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悪役令嬢、時々本気、のち聖女。  作者: もり


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 今日からいよいよ新学期。

 宿題もどうにか間に合って準備万端。

 だけど何となく落ち着かなくて少し早めに登校すると、同じ考えの子が多いのか馬車寄せはちょっと混んでいた。

 車窓から外を覗いて、しばらく時間がかかりそうなので鏡を取り出し身だしなみチェック。

 久しぶりの登校だから、いつも以上に印象は良くしておかないとね。

 そう思ったのに、馬車はゆっくりではあったけれど先へと進んで止まった。


「お嬢様、到着いたしました」

「あら? もう?」


 急いで鏡を仕舞って鞄を持つ。

 すると扉を開けてくれたトムが誇らしげに笑った。


「みなさんが譲ってくださったので、助かりました。さあ、お気をつけて」

「……ええ、ありがとう」


 トムの言葉に困惑しながらも踏み台を降りて振り返ると、確かに我が家の馬車は割り込むような形で止まっていた。

 でも他の馬車の御者に怒った様子はなくて、手綱を操りながら片手で帽子を取り会釈をしてくれる。

 車窓に見える生徒たちもみんな笑顔。

 これはたぶん殿下の婚約者に対しての配慮だわ。


「――みなさん、ご親切にどうもありがとうございます」


 舞台に立ったときのように、少しだけ声を張って満面の作り笑顔で軽く膝を折る。

 それからあとは堂々と舞台から退場するだけ。


「いってらっしゃいませ、お嬢様」

「いってきます」


 一度預けた鞄をトムから受け取って校舎内に入ったけれど、どうやらお芝居はまだ続けないといけないみたい。

 だってすごく注目されているんだもの。自意識過剰ではなく入学式のときよりも。

 うう。早く教室に入りたい。

 その気持ちから足取りが速くなって、上級生男子でさえもわたしに道を譲ってくれる。

 それなのに――。


「おはよう、エリカさん」

「……おはようございます、先輩」


 声をかけてきたのは、以前フェリシテさんに対して「追い出せばいい」なんて過激な発言をしていた先輩。

 確かバロウ伯爵家のジョセフィーさん。


「聞いたわよ、避暑に向かった先でのこと。色々と大変だったのね」

「お気遣い頂き、ありがとうございます。ですが多くの方に助けて頂いたので、それほどでもありませんでした。では――」

「まあ! さすがエリカさんねぇ。わたしにはとても無理だわ。それで、どんなことがあったのか詳しく――」

「エリカ、おはよう! 悪いけれど数学の課題を教えてくれない? いくつかわからなくて、まだできていないの」

「――おはよう、リザベル。もちろんよ」

「ジョセフィー先輩、お話し中でしたのに申し訳ありません。ですが急ぎますので失礼します」

「失礼します、先輩」


 いきなり親しげに話かけてきた先輩に戸惑っているうちに、リザベルが現れてその場から連れ出してくれた。

 良かった。どう対応していいかわからなかったから。


「ありがとう、リザベル。助かったわ」

「どうってことないわよ。それにしても、朝から大変ね」

「うん……。ジョセフィー先輩、急にどうしたのかしらね」

「今のうちにエリカと親しくなりたいんじゃない? というより、むしろ仲良しアピール?」

「仲良しアピール?」

「ええ、たぶんね。あなたはもうアンドール侯爵令嬢というだけでなく、世間から見ればヴィクトル殿下の婚約者――将来の王妃様なのよ。それどころか今回の旅であなたと殿下の名声は高まっているんだから。あなたと友達……いえ、ただの知り合いというだけでも、世間に誇ることができるもの」

「まさか!」

「あら、本当よ。この先もきっと、あなたと友達になりたいって子がたくさん押し寄せてくるでしょうね」


 リザベルの言葉に驚いて、その表情を探ったけれど、冗談の気配はまったく感じられない。


「そういうのって、……何だか変よ」


 少し前までは友達がたくさんほしかったけど、今は素直に受け入れられそうにない。

 胸の奥がもやもやして、頭の中にあの日の殿下の言葉がよみがえる。

 あの時は大げさな冷たい言葉だと思ったのに、この状況では否定できそうにないわ。


「エリカ、あなたの今までの噂は、逆にあなたを守ってもいてくれたみたいね。だけど、新しい噂の〝慈悲深く献身的なエリカ・アンドール〟はおそらく色々な人を引き寄せてしまうわ。だから気をつけないと。わたしもできる限り力になるから」

「……ありがとう、リザベル」


 どんな噂が流れても、わたしにはこうして助けてくれるリザベルがいる。

 コレットさんやジェレミー、あまり会えないけれど女学院に進んだみんなもいてくれるんだもの。

 だから大丈夫。

 いつまでも悩んでうじうじしていることはしないわ。


「わたし、さっきはびっくりしてしまったけど、次からは頑張って自分で対応するわ。いつまでもリザベルを頼ってばかりじゃ申し訳ないものね」

「あら、わたしはかまわないわよ。でもまあ、エリカのしたいようにすればいいと思うわ」


 リザベルの優しい励ましに頷いたところで、ようやく教室に到着。

 教室には半分ほどの生徒がすでにいたけれど、ここでは以前と同じようにわたしに対してほとんど無関心だった。

 まあ、デボラさんたちはわたしと目が合った瞬間、さっと顔をそむけて白々しいほどに大声で話し始めたけれど。


「エリカさん、リザベルさん、おはようございます」

「おはよう、コレットさん」

「コレットさん、おはよう。旅の疲れは取れた?」

「ええ、もうすっかり」


 コレットさんとは旅の終わりに寮まで送ってから数日会わなかっただけなのに、なんだか久しぶりな感じ。

 旅の初めの頃はかなり遠慮が感じられたコレットさんも、今ではすっかり打ち解けてくれたみたいで嬉しくなる。

 そこからは三人で旅の思い出や宿題で気になったところをあれこれ話しているうちに予鈴が鳴って、それを合図にコレットさんは自分の席へと戻った。

 いつもより騒がしかった教室内も少し落ち着いたけれど、それでもどこか浮かれているみたい。


(殿下とマティアスは……まだなのね)


 二人は普段からゆっくりとした登校だから、それほど気にはしなかった。

 だけど本鈴が鳴ってもまだ現れなくて急に心配になる。

 今まで欠席したことも遅刻したこともないのに何かあったのかしら。


「ねえ、リザベル――」


 リザベルに声をかけて、先生が入ってきて口を閉ざす。

 振り向きかけたリザベルもすぐに前を向いた。

 だけどすぐにまた振り向いたのは驚いたから。

 クラスのみんなも同様で教室内がざわめく。


「皆さん、おはようございます。――今日は新しいクラスメイトを紹介します」


 朝の挨拶にみんなが返すと、先生は予想通りの言葉を続けた。

 王立学院に学年途中の編入生なんて聞いたことがない。

 だからみんながあからさまな好奇の視線を先生の隣に立つ男子生徒に向ける。

 輝く金色の髪に青色の瞳、優しげな顔立ちはまさしく理想の王子様だわ。

 いったいどんな人物なのか、わたしも興味津々。

 みんなが固唾を飲んで先生の紹介を待ったけれど、編入生が何か言うと先生は頷いて口を閉ざした。

 そして彼は一歩前へ進み出ると、ゆっくり教室内を見回す。


「ユリウス・バルエイセンです。どうぞよろしく」


 編入生が口にしたのは隣国バルエイセンの第三王子の名前。

 みんなが驚き唖然とする中で、彼はわたしに視線を止めて微笑んだ。

 頬が熱くなったのはただの反射よ。

 だって、まさか本物の王子様だなんて。




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