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次の日も殿下とマティアスは登校しなかった。
そしてその次の日も。
これで殿下が学院をお休みして――新学期が始まってから四日目。
いつの間にか、クラスの中で殿下のいた位置にユリウスさんがいる。
しかもデボラさんたち女子まで一緒に。
何なの、あれ?
「どうしたの、エリカ?」
「ううん、別に。ただちょっと、デボラさんたちが騒がしいなと思っただけ」
「ああ……確かに。王子様相手にはしゃいでるわよね。何でもユリウス王子殿下は気さくでとても親しみやすいとか。人気急上昇みたいね」
「あんなのニセモノよ。本物の王子様とは大違いなのに」
「本物の王子様って、ヴィクトル殿下のような?」
「それは……たぶん……そうかも……」
なんだか苛々して吐きだした言葉に、リザベルの冷静な問いかけが返ってくる。
改めて考えて、否定はできなくて、でも肯定するには難しくて、ちょっと曖昧。
だって殿下は意地悪だもの。
「まあ、殿下たちがいらっしゃったら状況はまた変わるでしょうね。でもお二人とも本当にどうしたのかしら。エリカはお父様やお兄様から何か聞いていないの?」
「それが二人ともお家に帰って来ないの。でも今までにもそういうことはあったから、特に殿下たちのことと一緒には考えていなかったわ。確かに関係あるのかも」
お母様なら何か知っているのかしら。
明日は学院もお休みで、殿下とは勉強会以来もう十日も会っていないことになるのよね。
婚約してからこんなに会わないのも初めてだわ。
別に会いたいわけじゃないけど。
「エリカさん、リザベルさん。今日の体育は雲行きが怪しいので室内競技場に変更だそうです」
「あら、そういえば確かにお天気が悪くなってきたわね」
今日はお昼から体育で、着替えを持ってラウンジに行こうとしていたわたしたちにコレットさんが教えにきてくれた。
室内なら帽子はいらないので、ロッカーに戻す。
コレットさんはルナさんと約束があるとかで、リザベルと二人でラウンジに向かう。
空を見上げれば雲の流れが速くて、一雨きそうな気配。
お天気が悪くても男子は外だとか。大変ね。
休憩を早めに切り上げて更衣室に来ると、待ち構えていたかのようにデボラさんが近づいてきた。
「ねえ、エリカさん。少し伺ってもよろしいかしら?」
更衣室は女子だけの世界。
だから早々に覚悟を決めて戦闘態勢に入った。
さあ、どこからでもかかってきなさい。返り討ちにしてさしあげるわ!――と、イザベラモードで笑顔を浮かべて振り返る。
「どうぞ?」
「え、ええ、あの、ヴィクトル殿下は如何なされたの? エリカさんはお休みの理由を当然ご存知なんでしょう?」
「……だとしても、デボラさんはどうしてお知りになりたいのかしら?」
「それは……もしお加減を悪くなされていたらと思うと、心配で心配で……」
「デボラさんはお優しいのね。でもね、確かに殿下とマティアスさんはとても仲がよろしいけれど、お二人一緒にお加減を悪くなされることはないのではないかしら?」
たぶん。そのはず。
だって、二人仲良く四日も休むような風邪をひいたりするなんて思えないもの。とくにマティアス。
「ではいったいどうなされたの? まさかこのまま、お二人とも退学なさるなんてことはないのでしょう?」
「え? 退学?」
思いもよらない言葉に動揺してしまったわたしは、あっという間にエリカモードに戻ってしまった。
デボラさんのしてやったりな表情を見て、急いで気を引き締める。
「まあ! そのように驚かれるなんて、本当のことではないのでしょう? エリカさんは殿下の婚約者でいらっしゃるもの。ご存知ないわけないものねえ?」
デボラさんはさっきからくどくどと何なのかしら。
お望みならこてんぱんに叩き潰してさしあげてよ!――もちろん、できないけど。
お腹の前で右手をぐっと握り左手を重ね合わせて、余裕の笑みを浮かべる。
過激なイザベラを抑えて、高飛車なイザベラの再登場。
「殿下とわたしの関係がどうであろうと、殿下の個人的なことをぺらぺら話してしまうなんて失礼なことはできませんわ。ただデボラさんが心配なさっていたことはお伝えしますわね?」
「あ、え、いえ、逆にお気を煩わせてしまっては申し訳ありませんから、その必要はありませんわ」
「そうなの? それこそ気を使わなくてもよろしいのに。殿下もきっとデボラさんのことをお心に留めてくださるわよ?」
「本当に結構ですから」
これにてこの話は終了。
すごすご去って行くデボラさんを見送りながら、ちょっと感心してしまう。
本当にデボラさんは、しつこいというか打たれ強いわよね。実際のところ、何がしたいのかしら。
そもそも殿下が悪いのよ。
仮にもわたしは婚約者なんだから、お休みの理由くらい教えてくれればいいのに。手紙でも伝言でも。
別に心配なんてしていないけどね。ふん。
「デボラさんも懲りないわよね」
「ええ、本当に。やっぱりわたしのことが嫌いなのかしら」
「エリカがどうこうより、エリカの存在が邪魔なんじゃない?」
「存在?」
「そうよ。デボラさんのお家は士族と言っても、かなりの権勢を誇っているもの。弱小貴族なんかよりよっぽど力は強いわ。それに近々爵位を与えられるって噂もあるしね。本人も虚栄心が強いし、エリカとロレーヌさんがいなければこの学年女子の中で頂点に君臨していたでしょうね。クラリスさんとフローラさんは目立つタイプでもないし。それでロレーヌさんについたのに、残念ながらロレーヌさんは失脚して逃亡。自分の立場も危ういけれど、プライドが高くて今さらエリカにおもねることもできないんでしょうね。それで頑張ってエリカの荒探しをしているのよ」
「ちょっと……君臨とか失脚って……」
「あら、覇権争いは殿方だけのものではなくてよ」
気取ったリザベルの言い方に堪え切れず、大きく吹き出してしまった。
もうダメ。おかしくて我慢できない。
ひとしきり二人で笑って深呼吸。
もちろん社交界でも学院でも目に見えない権力争いがあるのは知っているわ。
正等科でも色々あったみたいだし。
今まで自分には関係ないって思っていたけれど、これからはそうもいかないわよね。
「まあ、高等科に進学した貴族の令嬢たちは、ほとんどがもっと本格的に勉強したいって子ばかりだし、権力争いには興味ないのよね。なかにはまだ決まらない結婚相手を探しに進学したって人もいるみたいだけど。ジョセフィー先輩とか」
「そうなの?」
「ええ。あの先輩は公言しているわよ。その潔さは尊敬するわね。ちなみにジェレミーやオーレリーさんほどの好条件の男子は珍しいから、以前の噂でエリカは多少の反感を買っていたみたいね。今は殿下と婚約して、落ち着くところに落ち着いた感じ」
「なんていうか……色々と面倒ね。面白いけど」
大きくため息を吐いてふと気付く。
そう言えば、そもそもリザベルが高等科進学を決めた理由を聞いたことがなかったわ。
「ねえ、リザベル。今さらだけど、リザベルはどうして進学しようと思ったの?」
「あら、それは簡単よ。エリカも今言っていたでしょう? 面白いからよ。人間観察にはもってこいじゃない?」
「なるほど。すごく納得。じゃあ、将来はどうするの? 本当に結婚するつもりなの? リザベルなら絶対、官僚になれるのに」
「ありがとう。でも面白そうな男性を見つけて結婚するのがわたしの夢よ。たいていの男性は落とせる自信があるし」
「……否定できないところが怖いわ。でもそんなリザベルが大好き」
「わたしはいつも一生懸命なエリカが大好きよ」
二人の友情を確認し合ったところで準備体操を終える。
それからはチームに分かれての競技。
結果、わたしとリザベルのチームはデボラさんたちを打ち負かした。
ふふん。
まあ、ほとんどリザベルの活躍のおかげだったけどね。




