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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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ヴィクトルの失敗

 

 ――物静かで控えめ。

 三年前、彼女が正等科に入学してしばらくしてから聞こえてきた噂には、がっかりもしたが、安堵もした。

 一人で過ごし他人を寄せ付けないのなら、邪な目的で近づく者も受け入れないだろうと。


 そんな彼女が卒業を間近に控えて芝居をすると聞いたときには驚いた。

 しかも悪役だとは。

 気になって観に行ってみれば、確かに舞台には悪女がいた。

 その演技力と芝居の面白さに、マティアスは本気で腹を立てていたほどだ。


 ずっと、忘れようとしていたのに結局は何も変わっていなかった。

 だからもう一度くらい、諦めずに探してみるのも悪くないと思ったんだ。

 

「――ヴィクトル! あなた、学院に通うなんて正気なの? 馬鹿なことを考えないで、さっさと結婚なさい。あなたの地位を確固たるものにするためにも、ちゃんとした後ろ盾のあるお嬢さんを妃にするべきよ。そして私を助けてちょうだい。この異国の地でどれだけ私が寂しく心細い思いをしているかわかっているの?」

「……妃殿下、あなたはこの国にいらっしゃって二十年になります。その間、あなたはこの国の者たちから敬意を払われ、不自由なく過ごしていらっしゃるはずです。それでも今なお、この地を異国と思っていらっしゃるとは、我々この国の者にとっては残念でなりません」

「何を言うの、ヴィクトル。あなたは私の息子なのよ。いい加減に見知らぬ他人のような話し方はやめてちょうだい。意地が悪いわ。それから……ね? この母のために、早く孫の顔を見せてちょうだい。私、素敵なお嬢さんを何人か知っているのよ。きっとあなたも気に入るわ」

「私はまだ結婚する気はありません。では失礼致します」

「待ちなさい、ヴィクトル! あなたにはこの国の王位継承者としての義務があるのよ!」

「……私がケインスタイン王家の特徴であるこの瞳を受け継いでいたのは、妃殿下にとって幸いでしたね。あなたは義務を果たしたことで、声高に権利を主張できるのですから。ただし、度が過ぎるのは問題ですがね」

「ヴィクトル!」


 妃殿下の金切り声にはいつも耳を塞ぎたくなる。

 キンキン喚いてダメなら、猫撫で声で懐柔しようとするのだが、妃殿下の自分勝手な被害者顔にも、事あるごとにどこかの令嬢と引き合わせられるのにもうんざりだ。

 いっそのこと妃殿下の望まない相手と縁を結んでしまおうかと、マティアスと冗談交じりに話したこともあるが、もちろん実行するつもりはない。

 だけどもし、彼女に求婚したらどうなるだろう。

 自室に戻りながらそんなことをふと考えて、簡単に出た答えに笑いが洩れた。

 もちろん断られるに決まっている。


 そして今、入学前のことを思い出してあの時とは違った笑いが洩れた。

 彼女は見ていると本当に面白い。

 数学の授業では眉間にしわを寄せて、時には頭を抱えたりしている。

 詩文の授業ではぼんやり宙を見て、幸せそうに微笑んでいたりする。


 どう見ても、噂されているような悪女には思えない。

 初めて会ったあの時の、夢見がちな女の子と何も変わらないまま。

 だが噂のおかげで彼女に近づく者は少なく、問題はない。


 それにしても、まさかノエルを相手に噂になるとは思いもよらなかった。

 おそらく、ノエルにとっても想定外だったはずだ。

 ノエルはどんなときでも衝動的なことはしない。

 だから、何かがおかしい。

 その違和感は、彼女と研究科生との噂が新たに流れ始めると、より大きくなった。


「おい、ヴィクトル。聞いたか?」

「まず何についてなのか言ってくれないと、聞いたかどうかわからないな」

「あの女、今度は研究科生にまで手を出したらしいぞ!」

「マティアス。その呼び方は失礼だろう」

「だが、ヴィクトル――」

「マティアス」


 王宮へ帰る馬車の中。

 マティアスは学院の帰りに王宮で騎士を相手に剣の稽古をするので、帰りはたいてい同じ馬車を利用する。

 そこで新たに仕入れたらしい情報を憤慨した様子で話してくれたが、その言い様は注意せずにはいられない。

 マティアスの口の悪さはブリュノー公爵夫妻の悩みの種だ。


「わかったよ……。だけど、やっぱりあの悪女役だって、芝居じゃなかったんじゃないか?」

「あのさ、マティアス。お前はノエルが〝女たらし〟だと思うか?」

「あれはわざとだろう。あいつは昔から自分の評価を下げようと……って、彼女もそうだと言いたいのか?」

「さあ、それはどうかわからないけどね。ただうわべだけじゃなく、彼女自身をよく知ってから判断した方がいいよ」

「だけど、あんなに生意気なんだぞ?」

「あれはマティアスも悪いよ。いきなり怒鳴りつけたんだから」

「まあ……そうかもしれないが……」


 以前、廊下でぶつかりそうになった時の彼女の態度には驚いた。

 昔の彼女なら泣いてしまったのではないかというほど酷い態度のマティアスを相手に、しっかり立ち向かっていたのだから。


「……なあ、ヴィクトル。お前、まだ気にしているのか?」

「何を?」

「いや、……わからないならいい」


 もちろん、マティアスの言いたいことはわかっている。

 だが個人的感情は関係ない。

 政治的に重要な立場にある彼女がいったいどういうつもりなのか気になるだけだ。


 ――そう思っていたのに。

 ギデオンが相手だったというだけで苛々する。


 どうして彼女なのだろう。

 他にも都合のいい、条件の合う女性はいる。

 色々と面倒くさい彼女のことなんて、気にかけても無駄なだけ。

 今は他に考えなければいけないことがあるのだから。


 ここ最近、国内で頻発している爆発事故。

 あれは無許可で販売された廉価の炎魔石が原因だ。

 そして盗掘師たちによる、貴重な魔法石の国外流出。


「やっぱり、ベッソン商会が怪しいと思うのか?」


 まるで僕の考えを読んだような問いかけ。

 色々と問題はあるが、マティアスは頼りになる存在だ。


「証拠はないけどね」

「だが、せっかく正規で取引できる権利を持っているのに、わざわざ危ない橋を渡るか?」

「裏も表も牛耳るなんてよくあることだよ。そしておそらく、全てにバルエイセンがかんでいるだろうね」

「お前はそれでいいのか?」

「いいも悪いもないよ。ただ、わからないのが……」

「フェリシテ・ベッソンか?」

「ああ。まさかとは思うけど、一応ね」

「ふーん」


 それきりマティアスは黙り込んでしまった。

 沈黙は二人の間で気まずいものではなく、僕もわざわざ口を開いたりはしない。

 これでこの話は終わりだ。

 だからしばらくして僕がフェリシテさんに接触しても何も言わなかった。

 それがちょっとした騒ぎになっても。


 自分が人にどれだけ影響を与えるかはわかっている。

 そのため、フェリシテさんには少し様子を窺うだけのつもりで教室で声をかけたが、まさかラウンジでと誘われるとは予想外だった。


 当然、問題になったようだ。

 それで巻き込まれてしまった彼女は僕に苦情を申し立ててきた。

 だけど、やっぱり彼女は面白い。


 一生懸命な彼女は自分で墓穴を掘っていることに気付いていない。

 それでつい調子に乗ってしまった。大失敗だ。

 彼女を同席させたことで、フェリシテさんと親しくするきっかけを作ってしまったのだから。


「――フェリシテさんと街へ出掛けた?」

「ええ。ベッソン商会について疑惑はありますが、あのお嬢さんはまだ学生ですし、家のことについて関わっているとは思えないので。馬車での送迎もしっかりするからと、家令が一緒に迎えにきて挨拶しましたよ。もちろんわからないように護衛に隠れて従うようにと指示もして――」

「どこへ行ったんです?」

「ベッソン商会の……新しいパティスリーだと――っ、殿下!?」


 王宮へ出仕したデュリオが何気なく口にした話に、僕は嫌な予感しかしなかった。

 なぜかはわからない。

 彼女はアンドール侯爵家の令嬢で、もし何かあればその責任はベッソン氏にまで及ぶ。

 だから何かあるはずはない。

 そう思うのに、彼女の安全を確かめずにはいられなかった。

 驚き止める近衛に指示を出して急ぎ街へと向かう。

 そして見つけたときには肝を冷やした。

 今まで何をしていたのか、ようやく助けに入ろうとした護衛よりも先に割って入る。


「ここにいたのか、捜したよ」


 ぽかんと口を開けた彼女の間の抜けた顔を見て、どれほど安堵したかわからない。

 だけどそれも、馬車に乗り込む頃には怒りに変わっていた。


 何でこんなに危機感がないんだ? 

 フェリシテさんの心配をして何になる?


 この街は、あの区域は、そこまで治安が悪いわけじゃない。

 だからこそ、侯爵夫妻も付き添いなしでの外出を許したんだ。

 それがどうしてああも都合よく悪漢が現れたのか考えなくてもわかる。


 半分以上は八つ当たりだった。

 何でもできると驕っていた自分に腹が立って、あれほど危険な目に遭ってもまだ呑気な彼女に腹が立って、どうしようもなかったんだ。


 もう後悔しても遅い。

 言うべきつもりのないことまで言ってしまった。

 そして今、その報いを受けている。


 どんなに彼女を想っていても、この気持ちは伝えられない。

 たとえ彼女が昔を思い出しても、嫌われるだけかもしれない。

 だけどあの日、彼女が教えてくれたから。 


 ――幸せは、諦めずに探していると手に入れられる、と。




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