3.|無属性魔法
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神は願う。
訪れた彼の者が、何を成してくれるのか…
別の神は望む。
旅立った彼の者が、大成してくれる事を…
彼の者は大いに憂う。
異世界の情報が全くないんだけど…
扉を抜けた先には大地が広がっていた。神のいた部屋の殺風景さとは色彩が違う。大地には緑の草原が広がり、馬車が道を闊歩しているし、空を見上げれば青々として雲ひとつない晴天だ。
心地よい風も気持ち良い。俺ー高梨 透ーは草原に立っている。
召喚されたのだから異世界の神と御対面を期待していたのだが、宛が外れた。異世界の神に会ったら聞きたい事があったのだが。
さて…どうしたものか。その場から動かず考える。自分はどうすべきか…。道沿いをあてもなく歩いてどこかの町ないし村に行くべきか。このまま困った感じを出し、気の良い誰かが声を掛けてくれるのを期待して留まるべきか…。
腕を組み考える事、数分。全く別の事に思い至る。俺の身体はどんな感じなのだろう…。俺が死んだ世界で読んでいた本では種族が変わっている事があったからだ。慌てて自分の服を見たり、頭やお尻を触ってみる。…ケモノ耳や尻尾はついていない。身に付けている服も麻のようなモノで作られた黒い半袖シャツに動きやすそうなズボンを履いている。…これは村人装備だな…。差し当たり問題なさそうな格好に安心して今度は自分の顔が気になる。神は確か『若返ったお主』と言っていたな…若返った俺の顔が俄然に気になり、辺りを見回す。すると、水の匂いが風に運ばれて鼻を擽る。風上に目を向けると川があり、そちらに向かうのだった。
川のほとりで立ち止まり、川を覗き込む。川の水面が光を反射してユラユラしながらも俺を映し出す。そこには若者の姿があった。俺が表情を変えると映し出された若者も表情を変える。ユラユラ揺れた水面が落ち着き、ハッキリと映し出されると若い俺が百面相をしていた。短髪で黒髪、目付きの悪い俺だ。間違いない。目尻の皺が無くなり肌にもツヤが戻っている。水面を見た感じ12.3歳の頃の俺だろう。
ひとしきり百面相をした後、川辺の石に腰を下ろす。さあ、次はどうしようか。
「そうだ、自分の能力を確かめておこう。俺が俺自身を知らないと何も出来ない。」
わざわざ口に出してしまうのは指針を決めるためだ。決して淋しいワケじゃない。
そうなると、どうするか…。俺の無属性魔法はどうすれば行使出来るかわからない。まあ、切迫したなら行使出来るのだろうが、それではつまらない。使いたい時に使いたいのだ。
そう思いながら、川を眺めると閃いた。川の上流に向かえば山もしくは森があるだろう。
川の流れを見て上流の方向を確認して歩きだす。しばらくすると、森にがあった。。
鬱蒼としており、奥の方は暗い。俺の知っている鳥とは明らかに大きさやフォルムの違う何かが飛んでいる。中々に不気味だ。
「異世界っぽい雰囲気あるな…。あまり奥に入らずこの辺りでやってみよう。」
森の前で佇み、魔法の事を考える。さて、どうするか…。確か『ゾーン』も使っていた事を思いだし、ゾーンの仕組みに考えをシフトする。
『ゾーン』とはつまり集中力を極限に高めれば入れるだろう。では、集中力を高めるには…。目に力を入れていけばいいのだろうか?
試しに目に力を入れてみる。
…徐々に目の辺りが熱くなってきて、遠くを見る。するとどうだろう、遠くの方に飛び立っていった鳥的な何かが目の前にいるかの様に見える。顔から胸元までが男の人っぽい。だが手はなく羽があり脚は鳥っぽい。本の挿絵で見たハーピーだろうか。更に、目に力を入れるとハーピーの肌質まで見える。肌荒れ酷いな…
瞬きすると、元の感覚に戻る。ハーピーは黒い点にしか見えない。けっこうな距離があるのにも関わらず見えた事に、
「どうやら、力の入れ具合によって距離が稼げるみたいだな。そして『ゾーン』じゃなく『千里眼』だな。」
そう、透は結論づけるが実はちょっと違う。
『ゾーン』は詳細な視覚情報を脳で処理出来る能力だ。実は『千里眼』の様な『遠視』に限らず『動体視力』も研ぎ澄まされ『周りがゆっくり動いている様に見える』事も出来るが、まだ透は気づかない。誰かに教わらず手探りで能力を十全に把握する事は難しく、また、それが道理だ。だが、この事は直ぐに気づくだろう。デメリットと共に…。
瞬きを繰り返す透の目は真っ赤になり潤んでいた。目に力を入れすぎた結果だろう。涙目を擦っていると不意に立ち眩みのようにフラつく。
たたらを踏みながらも堪えるが、透は思う。
「これが魔力を使った代償か?直ぐに立ち直れたのは魔力が残ってるからだろうな。これから推察すると魔力切れは失神だな…。」
まだ少し頭がボーッとするが、堪えきれない程じゃないのでもう少し考える。
「ゾーン…千里眼は使えるな。…となると、次は『火事場のクソ力』の方か…同じように今度は腕とか脚に力を込めれば使えるかな。」
安易な考えは存外に正解を引き当てるものである。
透は屈んで脚に力を込めてその場で跳び上がる。
ギュン!
「は?」
眼下には森や川が見える。垂直跳びで稼げる高さではない。感覚で約30mくらいか。川の下流には町か村が見える。
「…あっちに行けば人に会えるな。」
やや現実逃避しながら、跳び上がった場所に着地する。
「これも『火事場のクソ力』ではないな。…肉体活性にしよう。…ちょっと森の中に入ってみるか。」
再び、襲ってきた立ち眩みで足をフラつかせ、頭を振って森に向かう。
そして透の独り言が多いのは決して淋しいからではない。
作者は無属性魔法はかなり汎用性の高い魔法だと考えてます。火水土風に代表される四大元素など必要ないくらいに。
でも、出てきます。エレメンタルはそのうち。
主人公以外のキャラはまだ出てきませんが、出ます。そのうち。