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 ユリウス王子殿下の視線を追うように、リザベルがまたちらりと振り向いた。

 その顔には興奮が見え隠れしているけれど、碧色の瞳には用心深さも見える。

 そんなリザベルに頷いて、大丈夫だと笑って伝えた。

 いくらなんでも微笑みかけられたくらいで勘違いなんてしないわ。

 ちょっとびっくりしただけ。


 ただ何が起こっているのかよくわからなくて不安になってしまう。

 こういう時に殿下がいないなんて。

 マティアスまでいったいどうしたのかしら。


 殿下の空いた席を見つめて思い当たることを考えているうちに宿題の回収が始まった。

 大変、大変。

 わたしの汗と涙の結晶をちゃんと提出しないと。

 そういえばマティアスも頑張っていたのにどうするのかしら。

 期限を過ぎての提出は減点だったわよね。それとも欠席の場合は猶予が与えられるんだった?

 まさか、宿題が終わらなくて欠席とか? って、マティアスはともかく、殿下はそんなわけないものね。


 もう一度殿下の席に視線を向けると、その先に座っていたユリウス王子殿下と目が合ってしまった。

 そしてにっこり笑顔が返ってくる。

 むむむ。ずいぶん余裕ね。

 ああ、なるほど。編入生は宿題を提出しなくていいから。

 ずるいわ。


 全ての宿題が回収されると、今度は秋の文化祭に向けての話し合い。

 正等科ではこういう行事は孤独を感じて我関せずの姿勢を貫いていたけれど、今年は違うわ。

 だってリザベルがいてくれるんだもの。

 それに家族だけでなく外部からも招待できるし、研究科生も参加するのよね。

 ああ、すごく楽しみ。

 あ、でも……。


「ねえ、リザベル。ダンス部は文化祭で何かするの?」

「何かあったと思うけれど参加は自由だったはずよ。だから当日は色々と一緒に見て回りましょう?」

「ええ! 約束ね!」


 これぞ憧れの学院生活だわ。

 確か高等科の文化祭には露店みたいなお店がいくつも出るのよね。

 昔、ジェラールお兄様に連れてきてもらったときにはすごく楽しかったもの。

 ギデオン様も一緒に回ってくれて、お姉さんたちが「可愛い、可愛い」っていっぱい褒めてくれて、美味しいものをいっぱいおまけしてくれて……。


 ん? でもあれって、ギデオン様とジェラールお兄様に近づくための口実にされていただけじゃないかしら。

 だって思い出してみれば、お姉さんたちはわたしじゃなくて、ギデオン様やお兄様のことばかり見て、話しかけていたような……。

 ということは、わたしは恋敵ににこにこ笑顔を振りまいていたってこと?

 すごく緊張したけれど、すごく頑張ったのに。


 あのときのお姉さんたちのことを改めて思い出してちょっともやもや。

 すると、あの鼻にかかったような声まで聞こえてきた。――と思ったら、デボラさんの声。

 どうやら先生の説明は終わって、委員の選出に移っていたみたい。


「――ですから、コレットさんを推薦いたしますわ。コレットさんは色々な方に取り入るのがお上手なようですもの。きっとクラスのためにも上手く働いてくださいますわ。ねえ、コレットさん。引き受けてくださるでしょう?」

「それは……あの――」

「ちょっと待ってください。実行委員選出に自薦でも他薦でもかまわないとはいえ、今のは一方的だと思います」

「あら、では多数決になさります? コレットさんが実行委員になるのに賛成かどうか、投票しましょうよ。女子の代表なんですから、女子だけで。それならかまわないでしょう? ねえ、リザベルさん」


 また懲りもせずにデボラさんはコレットさんに失礼なことを言って、嫌がらせをしているのね。

 コレットさんは茶礼部に所属しているし、選択授業の香学もあるから文化祭はきっと忙しいはず。ルイザ先生は文化祭で一番張り切るって聞いたことがあるもの。

 それなのに実行委員を押し付けようとするなんて。

 しかもリザベルの抗議に対して、その提案はなんだか白々しいわ。

 まるで予想していたみたい。

 ひょっとしてクラリスさんとフローラさんにまで根回ししていたりして。……って、まさかね。


 そもそもデボラさんがすればいいのよ。

 部活もしていないし、選択授業は声学なんだからきっとコレットさんよりは時間があるはずよ。

 あら? でもそれって……。


 ぼんやりしている間に多数決が取られようとしていた。

 コレットさんは困ったような諦めたような顔をしているし、リザベルは納得がいかないみたいで顔をしかめている。

 そうね、これはおかしいもの。――よし!


「先生、少しよろしいでしょうか?」


 勇気をかき集めて、それでも平然とした態度で手をあげると、途端にみんなからの視線が集まった。

 なんだか男子からの期待をひしひしと感じるわ。

 もう争ったりなんてしないわよ。まったく。

 無責任な男子に苛々しつつ、笑顔を浮かべて先生に目を向ける。

 すると、椅子にもたれていた先生は慌てて背を起こして頷いた。


「ど、どうぞ、エリカ君」


 先生に促されて立ち上がると、デボラさんたち一人一人に満面の笑みを向けていく。

 だけどデボラさんたちは目を逸らしたり俯いたり。

 これぐらいで怯むなんて、意気地がないのね。ふんっ!


「確かにデボラさんのおっしゃる通り、コレットさんなら間違いないと思います。ですが、この実行委員はわたしにさせてもらえないでしょうか?」

「エリカ!?」


 リザベルがすごく驚いているけれど、自分でも驚いているわ。

 でも口にしたからにはもう後には引けない。

 みんなも予想外だったのか、呆気に取られたような顔をしている。

 その中で、一度大きく深呼吸してから続けた。


「わたしには力不足であることは重々承知しております。またみなさんに協力して頂かなければならないこともたくさんあると思います。ですが、わたしは部活動をしておりませんし、文化祭まで比較的時間がありますから、みなさんさえよろしければ、実行委員として頑張りたいと思います」


 すっかり静まり返ってしまった教室内にわたしの声が響く。

 大丈夫。足は震えているけれど、声はしっかりして聞こえるわ。

 あとはみんなが賛成してくれるかどうかだけ。

 ちょっと心配になった時、先生が賛成の意を表して手を叩いてくれた。


「もちろんですよ、エリカ君。みんなも異存はないね?」


 半ば強制するような先生の同意を求める言葉に、一番に応えてくれたのはリザベル。

 そしてコレットさんが手を叩いて大きく頷く。

 次第に拍手は大きくなって、みんなが賛成してくれた。

 まあ、デボラさんたちだけは何が起こったのかよくわからないって顔をしているけれど。


「エリカ、急にどうしたの?」


 緊張と興奮でまだばくばくしている胸を押さえながら椅子に座ると、リザベルがすぐに小声で訊いてきた。

 乱れた呼吸を整えるのにちょっと時間を置いて、どうにか微笑む。


「わたし……面倒なことをコレットさんに押し付けようとするデボラさんに腹が立ったんだけど、じゃあ、誰がするのかしらって思ったの。自分がしないのに腹を立てるなんておかしいわよね。わたしには時間があるのに。それに、せっかく高等科に進んだんだから、何かしたいと思って」


 正等科の時は一人で平気なふりをして、委員も誰かがしてくれるのを任せるばかりで何もしなかった。

 卒業間近になって、もっとみんなと仲良くなる機会を自分で逃していたことに気付いてたくさん後悔したもの。

 だから今度は精いっぱい頑張るわ。

 入学してすぐにちょっと失敗してしまったけれど、まだまだ時間はあるんだから。

 青春を謳歌しないとね。


「……そうね。確かにエリカの言う通りだわ。わたしったら少し傲慢になっていたみたい。反省しないと」

「ええ? 何を言うの? リザベルはちっとも傲慢じゃないわよ」

「ありがとう、エリカ。あなたは本当に優しいわよね。まあ、とにかく気をつけるわ。それと、委員の仕事もたくさん手伝うからね」

「ありがとう、リザベル。優しいのはあなたのほうよ」


 大好きなリザベルと友情を確認し合ったところで、クラスがざわりと騒がしくなって注意を向けた。

 すると、編入してきたばかりのユリウス王子殿下が立っている。


「――ありがとうございます。僕も慣れないことばかりでみんなに迷惑をかけるとは思いますが、助けてくれるとありがたいです。そしてこの活動を通して、早くこの学院に馴染めるように頑張ります」


 その言葉とともにわっと拍手が沸いた。

 あら? これはひょっとして、男子の実行委員がユリウス王子殿下に決まったってこと?

 それはちょっと予定外なんですけど。




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