逢伝:SideEpisode…黒兎娘と白兎母
リムルとヴァニラの親子はその日、1人の人間の少年と出逢った。
その出逢いは運命の様にと後に思えた。
私達が彼に――惶真と出会ったのは、故郷の村だった。
私達の村はゲルフェニード大陸、別名を多くの迷宮が存在する事から迷宮大陸と呼ばれている場所にある。
迷宮大陸には多くの冒険者がいる。
迷宮には質の良い素材や魔物がいるのでこの大陸を拠点にする者も多いらしい。
もっとも、私達親子が住んでいる村は迷宮はあるが初級の人が訪れる様な場所にあるので、滅多に冒険者が来るのも稀なのである。
そんな私達の暮らす村に彼はやって来た。
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私達の集落は普通のものだと思う。
近くに迷宮ガルダがあるけど、魔物が集落に近付く事は基本無い。
集落で暮らす人は優しく気前のよい人達だと、あの日まではそう思っていた。
今集落の中心にて悪意で溢れていた。
村の住人の殆どがそこに集まり私達親子に悪意のある言葉や石を投げつけられたりしていた。
「よくも俺達をだましてやがったなあ!」
「薄汚い獣交じりがぁ!」
「うわ、こっち見た!なんか移ったりしたらどうすんだよぉ!」
「消えろぉおぉ!!」
村の住人からの酷い罵声が降り掛かる。
それと同時に住人から石を投げつけられる。
疲労から動けない黒髪に兎耳のある少女ヴァニラ。
そんな愛しい我が子を守ろうとする白の長い髪に兎耳の母リムル。
兎の耳が二人の頭にあった。
それは二人が人間と異なる種族である【獣人】と呼ばれるものだった。
獣人族。
人ならざる者。
人間の敵と言われている【魔人】に比べれば、人間達の扱いの差がある。
しかし、人間達による認識は獣人は【獣交じり】と忌み嫌われる傾向にあった。
特にこのゲルフェニードを支配している帝国の影響もあり著明にみられる。
リムルはその身で飛んでくる石などを、我が子を抱きしめ守っていた。
そしてリムルは周囲を取り囲んでいる住民達に必死に願う様に叫ぶ。
「…うっ!わ、私は、どうなってもいいですから!痛っ、御願いします、この子だけはぁ!」
「……お母さんっ!…」
そんな必死の叫びも住人達には届かない。
蔑み。嫌悪。
それらの感情しかなかった。
母に抱きしめられ護られているヴァニラは、
(どうして?なんでんなことになるの?私達が何かした?)
酷い罵声と言う暴言に、石を投げつけられる暴力に、それを向けてくる村の連中に、ヴァニラはただ理不尽と言う怒りを抱いた。
ほんの少し前までいつも優しくしてくれた住人達。
(なんでこいつ等は、私達を、こんなにも嫌うの?…私達が何をしたのっ?…どうしてっ!、どうしてっ!、どうしてぇ!!)
「きゃっ!、つぅ!!」
「おかあさん!!?」
村人の投げた石が、ヴァニラを庇っていた母リムルにぶつかった。当たり所が悪くこめかみ付近を打ったのだ。
リムルはそのまま意識を失った。意識を失ってもリムルはヴァニラを抱きしめ護っていた。
必死に母を呼ぶ。その間も住民たちの暴言暴行は止まらない。
ヴァニラの、私の心が怒りで真っ赤に染まっていく。
心の中、その奥から赤を超えどす黒い感情が溢れてくる。
でも今のヴァニラには何もできない。
出来事が起きる前に疲労した身体はまだ動けない。
今の自分では抵抗する力もない。
只々ヴァニラは呪った。
手のひらを返し罵声をぶつける者達に。
石を投げ痛みをぶつけて来る者達に。
自分を裏切った友と思っていた者達に。
そして無力な己自身に。
そんなヴァニラは、今は亡き父が語ってくれた物語に出てくる神様を思い浮かぶ。
それはこの世界においてタブーと言われており世界を歪め女神を誑かし残りの神に叛旗した一人の神―人々からは【魔の神】と呼ばれ恐れられている存在だった。
ヴァニラはただ祈った。
(…御願いします、魔神様ぁ!何も悪い事をしていないのに、私達を、お母さんを傷つけるコイツラに天罰を与え下さいィ!!)
心の中で強く思い叫ぶ。
たとえこの叫びが届かなくとも。
そう思いながら祈った。
その祈りは叶えられた。
自分達を虐める人間と同じ、1人の人間の男によって。
その祈りに答えたかのように、ヴァニラは村の上空に魔力が集まるのを肌で感じ顔を空に向けた。
「…な、に?…」
突如村全体を覆う程の漆黒の魔方陣が浮かび上がっていた。
その事態に村人も気付いたのか動揺し慌て始める。
「おい、なんだよあれはあ!」
「魔方陣がなんでぇ!?」
「おい!アレ“黒”の魔方陣じゃねえのかぁ!?」
見詰める魔方陣の中心に更に魔力が集束していく。そして、収束した魔力は、黒い弓矢の様であり、槍のようにも見える様に変化した。
そして変化した黒の魔法は一斉に覆う住人目掛けて降り注いだ。
荒れ霰と降り注ぐ漆黒の魔法。光速で降り注ぐ様は魔弾の如くだった。そして、降り注ぐ魔弾は、住人達を、逃げ惑う者にも容赦なく降り注ぐ。そして村中で悲鳴が響く。
逃げ惑う住人達を尻目に私は呆然とその光景を見ていた。容赦の欠片もない無慈悲な降り注ぐ黒の魔弾が一人また一人と仕留めて行く。
そんな中黒兎の少女と白兎の母には降り注ぐ魔法から外れていた。
(なに、これ…もしかしなくても、祈りを通じたの?魔神様が助けてくれたの?)
そう思っていたら、すべてが終わったのか先程までの悲鳴が嘘のように静かになった。
そこにあるのは只々血みどろの住人達の亡骸だけであった。
当然の事態にヴァニラは茫然と見つめた。
どうなっているのか?何故こんなことが?そんな事、少女にはどうでも良かった。
少女の心にあったのは「ざまぁみろ!」と言う想いだった。
「うっ……」
ハッと、ヴァニラは母の安否を思い出した。
「おかあさん、お母さん!…」
「……っ」
母は拙い状態だった。
打ち所が悪かったのもあり、何度も石を当てられ多くの傷があった。特にこめかみが問題だった。
このままでは母が死ぬ。
そう思った私は必死に助けを叫んだ。
「たすけてぇ!母を、お母さんをたすけてえ!!」
私はまた必死に叫ぶ。
私達を救ってくれた魔弾の主に向かって!
そして、少女の叫びに反応するかのように、1人の人間の少年が近づいて来る。
自分と同じ黒髪に、冷めた様な黒い瞳、黒い上下の服装からヴァニラは、その男の人をまるで死神の様だと思い浮かべた。
少女はその少年に縋った。
村の人間ではないが人間。
私達を蔑み支配しようとする人間。
だが…
ヴァニラはこの人間の男に縋った。救いを求めた。
そうすれば。
直感からヴァニラは母リムルを救えるそう感じたのだ。
「…お願いしますぅっ!!……」
これが黒兎娘ヴァニラと白兎母リムルが、異世界から来た少年、此花惶真との出会いと始まりだった。




