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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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「逃げられたな」

「予想通りではあるけれど、行動が早いね」

「実行委員の仕事はまだ残っているのに……」


 すっきり片付けられた校舎にお祭り気分もすっかり抜けて、普段通りの授業が始まった教室にユリウスさんの姿はなかった。

 一限目が終わってすぐにマティアスが確かめたところによると、ユリウスさんは文化祭を最後に退学したらしい。


 実行委員としてちょっとそれはないんじゃないかしら。

 大きな後片付けは業者の方がしてくれたけれど、まだ細々としたことが残っているのに。

 一人ぷりぷり怒っていると、殿下が手伝ってくれると申し出てくれた。

 なるべく一緒にいるほうが安全だからですって。

 どんな理由でも有り難いわ。


 クラスの女子は突然のユリウスさんの退学にかなりショックを受けていた。

 特にデボラさん。何も聞いていなかったんですって。

 でも元気を出してほしいわ。もうすぐ一等になったご褒美も頂けるしね。

 色々あったけれど、目標であった一等を取れたことは嬉しいもの。


 午後にはうきうき気分で学院長から直々に賞状と目録を受け取った。

 教室に戻ると、みんなの前で目録を開く。

 このときばかりはユリウスさん退学で落ち込んでいたクラスの雰囲気も明るい。

 わたしは深呼吸をして目録に目を落とし、それから唖然としてしまった。


「……」

「エリカさん、何だったんですか?」

「アンドールさん、もったいぶらないで早く教えてください」

「え? ああ、ええ……っと」


 みんなに急かされて我に返る。

 それから一つ咳払いをして気持ちを落ち着けると、目録を読み上げた。


「ジュヌビエーヴ宮・色彩の庭にて開催される茶話会への招待状――クラス全員分……だそうよ」


 わあっと教室に歓喜に満ちた声が上がったけれど、わたしは戸惑うばかりだった。

 ジュヌビエーヴ宮は王妃様が晩年を過ごされていた王宮の離れで、色彩の庭はあの初めてのお茶会のときの場所だわ。

 しかも殿下にとってみればご自分のお家でのお茶会がご褒美だなんて。

 殿下はすでに知っていたから微妙な反応だったのね。


 ちらりと殿下を見れば気遣うような視線が返ってきた。

 あのときは大騒ぎになってしまったし、わたしのトラウマにもなってしまったから心配してくれているのかも。

 マティアスはそんな殿下を窺うように見てからわたしに視線を移して、なぜか睨みつけてくる。


 はああ? 意味がわからないんですけど。

 あの思い出に怒っていいのはわたしでしょう?

 まあ、わたしはもう子供じゃないから、そんな小さなことは気にしないわ。

 ふん!


「茶話会は十日後に開催されます。一限目終了時に王宮から迎えの馬車が来るそうです。また制服での出席とありますので、着替えの必要はありませんね。あとはええっと……」


 目録に付いていた用紙に記載された補足事項を読み上げてから席に戻ったけれど、クラスはまだ興奮にざわついていた。


「確かに、すごいご褒美よね。この学院の大半の生徒にとっては」

「殿下にはお気の毒というか、申し訳ないわ。あれだけ頑張ってくださったのに……」


 リザベルの言葉にため息混じりに答えてもう一度殿下に視線を向ける。

 すると殿下は不満そうな顔のマティアスの話に頷きながらも、わたしの視線に気付いて肩をすくめた。

 それが何だかおかしくて笑うと、殿下はわざとらしく傷ついた顔をする。


「……ねえ、エリカ。あなた……ギデオン様が好きなのよね?」

「え? ええ、そうだけど……どうして?」


 突然の質問に驚いてリザベルへ視線を戻したけれど、その表情にからかいはない。

 急にどうしたのかと訊き返すと、リザベルは小さく首を振りながら答えてくれた。


「何となくよ。最近はギデオン様のことをあまり話題にしないから」

「それは……」


 今まで通りに振舞っていたつもりだけれど、やっぱりリザベルは誤魔化せなかったみたい。

 どう言おうかとためらって、口ごもってしまった。

 そんなわたしを励ますようにリザベルが微笑む。


「少し気になっただけだから、答えなくてもいいのよ」

「違うの、リザベル。ちょっと色々あって話しそびれていたけれど、わたし……失恋したの」

「何それ!? 聞いてないわよ!」


 こっそり小声で答えると、リザベルが悲鳴に近い驚きの声を上げた。

 その声に、帰り仕度でざわついていた教室がしんとなる。

 わたしはといえば、注目を浴びてしまったリザベルのらしからぬ失態に思わず笑ってしまった。

 するとリザベルまで笑い出す。


「ここで話す内容ではないわね。もしよければ……今日、お家に寄ってもいい?」

「ええ、もちろん大歓迎よ」


 二人くすくす笑う姿にみんな興味を失くしたのか、クラスの雰囲気はすぐ元に戻り、わたしたちは話を続けた。

 ここのところ文化祭の準備が忙しくて、二人でゆっくり話すこともできなかったから、すごく嬉しい。

 帰りは送っていくと約束して、アジャーニ家の馬車を帰す。

 リザベルには学院内の警備が増えたことと、わたしにさり気なく護衛が付いていることは伝えていたから、侯爵家の馬車に騎乗した護衛が並走しても驚かなかった。


「むしろ、今までのほうが異常だったのよね。アンドール侯爵家の令嬢であるエリカが護衛もいない馬車で通学していたんだもの。剣の扱える殿下でさえ、護衛はたくさん付いているのに」

「だってほんのわずかな距離だったから大げさにしたくなかったの。それに実はトムって剣も魔法も扱えるのよ。元はおばあ様の護衛騎士だったそうなの」

「へえ~。でも確かに、お年は召しているけれど動きは機敏だし納得かも」

「ちなみに、結婚前のおばあ様はかなりのお転婆で、トムは苦労したんですって」

「それじゃ間違いなく、エリカはおばあ様似なのね」

「ええ? わたしはお転婆じゃないわよ。ほら、〝物静かで控え目〟なんだから」

「そうね。わたしにもそう信じていたときがありました」


 わざとらしくしみじみと言うリザベルに、二人で笑った。

 こうしてリザベルと過ごすのも本当に久しぶり。

 だけどお家に着いてからは、リザベルはお母様の大歓迎を受けて、なかなか二人きりにはなれなかった。


「もう、お母様ったら。ありがとう、リザベル。お母様のお相手をしてくれて」

「ううん。わたしも侯爵夫人は大好きだもの。嬉しいわ」


 ようやくわたしの部屋で二人きりになれて、ほっとひと息。

 お茶を飲みながら少しだけ沈黙が落ちる。

 リザベルには話したいことがいっぱいありすぎて、頭の中を整理しないと。


「――ダメ。もう限界。待てない。ずばり訊くわ。エリカは……ギデオン様に告白したの?」

「え? あの、そうじゃなくて……」


 急に沈黙を破ったリザベルの言葉にびっくり。

 整理する暇もなくてちゃんと答えられなかったけれど、リザベルの言い様がおかしくて、考えるよりも笑い出してしまった。


「エリカ?」

「ごめんね、笑ったりして。でも今日はいつも落ち着いているリザベルと全然違うから、何だかおかしくて……」

「そうかしら? ううん、そうかも。だって、失恋だなんてただならぬ言葉を聞いたのよ。しかもエリカがギデオン様に。初耳だし、落ち着いてなんていられないじゃない」

「今まで黙ってて、ごめんね。ただ何て言うか……告白したんじゃなくて自己完結なの。もう諦めないといけないと思って」


 それからはギデオン様との間にあったことをゆっくり話した。

 オーレリーさんのことも、自分の決心も。

 リザベルはずっと黙って聞いてくれて、話し終えるとぎゅっとわたしを抱きしめてくれた。


「わたし……何を言えばいいのかわからないわ。恋をしたこともないわたしは、人から聞いたり本から読んだだけの知識しかなくて、エリカの気持ちも本当にはわかってあげられない。それなのに偉そうに講釈ぶってみたり……ごめんね、エリカ」

「何を言うの? わたしはリザベルがいてくれるだけで、すごく心強いんだから。今、こうして前向きになれているのもリザベルのお陰だもの」

「ううん。それはエリカ自身の力よ。この数カ月でエリカはすごく強くなったわ。あの〝物静かで控えめ〟なエリカが嘘みたいに。初めは演技だったかもしれないけれど、今のエリカは本物よ」

「リザベル……ありがとう」


 リザベルはいつもこうしてわたしに勇気をくれる。

 この先のことを考えると本当は不安だったのに、大丈夫だと思えてくるんだもの。


「エリカはちゃんと成長しているのに、わたしは頭でっかちな考えで知識だけの気持ちを押し付けようとしてたわ。これはわたしの短所ね。わたしも成長しないと。だけど……一つだけいい?」

「ええ、もちろん」

「今の頑張っているエリカに言う必要はないかもしれないけれど、〝恋の痛手を治すには新しい恋〟ってこともあるのよ」

「え?」


 わたしから少し離れたリザベルの顔には悪戯っぽい笑みが浮かんでいる。

 だけどわたしは戸惑ってしまった。

 だって〝新しい恋〟だなんて。

 まだそんなこと考えられないはずなのに、なぜか殿下の顔が浮かんでしまったんだもの。




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