取り敢えずここに泊まるか…しかし似ているな
カナの恩恵魔法”再生“によって死んだ人間が生き返る(魂はないので生ける屍とも言う)奇跡を起したあと。
惶真はふと空を見上げると、空が曇って来たのに気付く。「雨か?」と呟いた瞬間、ポツポツと雨が降り始めた。
「わわ、雨が降って来た!」
「うう、濡れちゃうの!」
「あらあら濡れてしまいますわね」
「お母さん、風邪ひく前に家に行こう」
「そうね。皆さんもよければ家までどうぞ。助けて頂いたご恩もありますから」
「……まっ、仕方ないか。世話になろう」
迷宮『ガルダ』に挑戦する前に色々無茶な魔力消費をした事もあり、すぐさま挑むのは難しいのと、さらに雨も降って来た事もあり、迷宮には明日に挑戦すればいい、と判断した。
惶真は一晩この兎獣人親子の家に滞在する事にした。
マナとカナの2人も賛成してくれた。
特にカナは惶真からの魔力共有による補填があったが、それでも大規模広範囲の”恩恵“魔法の行使で多くの魔力を消費したことに変わりなかった。
なので、惶真の提案に賛成した。と言うより一刻も早く雨宿りしたいのが本音であった。
+
一晩泊まる方針を定めた惶真達に汚れはあるが綺麗な白い長い髪に、その頭部に髪の色と同じ兎の耳をしている女性。黒髪の子供の母であるリムルの泊まりの提案に惶真たちは了承し、一晩リムルとヴァニラの家の世話になる事になった。
リムルとヴァニラの先導にて雨が本格的に振ってくる前にと急いで2人の家に向かう。
その際に、『剣』が伝えてきていた“違和感”を確認する為に、”心眼”をヴァニラを対象に使った。その結果――。
(……成程な…面白いな……――とはな)
「?」
+
案内されたリムルとヴァニラの家は白い半球状のレンガ細工で作られた物だった。
他の家の形状も同じなので、この集落ではこの形状が主流の様で他の家も大小の違いはあるがほぼ似た様なものだった。
雨も強くなってきたので早速家に入る。
扉から入るとまずリムルが人数分のタオルを取りに行く。最初は小雨だったがいつしか本降りとなったので4人は雨で濡れていたのだ。そう4人である。その4人とはマナ、カナ、リムル、ヴァニラの事である。
惶真は雨に濡れていない。
それは”水耐性”を持っていたので、能力を展開し身体を水を弾く膜を作っていたのだ。その膜が雨を弾いてくれていたのだ。
そして、リムルがタオルを持ってきた。
「はい、此方で拭いて下さい。はい、ヴァニラ。あなた達もどうぞ…あれ?」
「ありがとお母さん」
「どうもありがとー」
「どうもなの」
ヴァニラ、マナ、カナの3人はリムルからタオルを受け取り濡れた部分を拭いて行く。
3人にタオルを渡したリムルは惶真にもタオルを渡そうとして疑問が浮かんだ。
それは惶真が殆ど雨で濡れていない事だった。
「ああ、俺にタオルは不要だから気にしなくていい。それより自分をもっとしかっり拭いた方がいい。その透けているぞ」
「えっ、きゃ…!」
惶真に指摘され可愛らしい小さい悲鳴を上げるリムル。
顔を赤くしながら惶真から視線を隠しつつタオルでふき取っていく。
そんな様子をマナ、カナ、ヴァニラの3人はジト目でいた。
+
「と、とりあえずまずお風呂で体を温めましょう。濡れて体が冷えていますでしょうし、風邪をひかないように体を温めましょう」
「そうだな。俺は濡れてないからお前たちが先でいいぞ。まあ汗を掻いているから風呂には入らしてくれると助かるな」
「ふふ、分かりましたわ。では先にヴァニラと確かマナちゃんとカナちゃんが入って。流石に4人は狭いですから。先に入ってきて」
「えぇ、お母さんが先の方がいいよ!私あとでいいから」
「お客さんを風邪を引かせる訳にはいかないわ。それにあなた、森に行ってたのでしょ?服も汚れてるみたいだしね」
「うぅ、分かった…2人はこっちに来て。お風呂に案内するから」
ヴァニラはリムルに諭されマナとカナの2人に声を掛けた。
そう言われたマナとカナがふと此方に目を向けているのに気付く。どこか期待の籠っているように気がした。
おそらく自分と一緒に入りたいとか言いたいのだろう。2人は惶真に依存傾向にある。出来る限り惶真の傍にいたいと言う気持ちが強いのだ。
3人だけならまあ気にしないのだが、今回はさすがに遠慮させる。
マナとカナの背を軽く押しヴァニラに続くように促す。
物凄く残念そうだった。
+
リビングの椅子に座りながらお茶をすする。
今マナ、カナ、ヴァニラの3人が入浴している。なんだか楽しそうな声が聞こえてくる。どうやら打ち解けた様だ。
風呂を終えたマナとカナはお揃いの以前まで普段着として着ていた修道服を着ていた。お風呂で暖まりホクホクとさっぱりしていた。
ヴァニラはノースリーブにスカートと言う出で立ちだ。ちなみに獣人族の証である兎耳が隠していない。此方もホクホクと暖まっていたようだ。
次にリムルが風呂場に向かう。
此方を気にしているのか、自分が先でいいのでしょうかと考えているようだが、少し前にリムルヴァニラに言った言葉をそのまま返しが促した。
暫くしてリムルが風呂から出てくる。もっとゆっくりでもいいと思ったが、惶真を気にし早めに出たのだろうか。それでも暖まったのか湯気が立っていた。
湯上りにタオルで髪を拭くそのリムルの仕草に思わず見入てしまう所だった。
「どうかされました?」
「…いや、何でもない。それじゃ俺も借りるとするよ」
「はい。オウマさんが入っておられる間に夕食の準備をしていますので、ゆっくりどうぞ」
リムルの食事の準備と言う言葉を聞いて思わずビクッと硬直しつつ訊ねた。
「……アンタが作るのか?」
「ええ、そうですが?…やはり獣人の女の料理は嫌ですか?」
何やら悲しそうな表情を浮かべるリムルに、惶真は慌てて獣人うんぬんは気にしていない事を伝える。惶真はただ別の事を考えていただけだからだ。
「いや、そう言う訳じゃない……まあ、別人だし……」
「?」
(まあ、別人だし……んぅん、でも、美柑さん料理下手だったからなぁ~不安がちょっとな…)
髪の色が違う。美柑さんは日本人らしい綺麗な黒髪をしていた。リムルも綺麗なすらっとした髪だが、白い髪なのである。
性格も違う様に思う。
美柑さんは私生活以外ではしっかりした人だ。惶真が唯一信頼できる人と言う事から信頼に値する人なのだ。優しさと、時には厳しさを併せ持つ人だった。他の親戚連中は惶真を毛嫌いしていた中で美柑だけが善の心から接してくれていた。
(……心配してないと、いいな…)
「?」
惶真の憂いの含んだ表情にリムルは不思議気な様子で首を傾げていた。
リムルも美柑さん同様に優しさと包容力を持って居る様に思う。ただ、辰のある様だが普段はおっとりとしている様に思える。
……しかし、似ている。
背丈から顔のつくりまで本当に似通っている。当然種族が違うので耳は違うが。
この様な出会いでなく、すれ違いで出会った時にもしかすると想わず名を呼んでしまうかもしれないくらいだった。
(まあ、いいだろ。気にし過ぎだな。ただ似てるだけ……)
「どうしたの、お兄さん?…お母さんがどうかした?」
「いや、何でもない」
そう苦笑しつつヴァニラに言うと風呂のある場所に向かった。
ヤハリ温かい湯に浸かれるのは良いもんだった。
+
「お兄さんは此処使って。マナとカナはこっちだよ」
風呂を終えた後、食事の準備にもう少しらしく今日泊まる部屋をヴァニラに案内されていた。
まず惶真が休む部屋に案内された。
案内された部屋には棚が沢山置かれており、色んな本がみっしりと保管されていた。
机にベッドもあり休むだけなら問題はなさそうだ。
惶真としては文句のない部屋なのだが、マナとカナは不満で一杯と言う顔をしていた。
不満の理由は惶真と違う部屋と言う為だった。
「えぇ!違う部屋なの?……オウマと一緒が良いのに!」
「うん。御主人様と一緒がいいの……」
「レディが男の人と一緒の部屋なんて駄目に決まってるよ!………はい、2人は此処を使って。2人共普段は小さいみたいだしこのベッドでもいけるでしょ?」
マナとカナが案内されたのはどうやらヴァニラの部屋のようだ。
先程の部屋と違い、女の子らしい人形やらがある部屋だ。
ベッドも小さい方だがマナもカナも、幼女の状態ならなんとかいけるだろう。
「おい、ここはお前の部屋だろ?お前はどうするんだ?」
「ん?私はお母さんと一緒の部屋で寝るつもりだよ。……さっきの事もあるし一緒にいたいから良いの」
そう言う理由なら問題はないか。
「それじゃ、後でね。私お母さんの手伝いしてるから」と言うと、ヴァニラは笑みを浮かべ母の元に向かった。
取り敢えず食事まで時間が少しあるようなので惶真用に案内された部屋でマナとカナとで、明日の『ガルダ』挑戦に関して打ち合わせをした。
打ち合わせの中「一緒の部屋……ダメ?」と可愛げのある表情をしてくるが、却下した。
ここはあの2人の家。なら家人の言う通りにするのが当然だと思うからだ。
まあ当然不満そうなマナとカナだったが…
+
「お粗末な物ばかりで口に合うかは分かりませんが、どうぞ召し上がってください」
「「「おぉ!…」」」
「ふふん♪」
用意されたのは中々美味しそうな匂いで食欲を引き出させるものだった。
美味しそうな食事を前に三者とも思わず声が漏れていた。
ヴァニラはそんな惶真達の様子に「どうだ!」と言うかのように満足げだった。
~
久々の美味い食事にありつけて満足した。
正直美柑によく似ているリムルの腕前も美柑同様にアレなんじゃないか?と危惧したりもしたが文句なしの上手さだった。
これは今後も食べたいと思わせるものだった。正直自分より美味いのではないかと思った。
今まで、両親を失ってからは自分で食事を用意するようになり、美柑は料理が出来ない事もあり惶真が作るのが殆どで、他人の料理を口にする事がなかった。
だからだろうか、両親が存命していた頃の、母の作ってくれた手料理を思い出し懐かしい気持ちになった。
食後のお茶を飲みながら一服していると、ヴァニラが親しげに話しかけて来た。
ヴァニラは食事中にも色々話しかけてきていた。マナとカナにも楽しそうに話をしていた。
どうやら、風呂に入った際に、最初は魔人族という事で少々怖がっていたが、2人が自分達と変わらない、ただの女の子だと思う様になったそうだ。3人で背中を流し合ったりと親交を深めたようだ。
「ねえ、お兄さん達は明日もしかして『ガルダ』に行くの?」
「ん?ああ、そうだが?」
「という事は、お兄さん達は冒険者になったばかりってこと?」
「ああ、そうだ。よく解ったな」
「『ガルダ』に挑まれる方は基本的に”赤”の人達が殆どなのです」
「そうなのか?まあ初心者用とギルドでも紹介されたしな」
「はい。ですが……ここ最近はあまり来る人はいませんでしたね。ですから皆さんは久しぶりのお客様という事になりますね」
これまでについて教えてやりながら話をしていて、ふと、気になった事を、特に気にする事もなく2人に訊ねた。
「そう言えばなんが、何故お前達は此処に、人間のいる村で暮らしているんだ?獣人族ってだけで迫害するような村で」
「それは…ここが夫の故郷だからです」
「旦那の?……その旦那は?」
「2年程前に病気で亡くなりました」
「オウマぁ~」
「ごしゅじんさま…」
「いや、悪い。すまん、変な事を聞いた」
「い、いえ、いいんです。もう2年も前の事ですから」
「お母さん…」
哀しげだが笑みを浮かべるリムル。
そんな母を心配するヴァニラ。
デリカシーがない!と非難的な視線を向けるマナとカナ。
軽い気持ちで聞いたのだが居心地が悪い結果となってしまった。
話を変える様に他の事を聞いた。
「ああ、悪かった。不躾だった。……それでだが、今までどうやって暮らしてたんだ?その耳とかどう隠していたんだ?」
今のリムルとヴァニラの頭にはそれぞれ髪の色と同じ兎耳がある。
今のこの村でなら正体を隠す必要はないと惶真に言われ、2人共隠していない。
「それはですね…」
リムルは目を瞑ると”擬態“を発動した。
すると、リムルの頭にあった兎耳が消え、普通の人間の様な耳に見えるようになった。
ヴァニラも同様に”擬態”して見せた。
リムル同様に普通の人間にしか見えなくなった。
「なるほど”擬態”の能力か。それなら簡単には正体がばれる事が……なんで知られたんだ?」
「それは……」
「…私のせいだよ」
ヴァニラが伏せ気味に悲しみとも怒りともいえる表情を浮かべていた。膝に置いている両手はフルフルと震えていた。
そんなヴァニラに惶真が問う。
「お前の?」
「私のせいで、知られちゃったんだ。…あの裏切り者達に!」
それから聞かせてくれた。
あの村での出来事が起きた経緯を。




