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 失恋してしまった。

 告白をしたわけでも、振られたわけでもないけれど、わたしとギデオン様の関係ははっきりしてしまった。

 もちろんこれは覚悟していたこと。

 だから後悔はしていない。でもやっぱり悲しくて苦しい。


 あれからは文化祭の話題に変えて、気持ちをどうにか誤魔化せたとは思う。

 動揺しているのはユリウスさんのことが不安だからって。

 ずるいとは思うけれど、この気持ちを知られたらギデオン様を縛ってしまうから。

 たくさんのアドバイスをもらって文化祭の準備に集中していたけれど、もう限界。


 ようやく一人になれた今、涙が溢れて止まらない。

 ごろりとベッドの上で転がって、ぼんやり宙を見つめる。

 天蓋に描かれているのは、子供の頃から大好きな物語のいくつかの場面。

 寝込むことが多かったわたしのために、特別に描いてもらったもの。

 これを見ながら〝いつか王子様が〟なんて妄想してわくわくどきどきしていたのよね。


 だけどもう子供っぽい夢からは卒業しないと。

 田舎の小さな家も、愛し愛される結婚生活も、叶うことはないんだから。

 それに新しい目標ができたもの。


 そのことを考えると、悲しみの中から温かいものが芽生えてきた。

 と同時に体もじわじわ熱くなってきて、目を閉じる。

 それからしばらくして眠りに落ちたときには、少しだけ前向きになれていた。



 * * *



「エリカ、いらっしゃったわよ!」


 次の日の朝、憂鬱な気分を隠していつものようにリザベルと席に着いて話していたとき。

 予鈴が鳴ると同時に入ってきた殿下とマティアスに教室がざわりと揺れた。

 リザベルもなぜか興奮したように、わたしの手を何度も叩く。

 これってまるで入学式の時の再現ね。


 そう思って教室の入り口を見れば、殿下とばっちり目が合ってしまった。

 途端に殿下はにっこり笑う。


 何? 何なの?

 十日間、まったく連絡してこなかったのに今さらそんな白々しい笑顔なんて。

 急に腹が立って、つんとそっぽを向いた。

 もちろんこれは理不尽な怒り。

 わたしだって何もしなかったんだから。


 すぐに反省して視線を戻すと、殿下は話しかけてきた相手に気を取られて、もうわたしを見ていなかった。

 自分が馬鹿みたいで情けなくなる。

 何をやっているのかしら、わたし。


「あら、仲良く握手ね。まあ、当然でしょうけど」


 お互いの自己紹介を終え、笑顔で握手を交わしている殿下とユリウスさんを見て、リザベルが呟く。

 続いてマティアスが手を差し出す姿を見ながらわたしも頷いた。

 まさか教室が小さな外交の場になるなんてね。

 笑顔の下に本音を隠している三人は、本鈴を合図に席へ向かった。


 そして席に座った殿下がわたしを見てもう一度にっこり笑ったので、今度はちゃんと笑い返す。

 すると、ちょっとびっくりしたように殿下は目を見張り、次いで小さく吹き出した。


 何? 何なの? そんなに変な顔をしていた?

 それにしたって笑わなくてもいいのに。

 次からは絶対に睨みつけてやるんだから。


 ぷりぷりしながら授業を受けて、休み時間。

 教本を片付けていると、ユリウスさんが近づいて来た。


「エリカさん、今日の放課後は大丈夫だよね?」

「――ええ。全て資料は揃えましたから」

「そうか、ありがとう。僕も慣れない土地ではあるけれど、ブラディ伯爵に助言してもらっていくつかの見積もりを取ってみたよ」

「ありがとうございます。では、放課後に」

「うん。またね、エリカさん」


 ユリウスさんが離れていくとほっとして、小さく息を吐いたところで視線を感じて振り返る。

 その先には殿下がいて、またにっこり笑いかけられたけれど、慌てて顔をそむけてしまった。

 よくわからないけれどなぜか目を合わせられない。

 朝と同じようなやり取りなのに、今さら睨むことも笑い返すこともできなくて、ぎくしゃくと次の授業の準備をする。


「今日の放課後、付き合いましょうか?」

「ありがとう、リザベル。でも……」

「でも?」

「その、ギデオン様も同席してくださるんだけど、リザベルも付き合ってくれる?」

「もちろんよ。帰りはギデオン様と二人にしてあげるわね」

「あ、うん。ありがとう」

「エリカ、どうかしたの?」

「ううん。何でもないわ」

「そう……」


 ユリウスさんが去ってから、リザベルが心配そうに声をかけてくれた。

 大丈夫と言いかけて、昨日の今日でギデオン様の前で上手く笑えるか自信がなくてお願いする。

 昨日のことはまだ落ち着いて話せそうにないから、リザベルには打ち明けられなかったけれど、やっぱりどこかおかしいって思われたみたい。

 リザベルは納得していないながらも本鈴が鳴って、そこでこの話題は終わり。


 お昼になって、リザベルとラウンジで食後の珈琲を飲んでいると、少しずつ気持ちが軽くなってきた。

 リザベルは結局何も聞かないでいつも通りに接してくれるから笑うこともできる。

 そこに殿下がやって来て、申し訳なさそうに微笑んだ。


「エリカさん、ちょっと話せるかな? ごめんね、リザベルさん。邪魔をしてしまって」

「いいえ、わたしはかまいませんわ。エリカ?」

「え? あ、ええ。何ですか?」

「いや、できたら場所を変えたいんだけど」


 殿下と二人きりで話すのは気まずくてリザベルに視線で助けを求めたけれどダメだった。

 頑張ってと無言で励まされて、諦め半分で席を立つ。

 でもひょっとして、このお休みの理由を話してくれるのかもしれないわ。


「……自習室ですか?」

「いや、人目がないほうがいいと思うから違う場所だよ」

「ですが……」

「心配しなくても、二人きりにはならないよ。一応ね」


 二人で歩いていると、たくさんの視線を感じる。

 だから違う場所というのはわかるけれど、さすがに二人きりになるのはまずいのではないかしら。

 そう心配してためらうと、殿下は明るく笑った。

 そして向かった先は第一図書室。

 ここはちょっと予想外だったわね。




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