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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 昼休みでも第一図書室はひっそりとしていて、退屈そうに本を読んでいた司書の先生が訝しげに顔を上げた。

 そして殿下の姿に驚いて目を見開く。

 殿下は軽く頭を下げると先生の前を通り過ぎ、いつもノエル先輩がいる場所へと進んだ。


「ノエルとエリカさんの密会場所だね」

「殿下……」

「冗談だよ。だからそんなに困った顔をしないで」


 くすくす笑う殿下を見ても、笑う気分にも怒る気分にもなれない。

 いったいどうしたのかと思っていると、殿下はふと真顔に戻ってわたしを見つめた。


「何かあったの?」

「え?」

「あのバルエイセンの王子と何かあった?」

「いえ、そんなことは……」

「エリカさんって、すぐ顔に出るよね」


 意地悪な殿下の言葉に、慌てて両手で頬を押さえる。

 でもこれでは顔は隠れないわ。


「で、何があったの?」

「それは……あの、殿下こそ、どうかなさったのですか? ずっとお休みなさってて、みんな心配していたんですから」

「みんな? エリカさんは違うの?」

「み、みんなの中に入っています」

「ふーん。そうなんだ。心配してくれてありがとう。理由はすぐにわかると思うけど……」


 久しぶりに殿下の悪魔的笑顔を目にして背筋が冷たくなる。

 いいえ。これはただの威嚇よ。そうよね?

 負けるものかと笑顔を返すと、殿下は首を傾げて何か小さく呟いた。


 それは防音魔法の呪文。

 受付にいる先生以外に誰もいないはずなのに、ずいぶん用心するのね。

 欠席の理由はそれほどのことなんだわ。


「実はね、七日前の夜、陛下が危篤状態に陥られたんだ」

「え!?」


 心構えはしていたけれど、これほどの重大事は予想していなかった。

 驚いて身を乗り出すと、殿下は一歩下がって壁際の書架にもたれる。


「幸い、大事には至らなかったが……というより、今ではすっかりお元気なんだけどね」

「そうですか……良かった……」


 ほっと息を吐くと、殿下は複雑な表情で笑った。


「治癒石のおかげだよ。エリカさんからもらった治癒石の粉末、あれを陛下にお飲み頂いたんだ。本当にあれは万能薬だね。ありがとう、エリカさん」

「いえ、わたしは……」

「エリカさんのおかげなのは間違いないよ。それで陛下も非常に感謝なさっていらっしゃる」

「……光栄です」


 本当に良かった。

 陛下にもしものことがあれば、今のこの国がどれほど混乱するかはわたしでもわかるもの。


「ただね、このことはもうすぐ間違った情報で流れる。陛下のご容態が思わしくないとね。そして僕たちは否定しない。だから、エリカさんは噂を聞いても心配しなくていいから……いや、普通に心配はしてくれないとダメか……」


 考えながらぶつぶつ呟く殿下がおかしくて思わず笑ってしまった。

 噂に関しては理由があるのでしょうから、深くは聞かないほうがいいわよね。

 笑ったおかげで少し落ち着いて、殿下にユリウスさんのことを話せる気持ちの準備ができた。


「殿下、そのように大切なことを話してくださって、ありがとうございます。あの、それでユリウスさんのことですが――」

「ユリウスさん? 名前で呼び合うなんてずいぶん親しくなったんだね?」

「え? あ、それが……敬称はやめてほしいと言われて……」

「それでほいほい受け入れて名前で呼んでるの? へえ。相変わらずエリカさんって――」

「だって、殿下は殿下ですもの」

「は?」

「わたしにとって、殿下は……〝殿下〟はヴィクトル殿下だけなんです。ですから、ユリウスさんに敬称をつけなくていいって言われて、ほいほい受け入れたんです」

「……まったく意味がわからないんだけど……まあ、話の腰を折って悪かったね。ちょっと驚いただけだから、続けてくれるかな?」


 意味がわからないのは殿下のほうよ。

 急に嫌味っぽくなったと思ったら、困ったような笑顔で謝るなんて。

 調子が狂うわ。


「えっと……その、新学期が始まった日に……委員を決めて、さっそく委員会があったんです。それでその後、ユリウスさんが馬車寄せまで送ると言ってくださって……」

「エリカさん、大丈夫だよ。さすがにそれで不用心だとかいうつもりはないから。普通に考えて受けるよね」


 しどろもどろな説明に、殿下は苛立つこともなく励ましてくれた。

 その言葉に安堵して頷く。


「わたしも……学院内でしたし、断りきれなくてお願いしたんです。そして馬車寄せの近くになって、ユリウスさんに言われました。この国に来たのは、わたしを誘惑する使命があるからだと。そして――」

「あいつはそんなことを言ったのか!」


 初めて聞くような大声を上げ、体を起こした殿下に驚いて、わたしはびくりとして震えた。

 もちろんそれはただの反射で怖いわけじゃない。

 だけど殿下はそんなわたしに気付いて慌てて表情を緩める。


「ごめん、大声を出して。まさかそんな、……そんなこととは思ってもいなくて」

「は、はい。大丈夫です。ただ……ユリウスさんはわたしの名誉を傷つけることは簡単だと……単に怯えるわたしが面白かったのかもしれません。ですが、そこにギデオン様がいらっしゃって庇ってくださったんです」

「――そうか、ギデオンが……。とにかく、エリカさんが無事で良かったよ。使命だなんて馬鹿らしいことをいったい……」


 ぎゅっと両手を固く握り締める殿下を目にして、本気で怒ってくれてるんだと感じた。

 もしかしたら警戒心が足りないと馬鹿にされるかと思っていたのに。

 でも殿下は意地悪を言いながらも、いつもわたしを助けようとしてくれる。

 

「殿下、ご心配してくださってありがとうございます。わたしも最初はびっくりしましたが、リザベルもできる限り一緒にいてくれますし、ギデオン様も何かと気を使ってくださいます。ですから、わたしは大丈夫です」

「たとえそうでも……僕も何かせずにはいられないよ。名目上とはいえ僕はエリカさんの婚約者なんだ。だからこそできることもあるしね」

「わたしは……いつも殿下に助けてもらってばかりです。わたしも何か殿下のお役に立ちたいのに……。情けないですが、どうすればいいのかわかりません。ですから、何かわたしにできることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。――あ、でも意地悪はなしですよ」

「エリカさんって、本当に……」


 わたしなりに精いっぱいの気持ちを笑顔と一緒に伝えたつもりだったけれど、殿下は何かを言いかけて俯いた。

 そして深く息を吐く。

 やっぱりわたしじゃ力になれないみたい。


 そう思ったとき、殿下は顔を上げていきなりわたしの頭を両手で掴んだ。

 信じられなくて見上げると、殿下が何か言っている。

 だけど両耳を塞がれていて聞こえない。


 何? 何なの?

 唖然として立ちすくむわたしから、殿下は手を離して悪戯っぽく笑った。

 

「ごめんね、エリカさん。何て言うか……たまに我慢できなくて、吐き出したくなるんだ」

「それで……すっきりしました?」

「ああ。ありがとう」

「では……お役に立てて、良かったです」


 いえ、良くないわ。

 だって、乙女の頭を掴むなんていくらなんでもありえないもの。

 意地悪はなしって言ったのに。


 それでも殿下はとても満足そうで、怒る気になれない。

 きっと「馬鹿」とか「残念」って言ったのね。

 むむむ。仕方ないわ。今回は特別よ。


 そろそろ午後の授業が始まるので、図書室を出て教室に戻る。

 陛下に関しては気になるけれど、ユリウスさんについては殿下に打ち明けることができて気が楽になった。

 だから大丈夫。これから文化祭に向けて頑張れるわ。




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