成り行き
7
「ん~…んんっ、……ふわぁぁぁ」
少年ー高梨 透ーは盛大な欠伸と一緒に腕を上げて伸びをした。
「…ふぅ…、あれ…俺のベッドはこんなに固かったっけ?体が痛い…」
透はベッドを見てみるとベッドは木造のベッドでマットレスもなく、木の上にそのままシーツが掛けられている粗末な造りだ。ふと見ると水差しが置いてあった。
「ああ…そうか…俺は異世界に来てたんだっけ…あの後、意識が飛んだんだ…んぷっ!」
透は森での出来事を思い出した。…途端に吐き気を催す。狼と魔物の死に様も同時に思い出したためだ。
自分のベッドではない。透は異世界に来て町にも入ってない。なのでこのベッドは他人のものだ。吐くわけにはいかない。何とか堪えて透は水差しから直接水を飲む。
「ふぅ…今回も勝てた。…でもここはどこなんだ?」
透は痛む体を動かして窓から外を覗く。
窓から見えたのは老若男女問わず動いていた。道に店を出し商いをする者や店の品を買う女性、そして同じように買っている防具を着けた男性にローブを纏っている人もいた。その近くで追いかけっこをしてはしゃいでいる子供たち。遠くを見れば畑を耕している人もいた。中々に賑やかそうで平和な感じだ。建物は中世っぽいレンガ造りのものがあったり、木造の建物もある。高さはそんなに高い物はない。高くて二階位だろうか。
「なんか田舎っぽい感じだけど楽しそうだな。」
窓から見える景色を透は眺めていた。
「おお、目が覚めたか…少年」
そう言って透の部屋に入ってきた人物がいた。
その人は頭を剃っており鍛え上げられた体がスゴいオッサンだ。日焼けして黒い。
「体は何ともないか?少年」
割と良い声で笑顔を向けて聞いてくる。
怖い。スキンヘッドのオッサンが笑顔なんて恐怖の対象だ。
「ん?言葉がわからないか?…」
軽く引いてる透に心配そうに声をかける。
「い、いえ…大丈夫です。貴方が俺をここまで運んでくれたんですか?ありがとうございます。」
透は頭を下げる。
「ああ、少年がいきなり倒れたからここまで運んできた。おっと、そうだ…ほれ」
そう言って近くの椅子に座って何かを透に向かって投げた。
「?…これは?なぜ3枚?」
透は布団に落ちた丸い銅で出来てるみたいに赤い硬貨のような物を手に取って尋ねる。
「それはお前のもんだ。今回オレは依頼を受けてあの森に入った。依頼内容は『森の入口にいるゴブリンと戦狼の討伐』銅貨15枚の仕事だった。そして討伐対象の戦狼を1匹少年が殺した。だからそれは少年の物だ。」
そう言って説明してくれたが
「い、いえ受け取れませんよ!オレは依頼を受けて森に入ったわけではないんで。」
そう言って透は銅貨を返そうとするが
「いらん。あげた金を返して貰う真似なんて出来ん。」
腕を組んで拒否の構えのオッサン。
「そ、そうですか…では遠慮なく貰っておきます。」
銅貨をポケットに入れた。
「さて…少年…色々聞きたい事があるのだが構わないか?」
お金の件が済んだのでオッサンは聞いてくる。
「は、はい。…なんでしょう?」
透は慎重になる。生い立ちとか聞かれたらどうしようか。『違う世界から来ました』なんて突拍子もない事は言えない。森に入る前に決めた設定で答えよう。そう思いながらオッサンからの質問を待つ。
「まずは…名前を聞いとこうか少年。いつまでも少年では嫌だろう?…おっと、名を尋ねるオレが名乗っていなかったな。…オレの名はソラウス。冒険者をやっている。」
オッサンはソラウスと言うらしい。そして日本名じゃないし家名を言わない。
「オレは…透です。」
透もソラウスに倣って家名を言うのを止めた。
「トオル…トールか。良い名をしてるな。…なぜ森に入った?なんの装備も持たずに」
ソラウスは目を細めて聞く。
『とおる』と発音するのが難しいのか『トール』になった。まあ、自分の事だと分かるので言い直さないそしてやって来た質問。
「ありがとうございます。…森に入った理由を話す前に、まず…記憶がないんです…オレ。ここがどこかもわからない。自分がどうやってここまで来たかも、どこに行くのかも…そうしてるとだんだんお腹が減ってきて森に行けば果実とか何か食べれる物があるかもと思って…」
そう言って項垂れて見せる。
「記憶がないのか…それは災難だな…。だがトール。腹が減ったから森に入るのは安易だったな…あの森は危険なんだぞ?…近くの川で魚を食おうとは思わなかったのか?」
意外にもあっさりと信じたソラウス。チョロい。
「いえ…さ、魚をとる術がなかったので…」
透は少し焦ってそう答える。魚の件は考えてなかった。咄嗟だ。
「ほう…魚をとる『手段』があればとれたという事か…『方法』は覚えてるのか…まあいいか…」
探るような目になるソラウス。マズい。やらかした。透は背中に冷や汗をかく。
「しかし、よくもまあ…戦狼に勝てたな…結構、強い魔物だが…」
「それは無我夢中で…」
「だろうな…途中から見てたんだが動き悪かったしな…しかし、魔力は相当なもんだが…なんで風の魔法とか使わなかったんだ?武器持ってなくても風の魔法があればもっと楽に立ち回れただろ?」
ソラウスは疑問を口にする。
「風の魔法?風の魔法なんてあるんですか?」
「ああ、そうか…記憶ないんだったな…」
ソラウスは頭をかく。そして、
「そうだ!トール!…お前…俺を手伝わないか?…なに、記憶が戻る間で構わん。お前に力の使い方も教えてやる。」
ふいにそんな事を口にする。
「え、そんな悪いですよ…それになんで…」
透は遠慮する。
「遠慮なんかするな。お前はどうにも無鉄砲に見える。それに記憶がないなら行く宛もないだろ?狩に記憶が戻ったとしても金がなければ帰れない。…だろ?…そうしよう。そう決めた。」
ソラウスはそう言って決める。
「は、はあ。…お世話になります?」
透はそう言うしかなかった。
次話から透ははトールになる筈です。
トールはトにアクセントを置かないで下さい。雷神様になっちゃいます。