完璧織姫 〜The Perfect Vega〜
ちょっとと言ったな?
あれは嘘だ
少女、金喜莉奏江は天才であった。
生後三ヶ月で数多の言語を理解し、言葉を話せる頃にはネイティブ並みに流暢に話す。
数式、理論、法律、etcと、齢五までにこの世にあるものすべてをいち早く理解し、それに従って容量の見えないバキュームのように吸収していった。
当初は周りも裕福な家庭による幼児の柔軟な脳を生かした睡眠学習などの英才教育だと思っていたが、次第に事の異常性に気付き出した。
知能テストやいろいろやらされた結果、いくら金があるところの家庭教育では不可能とされ(実際には家にある本をかたっぱしから読みふけり、そこから学んだ使用法でパソコンを使い知識を広げていった)彼女は希代の天才と称された。
当然、他方面から持ち上げられた……と言うわけではなかった。
まるでこちらの考えが見透かされてるようだ。
彼女は子供では無い。
この時、すでに彼女は事の顛末を予測していた。
ウザったい取材、周りからの目線、子供とタカを括った不利益な協力、誘拐、考えられるすべて自分に不都合な事象に手を打っていた。
執拗な取材にはデマを撒いてそちらに関心をよさせ、周りとの関係はまるでそこらの子供のような演技でやり過ごし、協力や誘拐に関しては逆に脅して見せた。
結果、見事に対応しきりすべて彼女の予測通りだった。
そしてこれらすべて、十にも満たない時の事である。
しかしやはりと言うべきかそもそもそうなって然るべきか、次第に彼女はこの世界を退屈に感じてきた。一度風が吹けばそこから繋がる事象を予測しすべて的中させる、それが当たり前になってしまい彼女は物事に感情を持たなくなった。
つまらない。つまらない。
すべて自分の予想通り、新鮮さの欠片もない。
知っているから、そうなってしまうから、おもしろくもないし何も感じられない。
どこか……なにか……コレを覆す結果は起きないだろうか……。
その思いを彼女は飢餓感と理解し、新しい事象、未知の展開を次第に求めるようになり、今に繋がる奇行の数々が始まる。
それが金喜莉奏江、中学生の時の事であった。
──────────
長ったらしくかつ私という人物を知るためにざっと掻い摘んで紹介してきたわけだけどやはり自分でもこれは狂ってるというしかない。
自覚はある。
世界を一つのコンピューターと見たら私はある種のバグなのだろう。一生世界を振り回す役と言っていい。
別にこんなことは今更どうもいいけどここからは私の生い立ちや今に至るまでの補足をしていく。
私の家はとっさの判断力だけは良いが成績凡人の港くんに分かるように言えば、俗にいうお金持ちというやつだ。どうせ正確な大きさや広さで言っても港くんは理解に月単位でかかるし、そこまで私は親切じゃないからとりあえず馬鹿でかいという稚拙な表現で片付けておく。
私の親はこの手にある厳しく事業の後継者として英才教育するといったものではなく珍しいくらい私の将来には自由だった。
「今の奏江だろうとそうじゃなくても僕たちは同じ事をしたよ。な、母さんや!」
「ええ、それに奏江は頭良いしすぐ私たちよりどんな方法でも十分以上やると確信しているわ。ね、あなた♡」
一度聞いてみた時の返しがコレだった。その後あまりのいちゃつきぶりに吐いて三日寝込むぐらい気持ち悪くなったけど……。少し拍子抜けだったがそのことには感謝している。
しかし放任主義というわけではなくどこで知ったか私の飢餓感を感じ取ってツテを使って比較的に自由な学校に入れさせられた。
確かに偏差値云々は一般人目線で見るとそこそこな割に、色々と校則はゆるくて行事や部活動も多い。
そう考えると意外と港くんの頭はそこそこなのではないのか?
まあそんな事よりどうやら親は、色々携わった縁で私の校内での自由を与えるから納得のいくまでやってみろ、と言っているのだろう。
都合が良かったので私はそれに甘んじた。自由にやって良いというので言葉通りなんでも行った。それこそ退学レベルの事もやってしまったが不思議とそうならなかった。むしろ受け入られてさらにと望まれている節がある。
後に聞いた事だがどうやらこの学校は私のように精神的、または身体的なモノを抱えた者が通う一種の更生施設らしい。
入学方法はまず中学の時にアンケートを取る。
そこから入学の必要性があるか判断した中学の担任が各自に進める(進めるだけであって別に他の学校を選択してもいい。要は強制ではない)。
当日はそこらへんと同じように面接や筆記試験をし、最後にまたアンケートをとるらしい(どうでもいいがこの2つアンケートどうでもよくて覚えてないが、どうやら私が幼い頃に戯れで考えた物らしいが的中率100%らしい。さすが私、つまらない……)。
それで入学する必要性とそれに見合うか否かを判断し合格不合格を下す。
要はここに通う学生は全員普通とズレた感性や性格を持つ者だけが集まる学校らしい。
表向きはみんな普通の学生だが必ずどこかズレている。大半は普通を装った自覚がない者たちばかりだがしかしそういう者達を集めて良性なら伸ばし悪性なら更生、治療する未成年者を対象とした更生施設。それが私の通う学園の本来の目的である。
そこまで理解した時親の意図に気付いて良い親だなってちょっぴり感謝したのは恥ずかしくてゴミ山に捨てて水爆で爆発させたい思い出だ。
でも、しかしそこでも……私の悩みは解消されなかった。
考えうる事すべてやってみてまた退屈になってきて1年が経ち、さすがにもうダメかと思い始めた二年生の梅雨。
このまま空虚なまま生きると思っていた私は彼と出会った。
港堤防プロフィール〈奏江視点〉
身長:170㎝
体重:60㎏
やや痩せ
顔面偏差値:48〜53のそこそこ
知能・体力:オール平均の凡人(もはや才能)
部活動:なし
性格:分かりやすいほど普通
良い点:常人よりやや咄嗟の判断力が良い(だからなんだと言うレベル)
悪い点:普通すぎて何も言えない(ただの無個性)
異名:平均男
彼、港くんとの出会いは至って普通(後に否定された)で先時代的未知との遭遇紙オムツ編がきかっけだった。
それまで男子の反応はやはり予測通り、
テンパる。
頬を赤らめる。
目を逸らす。
パンツじゃないことに絶望する。
公園のベンチでウホッ良い男を見つける。
写メを撮ろうとする。(破壊して逆に恥ずかしい写真を撮ってやった。そして目覚めた)
スタンドを出して時を止める。
アイエエエエ! ニンジャ!? ニンジャナンデ!?の後、しめやかに爆発四散。
ツンデレ彼女にfirst comes rockからのボ→セビキャンして滅・昇龍拳で上空1000へ→先回りして大気圏外からのスーパー稲妻キックでオーバーキル。
する中、彼だけは
「パンツよこしなさい」
「もしもし?救急車1台大至急、頭打ったみたいで大丈夫じゃない」
度重なる実験によって紙オムツが切れてしまう事態になったが、それでさえもすべて予測していてそうなった場合の予め考えておいた言葉を言うと、彼は一番可能性の低かった『救急車を呼ぶ』を選択した。
別に予測していないことが起こったわけではない。
ただ平均男と意外と有名な彼が普通の人がする『絶句』『混乱』『棒立ち』など反応ではなく『救急車を呼ぶ』という事をしたのに興味が湧いた。
そういえばまだ他人に絡む事はしてなかったので丁度良かったから彼と一緒にいるようになった。
そうした中ふと、港くんになぜあの時電話したのか聞いてみると。
「え?普通じゃね?」
と返された。
予想してなかった訳ではないがまさかこちらの意表でもつこうとでも思っているのかと考えたが、表情の揺らぎ、汗の量、呼吸、瞳の動き、どれを取っても嘘は言っていなかった。本気で思っているのである。
それ以降実験と称して港くんも巻き込んで行ったが、どれもこれも予想の範囲内で分かりやすいが一番可能性の低い行動をしたのだった。
私はそれが気になって仕方がなかった。港くんは何か抱えているのでないかとも思ったが彼は自分のことを『平々凡々が3回回って「平熱!」と叫ぶ』と言う捻りもクソもないユーモア持たせたつもりがダダスベりして五体投地している自称をした。
彼は普通だ。何も身体的な悩みなどないし、大層な目標もない。
悠々と人生を歩んでいるただの高校生。それがなぜこの学校にいるのかも疑問だった。
入学した理由も『学費それなりで家が近い』と言うありきたりで分かりやすいもの。
彼はなんなのか?
これがここ最近のテーマだった。一つのことに考えが没頭するのは久しぶりだった。いつもすぐ頭に入った知識と結びつけて答えが出てしまうからおもしろみがない、答えを知っている状態だったから経験したことあるのに新鮮で楽しかった。
時々この問題が解決しないでくれとも願った。今という瞬間が永遠に続けばいいのにと思ってしまうぐらいに……。終わりが来るのが怖かった。
そしてある時、とうとう答えは出てしまった。案外早かった。
港くんは究極なまでに『普通』なのだ。彼自身は己を凡人と言っていたがそれはそれ以上で本人さえも自覚していないのだ。
その答えは発想の転換でそして実験してきた場所にも起因していた。
私と港くんが出会うのは必然的に学校、ある意味の問題児たちが集まる場所だから気づかなかったのだ。
先ほどの先時代的未知との遭遇紙オムツ編を例にして考えると、一般人目線では異常な反応はこの学校では日常でありだからこそ変態的な行動の可能性が高くなる。それに反比例して究極の凡人たる港くんは一番可能性の低い『普通』の行動をとってしまうのだ。現に実験を街中でやると一番可能性の高い一般的な反応が返ってきたことからこれは確定的だ。
そしてなぜ普通の彼がこの学校にいるのか?
それは彼が『異常』なまでに『普通』だからだ。彼の目的のためにとる行動すべて、人類の統計で一番の割合を占める行動をするのだ。
なんとも皮肉だ。普通で普通であるがゆえにこの異常の巣にいることが……。
思えば彼が他の人と積極的にいることもグループなどに深入りしているところも見たことがない。友達はいても皆一定の距離を置いている。友達以上親友未満を無意識に構築しているのだろう。
その存在、現実に私は驚きはしなかった。似たようなのがすぐ近くにいるからだ。そう、私だ。だが彼の場合は一生世界を振り回す私と違って一生世界に振舞わされる役なのだろう。似てはいても対極の存在である。
私はその疑問が晴れてスッキリとし嬉しさとた安堵感と共に、寂しさがこみ上げてきた。
事は意外と単純だったことによる失望ではない。久々に味わったおもしろさと楽しさが消えてしまうことだった。
またあの退屈な日々が始まるのか……
これからは港くんにも興味がなくなるのかと思うとちょっぴり心が痛む。
実験終わりにそんなこと考えていると港くんに不思議な顔をされた。大方私がお腹すかせているとでも思っているのだろう。
呑気だなと思った。これからはあなたともう関わらないというのに……。その呑気さが羨ましかった。本当になんて分かりやすい男だろうか。
こちらの気も知らないで。
でも本人とってもこれでいいのだろう……。
私は私のすることに他人を巻き込むことに頓着はない。そもそもそんなことしてもここの学生たちはそんなことで一々言わないことを知ってるし、私も障害にならないからそれでいいと思ってる。
でも彼は違う。いくら異常なまでに普通だとしてもだからこその常人。口でこそ言えないくらいヘタレだから言わないのだろうがこんなに毎日巻き込まれたんでは堪ったものではないだろう。
だから、港くんと関わるのはこれで最後……。だからせめて悪あがきのように夕陽に染まる校門で港くんの記憶に一生残るように言ってやったのだ。
「綺麗な夕焼けね、港くん。この世の終わりみたいだわ」
夕陽の角度、魅力的なポージング、柔らかに包み込むような声、儚げな表情、その全てがDTチェリーボーイ街道まっしぐらな港くんにとっては真っピンクな悩殺シーンだったことだろう。彼にとって私はさぞ魔性の女として心に残り続けるだろう、と内心ほくそ笑んで気持ちを切り替えた。
「さよなら港くん。楽しかったわ」
終わりとは得てしてこんなものだろう。
つまらないから、華ぐらい添えたほうが格好がつく。
私はそう言ってその場を後にした。もう会うこともないだろう。
そんな別れ方をしたのにどうしてか、異変に気付いたのは次の日。
またあの空虚に戻るのかと思ったがそんな感覚がない。あのなにも感じない空っぽさっが感じられなかった。最初はまだ未練があるのかとも思ってきたが私という人物がそんな未練がましい女じゃないことは自分自身が自己分析で知っている。
では、コレはなんなのか?なんかこう…胸の奥がズキっというかムカムカするかというか……なんかイライラしている。
何かが抜けて腹立たしい。ずっとそばにいなさいよ、と思えてくるコレの正体がまったく不明であった。
また新たな疑問が出てしまった……直感だがそれもとびきりメンドくさいやつ。
私はその疑問に数日中没頭していて実験どころではなかった。勉強?そんなもの半年前に50回目の復習をしたばかりだ。
廊下で歩きながら思考に使っていると、
「あの歩く大天災が何もしないだとォ……!?」
「奴め、今度は何を企んでいやがる……!?」
「近いうちに大災害が起こるな」
「アイキャンフライ!!!」
「中島ァアアア!!ここは三階で人間は飛べない!!」
「まぁ実際楽しみだよねー」
「言えてる言えてる」
などと言われ放題だった。まあ後日倍返しするとして、数日中何もしなかっただけでそんなに珍しいのだろうか?
聞き流しながらそんなことをふと思った時、
「おい!港堤防はどこだ!?港堤防がなければ死ぬのは俺たちだぞ!?」
ストン、と何かが落ちるようにはまった。面と面や形のデコボコがぴったりのすっぽりで。これ以上ない完璧で完全なピースだ。
なんかもうそれを思い浮かべただけで殴りたくなるような衝動に駆られる。普段おとなしい(やっぱり否定された)私が暴力的になるほどのものが確実にあった。
それでもまだ私は答えが出せていなかった……こんなことは初めてだ。
いや、答えなんてとうに出てるし初めから知っているはずだが……なんというか…こう……認めたくないというか恥ずかしいというか……それでなんというかあの……いや、分かっている。分かっているんだ!ああ皆まで言うな!私はあの超完璧超絶美少女超天才女子高生:金喜莉奏江だぞ!歩く大天災とさっき言われたばっかの女だぞ!こんな一昔前の曲がり角で紙オムツをパンモロする少女漫画の如き展開に理解がつかない馬鹿じゃない!それはつまり、あれああなってそういうことであってえーとつまり私はだなッ……!!……………………ああもうっ!!!
「私が恋をして何が悪い!!!」
「エマージェンシイイイイイイイイ!!!」
「メディイイイイイイイイック!!!」
「早かったな俺の命も……」
「二度目のアイキャンフライ!!」
「逃がさんっ!!」
「あべしっ!?」
「死ぬほど痛いけど自爆するっ!!」
「恋…これが若さか……」
「若さってなんだ!?」
「ふりむかないことさ!」
「まさしく愛だ!!」
「何故そこで愛ッ!?」
「愛ってなんだ!?」
「ためらわないことさ!!」
「怒涛の十五連打!」
「なんか知らないけどyou告っちゃいなyo!you!」
「ハラショオオオオオオオオオオオ!!!」
「うるさいうるさいうるさいみんな消えてしまえェェェェェエエエエエ!!!」
『ギャア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!!!!!』
あまりのうるささにブチ切れた私はそこらへんに隠してあった自家製試作ロケットランチャー(死にはしない)で廊下を吹っ飛ばした。恥ずかしかったからではない。断じてない。
「ぜぇっ……ぜぇっ……落ち着け、こんなの私のキャラじゃない私はもっとクールで相手を踏み躙るドSな感じだったはずだ……それなのにこんな屈辱を味わらせるなんて、なんて卑劣なの港くん!絶対に許さないんだから!」
そう私はあんな別れ方(一方的)をしておいて未練タラタラで港くんにデレデレに恋してしまったのだ。そうして以後、乙女な私は(微妙な顔された)いつものように港くんと放課後の実験を繰り返していた。主に港くんを実験台にして。
でもそうなってくると私が港くんに惚れた理由とはなんだろうか?
顔?
性格?
いや絶対違う。平均男たる彼がそんな魅力的なものはない。
では何かと言われれば恐らく彼の存在そのものだろう……多分。
恐らくやら多分やらと曖昧なものを私が使うとは思わなかったけどそう言わざるを得ない。
人間多かれ少なかれ自分と同じ存在は嫌う傾向にある。同族嫌悪というやつだ。
だから自分とは違う存在に憧れや羨望を持ちそれが次第に恋心となる。絶対ではないが……。
まあ……つまり…あれだ……うん、
「一目惚れ……かしら?」
まさか私が一目惚れでこんな激情の恋に落ちるとは思わなかった。ただのチョロインではないか……。
平凡で無個性で魅力のない分かりやすさの塊の港くんにただただそんな存在として愛おしいくて堪らないとは、なんと壮大な片思いなことか……。
「意外と私、変態だったのね」
思わず天を仰ぎ見る。自覚がない訳ではないがここまでとは思わなかった……。
そんな思いをいつまでも持っていては身が入らないのですぐに告白することにした。
早いとかそんな意見は聞かない、現代人に求められるのは他を圧倒する行動力なのだ。
場所は変わって旧校舎玄関前、予測通り良いタイミングで雨が降りだして雨上がりを二人きりで待つという絶妙な雰囲気を作り上げた訳だ。いくら行動力があっても先を見通す観察眼がなければ空回りどころかその場でトリプルアクセルだ。
旧校舎には人はいない。ここは建て替える前に使っていた校舎だがまだ十分に持つのでもっぱら倉庫扱いされている。七不思議とか心霊スポットだとか夜な夜な男女が密会していると有名である。まあ全部可能性として邪魔なので今日の実験で潰したが。
「あれ、金喜莉も傘忘れたのか折り畳みぐらい入れてると思ったが?」
「港くん、人間全てが万能という訳ではないのよ。一つぐらい弱点があった方が可愛げがあるわ」
「それは自分に可愛げがあると言いたいのか……」
「私を完璧な人間と褒めてるつもりなんでしょうけどてんでダメねデリカシーなし男どころかマナー違反天元突破マンに改名した方が良いわ。ま、それも無理からぬこと昨今のラノベ主人公よろしく難聴鈍感朴念仁の三重苦を背負う港くんには私の弱点に気づくはずがないわ」
「さいですか……」
そう、気づくはずない。こんな思い気づかれでもしたら恥ずかしくて死にたくなる。
雨はまだ降り続けるがそろそろ止む頃なのでここらで切り出そうとすると港くんが先に喋りだしてしまった。
「なぁ、金喜莉」
「何かしら、港くん」
なんか異様にそわそわしている。本人は平静を装っているつもりだろうが、はっきり言って見え見えも良いとこなほど分かりやすい。
「一つ、お前に言いたいことがあるんだ」
「奇遇ね。私もあなたに言いたいことがあるの」
向うからの渡し船が意外だったが、敢えてこの手に乗らせてもらうとする。
「あなたは私に言いたいことがある。私もあなたに言いたいことがある。ここは間を取って趣向を凝らして同時に言うというのはどうかしら?」
別に恥ずかしいからという訳ではない。絶対ない。
そもそも港くんの言いたいことって何だろうか?まあどうせ奢ってくれなんて言うつもりなのだろう。
図々しいと言いたいところだが、今まで私の実験に愚痴や嫌味は言うことはすれそれでも付き合ってくれたご褒美に餌をご馳走しても良いだろう。
………もしかして港くんはドM?
そのことについてはどうでも良いとして、港くんは二つ返事で了承した。そろそろ私との付き合い方を学んだのかしら?
雨音が周りを包み込むように他の音を遮っている。
私と港くんの間に静寂が鎮座している。
準備はできている。どのタイミングで言うかもお互い分かりきっている。
屋根をつたう雨水が表面張力の限界で一滴、また一滴と落ちてゆく。
発するのはあと三滴目だ。
一滴。
「………」
二滴。
「………」
三滴。
そして私たちは合わせるように一息で同時に言った。
「「実はあなた/お前の事が好きかもしれない」」
その瞬間たしか雨が上がった気がする………………………死にたい。
──────────
「いつから?」
「………多分、一週間ぐらい前から」
ますます死にたい。あの夕日の時ならまだしもそれより前ならあの時の私はなんなのだろう……。
「お前は?」
「………最近よ」
言葉を濁さずにはいられない自分にもの凄く腹が立つ。
なんなのだ本当に自分は。
「……偶然だな」
「……偶然ね」
なんだろうこの気まずさ。いつもの私はどこに行ったのだろうか……。
「一応……その…それっぽいアプローチはしてたつもりなんだけど……あの夕焼けの時、とか………」
「夕焼け……ああ…えーと、綺麗でしたね。夕焼け……」
こいつ殺そうかな。割と本気で殺意が芽生え始めた。
「あ、雨止んだなー。か、帰るかーハハハ」
私のことを察したのか、それとも一般的な価値観ででもうこれ以上この話題に踏み込まないと判断したのかそそくさと出て行こうとする。何故こういう時だけ判断力はいいのだろうか……。
私はあとを追おうとすると数歩歩いたとこで港くんはそこで振り返って言ってきた。
「えーと、まあなんというか……よろしく?」
そう言って差し出した手は、本当に何もやってない平均的な大きさで港くんらしい手だった。
「ええ、よろしくお願いするわ。彼氏さん」
自然と入っていったその手はお互い離れようとはしなかった。
この日、一生に一度。
私の予測が外れて願いが叶った、
「………ふふん♪」
早めの七夕だった。
次のエピローグで完結です。
分かりにくいと思った人のための説明。
超天才クーデレ少女がキャラ崩壊するぐらいデレた