女性なのだ。
異性としての感情は持っていなかったが、どこか憧れに似た気持ちがあったりしたのだ。
惶真も別人と頭では理解しているが、呼び捨てで呼んでいいと言われ嬉しく思ってしまうのだった。
“マスターもチャントシタ、ニンゲンダッタノデスネェ”
(どういう意味だっ、この馬鹿剣!…まあいい、ついでだしお前にも聞いておくか。リムルが言ったように魔物って迷宮から出て来ないのか?確かに港町からこの村まで魔物の気配は全然なかったけど?)
“イエス、マスター。コノタイリクデハ、キホン魔物はマソニアフレタバショ、メイキュウヲコノンデセイソクシテイマス。ユエニソトニデル、トイウコトハホボナイハズナノデス”
(…そうか。しかし大陸事情にも明るいとか変わった【剣】だな、お前は。まあ今後も頼りにしてるから頼むぜ)
“マスターカラホメラレマシタ/テレテレ。コンゴもヨシナニデスマスター♪”
【剣】と意志疎通を行い、【剣】の持つ知識を確認した。
ホントよく知っている不思議剣と思う惶真だった。
そして何やら考え事に耽るような様子の惶真に不思議そうな表情を浮かべるヴァニラだった。
「次にヴァニラに確認するがいいか?」
「う、うん。いいよ」
「それじゃ2つ聞く。まずだが、ヴァニラ、お前は何処で戦い方を学んだんだ?」
「へっ?」
「普通の…お前くらいの年?の、まして女の子が初めて対峙した魔物によく物怖じせず挑めたな。怖くなかったわけ?」
惶真自身初めてこの世界に転移して最初に出会った、聞けば震え上がるであろう魔物【ダイノボッド】と対峙し特に想う事なく切り捨てた事実を棚に上げてヴァニラに尋ねる。
「えっと、その、あの時の魔物は確かに怖いと思ったよ。怖いと思ったけど、それ以上にあの時は二人を助けなきゃ!、て思ったの。あの二人を、友達を守るって思ったら恐怖が薄れたんだと思う」
「ほぉ…勇敢なものだな。……アレを思い出して、とかでもないようだな…」
「えっ?(…思い出す?)」
惶真は”心眼“で得た可能性かと小声で呟く。その呟きは本当に小さいものだった。
マナもカナもリムルも恐らく聞き取れていない。そんなレベルだったのだが、どうやらほっそりとではあるがヴァニラの耳には届いていたようだ。
不思議そうな表情を浮かべるヴァニラ。
そんなヴァニラを余所に惶真は次の質問を続ける。
「それで、戦い方についてはどうなんだ?誰かに武術のイロハでも教わったのか?まさか我流で魔物を倒せたって事なのか?」
「えっと、戦い方?うん、私、特に教わったりしてないよ。一応私の我流になると思う、かな」
(物怖じしないところとか、戦い方を心得ている所とか、こいつも不思議なやつだな)
「ああ、さっきの話を聞いて感じたが、確か跳び蹴りを繰り出したんだよな?それもかなり跳躍して繰り出した蹴りを。空を跳ぶってのは意外と戸惑うもんだと思うんだが?実際俺も初めて跳んだ時は、戸惑ったもんだぜ」
「あの時…私達が出逢った時の事だね」
「そうなの、私達と御主人様とが出逢った運命の時なの」
惶真が初めて戦闘した時、ダイノボッドを倒した時を思い出していた。自分の得た圧倒的な身体能力。自分でも思った以上…あの時はダイノボッドの持つ相手のステータスを大きく削る能力“恐怖”の影響もあってなお予想以上の跳躍に若干戸惑っていたりした。
そしてマナとカナはその時の惶真との出会いに笑みを浮かべあう。
惶真の質問に、ヴァニラはこう答えた。
「う~ん、もちろん怖いとは思ったよ。けど、あの時はただ、あの二人を助けないと!って事しか考えなかったから。あとね、私、飛ぶのに特に怖いということもなかったの。むしろ私飛ぶのが何でか心地よいと感じてたりするの。夢でも見るくらいに…」
ヴァニラはよく夢を見る。その夢は差異はあるが殆どの場合が”空を飛んでいる”と言うものだった。しかも、その夢の中で自分が今より大人の姿で、よく覚えていないのだが不思議な服をまとっていたりした。
(なんでだろう…お兄さんを見てると、不思議なんだけど、親近感?既視感?がある気がするのよね。特に私と同じ黒髪にあの深い黒の瞳が特に…)
「それにね、高い所って、私、怖いこともないの。よく皆と一緒に木登りしたり、木々を跳び回ったりしてたりしたんだ」
「あら、この子ったら、女の子がスカートでそんなことをしてたなんて、はしたないわよ、まったく」
「あっ…」
しまったという表情を浮かべるヴァニラ。どうやらリムルには内緒にしていたようだ。
それから、どこかおっとりした雰囲気のあるリムルが、どこか凄みのある笑みを浮かべつつヴァニラに説教をした。
リムルに怒られ涙目になり反省するヴァニラ。その様子になんだか震えるマナとカナの2人。そして、「意外だな~」「まあ、母ってそんなものか」と苦笑する惶真だった。
ちなみに惶真もマナもカナもリムルの説教を止めたりはしなかった。
とばっちりが来てはと言う恐怖感からだった。
「うぅ、次からは気を付けますぅ…」
「本当ね?もう、お転婆に育って……誰に似たのかしら?」
「……おい、もうその辺でいいだろ?元気に育ってる、良い事だと思うぞリムル?」
「アラ…お見苦しいところを、見せてしまいましたわ。話の腰を折ってしまって、ごめんなさいね」
「気にするな」
「うぅ、お兄さん、ありがとぉ…」
「だから、気にするな。母親とは子を思う時はそんなもんだからな」
惶真が間に入り小言を終えさせた。
ヴァニラは小声で惶真に感謝を伝える。
惶真も苦笑しながら、かつて生前の母に怒られた経験を思い浮かべ、気にしなくていいとヴァニラに伝えた。
「…せて、話を戻すが、先程のヴァニラの話に出て来た“獣氣”って具体的にどんな技能なんだ?」
次の話題に移る惶真。
”獣氣”
名前から獣人族特有の技能だとは思うがどの様な力かもう少し詳しく知りたいと思った。有効活用できるならこの”獣氣”も自分の”変性”の力でものにする気なのだ。
惶真の問いにヴァニラが答える。
「う~とね…こう、バーンと体の内にある自然の力を体に纏ってゴーと相手にぶつけるものだよ!」
「………意味わからん」
「あと、使うとすごく疲れるんだ!」
「………全くもって意味わからん。…嘗めてんのかぁ!」
「ひう!?だって~」
ヴァニラの抽象的で意味不明な説明に声を荒げる惶真。
怯えたように身を竦ませるヴァニラ。
『アハハ…』と苦笑するマナとカナ。
惶真は『ハァ~』とヴァニラに呆れた様に溜息を付くと、『アラアラ~』と苦笑しているリムルに話の矛先を変える。
「すまんがもっと分かり易い説明がほしい。コイツじゃ意味分からんから、リムルが教えてくれるか」
「はい。分かりましたわ。私に分かる範囲でよろしければ、ですけれども」
「頼む。少なくともコイツよりはマシだと思うからな」
「うゥ、名前で呼んでくれなくなった…グスン」
「あはは…ドンマイだよ、ヴァニラ」
「…落ち込まないでなの、ヴァニラ」
名前でなくコイツ呼びされた事に落ち込むヴァニラ、そしてそんなヴァニラを慰めの声を掛けるマナとカナだった。




